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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その11 菜々美の勘違い
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休憩するのだろうかと思って顔を上げると、蘭丸はフットブレーキを踏んでエンジンを止め、シートに手をついた。
「ら、蘭丸さん?」
彼は黙ったまま、有無を言わせぬ勢いで、菜々美に覆いかぶさるように身を乗り出してくる。
「……っ」
突然のことに驚き、菜々美は助手席のドアへ体をくっつける。蘭丸はさらに菜々美の方へ体を寄せてきた。
白くきめ細やかな肌と、アーモンド型の茶色の瞳、高い鼻梁に薄い唇が目の前に近づき、鼓動が大きく跳ねあがる。
咲人ほどではないが、蘭丸も十分美形だ。
(どうしたんだろう。こんな……蘭丸さん、顔、近すぎです……!)
蘭丸の白い頬が朱色を帯び、彼の熱っぽい視線が菜々美を射抜いている。この状態は何だろう。
彼の茶色の瞳が光を反射して煌めいて、見ていると吸い込まれそうになってしまう。
何か言わなきゃと思ったけれど、男性からこんな眼差しを向けられたことがない菜々美は、ドキドキと心臓が脈打ち、全身が熱くなって言葉が出てこない。
「いいね、すごく」
「え?」
蘭丸は菜々美の横に手を着き、助手席の窓へ額をくっつけるようにして、外をじっと見つめている。
「この角度もいい。最高の看板だ!」
「……看板?」
蘭丸は胸ポケットからスマートフォンを取り出して構えた。
「菜々美ちゃん、ごめん。助手席の窓硝子を下ろしてくれる?」
「は、はい」
蘭丸は大きな古着屋の看板へ向けて、何度もシャッターを切る。
「あの看板の文字、ほんわかした色使いとフォントがいいなぁ。菜々美ちゃんもそう思わない?」
彼の視線の先の看板を見つめ、菜々美は蘭丸の職業がフリーデザイナーだと思い出した。
菜々美ではなく看板を見ていたのだと理解し、恥ずかしい勘違いをした自分に笑いが込み上げてくる。
「あ……あれですか。す、素敵な看板ですね」
「でしょ! インパクトもあるし、すごいよね」
瞳を輝かせる蘭丸に、菜々美はほぅっと深いため息をつき、話題を変える。
「白楽町まであと少しです。そろそろ行きましょうか、蘭丸さん」
「そうだね。うん、行こうか」
再び車が動き出すと、ノリヒサが緊張した声で訊いた。
「菜々美さん、あとどのくらいでユカリの家に着きますか?」
「えっと、十分くらいです」
振り返って伝えると、ノリヒサはごくりと喉を鳴らして、唇をかみしめている。
目的地付近まで来た。
菜々美は注意深く、アプリの仮面と道路を見比べてナビを続ける。
「蘭丸さん、次の信号を右折です。あっ、今の交差点です」
「あ、ごめんね。素敵な看板が見えたから、通り過ぎちゃった。ははは……」
「あの、前見てください! 危な……っ」
あわててハンドルを切った。もう少しでガードレールにぶつかるところだった。
蘭丸はおっとりして優しそうな好青年なのだが、フリーのデザイナーという職業柄、目を引く店舗や看板があればすぐにそちらに視線が行き、運転が危なかっしくて仕方がない。
一方、後部座席のノリヒサが青ざめているのは、蘭丸の運転のせいだけではないようで、彼は掠れた声を上げる。
「そいえば、ユカリはなぜ、甘味堂の方と一緒に来るようにと言ったんでしょう? 二人きりで会いたくない理由があるんでしょうか」
一年も会っていないのだ。会う直前になってノリヒサは不安になっている。
菜々美も同じように感じていた。引っ越し先を知らせていないことも気になる。
ユカリが二人きりで会おうとしない理由を考えると、なんだか嫌な予感がした。
「……」
蘭丸もハンドルを握ったまま黙っている。車内が重い空気に満ちてしまう。
(どうか、ノリヒサさんとユカリさんが、仲直りできますように)
心の中でそう祈っていると、じきにユカリが住むアパートに到着した。
「ら、蘭丸さん?」
彼は黙ったまま、有無を言わせぬ勢いで、菜々美に覆いかぶさるように身を乗り出してくる。
「……っ」
突然のことに驚き、菜々美は助手席のドアへ体をくっつける。蘭丸はさらに菜々美の方へ体を寄せてきた。
白くきめ細やかな肌と、アーモンド型の茶色の瞳、高い鼻梁に薄い唇が目の前に近づき、鼓動が大きく跳ねあがる。
咲人ほどではないが、蘭丸も十分美形だ。
(どうしたんだろう。こんな……蘭丸さん、顔、近すぎです……!)
蘭丸の白い頬が朱色を帯び、彼の熱っぽい視線が菜々美を射抜いている。この状態は何だろう。
彼の茶色の瞳が光を反射して煌めいて、見ていると吸い込まれそうになってしまう。
何か言わなきゃと思ったけれど、男性からこんな眼差しを向けられたことがない菜々美は、ドキドキと心臓が脈打ち、全身が熱くなって言葉が出てこない。
「いいね、すごく」
「え?」
蘭丸は菜々美の横に手を着き、助手席の窓へ額をくっつけるようにして、外をじっと見つめている。
「この角度もいい。最高の看板だ!」
「……看板?」
蘭丸は胸ポケットからスマートフォンを取り出して構えた。
「菜々美ちゃん、ごめん。助手席の窓硝子を下ろしてくれる?」
「は、はい」
蘭丸は大きな古着屋の看板へ向けて、何度もシャッターを切る。
「あの看板の文字、ほんわかした色使いとフォントがいいなぁ。菜々美ちゃんもそう思わない?」
彼の視線の先の看板を見つめ、菜々美は蘭丸の職業がフリーデザイナーだと思い出した。
菜々美ではなく看板を見ていたのだと理解し、恥ずかしい勘違いをした自分に笑いが込み上げてくる。
「あ……あれですか。す、素敵な看板ですね」
「でしょ! インパクトもあるし、すごいよね」
瞳を輝かせる蘭丸に、菜々美はほぅっと深いため息をつき、話題を変える。
「白楽町まであと少しです。そろそろ行きましょうか、蘭丸さん」
「そうだね。うん、行こうか」
再び車が動き出すと、ノリヒサが緊張した声で訊いた。
「菜々美さん、あとどのくらいでユカリの家に着きますか?」
「えっと、十分くらいです」
振り返って伝えると、ノリヒサはごくりと喉を鳴らして、唇をかみしめている。
目的地付近まで来た。
菜々美は注意深く、アプリの仮面と道路を見比べてナビを続ける。
「蘭丸さん、次の信号を右折です。あっ、今の交差点です」
「あ、ごめんね。素敵な看板が見えたから、通り過ぎちゃった。ははは……」
「あの、前見てください! 危な……っ」
あわててハンドルを切った。もう少しでガードレールにぶつかるところだった。
蘭丸はおっとりして優しそうな好青年なのだが、フリーのデザイナーという職業柄、目を引く店舗や看板があればすぐにそちらに視線が行き、運転が危なかっしくて仕方がない。
一方、後部座席のノリヒサが青ざめているのは、蘭丸の運転のせいだけではないようで、彼は掠れた声を上げる。
「そいえば、ユカリはなぜ、甘味堂の方と一緒に来るようにと言ったんでしょう? 二人きりで会いたくない理由があるんでしょうか」
一年も会っていないのだ。会う直前になってノリヒサは不安になっている。
菜々美も同じように感じていた。引っ越し先を知らせていないことも気になる。
ユカリが二人きりで会おうとしない理由を考えると、なんだか嫌な予感がした。
「……」
蘭丸もハンドルを握ったまま黙っている。車内が重い空気に満ちてしまう。
(どうか、ノリヒサさんとユカリさんが、仲直りできますように)
心の中でそう祈っていると、じきにユカリが住むアパートに到着した。
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