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第5話
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フランは国境を越えた。
ちょうどいいことに移民の列に紛れ込むことができたので、そのまま混ぜてもらうことにしたのだ。
以前の侯爵令嬢のままであればもちろんそんなことはできなかっただろうが、あの暮らしのお陰ですっかりやせ細ってしまった今のフランから貴族令嬢を想像するのは難しいだろう。
検閲も問題なく終え、フランは隣国サドウルク国へ入国した。
ほどよいところで移民の集団から逸れ、宿を探す。
路銀は途中で換金できたものの、心もとないことに変わりないのでできるだけ安いところを探す。
何とか見つけたそれは素泊まりで、銅貨5枚というところだった。
部屋も狭く家具は寝台のみだったが、個室というのが有難かった。
(これでやっと休める)
翌日からフランは仕事探しに奔走した。
身元保証人のいないフランはギルドで冒険者登録することにした。
もちろん冒険者となるつもりはない。
だが、一度冒険者登録をしておけば、街の出入りは自由だし、依頼内容もよく選べば危険を冒さずともある程度の収入にはなる。
フランは掲示板から家事手伝いの案件を選び、依頼書を剥がした。
(庭の草むしりと部屋の掃除。それに食事ね)
依頼人は足を怪我してしまったという夫人だった。
夫は冒険者でよく家を空けるため、食事の支度は一人分だけでいいという。
マーサと名乗った彼女は、
「助かったよ。一応ギルドに依頼は出してみたけど、あそこは男性が多いし、こんな依頼なかなか引き受け手がいないんじゃないかと思ってさ」
確かにFランクの初心者は少しでも自分達の経験になるよう、薬草採取等に目が行くのが普通だ。
フランは鍋に切った食材を入れながら、
「いえ、お陰で助かりました。ちょうどこの街へ来たばかりだったので」
「おや、そうなのかい? ちと痩せてはいるけど、どこかのお嬢様かと思ったよ」
「違います」
フランの声が固くなったのが分かったのか、それ以上の詮索は来なかった。
それ以降、マーサはフランのことを何かと気にかけてくれ、依頼を終えた後も時おり食事を御馳走してくれたりした。
フランが恐縮すると、
「いや、ウチも子供たちが皆独立しちまってさ、あたしも働いちゃいるけど、食事が面倒でね。つい作りすぎちまうのさ」
マーサは以前王宮の下働きをしていたことがあり、そこで夫となる相手と出会ったのだという。
「まあ、あん時はひょっろとした若者にしか見えなかったから、お貴族様だと思って敬遠してたんだけどねぇ」
マーサの言によるとどうやら向こうが一目惚れして迫ってきたようで、最初は相手にしていなかったマーサだが、だんだんと絆され、たがて夫となるトールが貴族ではないと知り、ようやく結婚を前提として付き合うことになったという。
「まあ最初が最初だったからね。あたしは親も親族も全部平民だよ。って口が酸っぱくなるほど言って、それでもいい、って言うんだからよっぽどの変わりもんだと思ってたよ」
確かに冒険者とはいえ、王宮へ出入りできるほどの実力であれば、下位貴族の令嬢辺りなら有り得ない話ではない。
だが、マーサの様子を見るとまんざらでもない様子であり、フランは久しぶりに口の端が緩むのを感じた。
(いいな。こういうのって)
「良かったですね。恋愛結婚で」
「まあね。ってあいつには言わないでおくれよ。向こうがどうしても、ってんで結婚してあげた、ってことになってるんだから」
「分かりました」
フランが周囲で聞く話によるとマーサのこの話は有名なので、恐らく当人にも伝わっていると思うが、フランは頷いておいた。
穏やかな日々に身を置くフランはこのまま時が流れて行けばいい、と思っていた。
ちょうどいいことに移民の列に紛れ込むことができたので、そのまま混ぜてもらうことにしたのだ。
以前の侯爵令嬢のままであればもちろんそんなことはできなかっただろうが、あの暮らしのお陰ですっかりやせ細ってしまった今のフランから貴族令嬢を想像するのは難しいだろう。
検閲も問題なく終え、フランは隣国サドウルク国へ入国した。
ほどよいところで移民の集団から逸れ、宿を探す。
路銀は途中で換金できたものの、心もとないことに変わりないのでできるだけ安いところを探す。
何とか見つけたそれは素泊まりで、銅貨5枚というところだった。
部屋も狭く家具は寝台のみだったが、個室というのが有難かった。
(これでやっと休める)
翌日からフランは仕事探しに奔走した。
身元保証人のいないフランはギルドで冒険者登録することにした。
もちろん冒険者となるつもりはない。
だが、一度冒険者登録をしておけば、街の出入りは自由だし、依頼内容もよく選べば危険を冒さずともある程度の収入にはなる。
フランは掲示板から家事手伝いの案件を選び、依頼書を剥がした。
(庭の草むしりと部屋の掃除。それに食事ね)
依頼人は足を怪我してしまったという夫人だった。
夫は冒険者でよく家を空けるため、食事の支度は一人分だけでいいという。
マーサと名乗った彼女は、
「助かったよ。一応ギルドに依頼は出してみたけど、あそこは男性が多いし、こんな依頼なかなか引き受け手がいないんじゃないかと思ってさ」
確かにFランクの初心者は少しでも自分達の経験になるよう、薬草採取等に目が行くのが普通だ。
フランは鍋に切った食材を入れながら、
「いえ、お陰で助かりました。ちょうどこの街へ来たばかりだったので」
「おや、そうなのかい? ちと痩せてはいるけど、どこかのお嬢様かと思ったよ」
「違います」
フランの声が固くなったのが分かったのか、それ以上の詮索は来なかった。
それ以降、マーサはフランのことを何かと気にかけてくれ、依頼を終えた後も時おり食事を御馳走してくれたりした。
フランが恐縮すると、
「いや、ウチも子供たちが皆独立しちまってさ、あたしも働いちゃいるけど、食事が面倒でね。つい作りすぎちまうのさ」
マーサは以前王宮の下働きをしていたことがあり、そこで夫となる相手と出会ったのだという。
「まあ、あん時はひょっろとした若者にしか見えなかったから、お貴族様だと思って敬遠してたんだけどねぇ」
マーサの言によるとどうやら向こうが一目惚れして迫ってきたようで、最初は相手にしていなかったマーサだが、だんだんと絆され、たがて夫となるトールが貴族ではないと知り、ようやく結婚を前提として付き合うことになったという。
「まあ最初が最初だったからね。あたしは親も親族も全部平民だよ。って口が酸っぱくなるほど言って、それでもいい、って言うんだからよっぽどの変わりもんだと思ってたよ」
確かに冒険者とはいえ、王宮へ出入りできるほどの実力であれば、下位貴族の令嬢辺りなら有り得ない話ではない。
だが、マーサの様子を見るとまんざらでもない様子であり、フランは久しぶりに口の端が緩むのを感じた。
(いいな。こういうのって)
「良かったですね。恋愛結婚で」
「まあね。ってあいつには言わないでおくれよ。向こうがどうしても、ってんで結婚してあげた、ってことになってるんだから」
「分かりました」
フランが周囲で聞く話によるとマーサのこの話は有名なので、恐らく当人にも伝わっていると思うが、フランは頷いておいた。
穏やかな日々に身を置くフランはこのまま時が流れて行けばいい、と思っていた。
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