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第8話
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「アイスランスッ!!」
氷の槍が二体のゴブリンを貫く。
(くっ、次から次へと)
木の陰からまた現れたゴブリンに詠唱の準備をしていると、あたしのすぐ後ろで斬撃が起こった。
少しだけ振り返るとゴブリンが一体倒れるところで。
「背後にも気を配れ、と言わなかったか」
「……アリガトウゴザイマス」
助けてもらったが、嬉しくない。
何故なら、
「これで俺が31体だな。お前は?」
(う、分かってて聞いてるっ!!)
「……25体デス」
何故こんなことをしているかというと、一応理由はある。
あの後、今の状況に納得できなかったあたしは考え直して欲しい、と訴えた。
(いやだって、ねえ)
考えてもみて欲しい。
つい先日前世を思い出したばかりなのだ。
(突然若返ってイケメンと駆け落ち婚だなんてどんな罰ゲームよっ!!)
この辺で分かると思うが前世、コミュ障入ってました。
友達? 恋人? 何それおいしいの?
という人間にいきなり貴族のお嬢様やれ、って言われても無理なのよっ!!
あの卒業パーティーでは、まだあまり現実感がなかったし(というかあまりの事態に逆にアドレナリン出まくりだったような気がする)。
いざ我に返るととんでもない違和感を感じた。
(社会人の経験があるとはいえ、これは無理ーっ!!)
会社にはお貴族様とか王族なんていなかったよ……。
(あたしは冒険者で身を立てたいのよーっ!!)
ギルドに納品してさて、となった時に、あたしが何とか求婚を撤回してほしい、と告げると、
『なら、賭けでもしてみるか?』
『賭け、ですか?』
『ああ』
面白そうな顔をしたケイン王子に警戒しておけばよかった、と思ったのはずっと後のことで。
『あの森を抜けるまでに倒した魔物の数が俺より多ければ、求婚は取りやめよう』
『『え、』』
『本当ですかっ!!』
『何考えてるんですかっ!?』
即座にルークさんが突っ込みを入れた。
『貴方、Sランクでしょうっ!? ご令嬢が幾ら素質があるとはいえ、勝てるはずないでしょうがっ!!』
そう言われればそうである。
(何だ、ぬか喜びじゃない)
『俺は魔法は一切使わない』
(ん?)
魔法なしなら少しは勝機ある?
それに、と策を巡らせる。
要は数で勝ればいいのだ。
アイスアローは広範囲の魔法だ。
これを上手く組み合わせて比較的弱い魔物(Fランクなので)を狙っていけば何とかなるんじゃない?
(よし、これで行こう)
『分かりました。それでは私の方が多ければ求婚は撤回して下さるのですね?』
『もちろんだ』
『それではこの賭け、乗らせていただきます』
あたしはそんなふうに考えていたので、ルークさんが頭を抱えていることに気付かなかった。
『……それだけで勝てたら苦労しませんよ』
ゴブリンの巣を一掃した後、ケイン王子が振り返った。
「そろそろ日が暮れるな。この先に野営にちょうどいい場所があったはずだ」
迷いなく歩き出す姿に、
(え? 何か詳しくない?)
あたしが疑問に思ったのが分かったのだろう。
ルークさんが答えてくれた。
「そりゃこの辺りは何度も来てますからね」
何で、とは聞き辛い雰囲気だった。
(ああ、冒険者としてですね)
遠い目になったあたしに、
「どうした?」
大分先に進んだケイン王子から声が掛かる。
「いえ、何でもありません」
魔道具から手慣れた様子で天幕を出しているケイン王子のもとへあたしも向かう。
「手伝います」
「いや、慣れているからすぐ終わる。それより火を熾せるか?」
「分かりました」
野営の準備などしたことはないが、火魔法も使えたはずなのでルークさんに竈の作り方を教わりながら組み立て、火魔法で火を熾す。
それを見てルークさんが驚いたようだった。
「おや、火属性もあるんですね」
「ええ」
魔力は貴族の方がどうしても多くなる。
そして属性が多ければ多いほど尊敬の念を抱かれる。
だけど―――。
(どうもこの辺り、自分が転生者だと分かってからみたいなのよね)
イザベラの記憶によると水属性と土属性はあったようだけど、他はほとんど使えなかった。
(やっぱりチートなのかな)
そんなことを考えているうちにケイン王子も合流し、夕食となった。
鍋に水、持参した携帯食を入れてしばらく置くといい匂いがしてきた。
ちなみにあたしはほとんど手ぶらである。
(何か罪悪感半端ないですけど)
申し訳ないので手伝えることはないか、と先ほどのように聞くのだけどほとんど断られてしまう。
(やっぱり貴族のお嬢様と思われてるからかな)
それに加えて生活に必要な日用品や予備の天幕まで使わせてしまった。
(予定ではこの辺りは身体強化を掛けてダッシュで通り過ぎるつもりだったから、備えなんてなかったのよね)
賭けの件があるからそんなことはできないけれど。
出来上がったスープに魔道具から取り出したパンを貰い、有り難くいただいていると、
「普通に抜けるなら3日はかかるが、もし俺達がいなかったらどうやって行くつもりだった?」
「身体強化を使って通り抜ける予定でした」
「そう言えば制御がお上手でしたね。かなり修練したんですか?」
ルークさん(ケイン王子が単独行動なので、『影』として隠れるのはやめたみたい)が感心したように聞いてきた。
「ええ、まあ」
(本当はそんなことないけど)
内心冷や汗もので曖昧に返答をしていると、ケイン王子があたしの方を興味深そうに見た。
「身体強化だけでこの森を抜けるとは随分自信があるようだな」
卒業パーティーの時とは口調も態度も随分違うが、どうやらこちらが素のようだ。
あたしは千切ったパンをスープに浸しながら、
「森の端を通って行くつつもりでしたから」
何とか無難な答えを捻りだす。
「ここは最近になって魔物の数が増えてきている。王都がすぐそこにあるのに有り得ないことなんだが」
(え?)
聞くと普通は国境付近が一番多いらしい。
「魔物の侵入は国境で防いでいるはずだが、まれに魔物が沸くことがある。それにしても王都には結界石があるはずだからこんなことはないんだが」
(何か不穏な台詞きた)
「まあ、だが俺達はソネット王国へ行くからあまり関心は高くないな」
「なあに言ってるんですか。隣りの国が困窮したら難民も含めた大問題だって、他にも留学先はあったのにわざわざこのバリツ王国に決めたんじゃないですか」
(ん?)
ケイン王子が留学してきたのは1年前。
(ってことは1年も前からこのことが分かっていたってことっ!?)
「あ、もちろんバリツ王国にもこの話は通してありますよ」
「まあ、あまり真に受けてはなかったようだが」
それも仕方がないという。
「普通、魔物が増えるというと連想するのは暴走だからな。こんな緩やかな増加は想像もしたことがないんだろう」
(どういうことなんだろう)
魔物に関しては王立学園でも授業はあったが、こんな話は初めて聞いた。
そこまで聞いてあたしは引っ掛かった。
そんな目的があってここへ留学したのに帰国していいんだろうか。
(まあ、もうここにいる理由がないしね)
向こうみたいに大学院生とかそんな制度なかったっけ? とか考えていると、
「大体の可能性は絞れてきたので後は魔導師達に任せることになったんですよ」
(え、これ聞いてもいいのかな?)
と思っているとあっさりと解答が得られた。
「大まかには二つだな。一つは迷宮の誕生」
まあそれなら分かる。
というか、もし迷宮だとしたら上手に管理すれば街の恰好の収入源になるからいい話だと思うけど。
「そしてもう一つは――故意に齎された魔力均衡の崩れ」
(は?)
故意、って誰かがわざとしている、ってこと?
「まあ、そんなことをするのは余程の間抜けだろうが」
これ以上はソネット王国でも幾らか備えをした方が建設的ではないか、という結論にいたったらしい。
(うーん。どうなんだろう)
個人でそんなことできないだろうし。
組織だった犯行にしても何の利点が。
「さて、そろそろ休むか。明日はオークの村を潰すぞ」
さらりと言って片づけを始めるケイン王子。
(ちょっ、オークって)
「この間できたばかりですから、そんなに数はいませんよ」
(……何かだんだん魔物のランクが上がってるような気がするんですけど)
少々(いやかなりの)、不安を抱えながらあたしはもう一つの天幕へ向かった。
氷の槍が二体のゴブリンを貫く。
(くっ、次から次へと)
木の陰からまた現れたゴブリンに詠唱の準備をしていると、あたしのすぐ後ろで斬撃が起こった。
少しだけ振り返るとゴブリンが一体倒れるところで。
「背後にも気を配れ、と言わなかったか」
「……アリガトウゴザイマス」
助けてもらったが、嬉しくない。
何故なら、
「これで俺が31体だな。お前は?」
(う、分かってて聞いてるっ!!)
「……25体デス」
何故こんなことをしているかというと、一応理由はある。
あの後、今の状況に納得できなかったあたしは考え直して欲しい、と訴えた。
(いやだって、ねえ)
考えてもみて欲しい。
つい先日前世を思い出したばかりなのだ。
(突然若返ってイケメンと駆け落ち婚だなんてどんな罰ゲームよっ!!)
この辺で分かると思うが前世、コミュ障入ってました。
友達? 恋人? 何それおいしいの?
という人間にいきなり貴族のお嬢様やれ、って言われても無理なのよっ!!
あの卒業パーティーでは、まだあまり現実感がなかったし(というかあまりの事態に逆にアドレナリン出まくりだったような気がする)。
いざ我に返るととんでもない違和感を感じた。
(社会人の経験があるとはいえ、これは無理ーっ!!)
会社にはお貴族様とか王族なんていなかったよ……。
(あたしは冒険者で身を立てたいのよーっ!!)
ギルドに納品してさて、となった時に、あたしが何とか求婚を撤回してほしい、と告げると、
『なら、賭けでもしてみるか?』
『賭け、ですか?』
『ああ』
面白そうな顔をしたケイン王子に警戒しておけばよかった、と思ったのはずっと後のことで。
『あの森を抜けるまでに倒した魔物の数が俺より多ければ、求婚は取りやめよう』
『『え、』』
『本当ですかっ!!』
『何考えてるんですかっ!?』
即座にルークさんが突っ込みを入れた。
『貴方、Sランクでしょうっ!? ご令嬢が幾ら素質があるとはいえ、勝てるはずないでしょうがっ!!』
そう言われればそうである。
(何だ、ぬか喜びじゃない)
『俺は魔法は一切使わない』
(ん?)
魔法なしなら少しは勝機ある?
それに、と策を巡らせる。
要は数で勝ればいいのだ。
アイスアローは広範囲の魔法だ。
これを上手く組み合わせて比較的弱い魔物(Fランクなので)を狙っていけば何とかなるんじゃない?
(よし、これで行こう)
『分かりました。それでは私の方が多ければ求婚は撤回して下さるのですね?』
『もちろんだ』
『それではこの賭け、乗らせていただきます』
あたしはそんなふうに考えていたので、ルークさんが頭を抱えていることに気付かなかった。
『……それだけで勝てたら苦労しませんよ』
ゴブリンの巣を一掃した後、ケイン王子が振り返った。
「そろそろ日が暮れるな。この先に野営にちょうどいい場所があったはずだ」
迷いなく歩き出す姿に、
(え? 何か詳しくない?)
あたしが疑問に思ったのが分かったのだろう。
ルークさんが答えてくれた。
「そりゃこの辺りは何度も来てますからね」
何で、とは聞き辛い雰囲気だった。
(ああ、冒険者としてですね)
遠い目になったあたしに、
「どうした?」
大分先に進んだケイン王子から声が掛かる。
「いえ、何でもありません」
魔道具から手慣れた様子で天幕を出しているケイン王子のもとへあたしも向かう。
「手伝います」
「いや、慣れているからすぐ終わる。それより火を熾せるか?」
「分かりました」
野営の準備などしたことはないが、火魔法も使えたはずなのでルークさんに竈の作り方を教わりながら組み立て、火魔法で火を熾す。
それを見てルークさんが驚いたようだった。
「おや、火属性もあるんですね」
「ええ」
魔力は貴族の方がどうしても多くなる。
そして属性が多ければ多いほど尊敬の念を抱かれる。
だけど―――。
(どうもこの辺り、自分が転生者だと分かってからみたいなのよね)
イザベラの記憶によると水属性と土属性はあったようだけど、他はほとんど使えなかった。
(やっぱりチートなのかな)
そんなことを考えているうちにケイン王子も合流し、夕食となった。
鍋に水、持参した携帯食を入れてしばらく置くといい匂いがしてきた。
ちなみにあたしはほとんど手ぶらである。
(何か罪悪感半端ないですけど)
申し訳ないので手伝えることはないか、と先ほどのように聞くのだけどほとんど断られてしまう。
(やっぱり貴族のお嬢様と思われてるからかな)
それに加えて生活に必要な日用品や予備の天幕まで使わせてしまった。
(予定ではこの辺りは身体強化を掛けてダッシュで通り過ぎるつもりだったから、備えなんてなかったのよね)
賭けの件があるからそんなことはできないけれど。
出来上がったスープに魔道具から取り出したパンを貰い、有り難くいただいていると、
「普通に抜けるなら3日はかかるが、もし俺達がいなかったらどうやって行くつもりだった?」
「身体強化を使って通り抜ける予定でした」
「そう言えば制御がお上手でしたね。かなり修練したんですか?」
ルークさん(ケイン王子が単独行動なので、『影』として隠れるのはやめたみたい)が感心したように聞いてきた。
「ええ、まあ」
(本当はそんなことないけど)
内心冷や汗もので曖昧に返答をしていると、ケイン王子があたしの方を興味深そうに見た。
「身体強化だけでこの森を抜けるとは随分自信があるようだな」
卒業パーティーの時とは口調も態度も随分違うが、どうやらこちらが素のようだ。
あたしは千切ったパンをスープに浸しながら、
「森の端を通って行くつつもりでしたから」
何とか無難な答えを捻りだす。
「ここは最近になって魔物の数が増えてきている。王都がすぐそこにあるのに有り得ないことなんだが」
(え?)
聞くと普通は国境付近が一番多いらしい。
「魔物の侵入は国境で防いでいるはずだが、まれに魔物が沸くことがある。それにしても王都には結界石があるはずだからこんなことはないんだが」
(何か不穏な台詞きた)
「まあ、だが俺達はソネット王国へ行くからあまり関心は高くないな」
「なあに言ってるんですか。隣りの国が困窮したら難民も含めた大問題だって、他にも留学先はあったのにわざわざこのバリツ王国に決めたんじゃないですか」
(ん?)
ケイン王子が留学してきたのは1年前。
(ってことは1年も前からこのことが分かっていたってことっ!?)
「あ、もちろんバリツ王国にもこの話は通してありますよ」
「まあ、あまり真に受けてはなかったようだが」
それも仕方がないという。
「普通、魔物が増えるというと連想するのは暴走だからな。こんな緩やかな増加は想像もしたことがないんだろう」
(どういうことなんだろう)
魔物に関しては王立学園でも授業はあったが、こんな話は初めて聞いた。
そこまで聞いてあたしは引っ掛かった。
そんな目的があってここへ留学したのに帰国していいんだろうか。
(まあ、もうここにいる理由がないしね)
向こうみたいに大学院生とかそんな制度なかったっけ? とか考えていると、
「大体の可能性は絞れてきたので後は魔導師達に任せることになったんですよ」
(え、これ聞いてもいいのかな?)
と思っているとあっさりと解答が得られた。
「大まかには二つだな。一つは迷宮の誕生」
まあそれなら分かる。
というか、もし迷宮だとしたら上手に管理すれば街の恰好の収入源になるからいい話だと思うけど。
「そしてもう一つは――故意に齎された魔力均衡の崩れ」
(は?)
故意、って誰かがわざとしている、ってこと?
「まあ、そんなことをするのは余程の間抜けだろうが」
これ以上はソネット王国でも幾らか備えをした方が建設的ではないか、という結論にいたったらしい。
(うーん。どうなんだろう)
個人でそんなことできないだろうし。
組織だった犯行にしても何の利点が。
「さて、そろそろ休むか。明日はオークの村を潰すぞ」
さらりと言って片づけを始めるケイン王子。
(ちょっ、オークって)
「この間できたばかりですから、そんなに数はいませんよ」
(……何かだんだん魔物のランクが上がってるような気がするんですけど)
少々(いやかなりの)、不安を抱えながらあたしはもう一つの天幕へ向かった。
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