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第三十九話 花咲くお茶
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思わず口元へ当てたカーラの手が押さえられた。
「……本当に?」
ジェラルドと目が合い、慌てて目を逸らす。
ああもう、手順も何もバラバラだわ!!
本来の予定では、工芸茶の花が綺麗に開いてから、その花になぞらえて想いを告げるはずだったのに。
だが実際にこうしてジェラルドを目の前にすると、用意していた話題も言葉も抜け落ちて行ってしまう。
「本当です。ジェラルド様が好き――」
え?
ジェラルドが椅子から立ち上がった。
「ジェラルド様?」
唖然としているカーラにジェラルドが近寄り、その手を取った。
「よかった。ありがとう。こんな俺のことを好きになってくれて」
「そんなことは――」
ジェラルドがカーラを立ち上がらせる。
「こうしてはいられないな。すぐに神殿で式を挙げて、いやその前に父上に報告――」
「何をしてるんですか」
いつの間に来ていたのか、浮足立つジェラルドの背後からリードが声を掛けた。
「これまでさんざん神託の花嫁様のために抑えてきたのに、あなたが先走ってどうするんですか?」
リードによると、これまでカーラがまだ国王陛下に正式に紹介されていないのは、まだこちらに慣れていないから、とジェラルドが必死に止めていたからだという。
「それなのに母上が先走るから」
「ごたごたもあったからそれほど反発もでませんでしたけれど、流石にそろそろマズいと思いますよ」
リードの言にカーラは『ごたごた』がマルボーロ男爵家のことを指しているのに気付いた。
私のせいで。
顔に出ていたのか、慌てたようにジェラルドが話し出す。
「カーラが気にすることじゃないよ。彼らのことは君には何の責任もないことじゃないか。もうすべて終わったことなんだよ」
男爵夫妻は開拓村へ行くことが決まったし、エリスは離島へ流刑が決まった。
もうこれからのカーラの人生に彼らはいない。
「そうですね。離島は辛いかもしれませんが、きちんと罪を償って欲しいですね」
エリスの魅了に掛かった商人たちの中には破産寸前までエリスに貢いでいた者がいたというから、エリスには少しは反省して欲しい。
そう告げると一瞬ジェラルドは微妙な表情をした。
何かしら?
「カーラは優しいね。さて、では父上に会ってもらうのが先か」
「何を言ってるんですか、まず先にゼザール帝国の件でしょう。陛下の日程は侍従と相談しておきますから、まずは神託の花嫁様の手を離されたらどうですか?」
そう言われてカーラはまだジェラルドに手を取られたままだったことに気付き、慌てて手を離した。
焦るカーラをジェラルドは残念そうに見てからリードに懇願した。
「いや待て。そっちの案件はまだいいだろう。というか、そちらをやっていたらカーラとの件が何も進まなくなってしまうだろうが」
ジェラルドがどこか焦ったように告げるが、リードは平然と答えた。
「では、お話もまとまったようですので、行きますよ」
「だが――」
「とっととこの案件を片付けて神託の花嫁様の評価を上げて下さいね」
「……分かった」
不承不承という体で返答をしたジェラルドが去って行く。
残されたカーラは半ば呆気に取られていたが、視界の隅にポットが入り、あら、と呟いた。
「綺麗だわ」
ポットの中ですっかり忘れられた桃色の薔薇が一輪、繊細な花弁をポット一杯に広げて咲いていた。
桃色の薔薇の花言葉は『愛している』だけど、他にも感謝などの意味があるから、花が咲いてから花言葉の話題を出して、ジェラルド様はどの花言葉がお好きですか、とか話しながら告白に持っていこうと思っていた。
結果としては良かったけれど思い通りにはいかないものね。
複雑な顔でポットを見ているとリズが取り替えましょう、と言ってくれたが首を振って断る。
「いいの。もう少し見ていたいから」
飲めなくなったお茶の入ったポットを見つめながら答えると、かしこまりましたと応えが返ってくる。
静かになった庭園で微かに香る花の香りとだいぶ濃くなったお茶の香りが混じり合い、心地よく感じるものになっていた。
その香りに包まれていると、心が落ち着いてくるのが分かる。
ジェラルド様が私のことを好きだなんて。
真摯な青い瞳が脳裏に蘇り、一瞬で体中が、ぼん、と熱を持つ。
せっかく落ち着いたのに。
そんなことを思っていると、傍らからくすり、と笑い声がした。
「……リズ」
「失礼しました。あまりにもカーラ様がお可愛らしくて」
可愛い? 私が?
「可愛くなんてないわ」
リズはあらまあ、というふうに頬へ手を当てた。
「謙遜も度が過ぎると……と言いますか、あの元ご家族の余計な置き土産のようですわね」
何やら黒いものがリズから出ているような気がしてカーラは話題を変えることにした。
「それよりごめんなさい。せっかくリズが気を利かせてくれたのに」
工芸茶で告白へ持って行く、というのはリズの案だった。
だが結局、カーラが先んじてしまい、お茶の意味はなくなってしまったのだが。
「よろしいんですよ。むしろこちらの方が何倍もおいし……いえ、何でもありません」
――それよりもこれからの日程が気になりますね。
そう言われてカーラは陛下との謁見の件を思い出した。
「そう言えばいつ頃になるのかしら?」
「分かりませんが先ほどの第二王子殿下の様子を見ると、それほど先のことではないと思われます。これは急がねばなりませんね」
何を、と聞く前にカーラは急かされて席を立った。
「ご無礼を。衣装の打ち合わせが入ると思われますので、ご移動のほどお願い致します」
「気が早くない?」
「いえ、むしろ遅いくらいかと」
リズに急かされてカーラは謁見の際の衣装の打ち合わせのために衣裳部屋へ案内されることになった。
まさかそんなに早くないわよね。だって相手は国王陛下だもの。
「……本当に?」
ジェラルドと目が合い、慌てて目を逸らす。
ああもう、手順も何もバラバラだわ!!
本来の予定では、工芸茶の花が綺麗に開いてから、その花になぞらえて想いを告げるはずだったのに。
だが実際にこうしてジェラルドを目の前にすると、用意していた話題も言葉も抜け落ちて行ってしまう。
「本当です。ジェラルド様が好き――」
え?
ジェラルドが椅子から立ち上がった。
「ジェラルド様?」
唖然としているカーラにジェラルドが近寄り、その手を取った。
「よかった。ありがとう。こんな俺のことを好きになってくれて」
「そんなことは――」
ジェラルドがカーラを立ち上がらせる。
「こうしてはいられないな。すぐに神殿で式を挙げて、いやその前に父上に報告――」
「何をしてるんですか」
いつの間に来ていたのか、浮足立つジェラルドの背後からリードが声を掛けた。
「これまでさんざん神託の花嫁様のために抑えてきたのに、あなたが先走ってどうするんですか?」
リードによると、これまでカーラがまだ国王陛下に正式に紹介されていないのは、まだこちらに慣れていないから、とジェラルドが必死に止めていたからだという。
「それなのに母上が先走るから」
「ごたごたもあったからそれほど反発もでませんでしたけれど、流石にそろそろマズいと思いますよ」
リードの言にカーラは『ごたごた』がマルボーロ男爵家のことを指しているのに気付いた。
私のせいで。
顔に出ていたのか、慌てたようにジェラルドが話し出す。
「カーラが気にすることじゃないよ。彼らのことは君には何の責任もないことじゃないか。もうすべて終わったことなんだよ」
男爵夫妻は開拓村へ行くことが決まったし、エリスは離島へ流刑が決まった。
もうこれからのカーラの人生に彼らはいない。
「そうですね。離島は辛いかもしれませんが、きちんと罪を償って欲しいですね」
エリスの魅了に掛かった商人たちの中には破産寸前までエリスに貢いでいた者がいたというから、エリスには少しは反省して欲しい。
そう告げると一瞬ジェラルドは微妙な表情をした。
何かしら?
「カーラは優しいね。さて、では父上に会ってもらうのが先か」
「何を言ってるんですか、まず先にゼザール帝国の件でしょう。陛下の日程は侍従と相談しておきますから、まずは神託の花嫁様の手を離されたらどうですか?」
そう言われてカーラはまだジェラルドに手を取られたままだったことに気付き、慌てて手を離した。
焦るカーラをジェラルドは残念そうに見てからリードに懇願した。
「いや待て。そっちの案件はまだいいだろう。というか、そちらをやっていたらカーラとの件が何も進まなくなってしまうだろうが」
ジェラルドがどこか焦ったように告げるが、リードは平然と答えた。
「では、お話もまとまったようですので、行きますよ」
「だが――」
「とっととこの案件を片付けて神託の花嫁様の評価を上げて下さいね」
「……分かった」
不承不承という体で返答をしたジェラルドが去って行く。
残されたカーラは半ば呆気に取られていたが、視界の隅にポットが入り、あら、と呟いた。
「綺麗だわ」
ポットの中ですっかり忘れられた桃色の薔薇が一輪、繊細な花弁をポット一杯に広げて咲いていた。
桃色の薔薇の花言葉は『愛している』だけど、他にも感謝などの意味があるから、花が咲いてから花言葉の話題を出して、ジェラルド様はどの花言葉がお好きですか、とか話しながら告白に持っていこうと思っていた。
結果としては良かったけれど思い通りにはいかないものね。
複雑な顔でポットを見ているとリズが取り替えましょう、と言ってくれたが首を振って断る。
「いいの。もう少し見ていたいから」
飲めなくなったお茶の入ったポットを見つめながら答えると、かしこまりましたと応えが返ってくる。
静かになった庭園で微かに香る花の香りとだいぶ濃くなったお茶の香りが混じり合い、心地よく感じるものになっていた。
その香りに包まれていると、心が落ち着いてくるのが分かる。
ジェラルド様が私のことを好きだなんて。
真摯な青い瞳が脳裏に蘇り、一瞬で体中が、ぼん、と熱を持つ。
せっかく落ち着いたのに。
そんなことを思っていると、傍らからくすり、と笑い声がした。
「……リズ」
「失礼しました。あまりにもカーラ様がお可愛らしくて」
可愛い? 私が?
「可愛くなんてないわ」
リズはあらまあ、というふうに頬へ手を当てた。
「謙遜も度が過ぎると……と言いますか、あの元ご家族の余計な置き土産のようですわね」
何やら黒いものがリズから出ているような気がしてカーラは話題を変えることにした。
「それよりごめんなさい。せっかくリズが気を利かせてくれたのに」
工芸茶で告白へ持って行く、というのはリズの案だった。
だが結局、カーラが先んじてしまい、お茶の意味はなくなってしまったのだが。
「よろしいんですよ。むしろこちらの方が何倍もおいし……いえ、何でもありません」
――それよりもこれからの日程が気になりますね。
そう言われてカーラは陛下との謁見の件を思い出した。
「そう言えばいつ頃になるのかしら?」
「分かりませんが先ほどの第二王子殿下の様子を見ると、それほど先のことではないと思われます。これは急がねばなりませんね」
何を、と聞く前にカーラは急かされて席を立った。
「ご無礼を。衣装の打ち合わせが入ると思われますので、ご移動のほどお願い致します」
「気が早くない?」
「いえ、むしろ遅いくらいかと」
リズに急かされてカーラは謁見の際の衣装の打ち合わせのために衣裳部屋へ案内されることになった。
まさかそんなに早くないわよね。だって相手は国王陛下だもの。
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