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噂のふたり
しおりを挟むここのところ、騎士団ではある話でもちきりになっていた。
「ほら、やっぱり」
「ほんとだな……」
銀髪赤瞳の女騎士が男騎士たちの前を通るたび、そんな声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、ガーネット殿って、恋人いるの?」
そんな中、男たちが一番聞きたかったことを彼女になんの躊躇いもなく尋ねたのは、エリスだった。
「はい?」
ここは王宮内の食堂。
一日の任務と訓練を追えた騎士たちで満たされつつある、数多くある長テーブルの壁際の席でガーネットとエリスは向かい合う形で今日のディナーに舌つづみを打っている。
彼女のフォークが止まり、その赤い瞳が何の話だ、と彼に向けられていた。
「ほら、最近妙に色っぽいっていうか。ガーネット殿って、元々ちょっと妖艶な美女って感じだったけど、それがまた更に艶を帯びたっていうか……」
エリスは好物のスパゲッティーニを頬張りながら、なんの躊躇もなく思ったことを口にしている。
王女誘拐疑惑の任務に共に選ばれてから交流ができて以来、ふたりは度々こうしてランチやディナーを共にしている。そのためエリスはいつの間にか彼女のことを「ガーネット殿」と呼ぶようになっていた。
「――私に恋人がいてはいけませんか?」
一瞬考えこんだが、特に隠す必要はないだろう、とガーネットはラザニアをつついていたフォークでそれを掬いとる。
「やっぱりいるんだぁ~。どんな人?」
「それをあなたに言う必要はないと思いますが」
「いいじゃん。減るもんじゃなし。ちなみに僕にも恋人いるよ。この王宮の侍女なんだけどさ」
同じ庶民出のようで、とても可愛らしい女の子なのだという。
周囲の視線が「お前のことより彼女のことをもっと聞け!」と言っていることに気づきながらも、エリスはニコニコとしていた。
「そうですか。私の恋人は――とても強くお優しい殿方です」
「ガーネット殿よりも強いの?」
「さぁ……、手合わせはしたことがありませんので」
「へぇ~じゃあ、身分の高い軍部の方か、騎士団長殿以上の武人なのかな?」
「――答える必要は感じません」
肯定も否定もしない。
まさか騎士長であり、王太子と恋仲とは思うまいが、と思っていたガーネットは、次の瞬間、口に入れかけたラザニアをぽとり、とテーブルの上に落としてしまった。
「たとえば、騎士長殿とか」
「…………」
「その反応はイエスかな?」
くすくすと鈴が鳴るように笑うエリスを、じと、と見据える。
「何故そう思うんです?」
「いやだなぁ、僕、諜報専門だよ? その人たちの雰囲気を見れば、すぐにわかるって」
諜報専門の彼と親しくなったのは間違いだったか、とガーネットは長テーブルに備え付けられている布巾でテーブルの上に落したラザニアを拭き取る。
「エリス殿は真剣勝負と闇討ち、どちらがお好みですか?」
あまり他人に自分のことを詮索されるのは好きではないガーネットは、手に持っていたフォークを握り直す。
キラリ、と光るそれに、エリスの顔色が豹変した。
「わー! たんま! 嘘だよ! そんな、他人の恋愛事情なんか探らないって!」
でもね、とエリスはガーネットを目で引き留めた。それを受け、ガーネットはフォークをトレイの上に置く。
「一応、知っておいた方が良いと思うんだけど……」
「――なにか?」
「ガーネットは隠しているみたいだけど、騎士長殿は隠す気全くないから、みんなふたりのこと、そうなんだろうなぁって、気づいてるよ?」
「…………」
「あと、最近、寮に戻ってないみたいなのも」
カチン、とガーネットはその場で、固まってしまった。
「ほら、やっぱり知っておいた方がよかったでしょう?」
「…………いつ、から?」
「え? 結構前じゃないかなぁ……。ほら、王女殿下がガーネット殿のこと着飾って舞踏会にご出席なされたとき――」
あのとき、確かにその場に騎士団の人間は数多くいた。
ジルフォードと踊る姿も、もちろん見られている。
「ガーネット殿はどうだったかは知らないけど、騎士長殿のキミを見る目。あれは恋い焦がれる男の眼差しだったからねぇ」
ぐらり、とガーネットの身体が傾ぐ。だが、後ろに倒れる前に、体勢を持ち直した。
「それに……」
「まだあるのですか!?」
「王女殿下のお部屋からお姫様抱っこされて回廊歩いてる騎士長殿のこと、見てた奴も多くて。で、そのまま騎士長殿の部屋に入っていったのも、その日の内に噂になってたけど……」
たしかに、ジルフォードは二人の関係を隠すどころか、ガーネットがまだ彼に心がなかった頃から、大胆だった。
自分の気持ちを隠すどころか、こいつは俺が堕とすから手を出すな、と牽制までしていたのだと知り、ガーネットはどんどん食欲を失っていく。
「……………」
「まぁ、お付き合いを始めたんなら、別に良くない? ほら、外堀から埋めちゃえば結婚まで秒読みだよ?」
よかったじゃない、とエリスは笑ったが、内心その笑みは引きつっていた。
彼女は大切な友人で、ここのところ雰囲気が変わったから、そろそろ言っても良いかなぁ、という親切心で教えたのだが、彼女は唇を引き結んでいる。
高嶺の花がとうとう騎士長殿に堕とされた、という噂は騎士中で話題になっている。それをうっかり知ってしまうより、事前に教えた方が、ショックが少なくて済むと思ったが、これは言わなかった方がよかったかもしれない。
「エリス殿、ラザニア、食べますか?」
「え……、ガーネット殿はもういいの? 普段、結構食べてるじゃない」
「――食欲が、ありません」
トレイをエリスの方へと押し付けたガーネットは、そのままテーブルの上に両肘をつき、両手を重ね合わせてその上に自分の額を押し当てる。
どんよりとした空気が、彼女から醸し出され、エリスは微苦笑を浮かべた。
「食欲がないって?」
「こりゃ、珍しいこともあったものだな」
そこへ、リックとユリエルがやってくる。
ガーネットは顔を上げなかった。
なので、エリスが代わりに答える。
「お二人はこれからまた遊びに行くんですか?」
リックとユリエルは、騎士服ではなく、普段着を身に纏っていた。食事を摂り終えたらしく、その手には空になったトレイも持っていた。
「また、とは失礼だな」
「こいつはこの前フラれちまって、今から女漁りだが、俺は普通に飲みに行くだけだ」
リックを親指で指さし、ユリエルがニヤリと答える。普段から気さくな二人は、庶民階級の出であるエリスにも、前々から分け隔てなく声を掛けていた。だから、ここにこの四人が居合わせる、という図は別段珍しくない。
ちなみにオールウェンは遠くの席でひとり酒をしており、こちらに見向きもしなかった。
「任務がひとまず落ち着いたんだ。女漁りに行くくらい良いだろ」
とはいえ、これは嘘だった。
彼等はこれから、張り込みのために居酒屋に行くのだ。
それを大ぴらにしているのは、外で第四騎士団団長と鉢合わせしたとき、周囲が不自然に思わないための偽装工作だった。
騎士団の中に、あと何人、ステラ誘拐計画に与している輩が入るとも知れない。
リックとユリエルは度々寮を抜け出して飲みに行くため、彼等が外に行く、ということ自体、あまり不自然でもなかったが、これから飲みに行く、と誰ともわからない誰かに伝えるのは、悪いことではなかった。
「そういえばさ、俺が行きつけの居酒屋に女王様がいるって聞いたんだよな」
「あぁ! 俺も聞いた! いつお目に掛かれるのか、楽しみだ」
ちらりと二人の視線はガーネットへと注がれている。
その視線を感じ、彼女の眉間がぴくりと震えた。
ジルフォードと心を重ね合わせたあの日、ガーネットはあの居酒屋の客だった男に路上で無体なことをしてしまった。それが城下街では密かな話題になっており、彼等は噂話の人相から、すぐにそれがガーネットだと気づいている。知ったうえで、ガーネットを揶揄しているのだ。
「とびっきりの美人だけど、絡んできた男を路上であんあん言わせたらしいな」
「そいつ、その日からそういう店に出入りするようになったらしいぜ」
くくく、と彼等は楽しそうに笑っている。その目は明らかにガーネットの反応を見て楽しんでいるようだった。
カタカタカタ、とガーネットは額に押し当てていた手を握りしめ、怒りに打ち震える。
リックとユリエルは彼女の背後に立っているため、その顔を見ていない。
だが、真正面にいるエリスは、ガーネットの豹変にひくっ、と喉を引きつらせていた。
「ぼ、僕……そろそろ行こうかな……」
ガタン、と音を立てて立ち上がったエリスを不思議に思ったのか、ふたりはお互いの顔を見合わせる。
そして、ガーネットを見下ろした。
その瞬間、ふたりの表情が凍り付く。
「へぇ……、それは私も、同じ女性として是非お会いしてみたいものですね」
平常心を保っているので、彼女は他の者たちからしてみれば、普段通りだ。
だが、リックとユリエルの表情は引きつっていく。
彼女の手に握りしめられた銀製のフォークが、ふにゃん、と折れ曲がったのだ。
ガーネットは腕っぷしには自信がないが、握力はそこそこある。そのことをこの場にいた三人の男は、一年に一回の体力測定で知っていた。女にしては大したものだ、と誰かが触れ回り、それが騎士団に全体にいつの間にか知れ渡っていたからだ。
「あ~……、オレ、そろそろ行こうかな」
「あ! オレも~」
ギギギ、とゼンマイ仕掛けのブリキのおもちゃのように踵を返そうとする彼等を、ガーネットは双方の肩を掴んで引き留めた。
「残念ですね。その面白いお話、もっと聞かせて頂きたかったのですが」
にっこりと笑う彼女の口元は一見穏やかである。
だが、ふたりは彼女の言葉の中に、「そのことをこれ以上騎士団の連中に言いふらしたら覚悟しておけ」という意味が込められていたのを垣間見た。
「いっ! 痛てて!」
「痛い、マイアス殿! それ、ちょっと痛い!」
ギリギリと二人の肩を掴む手には青筋が走り、爪が不自然にふたりの肉に食い込んでいく。
「失礼。あまり慣れていなくて」
何に、とは言わない。
パッと手を離すと、彼等は顔に「悪かった」と書いて、そそくさと立ち去っていった。
「何を騒いでいた?」
そこへ、ジルフォードがやってくる。
「騎士長殿。ご機嫌麗しく」
それにガーネットが逸早く対応し、彼の方へと姿勢を正し、胸に手を当てて礼をする。
「ご機嫌麗しく」
それに倣い、エリスは立ち上がって同じ体勢を取った。
「お前たちは食事の途中だったか」
かしこまるな、という意味を込めて、ジルフォードがジェスチャーで示す。
彼の手には、何もない。
これから注文をしに行くのだろう。
ガーネットはトレイを持ち、ジルフォードに席を譲った。
「私はこれにて失礼いたします」
「――まだ、残っているようだが?」
「いえ、もう充分なので」
ガーネットはそれなりによく食べる方だ。食堂が無料開放される前は、手元の金を気にして安くて量の多いものを好んで食べていた。だが、無料開放されてからは、腹持ちの良い料理へとその趣向を変えている。
比較的量の多い野菜炒めより、チーズがふんだんに乗ったラザニアの方が好きだったのだ。
「味に問題があったか? それなら俺が料理長に……」
ジルフォードは料理が提供されているカウンターの奥にいるであろう、食堂の料理長へと鋭い眼光を向ける。
下手をすれば料理長をクビにしそうな勢いだったため、ガーネットは頭を左右に振った。
「い、いえ! 私の食欲の問題です!」
「食欲がない、と?」
「はい……」
「――具合でも悪いのか?」
ジルフォードの視線が、ちらりと彼女の腹へと向けられる。
まさか懐妊? という表情の彼に、ガーネットは違う、とまた頭を振った。
先ほどまで食欲はあったのだ。
ガーネットが食欲を失ったのはエリスが余計なことを言ったからである。
とはいえ、やることはやっているので、まだ懐妊していない、とは言い切れないが。
「そうか……。具合が悪いなら、宮廷医に診せるから俺の部屋に来い」
宮廷医を寮にあるガーネットの部屋へ向かわせる、ということはしてくれないようだ。
「勿体ないお言葉でございます」
頭だけで礼をして、ガーネットはエリスを睨みつけようとしたが、彼はもう、そこにはいなかった。
(――逃げ足の速い……)
内心、行儀悪く舌打ちしながら、ガーネットも歩き出そうとした。
だがそれを、視線だけでジルフォードに止められる。
「何かご用が?」
「――それはもう食わんのか?」
「はい」
それ、と指されているのは、食べかけのラザニアだ。まだ温かく、半分くらい残っている。
「勿体ないから、俺が貰おう」
「は……?」
何を言っているんだ? とガーネットの目が点になる。
部下の食べかけを食べると?
部下、とはいっても恋人同士だが、ここは人目がある。ジルフォードにそんなことをされては、この場にいる者たちへ新しい話題を提供するようなものだ。
「いえ……、騎士長殿におかれましては、新しいもののご用意を……」
「俺は、それが良い、と言っている」
有無を言わさぬその言葉に、ガーネットは頭の中でジルフォードを叱責した。
また誰かに揶揄される未来を想像すると、ガーネットの眉間に皺が寄る。
ジルフォードは、ちっともガーネットとのことを隠す気がないのだろう。本人も、早くガーネットが自分のものだと主張したい、と言っていた。そのことを思い出し、内心で溜息を吐く。
(こういう注目はされたくないのに……)
とはいえ惚れた弱みだ。
ガーネットとて愛してやまない彼が自分のモノだ、と主張したい独占欲は持っている。
(でも……ねぇ……)
ちらりと横目で周囲を見渡すと、ちらちらとこちらを窺う騎士たち数名が見えた。こそこそと耳打ちしている者までいる。
今更隠したところで、何ら意味はない。
今後、ジルフォードとの婚約が正式に発表されれば、もっとあからさまな騒ぎになるだろう。
(予行練習……だと思おう)
どちらにしても、結局周囲に揶揄されるのだ。それが多少早まるだけのこと。
ガーネットはこっそりと溜息を吐き、ジルフォードのために椅子を引いたのだった。
「ガーネット。まだへそを曲げているのか?」
ジルフォードの寝台の上で、ガーネットはツーンとそっぽを向いている。
食堂で彼がガーネットの残飯を食べると言い出したのがそもそもの原因だ。ただ食べるだけではなく「食わせろ」と要求したのが、今に至る要因の一つだった。
「そんなに嫌だったのなら、普通に断ってくれれば良いだろう」
「あの場で一介の騎士である私が、ですか」
騎士長の命令はすなわち、王太子からの命令だ。
それに抗える者など、国王か王女くらいだろう。
嫌だった、ということを否定されなかったのに、ジルフォードは密かに傷ついていたが、ガーネットにとってはそんなこと知ったことではない。
フンッ、と鼻息を荒くする様は、彼女でなければ面倒くさいと感じていたであろうジルフォードだ。大体のことは受け入れる彼女が、珍しく拗ねているのは見ていて面白い。
どうやってご機嫌を取ろうか、と視線を彷徨わせ、侍女に言って持ってこさせた籠に目が入った。それは彼女が座り込んでいる大きな寝台の横に置かれたテーブルの上に置かれている。
ガーネットはフルーツが好きなのだという。だが高価だから滅多に口にできないと。それに今日は食欲がないようなので、彼女の体調を気にしたジルフォードが用意させたものだった。
果実なら、きっと彼女も食べれるだろう、と。
中には大粒のぶどうの房と、彼女の瞳の色より濃い色をしたチェリーやイチゴで埋め尽くされている。
「機嫌を直してくれ。な?」
背後から愛おしい恋人を抱きしめる。その腕は振り払われることはなかった。
「ほら、これをやるから」
言いながら、籠の中からぶどうを一粒もぎ、ガーネットの閉ざされた唇へと押し付ける。だが彼女は口を開かなかった。
ぶどうの果肉を、更に強い力でグッと押し付ける。すると楕円に歪んだぶどうの果実が、とうとうプツッ、と音を立てて弾けてしまった。
「あ……!」
口元や胸元に、ぶどうの果汁が滴り落ち、それに驚いたガーネットが声を上げる。その隙をみて、指を彼女の口の中へと押し入れた。
「ん!」
わずかに歯を立てようとしたガーネットだが、甘噛みで留められる。すぐに歯は上下に退き、彼女の舌先がジルフォードの指を押し出そうと指に絡んでくる。
「ほら、甘いぞ」
その舌をジルフォードは指先で絡め取った。
ぶどうの果汁で濡れる指に、ガーネットが甘く吸いつく。
「…………」
「甘いだろう?」
ちゅうちゅう、と吸いつく彼女は、まるで愛撫の準備をしているように見える。彼女の唾液で濡れた指を、そのまま蜜壺に入れたら、彼女はどんな顔をするだろう。
いやらしいことを想像していたジルフォードだったが、それよりもその唾液は自分が味わおう、とガーネットの唇から自分の指を引き抜く。
「んっ」
ちゅぷん、と水音を立てて引き抜かれたジルフォードの湿った指を、ガーネットはじっと見つめていた。徐々に移動させた指を追って、ガーネットがこちらを振り返る。
その指がジルフォードの口に含まれたとき、彼女は小さく声を上げた。
「な……! あ……!」
「どうした?」
にやり、とジルフォードは唇の端を吊り上げる。
手首まで滴っていた彼女の口腔内の蜜を、見せつけるように舐めとると、カッと彼女の頬が赤く染まる。
「あぁ、やっぱり甘いな」
ぶどうの果汁より、彼女の方が甘い。
彼女の身体のどこを取っても禁断の果実のように誘惑してきて、瑞々しくて甘くて、全部吸い尽くしてしまいたくなる。
「まだ濡れていたか」
ガーネットの顎と胸元は、ぶどうの果汁でわずかに濡れている。腰に腕を巻き付けて抱き寄せ、小さく笑いながら舌で舐めとっていく。
「んんっ……!」
顎を舐め、首筋、鎖骨へと舌を滑らせると、ガーネットは小さく声を上げる。ジルフォードを押し返すために伸ばされた手は、それより早く彼の手によって空中で拘束されていた。
「や……!」
くすぐったいのだろう。ガーネットは僅かに身をよじる。
「ジル……ッ! やめ……!」
「もう少し」
最後に、胸の谷間へと唇を寄せ、立派な絶景の隙間へと舌を指し込み、チュッと吸い上げる。
「あっ!」
小さな嬌声をあげて、ガーネットはフルフルと震えている。
太ももを擦り合わせるその姿は、ジルフォードの官能を刺激した。だが少しだけ、その瞳が非難めいている。
食べ物で遊ぶのは、お好みではないらしい。
フッ、と息で笑い、ジルフォードはもう一粒、ぶどうを手に取る。
「ほら」
薄く開いた唇の中に、それをころん、と転がしてやると、もぐもぐと頬が動く。
こくん、と飲み込んだのを確認してから、ガーネットの口に、もう一つ転がす。
「俺にも、食べさせてくれ」
甘く官能に擦れた声音で言うと、ガーネットは熱の籠った瞳を揺らし、すっと膝立ちになりジルフォードの顔の位置で動きを止める。その手は、籠へと伸ばされていたが、それよりも早く彼女の唇を奪った。
「んっ!」
ガーネットの口の中で、ぶどうを舌でつつく。一瞬目を見開いたガーネットは、ようやく意図を理解して、舌先を使って果実をジルフォードの口腔内へと押し出そうとしている。
だがそれを許さず、ジルフォードはガーネットの舌の動きと、己の舌とを駆使して、器用にぶどうを押し潰した。
「んんっ!」
突然口の中で弾けたぶどうに驚いたのだろう。咄嗟に顔を離そうとしたガーネットの後頭部を、ジルフォードは大きな手で自分の方へと抑えつける。
いつものように深く口づけをして、ガーネットの唾液とぶどうの果汁を彼女の口腔内で掻き回し、最後に強く吸い上げた。
「んんんっ!」
はぁ、と息を吐いて唇を離すと、二人の間に銀色の糸が引く。それを見つめるガーネットの瞳は、もう蕩け始めていた。
「ジルフォード……」
甘えた声が響く。
「――機嫌はもう直ったのか?」
息だけで笑い、熱の籠った擦れた声で問いかける。
それに彼女は、こくんと、頷くだけで返事をした。
「――もっと……」
もっとしてほしいと、彼女は強請ってくる。
どうやら口移しで好物の果物を食すことは彼女のお気に召したらしい。
ジルフォードは彼女が欲しがるまま、高価なフルーツを彼女の口に含ませ、同じように口腔内を蹂躙する。次は彼女に飲み込ませることも忘れない。
最後の一粒になった時、もう彼女の顎も鎖骨も胸元も、果実の果汁でべとべとになっていた。
「あ……」
もう終わり? と潤んだ瞳が問いかけてくる。
「また、今度用意してやる」
「ん……」
嬉しそうにほほ笑む彼女が、やはり愛おしい。
「今は、俺で我慢しておけ」
そう言いながら、今日もまた、彼女を抱くのだった。
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