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第1話

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「イザベラ・フォーンドット公爵令嬢っ! 貴様との婚約を破棄するっ!」



(え?)

 首飾りをいじっていた私――私……あれ、あたし!?


(今の台詞、どこかで聞いたことある!?)

 こんな中世ヨーロッパみたいな場所じゃなくて、もっと違う世界――。

 一瞬で蘇る記憶。

(え、え? ここってもしかして乙女ゲームッ!?)

 前世で流行った乙女ゲーム『純白の乙女と華の騎士』は、ヒロインが学園に入学していろんな攻略対象と付き合っていくんだけど、あの王太子ルートが難しくて――そこに行くには婚約者である悪役令嬢と対峙しなきゃいけないから結構大変――って、あたしじゃないのっ!!

(現実逃避してる場合じゃなかった)

 元社会人の意地で何とか意識を浮上させると、得意げな顔をした王太子と目が合う。

 金髪碧眼の正統派イケメンなのに、何か残念な気がする。

「自分の罪深さに恐れをなして話せないか。そうだろうな」

(何ですか、そのドヤ顔)

「どういう意味ですの?」

 本気で意味が分からないのでそう聞くと、

「しらばっくれるのかっ!? ……ならいい。教えてやろう。貴様は公爵令嬢という地位を笠に着て、マリアンヌ・ドロッティ男爵令嬢を迫害しただろうっ!!」

(あー、うん。聞いたことある台詞だわ)

 マリアンヌ・ドロッティ男爵令嬢はもちろん、この乙女ゲームのヒロインである。

 そしてこの後、と頭の中の情報を浚っていると、見付けてしまった。王太子の後ろでかわいらしく震えているヒロインを。

 ふわふわのピンク頭に水色の瞳をうるうるさせているその姿は小動物を連想させ、……何かめっちゃこっちが悪者に見えるんですが。

 ちなみにあたしこと、イザベラ・フォーンドット公爵令嬢は、縦ロールの金髪にややたれ目がちな緑の瞳にきつい顔立ち。

(うわ、悪役令嬢のテンプレ縦ロール装備ですか。……ですよね、知ってた)

「心優しいマリアンヌが何も言わないことをいいことに、学用品を破損したり、足を引っかけて転ばせたり、噴水に突き落としたりしただろうがっ!!」

(全然身に覚えがありませんけど)

 言われてイライザの記憶を浚ってみるが、それらしい記憶は一片も出て来なくて。

 そしてあたしは見てしまった。

 誰も見ていないと思ったのか、ヒロインが思い切り黒い笑みを浮かべているところを。

(ええー、まさかそっち。っていうか、ヒロインも転生者なのっ!?)

 そう言えば、と思い当たることがあった。

 この王太子ルートへ入るには、他の攻略対象の好感度も上げていないといけないのだ。

 そう簡単に王太子ルートへは入れない。

 前世でこの乙女ゲームをかなりやり込んででもいない限り。

(嘘でしょ)

「全く身に覚えがございませんわ」

 ここで少しでも動揺した素振りをみせたら相手の思う壺なので、平静を装って否定する。

 そんな脳内では、

(どうしようっ!! これって逆ハ―のバッドエンドじゃないのっ!! 今から逆転なんてできるのっ!?)

 テンプレだと、断罪された悪役令嬢は国外追放か最悪処刑とか、ろくなものがない。

(冗談じゃないわよっ!!)



「は、白々しい」

 そう言って王太子の側に来たのは、涼し気な目もとも麗しい宰相の子息、マルク・トワルディ侯爵令息。

(出たっ、攻略対象その2っ!!)

 こちらは対照的に銀の髪に紺色の瞳でイケメン、というよりは美人、というイメージが強いんだけどもちろん面と向かって言うばかはいない。

 確か、次期宰相候補で頭脳派だったハズなのに貴方騙されてますよー、そこのピンク頭にっ!!

 前世で観た観客を入れた某生放送番組みたいに『〇〇、後ろー!!』とでも叫んでやりたい。

(まあ誰も分かんないよね)

 分かるかなぁ分かんねぇよなぁ、と年号二つ前のコメディアンを思い返して遠い目になっていると、頭脳派なのに騙されてる銀髪美人さんが続けた。

「裏は取れているんだ。もし不服というなら証人を呼ぶこともできる」

(うん、その『裏』って絶対間違ってるから)

 マルク様は学園での成績はもちろんトップクラスで、皆の尊敬の念を集めている。

 そのせいもあってか、何か周りの視線が痛いような気がする。

(どうするよ、これ)

 まだ脳内会議が紛糾しているというのに更に新たな声。

「いい加減、観念したらどうなんだ?」

 今度は茶髪に青い瞳の、体育会系の爽やか系イケメンが現れた。

(……その3もですか)

 ジャン・ソルネット侯爵令息は父親が騎士団長ということもあってか、その剣技は学園でもトップ3に入る。そしていずれは騎士団に入団し、父親の跡を継ぐともくされている人物である。

(……うん。有り得ないな)

 何がって、この状況である。

 ここは王立学園の卒業パーティー会場。

 王太子であるキーロン様は婚約者であるあたし――イライザ・フォーンドット公爵令嬢のエスコートをすっぽかし、王太子妃教育も受けていない男爵令嬢をエスコートしてきた。

(ってこの時点でおかしいし)

 何で一大イベントの卒業パーティーで婚約者ほっぽり出すねん。

 冷めた目で見ているあたしのことなんてどうでもいいのか、キーロン王太子が勢いよく宣言した。

「俺はマリアンヌ・ドロッティ男爵令嬢と婚姻を結ぶことにしたっ!!」

(おお、ゲームの台詞来たっ!!)

 だけど、とあたしの中の冷静な部分が突っ込む。

(それしていいのはゲームだけで現実は違うのだよ少年)

 キーロン王太子の台詞にどよめきが広がるが、そこには否定的なものがあった。

(だろうね。身分の差がありすぎだってば)

 王太子妃――王族の一員となるには教養もだけど、他にもいろいろと必要なことがある。

 国で王が一番の権力者、とはいっても一枚岩ではないのだ。
 
 もしものときの後ろ盾やら人脈やら領地からの多大な利益、様々な貢献が求められる。

 要するにそれくらいないと、周囲の思惑にあっという間に潰される。

(分かってんのかな)

 と、ちら、と見るとヒロインが頬を赤らめて『キーロン様』とか呟いていた。

(うわあ。全然分かってない)

 ゲームだといい場面なのになぁ、と思いながらあたしは口を開いた。

「それは陛下もご存じのことでしょうか?」

 貴族の婚姻には王の承認がいる。

 下手に国内の勢力図が変わっては困るから。

 王家とフォーンドット公爵家との縁組ももちろんそうで、しかもこれは王家の側から打診されたもので。

「そのようなことは今は関係ないっ!!」

(はい?)

 そう言えば、と気付く。

 公務が押しているのか、国王夫妻はまだいらしてなかった。

(まさか、報告してないの?)

 現在の国王ランドルフ陛下は、目立った功績はないものの、堅実な政策を実施してきた。

「父上には貴様がどれほどの悪女だったか報告しておいてやるっ!!」

(うわあ、まさかの事後承諾)

 もう黙ってられない。


 反撃開始だ。





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