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五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆
その5 ふわふわした気持ち
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「――菜々美ちゃん、すごく困った顔になってる……ごめんね。気にしないで。深い意味はないから」
そう言った蘭丸の方こそ、眉が下がって、うろたえているような……。菜々美はブンブンと大きく縦に首を振った。
「気にしてないです。大丈夫です」
「よかった。あっ、デザイン変更の依頼が来ている。そっか、やっぱりやり直しだ。咲人くん、僕、急ぎの仕事が入ったので、二階をお借りします」
「ああ――店の方は俺と菜々美で回すから大丈夫だ」
お願いします、と言いながら蘭丸がノートパソコンを持って階段を上がっていく。彼の姿が消えると、思わずほぅっと菜々美の口からため息が漏れた。
(深い意味はないって、蘭丸さんは言ったけど……)
菜々美の動揺は続いていた。
(あっ……咲人さん……)
厨房で小豆を煮ている咲人の存在が気になり、心臓に氷を押し当てられたような感覚に、ぴくっと肩が波打った。
そっと咲人の方を見ると、いつもと変わらない真剣な表情で、鍋を掻き混ぜている。
(今の蘭丸さんとのやり取り、咲人さんにも聞こえていたと思う……でも、聞こえないふりをしてくれているみたい)
菜々美は作務衣の裾をぎゅっと握りしめた。
冷静な咲人の声が、静かな店内に響く。
「菜々美、箱詰めが終わったら、厨房を手伝え」
「は、はいっ」
(そうだ。しっかりしなきゃ。お仕事を頑張らないと。箱詰め、あと少し……)
ふわふわした気持ちと動揺を咲人に悟られないよう、菜々美はあわてて手を動かす。気持ちを引き締め、箱詰めの仕事に集中すると、窓ガラスがきらりと光った。
ちらりと見ると、窓の外は燦々とした明るい陽射しが降り注ぎ、今日も暑くなりそうだ。
(もう少しすると、美月に会える――)
明るい光が、菜々美の胸の中を照らした。
****
「菜々美、会いたかった!」
「美月? わぁ……! 久しぶり。早かったね」
電話で聞いた通り、二日後、夕さりから菜々美が帰宅すると、美月が帰省していた。
玄関を開けた途端、抱きついてきた美月は、少し髪が伸びて、闇の中に咲いた光の花のように、さらに美しくなっている。
「美月、大丈夫だった? 変な男が待ち伏せしてなかった?」
「平気よ。岡山駅からタクシーで帰ってきたけど、家の周辺に、怪しい車とか人とか全然いなかったと思うよ」
よかったと思いながら、菜々美はバッグから和菓子の包みを出した。
「夕さりの新作の和菓子を買ってきたよ。『琥珀糖』っていうの。「氷菓糖」や「和菓子の宝石」と呼ばれ、様々な色や形で作りことができ、表面のさらりとした食感と中のもちっとした違いが楽しいのよ」
「へえ、すごくきれいな和菓子ね。早く食べたいわ」
母の智子はまだ仕事で保育園にいるので取り置いて、熱いお茶を淹れ、残りを二人で一緒に食べる。
「美味しい! 『甘味堂夕さり』は良さそうな職場なのね。菜々美、すごく生き生きしている」
「うん、楽しいよ」
「あたしも、菜々美が働いているお店へ行ってみたいわ。皆さんに挨拶したいし、お店で働いている菜々美を見たいの」
「……」
菜々美は言葉に詰まった。美月が寂しそうに小首を傾げる。
「前のカフェの時、菜々美に迷惑をかけちゃったから、ダメかな?」
カフェで働いていた時、挨拶に来た美月を見て、山本オーナーがひと目惚れをした。連絡先を教えないのならクビにすると言い出し、本当にそうなったのだ。
(咲人さんや蘭丸さんなら、美しい美月を見ても、執着するようなことはないはず。でも……)
何より、あの甘味堂は人界と妖界の狭間にあり、訪れる客のほとんどはあやかしだ。家族にも他言しないと、咲人と約束している。
「お店は特別な場所にあるの。それで……うーん、明日、店長さんに相談してみる」
「お願いね。邪魔しないから」
美月が可愛く顔の前で両手を合わせた。その直後、玄関の呼び鈴が鳴った。
そう言った蘭丸の方こそ、眉が下がって、うろたえているような……。菜々美はブンブンと大きく縦に首を振った。
「気にしてないです。大丈夫です」
「よかった。あっ、デザイン変更の依頼が来ている。そっか、やっぱりやり直しだ。咲人くん、僕、急ぎの仕事が入ったので、二階をお借りします」
「ああ――店の方は俺と菜々美で回すから大丈夫だ」
お願いします、と言いながら蘭丸がノートパソコンを持って階段を上がっていく。彼の姿が消えると、思わずほぅっと菜々美の口からため息が漏れた。
(深い意味はないって、蘭丸さんは言ったけど……)
菜々美の動揺は続いていた。
(あっ……咲人さん……)
厨房で小豆を煮ている咲人の存在が気になり、心臓に氷を押し当てられたような感覚に、ぴくっと肩が波打った。
そっと咲人の方を見ると、いつもと変わらない真剣な表情で、鍋を掻き混ぜている。
(今の蘭丸さんとのやり取り、咲人さんにも聞こえていたと思う……でも、聞こえないふりをしてくれているみたい)
菜々美は作務衣の裾をぎゅっと握りしめた。
冷静な咲人の声が、静かな店内に響く。
「菜々美、箱詰めが終わったら、厨房を手伝え」
「は、はいっ」
(そうだ。しっかりしなきゃ。お仕事を頑張らないと。箱詰め、あと少し……)
ふわふわした気持ちと動揺を咲人に悟られないよう、菜々美はあわてて手を動かす。気持ちを引き締め、箱詰めの仕事に集中すると、窓ガラスがきらりと光った。
ちらりと見ると、窓の外は燦々とした明るい陽射しが降り注ぎ、今日も暑くなりそうだ。
(もう少しすると、美月に会える――)
明るい光が、菜々美の胸の中を照らした。
****
「菜々美、会いたかった!」
「美月? わぁ……! 久しぶり。早かったね」
電話で聞いた通り、二日後、夕さりから菜々美が帰宅すると、美月が帰省していた。
玄関を開けた途端、抱きついてきた美月は、少し髪が伸びて、闇の中に咲いた光の花のように、さらに美しくなっている。
「美月、大丈夫だった? 変な男が待ち伏せしてなかった?」
「平気よ。岡山駅からタクシーで帰ってきたけど、家の周辺に、怪しい車とか人とか全然いなかったと思うよ」
よかったと思いながら、菜々美はバッグから和菓子の包みを出した。
「夕さりの新作の和菓子を買ってきたよ。『琥珀糖』っていうの。「氷菓糖」や「和菓子の宝石」と呼ばれ、様々な色や形で作りことができ、表面のさらりとした食感と中のもちっとした違いが楽しいのよ」
「へえ、すごくきれいな和菓子ね。早く食べたいわ」
母の智子はまだ仕事で保育園にいるので取り置いて、熱いお茶を淹れ、残りを二人で一緒に食べる。
「美味しい! 『甘味堂夕さり』は良さそうな職場なのね。菜々美、すごく生き生きしている」
「うん、楽しいよ」
「あたしも、菜々美が働いているお店へ行ってみたいわ。皆さんに挨拶したいし、お店で働いている菜々美を見たいの」
「……」
菜々美は言葉に詰まった。美月が寂しそうに小首を傾げる。
「前のカフェの時、菜々美に迷惑をかけちゃったから、ダメかな?」
カフェで働いていた時、挨拶に来た美月を見て、山本オーナーがひと目惚れをした。連絡先を教えないのならクビにすると言い出し、本当にそうなったのだ。
(咲人さんや蘭丸さんなら、美しい美月を見ても、執着するようなことはないはず。でも……)
何より、あの甘味堂は人界と妖界の狭間にあり、訪れる客のほとんどはあやかしだ。家族にも他言しないと、咲人と約束している。
「お店は特別な場所にあるの。それで……うーん、明日、店長さんに相談してみる」
「お願いね。邪魔しないから」
美月が可愛く顔の前で両手を合わせた。その直後、玄関の呼び鈴が鳴った。
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