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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その3 河童の家族
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とてとてと、黄色と黒色の縞模様のパンツ一丁の小鬼が小走りに走ってきた。
「パパ、ななたん、朝ごはん、たべたよ。あっ、お客たん、いらったいまて。ボク、鬼之丞でしゅ」
座敷童子に気づき、冷蔵ショーケースの上に立ってぺこりとお辞儀をする。
小さくてぷっくりした小鬼の愛らしさに、座敷童子の幼女の顔に笑みが浮かび、糸のような目がさらに細くなった。
「うぬは鬼之丞というのか……可愛いのぅ」
「わぁ、ありまとうございましゅ」
褒められて、鬼之丞のふっくらした血色のよい頬が、真っ赤になる。
咲人が紙の小箱を、彼女に手渡した。
座敷童子はこくりと首を縦に振り、菜々美のほうへ手を伸ばした。握りしめた拳を開くと、一万円札が握りしめられている。
「あ、お待ちください、すぐにおつりを……」
和菓子の準備で忙しくて、まだレジの使いかたを聞いていなかった。あわてていると、咲人がすっと横にきてレジを打ってくれ、キャッシュトレイにおつりを入れて初音に差し出した。
無言でおつりをトレイから取った初音が、くるりと背を向ける。
「ありがとうございました! は、初音さん、またいらしてください」
菜々美は叫ぶように言うと、深く一礼した。
ショーケースの上で、鬼之丞も同じようにぺこりと頭を下げる。
「初たん、ありがとうごじゃいましたっ。さようなら」
座敷童子は菜々美と鬼之丞を見つめると、目をさらに細くして微笑み、そっと片手を上げた。
「また……来るからの」
「お待ちしています!」
菜々美の明るい声に、座敷童子は何度か振り返り、ガラガラと扉を開けて帰って行った。
ショーケースの中を整理していた咲人が、ようやく顔を上げてつぶやく。
「初音は葛饅頭が好きだな」
菜々美はじっと彼の美しい横顔を見た。
和菓子職人としての腕もいいし、ちゃんとお客の名前や好みを覚えている咲人は、容姿の素晴らしさを引いても、すごい店長だと思う。
(もう少し、笑顔で対応してくれると、喜ばれるのにな……)
そんなことを思っていると、ガラガラと扉を開ける音がして、次のお客さんが来店した。
小学生くらいの子供を二人連れた父親らしき男性で、子供たちがわぁっと歓声を上げて冷蔵ケースの前にしゃがみこんで、和菓子を見つめている。
「いらっしゃいませ!」
菜々美が明るく声をかけると、冷蔵ケースの前にしゃがみ込んで和菓子に見入っていた子供三人が顔を上げた。
三人の子供たちの顔は、いつの間にか肌の色が緑色になり、短い嘴と頭上に皿が現れている。
(この子たち、河童だ)
日本全国に出てくる相撲好きな海の妖怪の子供たち。緑色の肌がぬるりとして、手には水掻きが見える。
どの和菓子が好きなのかなと思っていると、小学校高学年くらいの子供たちが立ち上がった。
「どれもきれいで、美味しそうです。お姉さん、お勧めは何ですか?」
礼儀正しく質問する河童の子供たちに、菜々美は笑顔で冷蔵ケースの中の和菓子を説明した。
父親もいつの間にか河童の姿に戻っていた。熱心に聞いてくれ、笑顔を菜々美に向ける。
「初めて来店したので、詳しく説明してくれて助かりました。夏越しの日に食べる和菓子があるので買ってきてほしいと妻から頼まれました。水川太郎と申します。息子が次郎、娘が花子です」
河童の父子は、『水無月』を八個と『水ぼたん』を四個購入した。
「妻が待っていますので、家で食べます。次郎と花子も、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとうございました」
「さようなら」
父親に促されて挨拶をした子供たちが、笑顔で手を振り、帰って行った。
咲人の方を見ると、すぐにメモを取っている。その横顔に笑みが浮かんでいるのを菜々美は見逃さなかった。
彼はお客さんが来店して、和菓子を買ってくれることがすごく嬉しいようだが、それを素直に表現できないようだ。
(咲人さんは、美月と似ている)
菜々美の大好きな双子の妹は、小さな頃から感情が顔に出ない子だった。周囲から「クールビューティー」などと呼ばれている美月だが、誰よりも優しいのに、自分の中で完結してしまうのだ。
咲人も似ていると思う。だから菜々美は、お客のことを大切に思っていても、その気持ちが伝わらないと、離れてしまうのではと心配になった。
採用されたばかりで意見を言うのは差し出がましいが、それとなく伝えたほうがいいだろうと思い、厨房に入った咲人のそばに行く。
「咲人さん、あの……少し思ったことがあるのですが」
「なんだ? 言ってみろ」
「お客さんにもう少し愛想をよくしたほうが……いいと思います」
「愛想よく?」
「はい、来店してくれてありがたいという気持ちを言動でお客さんへ伝えると、喜ばれると思うんです」
「…………」
咲人の切れ長の瞳がすっと細まった。
気を悪くしたのかなと、菜々美はあわてる。
「あの……すみません。新人なのに……」
「いや。確かに、笑顔の方が喜ばれる。菜々美、ありがとう――」
素直な咲人の言葉に、菜々美の胸の奥がぽかぽかとあたたかくなり、彼の美しい横顔を見つめた。
咲人は冷蔵ケースに『水無月』を足している。
「パパ、ななたん、朝ごはん、たべたよ。あっ、お客たん、いらったいまて。ボク、鬼之丞でしゅ」
座敷童子に気づき、冷蔵ショーケースの上に立ってぺこりとお辞儀をする。
小さくてぷっくりした小鬼の愛らしさに、座敷童子の幼女の顔に笑みが浮かび、糸のような目がさらに細くなった。
「うぬは鬼之丞というのか……可愛いのぅ」
「わぁ、ありまとうございましゅ」
褒められて、鬼之丞のふっくらした血色のよい頬が、真っ赤になる。
咲人が紙の小箱を、彼女に手渡した。
座敷童子はこくりと首を縦に振り、菜々美のほうへ手を伸ばした。握りしめた拳を開くと、一万円札が握りしめられている。
「あ、お待ちください、すぐにおつりを……」
和菓子の準備で忙しくて、まだレジの使いかたを聞いていなかった。あわてていると、咲人がすっと横にきてレジを打ってくれ、キャッシュトレイにおつりを入れて初音に差し出した。
無言でおつりをトレイから取った初音が、くるりと背を向ける。
「ありがとうございました! は、初音さん、またいらしてください」
菜々美は叫ぶように言うと、深く一礼した。
ショーケースの上で、鬼之丞も同じようにぺこりと頭を下げる。
「初たん、ありがとうごじゃいましたっ。さようなら」
座敷童子は菜々美と鬼之丞を見つめると、目をさらに細くして微笑み、そっと片手を上げた。
「また……来るからの」
「お待ちしています!」
菜々美の明るい声に、座敷童子は何度か振り返り、ガラガラと扉を開けて帰って行った。
ショーケースの中を整理していた咲人が、ようやく顔を上げてつぶやく。
「初音は葛饅頭が好きだな」
菜々美はじっと彼の美しい横顔を見た。
和菓子職人としての腕もいいし、ちゃんとお客の名前や好みを覚えている咲人は、容姿の素晴らしさを引いても、すごい店長だと思う。
(もう少し、笑顔で対応してくれると、喜ばれるのにな……)
そんなことを思っていると、ガラガラと扉を開ける音がして、次のお客さんが来店した。
小学生くらいの子供を二人連れた父親らしき男性で、子供たちがわぁっと歓声を上げて冷蔵ケースの前にしゃがみこんで、和菓子を見つめている。
「いらっしゃいませ!」
菜々美が明るく声をかけると、冷蔵ケースの前にしゃがみ込んで和菓子に見入っていた子供三人が顔を上げた。
三人の子供たちの顔は、いつの間にか肌の色が緑色になり、短い嘴と頭上に皿が現れている。
(この子たち、河童だ)
日本全国に出てくる相撲好きな海の妖怪の子供たち。緑色の肌がぬるりとして、手には水掻きが見える。
どの和菓子が好きなのかなと思っていると、小学校高学年くらいの子供たちが立ち上がった。
「どれもきれいで、美味しそうです。お姉さん、お勧めは何ですか?」
礼儀正しく質問する河童の子供たちに、菜々美は笑顔で冷蔵ケースの中の和菓子を説明した。
父親もいつの間にか河童の姿に戻っていた。熱心に聞いてくれ、笑顔を菜々美に向ける。
「初めて来店したので、詳しく説明してくれて助かりました。夏越しの日に食べる和菓子があるので買ってきてほしいと妻から頼まれました。水川太郎と申します。息子が次郎、娘が花子です」
河童の父子は、『水無月』を八個と『水ぼたん』を四個購入した。
「妻が待っていますので、家で食べます。次郎と花子も、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとうございました」
「さようなら」
父親に促されて挨拶をした子供たちが、笑顔で手を振り、帰って行った。
咲人の方を見ると、すぐにメモを取っている。その横顔に笑みが浮かんでいるのを菜々美は見逃さなかった。
彼はお客さんが来店して、和菓子を買ってくれることがすごく嬉しいようだが、それを素直に表現できないようだ。
(咲人さんは、美月と似ている)
菜々美の大好きな双子の妹は、小さな頃から感情が顔に出ない子だった。周囲から「クールビューティー」などと呼ばれている美月だが、誰よりも優しいのに、自分の中で完結してしまうのだ。
咲人も似ていると思う。だから菜々美は、お客のことを大切に思っていても、その気持ちが伝わらないと、離れてしまうのではと心配になった。
採用されたばかりで意見を言うのは差し出がましいが、それとなく伝えたほうがいいだろうと思い、厨房に入った咲人のそばに行く。
「咲人さん、あの……少し思ったことがあるのですが」
「なんだ? 言ってみろ」
「お客さんにもう少し愛想をよくしたほうが……いいと思います」
「愛想よく?」
「はい、来店してくれてありがたいという気持ちを言動でお客さんへ伝えると、喜ばれると思うんです」
「…………」
咲人の切れ長の瞳がすっと細まった。
気を悪くしたのかなと、菜々美はあわてる。
「あの……すみません。新人なのに……」
「いや。確かに、笑顔の方が喜ばれる。菜々美、ありがとう――」
素直な咲人の言葉に、菜々美の胸の奥がぽかぽかとあたたかくなり、彼の美しい横顔を見つめた。
咲人は冷蔵ケースに『水無月』を足している。
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