この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜

大和田大和

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ミノタウルスの中身

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[黒マント(ミスターゼロ)視点]

フルフェイスのマスクを外して、鏡台に置く。じっとこちらを見つめるヘルメットはまるで自身の頭部。切り落とされた首が無念の表情で俺の顔を見つめてくる。

俺はヘルメットの無表情を見つめる。ヘルメットに目なんて当然ない。だけど、存在しない目と、俺の目が合ったような気がした。
「アリシアが憎い。アリシアが憎い。アリシアが憎い」
自分に言い聞かせるようにして、呟いた。

俺は目の前の鏡を見つめる。くぐもって汚れまみれの鏡は、俺の表情を写したがっていないみたいだ。
鏡面に描かれた、埃のアートを袖で拭った。心地のいい音と共に、汚れが袖に移る。鏡には拭った跡だけが、綺麗な放物線を幾重にも描く。

鏡の中を見つめると、そこには何も写っていない。顔があるべき場所には、顔がないのだ。

その瞬間、勢いよく部屋のドアが開く。
「ミスターゼロ。敵を捉えたでござ」
言い終わる前に、騎士は空気を飲んだ。当然だ。首から上がない人間を見たら誰でも同じ反応になる。
「部屋に入るなと言っておいたはずだが?」

「申し訳ないでござる」
「まあいい」
そして、再びヘルメットをかぶる。ヘルメットは“存在しない頭部”を包み隠す。

まるで空っぽの宝箱。
まるで空になった酒瓶。
まるでマジックショーの黒い箱。
中には何も入っていないのに、視界を阻めば、そこに何かがあるような気がするだろ?

「敵を捉えたのだな?」
「ござる!」
そして、俺は自室を後にした。残された空っぽの部屋は、まるで死体のようだった。


[アリシア視点]

「アリシア! 起きろ!」
ケンの声が耳を刺す。フラつく頭はぐらついて今にも取れそうだ。風に煽られるたびに揺れるタンポポみたい。

私は頭部の中の頭蓋に血液を集中。朦朧とする意識をはっきりさせる。ぼやける視界をクリアにする。
眼が覚めると、縛られていた。横にはケンもいる。

「ここはどこ?」
そこは、絵本の中のような場所だった。子供が書いた絵の海の中にいる。足元には絵で描かれた砂浜が広がっている。茶色いクレヨンが塗りたくられているだけにしか見えないが、触れた場所はジャリジャリと音がする。おまけに絵からは砂の感触までしっかり感じることができるのだ。

見渡すと、ここは絵で描かれた海の中心の島の上だった。海も砂と同様青いクレヨンで書き殴られている。壁にも丁寧に水平線が描かれている。まるで海のど真ん中にいるみたいだ。

時折聞こえてくるさざ波の音がどこか不思議な感覚を脳に植える。
バタンっ!
突如、何もない空間がドアのように開いた。

バタンっ! バタンっ! バタンっ! バタンっ! バタンっ!
次々とドアが開く。私がいる部屋に先ほどの騎士たちが入ってくる。その中には黒マントと萌ちゃんもいた。

「萌ちゃん! 無事だったの?」
萌ちゃんは、私の元に来ると、思いっきり蹴りつけた。

「きゃっ! 何するのっ?」

「まだわかんないのか? バーカ!」

「アリシア。そいつが裏切り者だ。俺たちははめられたんだ」
先ほどケンと私を背後から殴り倒したのは彼女だということになる。
「そ、そんな」
そして、大きな音がして、部屋のど真ん中がドアのごとく開く。

中から出てきたのは、一匹のミノタウルスだった。巨大な体躯は黒い毛で覆われている。足には蹄が付いている。頭には、とぐろを巻いた角が二本生えている。瞳は黄色くて冷たい。禍々しい様相からは怒りしか感じ取ることができない。

まるで怒りそのものと対峙しているようだ。憤怒の怒りが質量を孕んで目の前にいる。ミノタウルスは巨大な口を開いた。ケンの目をまっすぐに見つめる。

「信じられない」

ミノタウルスは何かに動揺している。黒毛の草原から覗く黄色い瞳が少し震えている。
「なぜお前がここにいる?」
「さあな?」
「え? ケン、あなたミノタウルスと知り合いなの?」

「お前双子なのか?」
ケンはミノタウルスの問いかけを無視する。

(双子? 双子って何のこと?)

「お前はアリシアだな。お前の能力は“嗅げない匂いを嗅ぐ能力だ”そうだろ? もうネタはバレているんだよ!」
ミノタウルスは意味不明なことを言い放つ。

(私にそんな能力はない。一体何の話をしているんだ? 何かがおかしい)

「ミノタウルス! あなたの目的は何なの? 何で騎士を誘拐したの?」
「俺の目的は、ハイデルキアを滅ぼすことだ! だがそんなことは今はどうでもいい!」
ミノタウルスは黒マントの方を見て、
「ミスターゼロ来い! お前がやれ! こいつらにとどめを刺せ!」
黒マントが騎士の中からこちらにくる。

私は、黒マントに声をかける。
「あなたウルフでしょ?」
こいつは私のことを何度か助けてくれた。私の知り合いの中でそんなことをしてくれるのはウルフくらいしかいない。
ウルフがケンの姿に変身しているのならミノタウルスの動揺も説明がつく。

そして、黒マントはそのヘルメットを外した。中から出てきたのは、私の想像通り、ケンの姿をした人物だった。
「お前たちを殺す」
ケンの姿をしたウルフはこちらに近寄る。きっと私たちを殺す気だ。

「ウルフ! こんなことやめて! 私たち友達でしょ!」
そして、ケンに狙いを定める。
「やれ!」
ケンは黒マントに叫ぶ。

そして、彼はケンのことを切りつけた。そして、ケンは、私とずっと一緒に戦っていたケンは、ウルフの姿になった。
「えっ? どういうこと?」
私の頭の中で今まで組み立ててきたパズルが一気に崩れる。そして、新たに組み上がる。

私の敵は騎士殺し。ハイデルキアの騎士を拉致して殺す化け物だ。だが、実際に騎士殺しのねぐらに入ると騎士たちは、ピンピンしていた。それどころか私たちに向かって斬りかかってきた。

今までずっと一緒にいたのがウルフだとすると、私の目の前にいるのは本物のケン。

私はミノタウルスの方を見て、
「ミノタウルス! いや騎士殺し、あなたのパワーワード能力は、人を洗脳する力なのね?」

ケンはその能力を食らって、ミノタウルスの部下になったんだ。
「そうだ!」
ケンが答えた。そして、本物のケンはなぜか私の縄を解いた。

「え? なに? どういうこと?」
さっきケンは味方ウルフを攻撃した。それは間違いない。

「何をしている? ミスターゼロ! 貴様、最初から裏切るつもりだったのか?」
ミノタウルスの動揺している。
やっていることが支離滅裂で釈然としない。意味がわからない。何が起きているんだ?
「アリシア。ミノタウルスのパワーワード能力は、“敵に忠誠を誓わせる”というものだ」
ケンが小声で言う。そして、私の頭をぽかんと殴った。

「あいたっ!」
ケンはミノタウルスの方を向く。ミノタウルスは右手を前に出して、ケンに向かって、
「敵に忠誠を誓え! 今からは貴様は、この私の、騎士殺しの部下だ!」

そして、ケンは絵画剣を投げ捨てると、
「パワーワード発動! 水よ! 燃えろ!」
ミノタウルスに忠誠を誓わされたケンは、何とミノタウルスに斬りかかっていった。謎が謎を呼ぶ。この場にいるほとんどの人間は、何が起こっているのかわかっていないだろう。




[ケン視点]

手の中で水が燃えている。水は熱を放ちながら右手の中で剣となる。あぶくを歌いながら舌なめずりをする。泡沫が水のヤイバから空気に逃げる。半透明な剣は、“空想の存在”であったこの俺の存在をよく表している。

反対側が透ける剣は虚ろな夢のよう。現実も虚構も飲み込んで全て自分の都合のいいように書き換えることができる。そんな気がするんだ。

「何っ! どういうことだ!」
ミノタウルスは俺の攻撃に大きくひるむ。俺は水の剣をさらに延長させる。リーチを伸ばし、槍と剣の中間のような武器にする。重さはほとんどなく。絶対に壊れない。

数ヶ月前から準備した作戦がうまくいったのだ。

ミノタウルスは右手に裂傷を負った。切り裂かれた黒毛は、束になって地面の絵に落ちる。
俺は絵で描かれた海の上を走る。地面に触れた箇所からバシャバシャと水の音が聞こえる。靴は絵に触れただけなのに、海水で濡れて汚れている。

そして、俺は地面の絵を切り裂きながらミノタウルスに再び向かう。地べたを削りながら走っている!
切り裂かれた地面はめくれ上がり、うねり始める。騎士に囲まれたダイニングで、俺がウルフの動きに合わせて行ったものと同じ、パワーワードの合作だ。

あの時俺は絵の陰からアリシアとウルフを助けていた。

「さっきの水差しの水を操ればこの状況を打開できる!」
ケンに変身しているウルフは、大声で作戦を口に出した。
「にょにょ? ケンちゃん。作戦を口に出したらだめだにゅ!」

「もういいだろう」
ケンに変身しているウルフは、合図とともに、右手を下ろした。荒れ狂う紙の嵐は収まり、気絶した騎士だけがその場に残された。


俺は作戦の一旦を頭から追いやると、ミノタウルスを見つめた。醜い化け物めがけて距離を詰めていく。
切られた地面は細い紙となり、俺の水の剣にまとわりつく。シュレッダーで切り取られた紙が剣にエンチャントされたみたいだ。

そして、うごめく巨大な絵海とともにミノタウルスの首を切断した。

「これで即死だ。俺の勝ちだ」

かぼちゃを海に放り投げた時のような音がした。一刀両断されたミノタウルスの巨大な首が、海の上に落ちたのだ。

そして、
「この私がここまで追い詰められるとはな」
ミノタウルスの首を失った胴体から声がする。

「何っ? また生きているのか?」
そういえば、最初の斬撃の時も出血しなかった。首を切られたのに血が出ないなんておかしい。
「まさかそれ着ぐるみなのか?」
騎士殺しは、着ていた着ぐるみを脱いだ。中から一人の人間が出てきた。俺は、出てきた人物を見て、
「冗談だろ?」
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