今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ

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1巻

1-1




   第一章 消えてあげようと思います


 頭からすっぽりと被った黒いローブの下、老婆の眼差しが剣呑けんのんなものを帯びる。

「今、なんと言ったんだい?」

 昼間だというのに薄暗い店内は、希少な結界石や護符、魔道具が雑多に置かれた棚が並んでいた。
 私――コッペリア・マルドークは彼女の迫力に気圧けおされながらも答える。

「ですから、苦しまずに旅立てる薬がほしいのです」

 老婆が呆れたようにため息をついた。

「それは誰に飲ませるんだい?」
「違います。飲むのは私です」
「理由を知りたいね。どうしてそんな馬鹿な考えに至ったのさね」

 なぜそんなことを聞くのだろう。まさか気に入らない答えだったら薬を作ってもらえないのだろうか。もしそうならば、噓をついてでも老婆が納得してくれるような答えを捻りださないと。

「答えたら薬を作ってもらえますか?」

 緊張で口が渇き、弱々しい声が出た。
 対して老婆は軽く首を横に振る。

「内容によるさね。だからって嘘はいけないよ」

 先ほど考えていたことを言い当てられ、身体が強張こわばる。

「……わかりました。正直にお話しします。自己紹介が遅くなり申し訳ありません。私はマルドーク公爵家の長女コッペリアと申します」

 上級貴族が平民街に現れることなど滅多にない。
 もちろん私も、こうしてひとりで平民街に来たのは初めてだった。昼間とはいえ、若い女性の姿は目立つし、令嬢だとばれたら人さらいに遭ってもおかしくないだろう。
 だが、その危険を冒してでも私はここに来たかった。

「ほお、公爵令嬢ねえ……。その所作は上級貴族じゃないと出せないものさね。それで、どうして公爵令嬢が供も連れずにこんなところに来たんだい?」

 まるで気遣ってくれているような声音こわねに、少しだけ緊張がほぐれる。

「私がここへ来たのは、長年の婚約者が心変わりをしたからです」
「穏やかじゃないね」

 老婆の相槌は素っ気ないものの、どこかなだめるようなものが含まれていた。

「私が彼と婚約したのは五歳のときになります」

 このブルマン王国の王太子アレンとの婚約が決まったときからずっと努力していた。


 初めて彼に会ったとき、女の子かと思った。それくらい可愛かったのだ。
 金髪ときれいな青い瞳に加えて、同じ五歳だというのにすでに秀麗な顔立ちをしていて、とても魅力的だと思った。

『お前が婚約者だと聞いた』
『はい。よろしくお願いいたします』

 事前に教えられた通りに答えると、とても無邪気な笑顔が返ってきた。

『そういうのはいいから、遊ぼう』

 王族にしては重みがない態度だったかもしれない。
 けれど、そのまぶしい笑みに私は魅かれた。
 そして、アレンの手助けができるのなら、と礼儀作法、歴史や語学など厳しい王太子妃教育に一生懸命取り組んだ。
 そして、七歳でブルマン王国の歴史をひと通り覚えた私に、アレンは感心してくれた。

『すごいな。俺にはできそうにない』
『たいしたことじゃないです』

 少し照れながらもそう答えた。あなたの隣に立てるなら、どんなことだってやってみせると本気で思っていたのだ。
 そう、あの日までは。


『あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった』

 その声は、王立学園の空き教室から聞こえた。おそらく誰もいないと思ったのだろう、アレンの声はよく響き、廊下にいた私の耳にしっかり聞こえる。

『まあ、アレンったら』

 その媚びるような女性の声には聞き覚えがあった。
 ――マリア・ダグラス男爵令嬢。
 濡れ羽色の黒髪に、琥珀色の瞳の彼女は常に可愛らしい雰囲気を醸し出していて、入学したころから人気があった。アレンとも親しいようで、学園でよく一緒にいるところを見かけている。
 だが、卒業まであと半年と迫っていて、そこまで心配はしていなかった。

『いや本当だ。コッペリアといると冗談も口にできない。君と話しているほうがずっと気が楽だ』

 たしかにアレンと話す内容は公務のことが多い。しかし、それは彼の代わりに仕事をしているからで、彼も納得していると思っていた。
 うつむく私を嘲笑うかのように会話が続いていく。

『ありがとう。でも、やっぱりアレンは彼女を選ぶのよね』
『仕方がないんだよ。これは決められたことなんだから。でも……』

 その先は声が小さくなったため、アレンが何を言ったのかわからない。すると、すぐにダグラス男爵令嬢の興奮した声が聞こえてきた。

『えっ、いいの!?』
『いいんだ。あんな女の子どもなんて興味がない』
(まさか自分たちの子どもを――?)

 思わず扉に手をかけたとき、追い打ちをかけるようにアレンの声が聞こえた。

『それに、あんな難しい公務はコッペリアに任せてしまおうと思うんだ』
『まあ、素敵ね。そうしたらアレンとずっと一緒にいられるわ!!』

 アレンたちは自分たちが正しいと思っているようで、彼らの声はどこまでも明るかった。

『コッペリアはああいったことが好きなようだからな』
『そうね。彼女にはお似合いだわ』

 そんな言葉を聞いて私は中へ入ることができなかった。


 翌日。生徒会の書記を務める私は、生徒会室で役員たちと書類を片付けていた。生徒会の活動内容は、各委員会の報告書をまとめたり、各部活動における予算の管理など多岐にわたる。
 ショッキングな会話を聞いてしまった次の日だからか、少しぼうっとしていたようで、副会長のゼフィルス・オナシス侯爵令息に書類の計算違いを指摘されてしまった。

『マルドーク公爵令嬢、この計算が違っているが』

 宰相の父親を持つオナシス侯爵令息は銀髪に紺色の瞳をしていて、王立学園の中でも秀才として名が通っている。そして、将来彼がアレンの側近になることは決定事項だと言われていた。
 少し冷たさを感じる美貌を持つ彼がアレンと並ぶと、ふたりの美しさとその色彩の対比が相まってとても絵になる、と女子生徒の間でもっぱらの噂らしい。
 最近、アレンと一緒にいないようなので、女子生徒たちは残念そうにしているが。

『ごめんなさい。すぐに直します』

 私は謝罪の言葉とともに、書類を受け取る。

『ったく。アレンの奴、何をしているんだ? あーあ、少なくとも、あとひとりは手伝いがほしいな』

 会計のマシュー・ルクス伯爵令息がそうぼやきながら書類を叩く。彼は茶髪に緑の瞳を持ち、父親は第二騎士団長を務めている。
 また、もうひとりの生徒会役員である、庶務のテルム・ハイランド侯爵令息は、ホウキ同好会との話し合いのため、席を外していた。

『ああ。最近アレンはさぼりすぎじゃないか。マルドーク公爵令嬢は何か知らないか?』

 書類をさばきながらオナシス侯爵令息がこちらを見た。
 ちなみに、王族を名で呼ぶと不敬罪に問われることもあるが、生徒会活動に支障が出るという理由で、生徒会の男性役員は特別に許可されていた。アレンの様子を見る限り、単に友人がほしかったようだが。
 私はオナシス侯爵令息の問いに首を横に振って答える。

『いえ、特には何も』

 私がそう答えるとルクス伯爵令息が微妙な顔をした。
 生徒会長を務めるアレンはこのところ生徒会室に顔を出さないので、名ばかりの会長となっていた。用があるらしいが、ダグラス男爵令嬢と一緒にいるところを目撃される回数が減らないので、なんとなく察しはつく。
 とはいえ、王族である彼に直接指摘しようとする者はいない。もちろん私も何も言えなかった。
 それからしばらくして、王太子妃教育の時間が迫っていることに気づいた私は断りを入れる。

『申し訳ありません。そろそろ王宮にて授業の時間なので失礼いたします』
『ああ。わかった』
『大変だな。がんばれよ』

 昇降口に向かっている途中、連絡事項を思い出す。引き返して扉に手をかけたそのとき、中からルクス伯爵令息の声が聞こえてきた。

『アレンも酷なことをするよな』

 少し間を置いてオナシス侯爵令息の声がする。

『あの女遊びはいつ終わるんだ?』
『さあな。ダグラス男爵令嬢だったか。ずいぶんと彼女に入れ込んでいるようだったが、本当にあの女が将来の王妃なのか?』

 まるで次の王太子妃はダグラス男爵令嬢だとでも言っているようだった。
 厳しい王太子妃教育に耐え、アレンの代わりに引き受けた仕事で疲弊し、ダグラス男爵令嬢との関係に心を痛めながらも、ずっと我慢してきたのだ。アレンはわかってくれなくても、周りの人はこの努力を認めてくれていると思っていたから、なんとかやってこられた。
 しかし、現実は残酷だった。
 彼らにまでそんなふうに思われていたと知り、目の前が真っ暗になる。

『おい』
『あ、ごめん。油断しすぎた』

 オナシス侯爵令息の咎に、ルクス伯爵令息が慌てたように言葉を返す声が聞こえたが、もうどうでもよくなった。
 気がついたら公爵家の自室にいて、寝台の上でひとりぼうっとしていた。
 ふと、ある会話がよみがえる。廊下の曲がり角から聞こえた侍女たちの話だ。

『なんでも願いを叶えてくれる薬を売るお店があるんですって』
『え? 何それ、聞いたことないけれど?』
眉唾まゆつばものじゃないの?』
『違うわよ。どうしても叶えたい願いがある人だけ行ける魔法がかかったお店なんですって』
『何よ。それ。やっぱり眉唾まゆつば……』
『だから違うって!! あたしの従姉妹いとこの友達がそこへ行ったことがあって! そのお店への行き方も聞いたのよ』
『どういうこと?』
『その友達ってね、男運が悪くてどうしようもない相手ばかり言い寄ってくるらしいの。だから従姉妹いとこが追い払ってたみたいなんだけど。その友達は従姉妹いとこの目も欺くクズ男と結婚しちゃったみたいなのよ』
『何よ。それ』
『浮気相手が何人もいることを知った彼女は体調を崩しちゃって……。そんなときにお店の噂を聞いたらしいの。半信半疑のまま、お店の人に話を聞いてもらえたらいいなってくらいだったんだけど、そうしたら……』

 そこから声が小さくなり、私はさらに耳を澄ませた。
 彼女の話を要約すると、こうだった。
 表に黒猫の置物がある店に入ると、中にいた老婆が話を聞いてくれ、夫にこっそり飲ませるように、と薬の瓶を渡してくれた。後日、薬を飲んだ夫はこれまでの浮気のことと、妻への愛情など欠片かけらもないことを皆の前で話し出した。
 結果、友人は慰謝料をもらって離婚し、現在は実家で商いの手伝いをしているという。

『それでどうすればそのお店へ行けるの?』
『あら、さっきとずいぶん態度が違うじゃない。いいわ。教えてあげる。平民街のセリーヌさんの帽子屋の角を曲がって、三本目の路地に入るんだけど、あとは本人次第みたいよ』
『やっぱり眉唾まゆつば……』
『だから違うって!! だから本当に思いつめた人じゃないと見つけられないみたいよ。冷やかしで探した人たちがいたみたいだけど、何もわからなかったみたい』

 そうして私は噂話を頼りにここへ辿り着いたのだった。


 語り終えて軽く息を吐く。一気に話したせいか、少し息苦しさを感じた。これくらいで疲れるなんて、と考えていると、老婆が先ほどより穏やかな口調で聞いてくる。

「……ひとつ聞くが、あんたは昨日何時に休んだかね?」
「寝てません」

 今日のことを考えると目が冴えて、とてもではないが眠れなかった。

(でも、こういうのには慣れているから大丈夫よね)
「ではその前の日は?」

 なぜか真剣な声で老婆が聞いてきた。
 不思議に思いつつも、正直にここ最近の寝た時刻と起きた時刻を答えると、老婆が大声を上げる。

「あー、もう!! なんだいその短すぎる睡眠時間は!! 若い娘のすることじゃないだろう!! 周りの人は誰もあんたに注意しなかったのかい?」

 どうして老婆がこんなに怒っているのかまったくわからなかった。周りの人と言っても公爵令嬢の自分に注意できるのは父くらいで、その父も多忙で顔を合わせることはほとんどない。
 母は私を産んだあと、体調を崩し、別邸にこもりきりで滅多に会うことはない。年に数回手紙を交わすが、母から会いに来ることはなく、私も王太子妃教育が厳しくなるにつれて訪れなくなってしまった。
 老婆の勢いにやや押されてうなずくと、彼女は諦観ていかんしたようにつぶやく。

「……お貴族様ってのはどこでもそうなのかね。はあ、ちょっと待っときな」

 そう告げて、店の奥へ消えた。そして、しばらくしてから戻ってきた老婆に小瓶を渡される。

「今のあんたにぴったりな身体が休まる薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る」

 私はほっとして息をつく。
 もう何も見たくなかった。
 心変わりした婚約者も、こちらを見下すような彼の浮気相手の眼差しも。

「ただし、目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃできないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」

 老婆はフードを深く被っているため、どんな表情をしているのかはっきりとはわからない。だが、中途半端な気持ちならやめるべきだという強い意志が伝わってくる。
 ――永遠に眠る。
 そう聞いても、かまわないとしか思えなかった。私は深くうなずき、老婆に礼を言って代金を払う。そして、なんとか誰にもばれずに公爵邸の自室へ戻ったのだった。


「これでもう苦しまずにすむのね」

 私は小瓶を鏡台へ置く。室内は公爵令嬢にふさわしく、手の込んだ装飾が施された家具がバランス良く配置されていて、塵ひとつない。

(今の私にこんな部屋はふさわしくない)

 整えられた室内が空々しく映った。

(アレンと結婚して、公務を肩代わりして、でも彼の愛情は別の女性にあって……。私の役割って……?)

 そこまで考えて私は首を横に振った。

(私にはできない)

 最初からアレンになんの感情も抱いていなかったなら、できたかもしれない。
 鏡台の上に置いた小瓶を手に取る。
 黒くつやつやしたその表面をなぞっていると、ダグラス男爵令嬢の黒髪を思い出した。彼女の笑い声が聞こえたような気がして、首を左右に振って追い払う。
 蓋を開けると、薬品独特のきつい匂いが広がった。

(これで――)

 私は小瓶の液体を飲み干した。



   第二章 ゼフィルス・オナシス侯爵令息


 ブルマン王国は西をブリッジ山脈、東から南はシメス河にぐるりと囲まれており、その恵まれた地形のおかげで、戦争がこの数十年間起きていない。
 北にはコピ高原が広がり、その先にはリンセ国がある。数十年前の戦争で勝利したブルマン王国は国境線を有利に決め、対外的にはかなり優勢な状況にあって……
 そこまで考えて、俺――ゼフィルス・オナシスは顔を上げた。
 机上に広げた歴史書は何回も読み、ほとんど暗記している。
 黄ばんだ書物が収められた本棚がいくつも並ぶ図書室は、ほかの侯爵家と比べてもなかなかの蔵書数だと思う。幼少のころからここに入り浸っていた俺はすべて読破していた。
 ……まさかこんなことになるとは。どうしてあんなことをしてしまったのか。
 マシューと学園内で揉めた俺は現在、三日間の自宅謹慎中だった。
『愚かだな。恋に憂き身をやつした男は何をしでかすかわからん、というのは本当だったか』と、先ほどの父上の言葉を思い出してしまう。
 いつも通りの生徒会活動のはずだった。アレンもおらず、マルドーク公爵令嬢が帰って、気がゆるんでいたのだろう。

『ダグラス男爵令嬢だったか。ずいぶんと彼女に入れ込んでいるようだったが、本当にあの女が将来の王妃なのか?』

 マシューがそう言ったとき、廊下から小さく息を呑む気配がした。この気配はまさか。

『おい』
『あ、ごめん。油断しすぎた』

 マシューもすぐに気づいたようで、決まり悪げな顔になる。
 俺は慌てて扉のほうへ駆け寄ったが、廊下に出たときにはすでに遅かった。足早に去っていく彼女の後ろ姿を見るだけで、何もできなかったのだ。

『悪い。まさかいるとは思わなくてさ』

 まるでそこにいた彼女のほうが悪い、とでもいうような言い方に、思わずマシューの胸ぐらを掴んだ。

『言っていいことと悪いことがあるぞ』
『わ、悪い』

 マシューの謝罪を聞き、ハッと我に返った俺は自分の想いに気づいた。いや、気づいてしまった。
 まさか俺は……彼女のことを。
 そこで話が終わればよかったのだろう。だが、まずいことにそこは廊下だった。ちょうど巡回していた風紀委員に見つかり、俺たちは風紀委員会室へ連行されてしまった。
 風紀委員は、学園内の風紀と校則を遵守じゅんしゅするよう呼びかける委員である。その権限は生徒会に次いで高く、もし風紀を乱す者や呼びかけに抵抗する者がいれば、簡易的な捕縛魔法を使うことが許可されていた。
 風紀委員会室にいたほかのメンバーは、生徒会副会長である俺が連行されたことに驚いていたようだが、さすがに詳しい理由は言えなかった。
 アレンが生徒会をサボっていることを愚痴るはずが、マルドーク公爵令嬢をおとしめるような流れになり、そこから喧嘩になりかけたなど。
 なんて答えようかと逡巡しゅんじゅんしていると、マシューがちょっとした意見の食い違いだったと弁明し、結果として三日間の自宅謹慎処分となったのだった。

「はあ……」

 誰もいない図書室で、ひとりため息をつく。
 自分は頭がいい部類に属していると思っているし、同世代ではおそらくトップクラスだろう。
 物心ついたころからずっと勉強漬けで、また、どうして自分がそうしなければならないのかわかるくらいには周りが見えていたはずなのに、考えるよりも先に身体が動いてしまったなんて。
 ふと、マルドーク侯爵令嬢を初めて認識した日のことを思い出す。


 ――一位 コッペリア・マルドーク
 ――二位 ゼフィルス・オナシス
 ――三位 アレン・ブルマン
 ――四位 バレルエージ・ブルマン


 月に一度の実力テストの結果を見たとき、目を見開いた。
 さすがは未来の王妃ということか。
 王妃に求められるのは、王と並び立って劣ることのない品のよさもさることながら、いざというときの人脈、そして今代の王太子の出来からして、おそらく王太子の補助ができるような能力だろう。
 見ていればわかるが、アレンのテスト結果は王族だということで、だいぶ贔屓され、手を加えられた結果だと言える。
 負けてはいられないな。
 俺はそこからさらに勉学に励んだ。結果、次の試験では一位を取ることができ、ほっとしたのも束の間、その次の試験ではまたマルドーク公爵令嬢に抜かされることになる。
 最初のころは躍起になっていたが、だんだんとやりがいのようなものを感じ始めてきたころ、生徒会で一緒になった。

『よろしくお願いいたします』

 書記として入ってきた彼女は呑み込みも早く、手慣れた様子で書類をさばく姿は熟練者を思わせた。
 もしかしてアレンの仕事を肩代わりさせられているのか。
 それとなく彼女に聞き出したところ、やはりそのようだった。
 アレンは何を考えているんだ。たしかに王族の公務には雑務もあるが、そう簡単に任せていいものではない。いくら婚約者とはいえ、相手はまだ王族になった訳でもないのに。
 まさか重要書類まで任せていないよな。
 危惧した俺はさりげなくアレンに確認すると、彼はあっさりうなずいた。

『ああ。彼女にはいつも助けてもらっている』

 はあ? 言うのはそれだけか?
 まるで彼女に助けてもらうのは当たり前、とでもいうような発言に呆れてしまう。

『それでいいのか?』
『何が?』

 会話を続けるのも馬鹿らしくなった俺は一計を案じ、それを父上に報告することにした。

『――と、現在このような状況となっております』
『それでお前はどうしたいのだ?』

 父上は王都に一番近いユーシリア領を治めており、時流を読むことにけている。
 政治においても、ひとつのところに権力が集まるのはよくないと判断し、国王陛下に続く権勢を誇るルキシナール公爵派の勢力がむやみに広がらないように、常に二番目の権勢を誇る派閥を維持し、バランスを調整していた。
 一見すると、一番大きなルキシナール公爵派が政界を牛耳ぎゅうじっているように映るが、本当の知恵者はオナシス侯爵であると、わかる者にはわかっている。
 そんな様子を見てきた俺は、父上のようになりたいと思っていた。

『これから話すことは父上の胸に納めてください。……誠に残念ながら、アレン王太子殿下はその地位にふさわしい資質をお持ちではないと思われます。せっかくマルドーク公爵令嬢をはじめとする周囲の者が尽力しておりますのに、このままではその努力が水の泡になるかと』
『それで?』
『ですので、速やかに国王陛下に話を通し、学園卒業までに王太子自身がその自覚を持たないようであれば、王太子は別の者――』
『ゼフィルス』

 父上が冷徹な視線を向け、言葉を遮る。母上似の俺とはまったく違う、太い眉に貴族としては粗削りな容貌、がっしりとした体躯たいくという見た目で睨みを利かせられるとある種の迫力があった。

『はい』
『それ以上は不敬罪どころか、国家転覆罪に抵触することになる』

 いいのか、と言外に問われて、俺は父上の顔をまっすぐに見据える。

『かまいません。それよりもこの状況を王宮がどこまで把握しているかが問題では?』

 その言葉を聞いて、父上は目を見開いた。

『ふっ、言うようになったな。だが、ここから先はこちらの世界だ。大人の事情、というものもある。俺の跡を継ぎたいのならもう少し考えるんだな』


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