40 / 260
戦いの結末
しおりを挟む
俺たちの様子を見て、騎士たちがざわつきだした。
「なんだな? 殺すんじゃなかったのかな?」
「兄様様子が変だぜ」
「兄様兄様様子が変だぞ」
「ならアルトリウスごと殺すしかないな」
十一人の騎士たちは俺たちを取り囲む。虫一匹這い出る隙間などない包囲がにじり寄ってくる。
「でもどうやって戦うんだ? あいつら次の一撃で俺たちを即死させるはずだ。そうなったらパワーワードもクソもない!」
「なら何か考えろ!」
俺は水を操る。アルトリウスは絵と忠誠心を操る。
「あいつらの忠誠心を奪えないか?」
「無理だ。実力差がありすぎる。そんなに都合のいい能力じゃないんだ」
騎士がさらに近寄ってくる。
「出来損ないのスクラップめ!」
なら水と絵で戦うしかない。水、水、水。絵、絵、絵。何かないか? 何かないのか? ここで何か思いつかないと二人とも殺されてしまう。
その時、頭の中に一枚の絵が浮かんだ。
「そうだ!」
俺は懐から一枚の絵を引きずり出した。
「お前これを現実にできるか?」
「無理だ」
アルトリウスは素早く即答した。
「ならやれ!」
「はあ?」
「パワーワードは不可能であればあるほど、可能に近づく。この絵を現実のものにしろ!」
俺が差し出したのは、あの時の子供が書いてくれた絵だ。
【私は絵を描いたの。あなたは私のヒーローよ!】
女の子が俺に絵を差し出す。絵には、俺が悪者をやっつけているシーンが描かれていた。
勝機はこの絵にしかない。
「これを現実にしろ!」
「なんだこの絵?」
「その絵は俺が悪者をやっつけているシーンの絵だ!」
逆転するには、“勝利という結果”の絵を現実にするしかない。
「私が描いた絵じゃないと現実化できない。それにこんな抽象的なものそもそも現実にできない!」
「アルトリウス。お前はなんども自分が笑っている姿を絵で描いた。そしてそれは叶わなかった」
騎士たちがにじり寄る。
「殺してやる! 虫けら!」
「今から、お前は自分の力で叶えるんだ」
俺は地べたで動くはずのない義手を必死で動かすアルトリウスの姿を鮮明に思い出した。
『うん! 私頑張る!』そう言って、幼きアルトリウスは泥の上を這った。
アルトリウスの瞳からヘドロが消えた。澄んだ空色の瞳が夜の闇の中で星のように輝く。その瞳は、幼き日の彼女の瞳によく似ていた。まだ希望に満ちていた彼女の目にそっくりだった。
騎士がすぐそばまで来た。
「役立たずのクズめ!」
俺はアルトリウスの瞳を見つめて、
「やるんだ! 急げっ!」
アルトリウスは頷く。絵に右の義手を乗せる。義手の金属に映った彼女の瞳が湾曲する。“もう頑張りたくない”そう心に決めたアルトリウスは十数年ぶりにもう一度だけ頑張ることにした。
「絵よ。私の代わりに動け」
「頼む! 上手くいってくれ!」
そして、絵は燦然と輝く光の塊になった。まばゆい輝きが大広間を上から下まで覆い尽くす。完全に光で埋め尽くした後は、アルトリウスと俺の手の中で巨大な剣になった。
「何をする気か知らないが、もう遅い! くたばれっ!」
騎士たちは一斉に襲いかかる。
手の平の中で鼓動する光の剣は胎動し、鳴動し、静止しながらうごめいている。はちきれそうな躍動感が必死でブレーキをかけているみたいだ。手を離せば飛んで行ってしまいそう。
「いくぞ!」
「ああっ!」
そして、俺はアルトリウスの背中から彼女ごと剣を抱きかかえる。二対の両手はしっかりと剣を掴む。剣はつかも唾も刀身もすべてが光一色だ。太陽からこぼれ落ちた光のしずくをそのまま掬って武器にしたみたいだ。透明な光の塊は、俺たちの掌の中で生物のように呼吸をする。抱えきれないほどの光の束が、アルトリウスの顔にかかる。
そして、
「いけえええええ!」
俺たちは、剣を抱えつつ、回転し薙ぎ払った。
特大の閃光車輪は、空気をちぎりながらその身を爆散させた。闇をかき消す光の因子は、バケツをひっくり返したようにその場を埋め尽くした。光の洪水は心の中にまで入り込んで、闇を溶かして無くしてくれた。
暗い暗い暗い夜が明けた。長かった辛かったアルトリウスの夜は、今、ようやく明けたのだ。
街は目を覚ました。まだ夜明け前にも関わらず、空は白んで、輝きを放つ。
王城から発せられる極大光が次々と民の瞼をノックする。
「ママ! 朝だよ」
小さな子供が、母親を起こそうとしている。
「まだ朝の四時よ。あれ? 本当ね」
その子の母親と思しき女性は、目を覚ますとベッドの上で不思議そうな顔をする。
「な、なんだ急に夜が明けたぞ?」
散歩していた男性が、空を仰ぐ。
「わんわんっ!」
犬は嬉しそうに跳ね回る。
夜を引きちぎった光の津波は、野を駆け、山を滑り、空を泳いだ。地べたの上を颯爽と走っていく。地表を舐める光の流星群は、まるで水のようだ。街の建物の間をうねりながら縫っていく。
光の潮流は、希望を零しながら奔走していく。もう暗い闇なんて影すら存在できていない。街から全ての影を切り取って何処かに隠したみたいだ。
長い長い一瞬だった。夜の途中で植え付けられた朝は、次第に収まっていった。
徐々に薄くなる光のベールの中で、
「私の勝ちだ」
アルトリウスはその手で勝利を掴み取った。
「ゆ、許してくれー」
十一人いた兄たちは、完全に戦意を喪失した。地べたにうずくまりガタガタ震えている。もうこちらに立ち向かう気力など残っていないのだろう。
そして、勢いよく奥の扉が開く。
「何事じゃ?」
声の主は、この国の王だった。王は部屋の中を視線で舐める。地面に伏す我が子を見て、俺を見て、アルトリウスを見た。
「アルトリウスなんでここにいる? 何が起きたのじゃ?」
そして、アルトリウスと俺は事情を全て説明した。
「事情はわかった。だがもう十分じゃろう。たった二人の人間に王宮の奥まで攻め入られるとは、なんたる失態。これでは国民に示しがつかん」
王は叱責するような視線を息子たちに浴びせる。
「ひいっ!」
王はアルトリウスを再び見つめる。お揃いの青い瞳から飛び出た視線が交差する。
「今回のことは兄たちの所業を鑑みて不問にするが、王宮に攻め入ってきたのも事実。今後この王宮には近づくな。それとお前は破門じゃ。もう娘でもなんでもない。消えろ」
事件のもみ消しということなのだろう。
「おい! 待てよ! あんたアルトリウスの父親なんじゃ」
「よせ! ケン。もういい」
「でも!」
「いい。もういいんだ」
そして、俺たちは城の裏口から逃げるようにして出た。その時、こっそりとビリビリにされた円卓の騎士の絵を拾っておいた。
城を去る時のアルトリウスはどこか吹っ切れていたみたいだった。胃がんが切除されたような顔をしている。淀んだ瞳から濁りは消えて失せていた。
「これからお前はどうするんだ?」
静寂の中に二人分の足音が響く。コツコツコツコツ。砕けた沈黙の破片は、やけに耳に残る。
「何も。ただ存在するだけの日々に戻るさ。一日中、窓の外を眺め続ける。どうしようもないんだ。不幸に人間は抗えない」
「でも」
俺が言い終わる前に、
「おーい! ケン!」
アリシアが俺に声をかけた。
「アリシア?」
「急に空が光ったから何かと思ったわ! やっぱりケンだったのね! あれ? お姫様はなんでケンと一緒にいるの?」
俺はアリシアに事情を説明した。
「そういうことか」
「それと」
俺は続けてアリシアにあることを耳打ちした。
「ええっ? 本当に?」
「ああ。じゃあ任せたぞ」
俺はアリシアとアルトリウスを放置してその場を後にした。
[アルトリウス視点]
ケンが去ると、
「じゃあ行きましょうか?」
「行くってどこに?」
アリシアは私の義手をとって、
「ほら! ダッシュ!」
私を連れていく。引きずられるように、私は義足を動かした。機械的な関節音が辺りに響く。ガチャガチャ歌っているみたいだ。煩い音は、少しだけ暖かく感じた。
そして、
「ここは私が攫った騎士の家?」
アリシアは騎士の家をノックした。
ガチャリ。中からは騎士が出てきた。
「なんだ? こんな朝っぱらから。ん? お前俺を誘拐した女か?」
そして、私たちは怒号のような罵声を浴びながら、今回の事件を謝罪した。
次の家でも同じようなことが起きた。罵詈雑言を頭からかけられながら、事件に全く関係がないアリシアは、私とともに謝罪した。
その次の家でも同じだった。人格否定をされるような言葉の雨は、容赦無く降り注ぐ。
そして、全ての騎士の家を訪ね終わると、
「怒られちゃったね」
「アリシアだったな? なんで私と一緒に謝ってくれるんだ? お前になんの得がある?」
「んー? 得か? 得はしないかな。強いて言えば、昔私も同じように、助けてもらったんだ」
なんとなくだが、アリシアはケンの話をしているような気がした。
「そうか。礼を言う。私はこれで失礼する」
「ダメよ!」
「な、なんでだ?」
「アルちゃん。あの絵本の家に帰るつもり?」
「アルちゃん? アルちゃんってなんだ?」
「いいから答えて!」
「そうだ! あの絵本の家に帰る」
「そこで何をするの?」
「何もしないさ。ただ死人のように毎日食事を喉に運ぶだけだ。私の人生はただの作業と同じなんだ」
「せっかく手足があるのに?」
「そうだ。手足が動くようになっても不幸な人生は不幸なままだった。私は誰からも必要とされずに、死ぬまで生き続けないといけないんだ!」
「アルちゃん。あなたは、自分から不幸に身を委ねているのよ。不幸は雨と一緒。全ての人に等しく降り注ぐ。全ての人間が何らかの形で不幸を味わっている。全ての人間は苦しみながら生きている」
アリシアの瞳は力強く光る。朝焼けを眼窩に閉じ込めたみたいだ。
「多くの人は両手足を持っている。だけど地べたを這うようにして生きているのよ。手足があっても、立ち止まって動けずにいる人もたくさんいる」
「黙れ」
アリシアは、少し潤んだ瞳で私をしかと見て、
「手足がないことを、前に進めない言い訳にしないで」
「うるさい! お前に何がわかる!」
「私と一緒に来て」
アリシアが私に手を差し伸べる。ずっと私が欲しかったものだ。ずっと誰かに助けてもらいたかった。ずっと求めていたものだ。
だけど、
「断る。もう私のことなんか放っておいてくれ」
空に太陽が昇る。爽やかな風が朝日に混じる。溶かした黄金のような光線が、私の髪に当たって跳ねる。弾き飛ばされた光のかけらは、その身をそっと周囲に散らす。
「断るわ」
そして、アリシアは私の手を無理矢理掴んで、走り出した。足を一歩踏み出すたびに、生きていると実感できた。体が風にぶつかるたびに走っていると実感できた。瞳に光が打ち込まれるたびに自分の存在を感じた。
「なんだな? 殺すんじゃなかったのかな?」
「兄様様子が変だぜ」
「兄様兄様様子が変だぞ」
「ならアルトリウスごと殺すしかないな」
十一人の騎士たちは俺たちを取り囲む。虫一匹這い出る隙間などない包囲がにじり寄ってくる。
「でもどうやって戦うんだ? あいつら次の一撃で俺たちを即死させるはずだ。そうなったらパワーワードもクソもない!」
「なら何か考えろ!」
俺は水を操る。アルトリウスは絵と忠誠心を操る。
「あいつらの忠誠心を奪えないか?」
「無理だ。実力差がありすぎる。そんなに都合のいい能力じゃないんだ」
騎士がさらに近寄ってくる。
「出来損ないのスクラップめ!」
なら水と絵で戦うしかない。水、水、水。絵、絵、絵。何かないか? 何かないのか? ここで何か思いつかないと二人とも殺されてしまう。
その時、頭の中に一枚の絵が浮かんだ。
「そうだ!」
俺は懐から一枚の絵を引きずり出した。
「お前これを現実にできるか?」
「無理だ」
アルトリウスは素早く即答した。
「ならやれ!」
「はあ?」
「パワーワードは不可能であればあるほど、可能に近づく。この絵を現実のものにしろ!」
俺が差し出したのは、あの時の子供が書いてくれた絵だ。
【私は絵を描いたの。あなたは私のヒーローよ!】
女の子が俺に絵を差し出す。絵には、俺が悪者をやっつけているシーンが描かれていた。
勝機はこの絵にしかない。
「これを現実にしろ!」
「なんだこの絵?」
「その絵は俺が悪者をやっつけているシーンの絵だ!」
逆転するには、“勝利という結果”の絵を現実にするしかない。
「私が描いた絵じゃないと現実化できない。それにこんな抽象的なものそもそも現実にできない!」
「アルトリウス。お前はなんども自分が笑っている姿を絵で描いた。そしてそれは叶わなかった」
騎士たちがにじり寄る。
「殺してやる! 虫けら!」
「今から、お前は自分の力で叶えるんだ」
俺は地べたで動くはずのない義手を必死で動かすアルトリウスの姿を鮮明に思い出した。
『うん! 私頑張る!』そう言って、幼きアルトリウスは泥の上を這った。
アルトリウスの瞳からヘドロが消えた。澄んだ空色の瞳が夜の闇の中で星のように輝く。その瞳は、幼き日の彼女の瞳によく似ていた。まだ希望に満ちていた彼女の目にそっくりだった。
騎士がすぐそばまで来た。
「役立たずのクズめ!」
俺はアルトリウスの瞳を見つめて、
「やるんだ! 急げっ!」
アルトリウスは頷く。絵に右の義手を乗せる。義手の金属に映った彼女の瞳が湾曲する。“もう頑張りたくない”そう心に決めたアルトリウスは十数年ぶりにもう一度だけ頑張ることにした。
「絵よ。私の代わりに動け」
「頼む! 上手くいってくれ!」
そして、絵は燦然と輝く光の塊になった。まばゆい輝きが大広間を上から下まで覆い尽くす。完全に光で埋め尽くした後は、アルトリウスと俺の手の中で巨大な剣になった。
「何をする気か知らないが、もう遅い! くたばれっ!」
騎士たちは一斉に襲いかかる。
手の平の中で鼓動する光の剣は胎動し、鳴動し、静止しながらうごめいている。はちきれそうな躍動感が必死でブレーキをかけているみたいだ。手を離せば飛んで行ってしまいそう。
「いくぞ!」
「ああっ!」
そして、俺はアルトリウスの背中から彼女ごと剣を抱きかかえる。二対の両手はしっかりと剣を掴む。剣はつかも唾も刀身もすべてが光一色だ。太陽からこぼれ落ちた光のしずくをそのまま掬って武器にしたみたいだ。透明な光の塊は、俺たちの掌の中で生物のように呼吸をする。抱えきれないほどの光の束が、アルトリウスの顔にかかる。
そして、
「いけえええええ!」
俺たちは、剣を抱えつつ、回転し薙ぎ払った。
特大の閃光車輪は、空気をちぎりながらその身を爆散させた。闇をかき消す光の因子は、バケツをひっくり返したようにその場を埋め尽くした。光の洪水は心の中にまで入り込んで、闇を溶かして無くしてくれた。
暗い暗い暗い夜が明けた。長かった辛かったアルトリウスの夜は、今、ようやく明けたのだ。
街は目を覚ました。まだ夜明け前にも関わらず、空は白んで、輝きを放つ。
王城から発せられる極大光が次々と民の瞼をノックする。
「ママ! 朝だよ」
小さな子供が、母親を起こそうとしている。
「まだ朝の四時よ。あれ? 本当ね」
その子の母親と思しき女性は、目を覚ますとベッドの上で不思議そうな顔をする。
「な、なんだ急に夜が明けたぞ?」
散歩していた男性が、空を仰ぐ。
「わんわんっ!」
犬は嬉しそうに跳ね回る。
夜を引きちぎった光の津波は、野を駆け、山を滑り、空を泳いだ。地べたの上を颯爽と走っていく。地表を舐める光の流星群は、まるで水のようだ。街の建物の間をうねりながら縫っていく。
光の潮流は、希望を零しながら奔走していく。もう暗い闇なんて影すら存在できていない。街から全ての影を切り取って何処かに隠したみたいだ。
長い長い一瞬だった。夜の途中で植え付けられた朝は、次第に収まっていった。
徐々に薄くなる光のベールの中で、
「私の勝ちだ」
アルトリウスはその手で勝利を掴み取った。
「ゆ、許してくれー」
十一人いた兄たちは、完全に戦意を喪失した。地べたにうずくまりガタガタ震えている。もうこちらに立ち向かう気力など残っていないのだろう。
そして、勢いよく奥の扉が開く。
「何事じゃ?」
声の主は、この国の王だった。王は部屋の中を視線で舐める。地面に伏す我が子を見て、俺を見て、アルトリウスを見た。
「アルトリウスなんでここにいる? 何が起きたのじゃ?」
そして、アルトリウスと俺は事情を全て説明した。
「事情はわかった。だがもう十分じゃろう。たった二人の人間に王宮の奥まで攻め入られるとは、なんたる失態。これでは国民に示しがつかん」
王は叱責するような視線を息子たちに浴びせる。
「ひいっ!」
王はアルトリウスを再び見つめる。お揃いの青い瞳から飛び出た視線が交差する。
「今回のことは兄たちの所業を鑑みて不問にするが、王宮に攻め入ってきたのも事実。今後この王宮には近づくな。それとお前は破門じゃ。もう娘でもなんでもない。消えろ」
事件のもみ消しということなのだろう。
「おい! 待てよ! あんたアルトリウスの父親なんじゃ」
「よせ! ケン。もういい」
「でも!」
「いい。もういいんだ」
そして、俺たちは城の裏口から逃げるようにして出た。その時、こっそりとビリビリにされた円卓の騎士の絵を拾っておいた。
城を去る時のアルトリウスはどこか吹っ切れていたみたいだった。胃がんが切除されたような顔をしている。淀んだ瞳から濁りは消えて失せていた。
「これからお前はどうするんだ?」
静寂の中に二人分の足音が響く。コツコツコツコツ。砕けた沈黙の破片は、やけに耳に残る。
「何も。ただ存在するだけの日々に戻るさ。一日中、窓の外を眺め続ける。どうしようもないんだ。不幸に人間は抗えない」
「でも」
俺が言い終わる前に、
「おーい! ケン!」
アリシアが俺に声をかけた。
「アリシア?」
「急に空が光ったから何かと思ったわ! やっぱりケンだったのね! あれ? お姫様はなんでケンと一緒にいるの?」
俺はアリシアに事情を説明した。
「そういうことか」
「それと」
俺は続けてアリシアにあることを耳打ちした。
「ええっ? 本当に?」
「ああ。じゃあ任せたぞ」
俺はアリシアとアルトリウスを放置してその場を後にした。
[アルトリウス視点]
ケンが去ると、
「じゃあ行きましょうか?」
「行くってどこに?」
アリシアは私の義手をとって、
「ほら! ダッシュ!」
私を連れていく。引きずられるように、私は義足を動かした。機械的な関節音が辺りに響く。ガチャガチャ歌っているみたいだ。煩い音は、少しだけ暖かく感じた。
そして、
「ここは私が攫った騎士の家?」
アリシアは騎士の家をノックした。
ガチャリ。中からは騎士が出てきた。
「なんだ? こんな朝っぱらから。ん? お前俺を誘拐した女か?」
そして、私たちは怒号のような罵声を浴びながら、今回の事件を謝罪した。
次の家でも同じようなことが起きた。罵詈雑言を頭からかけられながら、事件に全く関係がないアリシアは、私とともに謝罪した。
その次の家でも同じだった。人格否定をされるような言葉の雨は、容赦無く降り注ぐ。
そして、全ての騎士の家を訪ね終わると、
「怒られちゃったね」
「アリシアだったな? なんで私と一緒に謝ってくれるんだ? お前になんの得がある?」
「んー? 得か? 得はしないかな。強いて言えば、昔私も同じように、助けてもらったんだ」
なんとなくだが、アリシアはケンの話をしているような気がした。
「そうか。礼を言う。私はこれで失礼する」
「ダメよ!」
「な、なんでだ?」
「アルちゃん。あの絵本の家に帰るつもり?」
「アルちゃん? アルちゃんってなんだ?」
「いいから答えて!」
「そうだ! あの絵本の家に帰る」
「そこで何をするの?」
「何もしないさ。ただ死人のように毎日食事を喉に運ぶだけだ。私の人生はただの作業と同じなんだ」
「せっかく手足があるのに?」
「そうだ。手足が動くようになっても不幸な人生は不幸なままだった。私は誰からも必要とされずに、死ぬまで生き続けないといけないんだ!」
「アルちゃん。あなたは、自分から不幸に身を委ねているのよ。不幸は雨と一緒。全ての人に等しく降り注ぐ。全ての人間が何らかの形で不幸を味わっている。全ての人間は苦しみながら生きている」
アリシアの瞳は力強く光る。朝焼けを眼窩に閉じ込めたみたいだ。
「多くの人は両手足を持っている。だけど地べたを這うようにして生きているのよ。手足があっても、立ち止まって動けずにいる人もたくさんいる」
「黙れ」
アリシアは、少し潤んだ瞳で私をしかと見て、
「手足がないことを、前に進めない言い訳にしないで」
「うるさい! お前に何がわかる!」
「私と一緒に来て」
アリシアが私に手を差し伸べる。ずっと私が欲しかったものだ。ずっと誰かに助けてもらいたかった。ずっと求めていたものだ。
だけど、
「断る。もう私のことなんか放っておいてくれ」
空に太陽が昇る。爽やかな風が朝日に混じる。溶かした黄金のような光線が、私の髪に当たって跳ねる。弾き飛ばされた光のかけらは、その身をそっと周囲に散らす。
「断るわ」
そして、アリシアは私の手を無理矢理掴んで、走り出した。足を一歩踏み出すたびに、生きていると実感できた。体が風にぶつかるたびに走っていると実感できた。瞳に光が打ち込まれるたびに自分の存在を感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる