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第十九話 弁解
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結局エリスは独房に入れられてからも暴れていたようで、辟易した看守たちから何とかしてくれ、と嘆願まできたらしい。
裁判は一時的に延期となったが、エリスの態度からさらに重い刑になることは確定のようである。
「あの娘は昔から少しでも自分の思い通りにならないととんでもない癇癪を起こすことがありました」
そう告げて目の前の茶器をどこかうつろな目で眺めているのはマルボーロ男爵夫人だった。
あれから二日が経っていた。
王城の一室では憔悴した様子のマルボーロ男爵夫妻が椅子に腰かけ、その対面には裁判官たちがいた。
カーラは今回もジェラルドの主張により、隣室から話を窺うことになっている。
過保護な気もするが、特に反対する理由もないのでカーラは大人しく隣室からマルボーロ男爵夫妻の様子を窺うことにした。
壁にある小窓からそっと様子を窺うとマルボーロ男爵夫人が口を開くところだった。
「あの娘が三つのころでした。新しい服の色が気に入らないということで癇癪を起こしたのです」
その服は桃色の外出用のものだったが、もっと濃い桃色がいい、と騒ぎ出したというのだ。
「もちろん、止めましたわ。それだけのことで服を新調していたらきりがありませんもの」
だがエリスは諦めず、それどころか二階の窓から身を乗り出して叫んだというのだ。
「買ってくれなかったらここから飛び降りる、と叫ばれました。……正直、あの娘の頭の中を疑いましたわ。服一着にそこまで執着するのか、と」
皆で取り押さえたため大事には至らなかったが、その後泣きわめき、また何度も繰り返したため、根負けした男爵夫人が服を新調した、ということだった。
「ですが一度そうしてしまうと次もそうしてくれるもの、とあの娘は理解してしまったようで。その後も次々と欲しいものを強請られてしまって」
さすがにこれ以上は、とマルボーロ男爵に報告したのだが、その頃にはエリスは欲しいものは何でも与えて貰えると信じ込んでいた。
マルボーロ男爵が項垂れて話を続けた。
「聞いて驚きました。ご存じの通りウチの爵位は男爵です。とてもではないがそんなことをしていたら領民が飢えてしまう。エリスにはいろいろ話して止めたんですが、そのうち信じられないことが起きてしまいました」
何とエリスは周りの侍女や商人たちを味方につけたのだ。
「今にして思えば彼らの態度はどこかおかしかった。何をするにしてもエリスが一番、などというのはおかしいと思うべきだった。だけど、その頃にはすっかり疲れてしまっていて」
エリスの癇癪を抑えられるのなら、もう何でもよかった、とマルボーロ男爵は告げる。
「姉のカーラにはずいぶんと我慢をさせてしまったが、エリスのあのひどい癇癪から逃れられるのなら、とついそのままにしてしまった」
裁判官が静かに問い掛けた。
「エリス・マルボーロ男爵令嬢には魅了の力があったということですが、あなたはそれを知っていましたか?」
マルボーロ男爵が緩慢な動作で首を振った。
「いいえ。もしそんなことが分かっていたならすぐに王城へ報告していたでしょう」
魅了持ちはこの国では非常に珍しく、ここ数十年現れたことがないという。
その力も書き残されている書物が少なく、詳しい内容は分かっていないため、万一魅了持ちの者が現れた場合はすぐに王城へ報告し、指示を仰ぐことになっていた。
これは男爵位の者でも持っているべき基本的な知識である。
裁判官が抑揚のない声音で問い掛ける。
「ですがあなたはその者が周囲の者たちを手なずけていたのを知っていた。その時点で何かおかしいと思わなかったのですか?」
「いえ、特には」
マルボーロ男爵が否定すると、今度は質問がマルボーロ男爵夫人へ向けられた。
「マルボーロ男爵夫人、あなたはどうですか?」
「私もそういった可能性までは思い当たりませんでした」
そこまで聞いて裁判官が、ふう、とため息をついた。
「貴族には些細なことでもおかしな事柄があれば報告の義務が生じます。何が国家存亡に関わるか分からないのですからね」
その言葉にマルボーロ男爵夫妻が顔色を変えた。
「国家存亡だなどと、まさか」
「そうですよ。私たちはそんな大それたことは――」
言い訳をしようとしたマルボーロ男爵夫人の言葉が遮られる。
「あなたがたが報告しなかったお陰で、まったく制御されていない魅了持ちが『神託の花嫁』として王家に嫁すかもしれなかったのですが?」
「それは――」
「加えて本当の『神託の花嫁』は虐待を受けていたようですが?」
鋭さを含んだ裁判官の言葉にマルボーロ男爵夫妻が弁解を始めたようだが、カーラはそこで後ろへ下がった。
これ以上は聞いていられなかった。
裁判は一時的に延期となったが、エリスの態度からさらに重い刑になることは確定のようである。
「あの娘は昔から少しでも自分の思い通りにならないととんでもない癇癪を起こすことがありました」
そう告げて目の前の茶器をどこかうつろな目で眺めているのはマルボーロ男爵夫人だった。
あれから二日が経っていた。
王城の一室では憔悴した様子のマルボーロ男爵夫妻が椅子に腰かけ、その対面には裁判官たちがいた。
カーラは今回もジェラルドの主張により、隣室から話を窺うことになっている。
過保護な気もするが、特に反対する理由もないのでカーラは大人しく隣室からマルボーロ男爵夫妻の様子を窺うことにした。
壁にある小窓からそっと様子を窺うとマルボーロ男爵夫人が口を開くところだった。
「あの娘が三つのころでした。新しい服の色が気に入らないということで癇癪を起こしたのです」
その服は桃色の外出用のものだったが、もっと濃い桃色がいい、と騒ぎ出したというのだ。
「もちろん、止めましたわ。それだけのことで服を新調していたらきりがありませんもの」
だがエリスは諦めず、それどころか二階の窓から身を乗り出して叫んだというのだ。
「買ってくれなかったらここから飛び降りる、と叫ばれました。……正直、あの娘の頭の中を疑いましたわ。服一着にそこまで執着するのか、と」
皆で取り押さえたため大事には至らなかったが、その後泣きわめき、また何度も繰り返したため、根負けした男爵夫人が服を新調した、ということだった。
「ですが一度そうしてしまうと次もそうしてくれるもの、とあの娘は理解してしまったようで。その後も次々と欲しいものを強請られてしまって」
さすがにこれ以上は、とマルボーロ男爵に報告したのだが、その頃にはエリスは欲しいものは何でも与えて貰えると信じ込んでいた。
マルボーロ男爵が項垂れて話を続けた。
「聞いて驚きました。ご存じの通りウチの爵位は男爵です。とてもではないがそんなことをしていたら領民が飢えてしまう。エリスにはいろいろ話して止めたんですが、そのうち信じられないことが起きてしまいました」
何とエリスは周りの侍女や商人たちを味方につけたのだ。
「今にして思えば彼らの態度はどこかおかしかった。何をするにしてもエリスが一番、などというのはおかしいと思うべきだった。だけど、その頃にはすっかり疲れてしまっていて」
エリスの癇癪を抑えられるのなら、もう何でもよかった、とマルボーロ男爵は告げる。
「姉のカーラにはずいぶんと我慢をさせてしまったが、エリスのあのひどい癇癪から逃れられるのなら、とついそのままにしてしまった」
裁判官が静かに問い掛けた。
「エリス・マルボーロ男爵令嬢には魅了の力があったということですが、あなたはそれを知っていましたか?」
マルボーロ男爵が緩慢な動作で首を振った。
「いいえ。もしそんなことが分かっていたならすぐに王城へ報告していたでしょう」
魅了持ちはこの国では非常に珍しく、ここ数十年現れたことがないという。
その力も書き残されている書物が少なく、詳しい内容は分かっていないため、万一魅了持ちの者が現れた場合はすぐに王城へ報告し、指示を仰ぐことになっていた。
これは男爵位の者でも持っているべき基本的な知識である。
裁判官が抑揚のない声音で問い掛ける。
「ですがあなたはその者が周囲の者たちを手なずけていたのを知っていた。その時点で何かおかしいと思わなかったのですか?」
「いえ、特には」
マルボーロ男爵が否定すると、今度は質問がマルボーロ男爵夫人へ向けられた。
「マルボーロ男爵夫人、あなたはどうですか?」
「私もそういった可能性までは思い当たりませんでした」
そこまで聞いて裁判官が、ふう、とため息をついた。
「貴族には些細なことでもおかしな事柄があれば報告の義務が生じます。何が国家存亡に関わるか分からないのですからね」
その言葉にマルボーロ男爵夫妻が顔色を変えた。
「国家存亡だなどと、まさか」
「そうですよ。私たちはそんな大それたことは――」
言い訳をしようとしたマルボーロ男爵夫人の言葉が遮られる。
「あなたがたが報告しなかったお陰で、まったく制御されていない魅了持ちが『神託の花嫁』として王家に嫁すかもしれなかったのですが?」
「それは――」
「加えて本当の『神託の花嫁』は虐待を受けていたようですが?」
鋭さを含んだ裁判官の言葉にマルボーロ男爵夫妻が弁解を始めたようだが、カーラはそこで後ろへ下がった。
これ以上は聞いていられなかった。
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