この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜

大和田大和

文字の大きさ
156 / 260

勝負

しおりを挟む

俺は眼前の山脈のような巨竜を見上げた。モコモコと膨張していた体躯は、もう収まっていた。シンとした静寂が空から降りしきる。嵐の前の静けさは、俺の心に緊張感を植え付けた。

先代の竜王は完全に息子に憑依している。もうエディフィスドラゴン(武器の竜)の面影などカケラも残っていない。

全身は醜い灰色。その皮下には、人間の静脈のような青い血管がいくつも川を作っている。
翼はボロボロで穴まみれ。あんなので空を飛べるのだろうか?

顔は醜く、ブサイクだ。黄色い歯が上下の顎から乱雑に生えている。
瞳は白く濁っている。まるで死んだ魚の眼を移植してきたみたいだ。不気味な眼孔から溢れるのは冷たい殺意のみだ。


網膜に移る巨竜の姿は、俺の体を震え上がらせた。瞳から全身に向けて、“逃げろ!”と電気信号が飛ばされる。
さっきまであれほど心強かったドラゴンナイトの姿は、弱々しく思えてしまった。

俺の右手の握りこぶしは、電気でも流されたかのごとくガタガタ震えている。
足は血の気が引いて、感覚がない。恐怖で完全に怖気付いている。

翼は縮こまり、びびった犬の尻尾みたいに折りたたまれている。
額からは脂汗が次々と走っていく。首筋を舐める汗粒は、俺の体から温度を奪い取る。

生物の持つ根源的な感情の一つ、“恐怖”だけが俺を支配する。現竜王と対峙した時とは全く別の恐怖だ。

あの時は、強者からの恐怖。例えば、人間が熊やサメから感じるものだ。
今は、気の狂った敵からの恐怖だ。例えば、殺人鬼やジャンキーから感じるものだ。
この二つは似ているようで違う。

前者はまだマシ。自分とそいつらの間に柵やオリがあれば近づける。戦う必要がないのなら感じないで済む恐怖だ。
だけど後者は最悪だ。

例え、オリの中にいても殺人鬼とは目を合わせたくない。イかれたやつとは関わりたくない。相手が強くても、そうでなくても、目を合わせたくないのだ。

何をされるか、何がそいつの機嫌を損ねるのかわかったもんじゃない。絶対に近寄りたくないほどの恐怖が俺の身を包んで離さない。

俺は巨大なつばの塊を狭い喉に落とした。つばはまるで質量を持った塊のようになる。喉を幾度か跳ねながら、うねりながら、落ちていく。

全身の震えは最高潮に達した。胸骨も肋骨も軋みながら鳴いている。血は完全に動きを停止して、血管の内部で立ち止まっている。心臓は凍りつき、鳴動をやめた。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

戦いたくない。原始的な感情だけが脳裏を飛び交う。生物の本能が“逃げたい”と告げる。立ちすくみ、よどみ、縮こまる。

心の底から逃げたい。全部放り投げて、飛び去りたい。早く解放されたい。

そして、俺は先代竜王の瞳をまっすぐに見つめ返した。黄色い瞳と黒い瞳が視線を交わす。俺は震える口を開いて、
「勝負だ」
そして、戦闘が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...