終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第25話 十二学区撤退戦(7)『絵』

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7.
 市街地の一角は、魔人たちの吹き溜まりと化していた。
 四肢も心も折られた魔人からは反攻の意思は微塵も感じられない。
 惨状に背を向けた透哉はゆっくりとした足取りで移動する。

『御波! 無事か!?』
『ん? もう片付いたのか?』
『ああ、こっちは終わったぞ』

 ホタルからの通信を受け、上空を仰ぎ見ると、先程とは打って変わって空模様は大人しい。
 ホタルのあっさりとした返答に、透哉は相手に対する軽い憐れみを覚えてしまう。

『終わったって、殺したのか?』
『デバイスを破壊して撃墜しただけだ。落下した後に叫び声が聞こえたから無事なはずだ』 
(そーいや、やると決めたらいきなり必殺かますんだったな)

 話の渦中、紫電を纏い蛍色の光を放つホタルが上空から降下してきた。その姿に、透哉はよかったと安堵した。
 
『それで、どこにいるのだ?』
『手近な屋上にでも降りて来てくれ。こっちから行く』

 透哉の位置からは空中で発光するホタルの姿がはっきりと目視できたが、あえて自分の居場所は伏せた。
 血肉が散乱した惨状を見せたくなかったのだ。
 当初の予定通り逃亡へと戻ろうとした透哉の耳に、声が、悲鳴が届く。
 それは戦闘不能になった魔人たちの中から声が聞こえた。

「――隊長ぉ!!」
「何故お前がここに!? く、来るな……今すぐこの場を離れろ!」
「嫌です! 隊長たちを残して自分だけ逃げるなんて!」
「言うことを聞け!? かはっ、お前はまだ若い……生き残って、援軍を呼んでこいっ!」

 今になって合流したのか、遅れて現れた一人の魔人が、負傷した魔人と口論していた。どうやら、『戦犬隊』の上官と部下の関係らしく、敵討ちを巡って言い争っていた。
――下らない。
 透哉は率直にそう思った。
 無視して去ってもよかったが、透哉はその光景を眺めていた。
 数瞬前に抱いた魔人への蔑視と戸惑いが、下手な茶番を見せられたことで急速に冷めていく。
 地面で苦しむ虫けらを見るように、生殺与奪を完全に握った覆らない優位を弄んでいた。

「よくも、みんなを……」

 絞り出したような唸り声に透哉は眉を顰める。
 目を向けると恐怖で震え、嗚咽を漏らしていた小さな魔人の体が、憤りで揺さぶられている。
 自爆覚悟の特攻が来ると思ったが、どうも様子がおかしい。

「――おい、止めろ!」
「止めないでください隊長!」

 傷から血が溢れるほど声を張り上げた上官の抑止にも応じず、その魔人がこちらを向く。
 身長は透哉より低い。今夜出会った魔人の中で最も小柄だった。
 しかし、覚悟が背筋を伸ばし、先程よりも大きく見えた。

「許さない……この侵入者めえええええぇぇっ!!!」

 悲鳴にも聞こえる叫び声と共に、もつれそうな足で突進してくる。その攻撃ですらない行動に、透哉は迎撃も防御もせず、関わりを拒絶するように避けた。

「うわぁ!? クソ、この程度でっ!」

 すると勢い余って転び、あまつさえ、敵に背を向けて泣き出した。
 正義の味方を盲信する小僧が、夢想する憧れを打ち砕かれ、無様に怒っていた。
 透哉は心身ともに未熟で矮小な魔人の姿を憐れむと同時、真剣勝負に小枝を振り回して乱入するような、余りにも場違いな参戦に苛立ちを覚えた。
 しかし、小さな魔人は立ち上がると再び透哉に対峙する。
 その姿を冷めた目で一瞥し、
 我武者羅な怒りが、重なる。
 過去の自分に何故か重なる。 

「許さないぞぉ! お前ぇぇぇ!!」

 それがその小さな魔人の最後の声になる。
 突然、魔人の体から閃光が弾けた。
 まるで体内の爆弾が起爆したみたいに魔人の体に膨大な魔力を――見た。

(――魔人が魔力を!? 何をしやがったコイツ!?)

 透哉は沸いた単純な疑問に恐れを抱いた。
 本来魔人とは成長過程で体内の魔力を消費して行く存在。だからエンチャントなどの恣意的な魔力利用は出来ないはずだ。
 しかし、それだけだった。
 発生したときと同じように突如として小さな魔人から魔力が失せ、今度はうずくまって動かなくなる。
 それが透哉の目撃した変化だった。

(魔力が消えた? どう言うことだ、まさか食った……? ありえる、のか?)

 自分が有する知識では説明できない現象に身構え、固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。
 想像もできない未知の危険をはらんでいることだけは確かだった。
 小さな魔人は蹲って動かない。
 その姿は孵化を目前にした卵にも見えた。透哉の予感に応えるように、ドクンッと未知の鼓動を聴覚が捉えた。
 水で満たされたゴムボールが跳ねるみたいな鈍い水音。
 小さな魔人の腕が蠕動運動を始めて、急激に膨れ上がった。溢れ出した力が、肉を伝って流動しながら全身に拡散し、皮膚の下にゴムホースをねじ込んだみたいに膨張した血管が魔人の体表を覆い尽くしていく。隆起した血管が顔面を木の根のように這い、眼球の毛細血管が破裂し、真っ赤に染まる。
 全身を異常な速度で変化させながら、小さかった魔人のシルエットが見る見るうちに巨大化し、体高が夕日で引き伸ばされた影のように急速に伸びた。
 殻を破るように血管が裂け、着衣も、皮膚も、内側から溢れた新しい体が食い殺していく。

「オオオオオオオォォォォ!!!」



 もはや人魔でも魔人でもない物と化し、声ではない叫びを上げる。
 建物に囲まれた路地裏から発された咆哮は非常階段や窓ガラスを震わせ、反響音だけで一帯を制圧した。
 残響が消え、当たりに静けさが戻ると、ソレ・・が動き出す。
 蛹が殻を破って変態するように、魔人の殻を破って生まれた得体の知れないモノ。
 上下の瞼が真横に裂け、枝豆を押し出すみたいに眼球が飛び出した。剥き出しになった眼球が地球儀のように激しく動く。
 何かを探し求めるみたいに。
 生まれたソレ・・は血でぬかるんだ地面を蹴り、仲間の敵である透哉を強襲した。
 それは肉体の弾丸。
 速さは暴走する自動車に匹敵した。
 物量に物を言わせた暴力は、透哉をゴムボールみたいに跳ね飛ばした。
 高速で逆向きに流れる景色。
 自身が吹き飛ばされたことに気付いたときには、背後から壁に激突したあとだった。

「――ぐぅはっ!?」

 背中を打つ衝撃に胸部が押しつぶされそうになる。チカチカする視界に頭が追いつかない。

(――何を、された? それより、何がアイツに起きた!? 撤退命令にさえ従えない半端者にっ!)

 見たままを言葉にすると魔人が体内の魔力を取り込んで変身した。俄には信じられないことだった。
 しかし、そんな思考を中断する出来事が起きる。
 ソレ・・が再び蹲ったのだ。

(――理性を失っている?)

 あろうことか透哉に切り落とされた仲間の腕を拾ってむさぼり始めた。その様は血に飢えた獣そのものだった。
 気味の悪い光景に戦意が喪失しそうになる。
 そんな中、ホタルからの通信が入り、ふわりと舞い降りた。

『おい、御波。どこにいるのだ? 大きな音がしたから降りてきたのだが』
『――バカ、来るな!』

 ホタルが着地した場所は最悪だった。
 透哉と豹変した魔人の間。
 ホタルが立てた足音を敏感に聞きつけ、ソレ・・がグギリッと肉を軋ませる怪音を交えて首を回す。

『え?』

 ホタルは間の抜けた声を漏らす。
 全く予想外の生物に遭遇したことで思考が停止していた。
 ゴミあさりをしていた野良犬とうっかり目があってしまったみたいに、ホタルは怯んで後退りする。
 無意識に零れたであろうホタルの声に透哉は大いに焦った。
 不測の事態に陥り、混乱状態のホタルに、魔人が強い反応を示したからだ。
 透哉への追撃ではなく、新しい獲物へ、合流したホタルに攻撃の対象を切り替えた。
 交錯する視線がホタルを地面に縛り付けた。

「ヲヲヲヲヲヲォォッ!」
「逃げろぉ!」

 ホタルへ叫ぶと透哉も駆け出し、合わせるように魔人も動く。
 生物の喉が発する音とはほど遠い甲高い咆哮が、深夜の市街地で響く。
 四肢を無茶苦茶に動かす、不気味な四足歩行でソレ・・が地面を蹴る。
 血生臭い呼気を吐き、不揃いな牙を鳴らし、ホタルへと殺到する。
 ホタルは寸前のところで上空に逃れた。
 突進は無人の空間を切り裂き、風圧がホタルを煽る。空回りしたソレ・・の手が真下に突き刺さり、コンクリートで舗装された地面を食いちぎる。
 初撃を回避したホタルだが、距離としては不十分。
 ソレ・・は空中へ逃げたホタルの方を見ぬまま、跳躍。

(気配? いや、魔力を追尾しているのか!?)

 空中で諸手を広げ、さっきまでは存在しなかった鋭い爪を翻す。

(こいつ、まだ変化し続けているのか!?)

 魔力で肉体の限界を超えて強化できる透哉と違ってホタルは生身の人間だ。
 凶暴化した魔人の一撃を受け損なえば致命傷は避けられない。
 透哉の脚力なら一度の跳躍で詰められる距離だ。
 しかし、焦燥が、戦慄が、ホタルとの間に絶望的な距離の幻想を生む。
 間に合わない、届かない、否定的な言葉が脳裏を過ぎる中、透哉は全力で飛び出した。

(ちっくしょぉっ! 間に合えええぇぇー!)

 透哉は足の裏から発破音を鳴らすほどの力で地面を蹴り、壁を中継して更に加速。
 ホタルの前に盾となって立ち塞がる。

『――エンチャント!『雲切』!!』

『雲切』を振り抜いたその一瞬。
 透哉は、手加減を忘れた。
 ホタルを守りたい、失いたくないと言う思いが、箍を外させた。
 そして、眼前の魔人だった物へ圧倒的な暴力として吐き出された。
 いつもの刀のフォルムを遙かに超えた刀身。
 放たれた一撃は、
 庇われたホタルを、
 負傷した魔人たちを、
 闇に飲まれた街並みを、
 その場の全てを震撼させた。
 無意識に注がれた全身全霊は、雲を切り、空を割った。
 暴走する獣と化した魔人を正面から切り裂き、背景として建っていた商店までも巻き沿いに、全てをまとめて上から下に両断した。
 巨大なギロチンが落ちてきたように、直線上の存在全てを斬り殺した。
 その時既に透哉の意識は途絶えていた。
 崩壊した魔人だった物諸共、十二学区の地に墜落した。
 源ホタルが放った悲鳴は、聞こえていなかった。

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