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(近い近い近いっ!!)
「抑制剤は――」
「飲んでますよ」
最初に会った際のあのとんでもない反応ほどではないが、時おり出る時がある。
それもあって聞いたのだけど。
「話を逸らさないで下さい」
端正な顔がまた近付く。
(ひえぇぇっ!!)
「そんなに嫌ですか」
今にも泣きそうな顔になっているのを認めて、
「いや、その」
そういう訳じゃないのだ。
好きとか嫌いとかそういう理屈で収められるなら、ここまで悩まなかっただろう。
(だから、あたしにそういうのは無理なんだって)
普通、番になったらアルファが養うのが当然で。
なのにこの目の前のオメガは警察庁に勤めていたりなんかする。
(おまけにあの小野寺家、ってどこまでなのよ)
誰もが知る一流企業の名を聞いて床に文字通り倒れ込んだのはあたしです。
(頼むから、企業名と創業者名は一致させようよ)
当人は三男だから関係ないとか言ってけど、それもうアウトなんじゃ。
(こんな平凡な容姿――能力も――なアルファじゃ、釣り合わない)
もう分かる。
『まあ、あれが噂の……』
『あの小野寺家にベータが入るなんて、え? あれでアルファ?』
『何かの間違いじゃありませんの』
という状況がめちゃくちゃ想像つくんですがっ!!
(それにそんなことになったら)
『あれでアルファねぇ。小野寺さんももう少し……』
『幾ら政府のマッチングとはいっても、ねぇ』
『あら、これは圭さんご本人が希望されたようですよ』
『まあ……』
『だから先に見合いをしておけばよろしかったのに、あら失礼』
絶対、そっちにも迷惑かかるパターンッ!!
(あたしがそう言われるのは仕方ないにしても、そっちまで言われるのは何か落ち着かない)
後から思えばこの時点で気付いておくべきだったのかもしれない。
だけど――。
「……らい」
「何です?」
「だから、あなたがきらいだから無理、って言ってるの」
「バカね」
数日後、目の前にいる綺麗なお姉さんがぐさり、と言ってくれた。
場所はあたしのマンションです。
「それはちょっと言い過ぎでしょう。もう少し言葉を選べなかったのかしら?」
お陰でこっちはいい迷惑なんだけど。
かっちりしたスーツを着こなしたこのスレンダーなお姉さんは当然アルファで、警察庁にお勤めです。
「いつもの倍の勢いで案件片付けるの、止めてほしいのよ。幾ら何でもあれはないでしょう」
お姉さん――岬京香さんが愚痴るようにいいながら、お茶うけに出したチョコチップクッキーに噛り付いた。
(いやあの、それ秘蔵のクッキーだからもう少し味わって食べて欲しいんですが)
突然、押しかけてきた岬さんは、あたしを見るなり、
『あなた、あの人の番なんでしょうっ!! 何とかしなさいよっ!!』
と怒鳴り込んで来たのだ。
(いや、何とかって……)
どうもあの子犬はあれ以来、仕事の鬼と化しているようなのだ。
(ちょっと言いすぎたかなあ)
あたしもチョコチップクッキーに口をつけようとしたところで、岬さんが、
「痴話げんかもいい加減にして欲しいんだけど」
(へ?)
思い切り噎せそうになり、慌ててコーヒーのカップに手を伸ばす。
「あら違ったの? じゃあ夫婦喧嘩かしら?」
態勢を整えかけたところでその波状攻撃は卑怯だと思います。
しばらく喉の調子を整えることに専念しているあたしに、
「……まさかとは思うけど、あなた達そういったことは何も?」
信じられない、というふうに言うのは止めてほしいと思います。
「だってまだ番契約もしてないし」
あたしの答えを聞いた岬さんが呆れた、というように首を振った。
「冗談でしょう。……ああ、だから」
(一体何を納得したんだろう)
あたしの胸に小さな疑問が浮かんだが、その頃には気持ちを切り替えていたようで、
「まあとにかく一度、様子を見にでも来てくれると助かるわ。これ、仮入庁証ね」
「あの、そういうのって受付で出されるものじゃ」
それにあたしの記憶が確かなら、そういったのは当日限り有効とかじゃ。
「ああ。大丈夫。これは特別製だから。有効期限は一週間だけど、できれば早めに来てくれると助かるわ」
岬さんは首から掛けるタイプのそれを渡すと、
「それに、もうとばっちりはごめんだしね」
と、どこかさっぱりした表情で帰ってしまった。
自分の家なのに取り残されたような気分になったあたしは、
(どうしよう、これ)
あと一枚となったチョコチップクッキーと仮入庁証を眺めていた。
「抑制剤は――」
「飲んでますよ」
最初に会った際のあのとんでもない反応ほどではないが、時おり出る時がある。
それもあって聞いたのだけど。
「話を逸らさないで下さい」
端正な顔がまた近付く。
(ひえぇぇっ!!)
「そんなに嫌ですか」
今にも泣きそうな顔になっているのを認めて、
「いや、その」
そういう訳じゃないのだ。
好きとか嫌いとかそういう理屈で収められるなら、ここまで悩まなかっただろう。
(だから、あたしにそういうのは無理なんだって)
普通、番になったらアルファが養うのが当然で。
なのにこの目の前のオメガは警察庁に勤めていたりなんかする。
(おまけにあの小野寺家、ってどこまでなのよ)
誰もが知る一流企業の名を聞いて床に文字通り倒れ込んだのはあたしです。
(頼むから、企業名と創業者名は一致させようよ)
当人は三男だから関係ないとか言ってけど、それもうアウトなんじゃ。
(こんな平凡な容姿――能力も――なアルファじゃ、釣り合わない)
もう分かる。
『まあ、あれが噂の……』
『あの小野寺家にベータが入るなんて、え? あれでアルファ?』
『何かの間違いじゃありませんの』
という状況がめちゃくちゃ想像つくんですがっ!!
(それにそんなことになったら)
『あれでアルファねぇ。小野寺さんももう少し……』
『幾ら政府のマッチングとはいっても、ねぇ』
『あら、これは圭さんご本人が希望されたようですよ』
『まあ……』
『だから先に見合いをしておけばよろしかったのに、あら失礼』
絶対、そっちにも迷惑かかるパターンッ!!
(あたしがそう言われるのは仕方ないにしても、そっちまで言われるのは何か落ち着かない)
後から思えばこの時点で気付いておくべきだったのかもしれない。
だけど――。
「……らい」
「何です?」
「だから、あなたがきらいだから無理、って言ってるの」
「バカね」
数日後、目の前にいる綺麗なお姉さんがぐさり、と言ってくれた。
場所はあたしのマンションです。
「それはちょっと言い過ぎでしょう。もう少し言葉を選べなかったのかしら?」
お陰でこっちはいい迷惑なんだけど。
かっちりしたスーツを着こなしたこのスレンダーなお姉さんは当然アルファで、警察庁にお勤めです。
「いつもの倍の勢いで案件片付けるの、止めてほしいのよ。幾ら何でもあれはないでしょう」
お姉さん――岬京香さんが愚痴るようにいいながら、お茶うけに出したチョコチップクッキーに噛り付いた。
(いやあの、それ秘蔵のクッキーだからもう少し味わって食べて欲しいんですが)
突然、押しかけてきた岬さんは、あたしを見るなり、
『あなた、あの人の番なんでしょうっ!! 何とかしなさいよっ!!』
と怒鳴り込んで来たのだ。
(いや、何とかって……)
どうもあの子犬はあれ以来、仕事の鬼と化しているようなのだ。
(ちょっと言いすぎたかなあ)
あたしもチョコチップクッキーに口をつけようとしたところで、岬さんが、
「痴話げんかもいい加減にして欲しいんだけど」
(へ?)
思い切り噎せそうになり、慌ててコーヒーのカップに手を伸ばす。
「あら違ったの? じゃあ夫婦喧嘩かしら?」
態勢を整えかけたところでその波状攻撃は卑怯だと思います。
しばらく喉の調子を整えることに専念しているあたしに、
「……まさかとは思うけど、あなた達そういったことは何も?」
信じられない、というふうに言うのは止めてほしいと思います。
「だってまだ番契約もしてないし」
あたしの答えを聞いた岬さんが呆れた、というように首を振った。
「冗談でしょう。……ああ、だから」
(一体何を納得したんだろう)
あたしの胸に小さな疑問が浮かんだが、その頃には気持ちを切り替えていたようで、
「まあとにかく一度、様子を見にでも来てくれると助かるわ。これ、仮入庁証ね」
「あの、そういうのって受付で出されるものじゃ」
それにあたしの記憶が確かなら、そういったのは当日限り有効とかじゃ。
「ああ。大丈夫。これは特別製だから。有効期限は一週間だけど、できれば早めに来てくれると助かるわ」
岬さんは首から掛けるタイプのそれを渡すと、
「それに、もうとばっちりはごめんだしね」
と、どこかさっぱりした表情で帰ってしまった。
自分の家なのに取り残されたような気分になったあたしは、
(どうしよう、これ)
あと一枚となったチョコチップクッキーと仮入庁証を眺めていた。
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