終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第33話 園芸部(2)『絵』

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2.
 園芸部が管理する花壇は夜ノ島学園のグラウンドとは反対の裏門側にある。
 以前、別件で近くを訪れたことがある透哉の記憶では、学園の片隅にひっそりと、けれど鬱蒼とあった。
 それは花壇と言うより、切り取られたジャングルのような壮大さを残しつつも、人の手が加わりすぎた改良された土壌だった。

「本当に、あの場所に入るのか?」
「おいおい、ブラザーまさか怖気おじけづいちまったのか? 他にどこがあるんだよ?」

 珍しく腰の引けた物言いをする透哉に、豪々吾はからかうわけではなく、さも当然のように言ってのける。
 豪々吾の先導、ホタルの同行があるにも関わらず、透哉の足取りは禁足地を前にしたように鈍い。
 けれど、到着と同時、透哉の予測は脆くも打ち砕かれた。
 透哉の目に映った物は、一面に広がる黄色。
 以前目の当たりにした、景観をぶち壊すほどのインパクトは見る影もなかった。
 予想外の光景に唖然としながら、恐る恐る注視した。

「これは……ひまわり?」
「なんだ御波、これを恐れていたのか?」
「俺が前に見たのはこんなんじゃねぇよ……」

 鬱蒼とした花壇も、壮大なジャングルもない。
 一面が季節を先取りしたひまわりで埋め尽くされ、学園の片隅に彩りとしてあった。ホタルの多少小馬鹿にするような物言いも頷ける、なんの害もなさそうな平和な景色だった。

「あの樹海なら俺様が焼き払ったぜ?」
「あのジャングルを、全部!?」
「おうよ。あんなわけわかんねぇもん、放っておけねぇだろ普通。しっかし、今度はまともなもん見てぇだな」
「もっと先に教えてくれ」

 頭の中にあった狂気の園は、経緯こそ不明だったが豪々吾によって駆除されたらしい。
 ホッと胸を撫で下ろした透哉をよそに、豪々吾は堂々とひまわり畑に足を踏み入れる。
 透哉が安堵しつつ続くと、ホタルが疑問を口にする。

「御波、ひまわりにこんな巨大な棘はあったか?」
「いや、ない」
「……御波、コスモスの花は人の顔より大きかったか?」
「……いや、ない」
「……御波」
「……」

 ホタルの純粋な疑問を一般知識で迎撃する透哉。近付いたことで、発覚した異常にホタルは初めて、透哉は改めて危機を覚えた。
 あくまで原種は国内にある普通の物でありながら、異常な大きさ、異常な形状をしていた。無害であるはずのひまわりが有刺鉄線のようなツタを根元から生やし、コスモスの花が威嚇するようにこちらを見下ろしている。
 遠目には黄色を主とした彩りに溢れた花壇が、本性を見せ始めていた。
 狂った植物が高密度、広範囲に群生していた。樹海のような閉鎖的な不気味さはないが、奇怪な植物たちの跳梁を許すこの場所そのものが恐怖や狂気を生み出していた。

「さっきここに来たことがある風なことを言っていたな?」
「花壇の水やりをさせられたときにちょっと目にした程度だ」

 尻すぼみな声を出しながら、透哉は改めて帰りたくなった。
 いつだったか、豪々吾と廊下で決闘した後に罰として水やりを命じられた際のこと。
 そのときはなんで学園の中に森があるんだろう、と思っただけで触れなかった。
 好奇心でつつくにはハードルが高すぎた。あのときよりは穏やかに違いない光景だが、通常の生態系を無視した草花が狂い咲いている点には何一つ安心できない。
 濃度が高かろうと低かろうと、致死量を超えていれば同じことなのだ。
 管理者である手綱土子にまだ会ってもいないのに、人選ミスな気がしてならない。冷静に考えてこの狂気の庭をまっとうな人物が生み出したとは思えない。

「ったく、土子の野郎、また変なもん育てやがってよぉ」

 豪々吾は慣れた口調でぶつぶつと不満を零しながら、全く驚いた様子もなく進軍して行く。それが頼もしい反面、この植物群の跳梁が常態化していることにも繋がる。
 そして、豪々吾は完全に足が止まった透哉とホタルを振り返ると――

「この中のどっかにいるからよぉ、手っ取り早く別れて探すぞ?」
「「ええ!? 二手に分かれるのか!?」」

――信じがたいことを口にする。
 狂気の庭に精神を脅かされている二人にとっては、豪々吾が命綱なのだ。
 なのに、その命綱が自ら離れようとしている。透哉とホタルとしては、手放すわけにはいかなかった。

「待つのだ、七奈豪々吾! ジャングルの中で分かれたら再会できないのではないか!?」
「そうだ、俺たちは三人で一チームだ!」
「はぁ? 何二人してビビってんだ? 多少は噛みついたりしてくるかも知れねぇけど、毒はねぇからよぉ」

 豪々吾は植物群に目配せすると、しれっととんでもないことを口でする。

「噛み付いてくるのか!? って、毒!?」
「流石の土子もそこまでいかれたモンは作ってねぇだろうし……多分」
「やはり、ここは連携を取るべきなのだ! 私たちは三人で一チームなのだ!」

 透哉の不安が伝播したホタルが、声を上げる。

「おめぇら二人いたらなんとかんだろ。いざってときは切るなり焼くなりして脱出すりゃいいんだよ」
「そ、そそそ、そんなことをしたら怒られるのではないか!? 園芸部が手塩にかけて育てた……花々だぞ?」
「どこにまともな花があんだよ?」

 冷静を欠いた二人を前に、豪々吾は余りにもまともだった。
 それだけ言うと豪々吾は二人を置いてズンズンと一人、先を突き進む。
 手分けすることには不安はあったが、手綱土子に出会うことが出来なければ目的どころではない。
 泣く泣く受け入れた二人は、未知の植物で満たされた花壇に挑む。

「行くか……」
「そう、だな」

 渋々歩き始めた透哉に、ホタルが力なく答える。
 ひまわりを避け、コスモスを潜り、花壇の奥へ踏み入れ、数歩。
 
「シャー!」
「源、変な声出すなよ」
「ちっ、違う私じゃないぞ!?」

 声の方を振り返ると、巨大なコスモスが触手とも枝でも取れる部位を振りかざし、こちらへの威嚇行動を取っていた。

「「……っ!! うわぁーっ!?」」

 お化け屋敷も真っ青な怪奇現象に透哉とホタルは刹那の絶句。そして、間もなく絶叫と共にどちらからでもなく、駆け出していた。
 道に迷うとか、方向を見失うとか、ジャングルでの立ち振る舞いなどは頭の中から綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
 あらゆる不思議や危険に耐性がある二人も、常識を超えた未知への恐怖には耐性がなかった。



「御波、御波っ! コスモスが、コスモスのオバケが喋った!」
「バカ言え! コスモスは喋られねぇんだよ!」
「じゃあ、さっきのシャーは!? シャーは、なんなのだ!?」
「あれは、威嚇だ! 縄張りに入った俺たちへの警鐘だ!」
「そうか! それなら大丈夫だなっ、威嚇ならしょうがないな!」
「バカ言え! 威嚇するコスモスなんてあるはずないだろ!?」
「お前がいったのではないか!?」
「え? あー、忘れた!」

 全力疾走でひまわりとコスモスの群れを抜けた二人は、膝に手をつき肩で息をしながら止まる。走り疲れたと言うより、未知の恐怖から受けた強いストレスが原因だ。

「やはり、別行動は命取りなのではないか? 七奈豪々吾はどこにいった?」
「それなら、あっちの方だ」
「まさか、食われたりしてないだろうな!?」
「変な冗談は止めろ源。ひまわりの影で見えないだけだろ?」
「……ははぁ~ん、さては迷子なのだ」
「……困った生徒会長だなっ、ハハッ!」

 二人して渾身の強がりを吐く。
 一抹の不安を抱きつつ見渡すと、いつの間にかひまわりに覆いかぶさるように囲まれていた。
 悪化の一途を辿る状況に、二人の口の端がピクピクと痙攣していた。

「き、気のせいかさっきより大きくなっているのだ」
「バカ、植物が目に見えて成長するはずがないだろ?」

 ひまわりの花を見上げながらほうけたようにホタルが言い、透哉があきれたように言い返す。
 すると、眼前のひまわりが返事の代わりに、ニョキッと背丈を数センチ伸ばした。

「「……」」
「一回、戻るか……」
「おお! 名案だな御波!」

 自信満々に振り向くが、来た道はなく、ひまわりともコスモスとも異なる植物に退路を埋め尽くされていた。
 樹海よろしく、方向感覚距離感の両方が狂い始めていた。

「まさか、ここまでとは……やるではないか。手綱先輩」
「格好をつけても迷子だ」
「とりあえず、一回外に出るべきなのだ」
「そうするか。力ずくでいいらしいからな……」
「そうだぞ。生徒会長の許可が下りているのだ!」
「「エンチャントッ!!」」

 普段なら渋る局面においても『上の許可』と言う後ろ盾があれば決断力は段違いだ。加えて、恐怖を払うためにも武器は好都合だった。
 各々、必殺である『雲切』と『雷王』を抜くことにも躊躇はなかった。

『ようこそ。お客さんなんて珍しいね』

 業を煮やした透哉とホタルが、透明な刀と雷剣を構え、植物群に応戦しようとしたとき。
 その声は響いた。
 謎の歓迎に二人は武器を構えたまま、周囲を見渡す。
 しかし、声の主の姿はない。
 それもそのはず、声は正面からでも、背後からでも、上空からでもなかったからだ。まして、謎の植物群からでもない。
 真下。
 僅かに盛り上がった土の奥から声がする。

「源、見ろ。喋る地面だ」
「御波、違うのだ。地面が喋っているだけなのだ」
『始めまして。私は三年の手綱土子だよ』
「二年の御波透哉だ」
「同じく、源ホタルだ」

 変質者への強い警戒が、先輩相手にもかかわらず敬語を省かせた。軽めの自己紹介で和んだ場の空気、土を挟みながら縮まった互いの距離。
 透哉とホタルが微かに安堵した隙を付くように。
 地面に亀裂が走り、回転扉のように反転した。

「土は土の子、土子の子~♪ よーこそ、園芸部へ。私が部長の手綱土子で~っす!」

 奈落から飛び出る舞台俳優のような鮮やかさはなく、土埃と泥臭さを纏って手綱土子が地中より顕現する。
 躍り出たのは学園の制服を纏った少女。黒いスカートを履き、ところどころに土化粧をした白いシャツに青いリボンを添えた三年の女子生徒だった。丸いレンズの眼鏡を鼻に乗せ、健康的な光沢を放つ額が尊顔に煌めきを添えている。
 髪は茶色と言うより土色。固く結ばれた三つ編みは重機のような力強さを持ち、しなるように揺れている。
 見ようによっては後頭部からドリルが生えている風にも見える。
 文学少女を思わせる風貌には不釣り合いな逞しさを振り撒きながら、群生するひまわりたちを背に、呆然とする二人に腕組みで対峙する。
 その姿にホタルの顔は引きつり、透哉は虚無感さえ窺える無表情で出迎えた。



「源、帰ろう。今すぐ、迅速に」
「御波、私は今スコップを握る覚悟を固めたぞ」

 透哉からの提案にホタルは、大きく頷く。
 二人は生存本能から直ちに踵を返す。
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