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第三章
第33話 園芸部(3)
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3.
「えー、あれー? 帰っちゃうの?」
後ろ髪を引く、か細い声には振り向かない。
透哉とホタルの二人は既に直感し、固く誓っていた。そんな声には騙されないぞ、と。
訪問してきて早々に背を向けた二人に、手綱土子は小首を傾げる。すると動きに合わせて背後の三つ編みがブンッと風を切って揺れ、余波でひまわりの花びらが数枚、塵と化す。
その威力は皮の鞭を彷彿とさせたが、幸い二人は見ていない。
「ねぇ、待ってよ~! 私のこと探してたんでしょ!?」
「ヤバい! 追ってきたぞ!?」
「ダメだ、御波! 囲まれた!」
踵を返して駆け出した二人だったが、ひまわりを筆頭にした植物群に回り込まれていた。
背後から息を切らせて追ってきた声に二人は恐る恐る振り返るが、立っているのは手綱土子一人。
けれど透哉たちは、目視できない驚異を肌で感じとっていた。
魔力とは異なる、剛力圧力の類が、地面をノシノシと踏みしめ迫っていた。
「どうして露骨に距離を取ろうとするの!?」
「人違いだ」
「嘘だ~! 二人が私の話をしているの地中から聞こえてたもん!」
会話を聞かれていた、聞き耳を立てられていたことを遥かに超えるカミングアウトに、危機感は最高潮に達していた。
「変人とか関わりたくねぇからだよ!」
「御波、少しは言葉を選ぶのだ! 仮にも上級生だぞ!」
「え、変人!? どこどこ!? やだ、変人怖い!」
勝手に訪問しておきながら酷い言い草の透哉。
フォローの方向性を間違えているホタル。
いもしない変人に怯える土子。
「「いや、あんただよ!!」」
「えぇ!? つ、土子は普通だよ~」
「地面から飛び出してくるやつはまともじゃねぇんだよ!」
「ちがうよ~!」
後輩生徒からの苦言の連発に、土子は首をブンブン振って駄々をこね始める。
すると、振り回された一条の三つ編みが背後に聳えていた巨大なヒマワリの首を一撃でもぎ取り、軽々弾き飛ばし、少し離れた場所に置かれた百葉箱に直撃。
粉々に弾け、崩落させた。
「わー! 百葉箱がぁ! なんでぇ~!?」
土子は叫びながら慌てて駆け寄り、しゃがみ込んで「なんで、なんで!?」と声を上げながら何故かバラバラな百葉箱の前でわたわたと狼狽え始める。
欠片も自覚の見えない危険な挙動は一周回って芸術的ですらあった。その光景を透哉とホタルは、呆れと感心の間のような顔で見守っていた。
同時に、逃げるチャンスをふいにしていた。
「純粋なパワーキャラかよ」
「うむ、髪の毛だけでこのパワー、珍しいタイプだな」
「二人とも違うよ! 土子は気弱で大人しいタイプだよ!」
百葉箱の怪死を悼み、涙ぐむ土子。
「それより、なんで百葉箱が壊れたのか一緒に考えて!」
「考えてっ? じゃねぇんだよ! お前がぶっ壊したんだろ!」
「え~、そんなことしないよ~」
傍目からは気弱そうな上級生を二人がかりで詰っている、そんな風に見えるかもしれない。
二人は再度周囲の景色に目を向ける。
狂気の植物群と木っ端微塵にされた百葉箱。
正義と常識が透哉とホタル側にあることは明白だった。
「お前が三つ編みの先っぽでひまわりの首をドカーンってしたせいだろ!」
「……えっと、御波君だっけ、何言ってるの? 土子はそんな乱暴しないよ~? 大丈夫? もしかして、御波君って可哀想な子?」
「急に優しくするな! おい、源! 本当にこれに頼みごとすんのか?」
「ププッ、私に振るな。クククッ、でも、手綱先輩が適任なのは間違いない」
「……後で覚えてろよ」
可哀想扱いを受ける透哉が余程面白かったのか、ホタルは顔を背けて一人爆笑していた。
そんなホタルに釘を差しつつ、七夕祭実行委員としての責務を果たすため、土子に向き直る。
「なぁ、ツチノコ先輩」
このとんでもない先輩女子を制御できるかはさておき、シンプルな物理的破壊力は見逃せなかった。
「間違えないでよ! 私は土子っ! ツチノコとかその辺にいるようなのと同じにしないでよ~」
「御波、手綱先輩は土の子と書いて土子なんだ。そして、ツチノコは蛇の一種だ」
「いや、ツチノコは未確認生物だろうが」
ホタルに軽いツッコミを入れて、土子に視線を戻すと不機嫌そうに頬を膨らませていた。機嫌の変調パターンが全く掴めなかった。
「それより、土子の前で乳繰り合うのは禁止!」
「自分は百葉箱ぶっ壊しておいて何言ってんだよ。それにどこに……どこが乳繰り合ってんだよ」
「御波……お前、今何を見たのだ?」
「いえ、何も見ておりません」
透哉は低い声で迫るホタルの薄い胸から目線を逸らした。
「そう言うところだよっ!」
そして、今度は眉を吊り上げた土子に叱責を受ける。
土子は言いながら百葉箱の残骸をバッコーンと素手で握り砕いて粉にしていた。
「ひゃあ!? 百葉箱がまた壊れた~!?」
「完全に自分で破壊しているのだ……」
「絶対に小動物には近づけられねぇな」
『わーい、子猫可愛い! おいでおいで~(バッコーン)』
一コマで完結するバッドエンドに思わず頭を抱え滅入ってしまう透哉だが、肝心な要件を全く伝えられていない――伝えたくない。
けれど改めて、交渉を試みる。放置しておくとどんどん被害が拡大しそうだったからだ。
「おい、ぶりっ子圧搾機」
「それって、土子のこと!? 圧搾機なんて小さい頃にしか言われたことないのに!?」
「前科持ちかよ……何ぶっ壊したんだよ」
気になったが、詮索するのは止めた。
土子は涙ぐんだ顔のまましゃがみ込むと、百葉箱の残骸を一箇所にまとめ、片手で地面を軽く一掘り、埋めた。証拠隠滅した。
そして、手の土を払うと、スッキリした顔で立ち上がる。
あえて、指摘は避ける。用事が進まないからだ。
「(ったく、あの雪だるま、とんでもねーヤツ推薦しやがって……)」
代わりに砕地への恨み言を小声で吐いていると、土子が一転して落ち着いた口調で質問をしてきた。いつの間にか機嫌が直っていた。
「そう言えば、さっき副会長さんが、スコップがどうとか言ってたけど何か掘るの?」
「ん? あー、グラウンドをちょっとな——」
怪訝に思いながら、意図せず本来の要件を口にした、透哉の真正面。
打って変わってキラキラした眼差しの土子が迫っていた。それはもう、唇が触れそうな距離まで身を乗り出して。
「お、おおおい!?」
「手綱先輩!?」
予想外に詰められた距離、その奇行に透哉のみならず、ホタルも狼狽えた。
「グラウンドを、掘るの!? 掘っていいの!?」
「……まぁ、そうだな」
「全部!?」
「何故そこまで飛躍する!?」
「じゃあ、半分!? それで、いつ? いつ掘るのっ!?」
しかし、土子の関心は二人の驚きとは違うところにあった。
むき出しのおでこと、黒縁の丸眼鏡を輝かせ、夏休みを目前にした小学生のような、夢と期待に満ちた顔をして詰め寄る。
そんな土子を前にしながら、透哉は疑問を抱く。
泣いたり笑ったり哀れんだり怒ったり、とにかく表情に事欠かない。
外的要因に影響しない自由すぎる感性はまるで掴みどころがない。
よく言うと感情豊か。悪く言うと不安定。
次の瞬間にどんな顔で接してくるのか予想できなかった。
コントロールが未熟で精神的な幼さのようなものを垣間見た気がした。
(いや、何か違う……こう、なんつーか……)
迫る土子を制しつつ、適当な落としどころを模索していると、花壇には似つかわしくない、轟音が響く。
土子を含めた三人が視線を向けると、ひまわりと諸々の植物群が爆風に舞い上がり、炎に巻かれ、焼き焦がされ、炭くずになって飛散していた。
普通なら度肝を抜かれる光景にも、原因に心当たりがあれば冷静に——
「あら、ゴーちゃんも一緒だったの?」
「「ゴ、ゴゴゴッ、ゴーちゃん!?」」
――冷静さを失った。
土子の呼称にあり得ないほど怪訝な顔になる透哉とホタル。
舞い上がった煙の奥から、熱を帯びた風を交えて現れたのは豪々吾。
「あん? オメェらこんなところにいやがったのか。俺様としたことが、先を越されちまったなぁ」
二人の叫声には取り合わず、肩を回しながらこちらに歩いてくる。
常の荒々しさはなく、一仕事終えたようなスッキリとした顔をしていた。
「その様子だと、ブラザーたちの話はもう済んじまったか?」
「まぁ、粗方な」
「そうなの? 結局用事ってなんだったの?」
「……俺様に分かるように説明しやがれ」
透哉と土子の真反対の返事に、火が消えたようにぼやく豪々吾。
そして、今更ながら、土子に花壇を訪れた経緯を説明し、その過程でおまけのようにグラウンドの土木工事の手伝いの承諾を得た。
「はぁ、無駄に疲れた……」
「私もなのだ……」
話し終えた透哉とホタルは、疲労感から花壇の一角に設けられたベンチに腰掛けた。
その正面では土子が少し不思議そうな顔で首を傾げている。
「へー、みんなが来たのは砕地君の紹介だったんだね」
「何か問題があるのか? ツチノコ先輩?」
「だから、私は土子だよ! それにしても、私ってモテモテだなって……」
「……源、コイツを埋めるの手伝ってくれ」
「えぇ!? 御波、いくらなんでも言葉が過ぎるぞっ!」
「初対面の男の子に埋められたいって言われたのは初めて。やっぱ、私ってば魅力的すぎるのかな? ごめんねっ!」
「御波、埋めよう」
物騒な埋葬話に花を咲かせていると、薄っすらと白い冷気を伴い、新たな来訪者が訪れた。
「心配になってきてみたんだけど。んー、杞憂だったかな?」
「あぁん? 貫雪か?」
「やぁ、交渉はうまくいったかな?」
「まぁ、一応な……」
剽軽な声で来訪したのは発案者である砕地。
顎をしゃくって出迎えたのは豪々吾。
くたびれた声で答えるのは透哉。
「推薦した手前、気になってきたんだけど無駄足だったようだ。安心したよ」
「どこに安心する要素があるのか教えてくれ」
「んで、貫雪よぉ、おめぇは冷やかしに来たのか?」
「否定は出来ないね」
「んだよ、否定しろよ。つまんねぇ雪だるまだなぁ。暇ならコイツを職員室に連行すんの手伝いやがれ」
「ヤダ、ゴーちゃんってば、強引なんだからっ」
豪々吾は言うなり、土子の手を引いて砕地の前に突き出し、ちらりと背後に目配せをした。
「手綱を?」
「また、百葉箱ぶっ壊しやがった」
「えー、私じゃないのに!?」
豪々吾が率直に告げると、砕地が肩をすくめ、往生際が悪い土子の両サイドを逃走防止のため固める。
「おら、行くぞ」
「えぇっ! なんでぇ!?」
「観念するんだ、手綱」
「でも、両手に花でエスコートしてくれるならいいかなー」
「誰と誰が花だってんだ、気持ちワリィな。普通、逆だろ」
「わーい! たった今、土子はゴーちゃんに花認定されました~」
「なんで、おめぇは毎度頭の中がお花畑なんだよ」
「と言うわけだ、御波君」
「……大変だな」
透哉が脱力して労うと、砕地は困り顔の雪だるまになる。
そのまま三年の三人は、土子を中心に騒ぎながら校舎の方へ戻っていった。
花壇に残された透哉は必然的にホタルと二人で寮に帰る運びとなった。
「恐ろしい目に遭ったのだ……」
「同意する」
上級生不在で肩の力が抜けたのか、ホタルが帰宅の途に着きながらポロリと零し、透哉も合わせて頷いた。
花壇内を叫びながら走り回った影響か、二人の白いシャツには至る所に植物の汁や花粉が着いていた。ホタルに限っては、昼休みの肉球スタンプもうっすらと残っているため、なかなか酷い有様である。
目的を果たし、進展したものの、疲労感に反して達成感は少なかった。
そんな帰り道。
抱えた疲労感とは裏腹に透哉の足は忙しない。逃げるように慌ただしい。
その透哉の変化を、ホタルは気にも留めず合わせて早足で歩いていた。
透哉は言及される間を埋めるように、中身のない言葉を吐く。
「意外となんとかなるもんだな……」
「全く、実行委員会のお前が弱気でどうするのだ?」
「弱気にもなるだろ……」
花壇での出来事を振り返りながら透哉が心中を吐露すると、ホタルの苦笑いが返ってきた。
しかし、透哉に出来たのは疲れた表情を盾に曖昧に笑い、誤魔化すことだけだった。
それほどに、限界だった。
「何はともあれ、お疲れ様なのだ。御波、また明日なっ」
「おうっ」
そして、寮の門を潜ったところでホタルの快活な声が透哉の背を、グッと押した。
透哉はそれに軽く手を上げて応じた。
ホタルと別れ、男子寮の玄関で気付く。
靴を履き替えようと伸ばした手が、応じた声とは裏腹に震えていた。
――慄いていた。
他でもないホタルに、恐怖していた。
この時既に、真実という毒が透哉を蝕み始めていた。
「えー、あれー? 帰っちゃうの?」
後ろ髪を引く、か細い声には振り向かない。
透哉とホタルの二人は既に直感し、固く誓っていた。そんな声には騙されないぞ、と。
訪問してきて早々に背を向けた二人に、手綱土子は小首を傾げる。すると動きに合わせて背後の三つ編みがブンッと風を切って揺れ、余波でひまわりの花びらが数枚、塵と化す。
その威力は皮の鞭を彷彿とさせたが、幸い二人は見ていない。
「ねぇ、待ってよ~! 私のこと探してたんでしょ!?」
「ヤバい! 追ってきたぞ!?」
「ダメだ、御波! 囲まれた!」
踵を返して駆け出した二人だったが、ひまわりを筆頭にした植物群に回り込まれていた。
背後から息を切らせて追ってきた声に二人は恐る恐る振り返るが、立っているのは手綱土子一人。
けれど透哉たちは、目視できない驚異を肌で感じとっていた。
魔力とは異なる、剛力圧力の類が、地面をノシノシと踏みしめ迫っていた。
「どうして露骨に距離を取ろうとするの!?」
「人違いだ」
「嘘だ~! 二人が私の話をしているの地中から聞こえてたもん!」
会話を聞かれていた、聞き耳を立てられていたことを遥かに超えるカミングアウトに、危機感は最高潮に達していた。
「変人とか関わりたくねぇからだよ!」
「御波、少しは言葉を選ぶのだ! 仮にも上級生だぞ!」
「え、変人!? どこどこ!? やだ、変人怖い!」
勝手に訪問しておきながら酷い言い草の透哉。
フォローの方向性を間違えているホタル。
いもしない変人に怯える土子。
「「いや、あんただよ!!」」
「えぇ!? つ、土子は普通だよ~」
「地面から飛び出してくるやつはまともじゃねぇんだよ!」
「ちがうよ~!」
後輩生徒からの苦言の連発に、土子は首をブンブン振って駄々をこね始める。
すると、振り回された一条の三つ編みが背後に聳えていた巨大なヒマワリの首を一撃でもぎ取り、軽々弾き飛ばし、少し離れた場所に置かれた百葉箱に直撃。
粉々に弾け、崩落させた。
「わー! 百葉箱がぁ! なんでぇ~!?」
土子は叫びながら慌てて駆け寄り、しゃがみ込んで「なんで、なんで!?」と声を上げながら何故かバラバラな百葉箱の前でわたわたと狼狽え始める。
欠片も自覚の見えない危険な挙動は一周回って芸術的ですらあった。その光景を透哉とホタルは、呆れと感心の間のような顔で見守っていた。
同時に、逃げるチャンスをふいにしていた。
「純粋なパワーキャラかよ」
「うむ、髪の毛だけでこのパワー、珍しいタイプだな」
「二人とも違うよ! 土子は気弱で大人しいタイプだよ!」
百葉箱の怪死を悼み、涙ぐむ土子。
「それより、なんで百葉箱が壊れたのか一緒に考えて!」
「考えてっ? じゃねぇんだよ! お前がぶっ壊したんだろ!」
「え~、そんなことしないよ~」
傍目からは気弱そうな上級生を二人がかりで詰っている、そんな風に見えるかもしれない。
二人は再度周囲の景色に目を向ける。
狂気の植物群と木っ端微塵にされた百葉箱。
正義と常識が透哉とホタル側にあることは明白だった。
「お前が三つ編みの先っぽでひまわりの首をドカーンってしたせいだろ!」
「……えっと、御波君だっけ、何言ってるの? 土子はそんな乱暴しないよ~? 大丈夫? もしかして、御波君って可哀想な子?」
「急に優しくするな! おい、源! 本当にこれに頼みごとすんのか?」
「ププッ、私に振るな。クククッ、でも、手綱先輩が適任なのは間違いない」
「……後で覚えてろよ」
可哀想扱いを受ける透哉が余程面白かったのか、ホタルは顔を背けて一人爆笑していた。
そんなホタルに釘を差しつつ、七夕祭実行委員としての責務を果たすため、土子に向き直る。
「なぁ、ツチノコ先輩」
このとんでもない先輩女子を制御できるかはさておき、シンプルな物理的破壊力は見逃せなかった。
「間違えないでよ! 私は土子っ! ツチノコとかその辺にいるようなのと同じにしないでよ~」
「御波、手綱先輩は土の子と書いて土子なんだ。そして、ツチノコは蛇の一種だ」
「いや、ツチノコは未確認生物だろうが」
ホタルに軽いツッコミを入れて、土子に視線を戻すと不機嫌そうに頬を膨らませていた。機嫌の変調パターンが全く掴めなかった。
「それより、土子の前で乳繰り合うのは禁止!」
「自分は百葉箱ぶっ壊しておいて何言ってんだよ。それにどこに……どこが乳繰り合ってんだよ」
「御波……お前、今何を見たのだ?」
「いえ、何も見ておりません」
透哉は低い声で迫るホタルの薄い胸から目線を逸らした。
「そう言うところだよっ!」
そして、今度は眉を吊り上げた土子に叱責を受ける。
土子は言いながら百葉箱の残骸をバッコーンと素手で握り砕いて粉にしていた。
「ひゃあ!? 百葉箱がまた壊れた~!?」
「完全に自分で破壊しているのだ……」
「絶対に小動物には近づけられねぇな」
『わーい、子猫可愛い! おいでおいで~(バッコーン)』
一コマで完結するバッドエンドに思わず頭を抱え滅入ってしまう透哉だが、肝心な要件を全く伝えられていない――伝えたくない。
けれど改めて、交渉を試みる。放置しておくとどんどん被害が拡大しそうだったからだ。
「おい、ぶりっ子圧搾機」
「それって、土子のこと!? 圧搾機なんて小さい頃にしか言われたことないのに!?」
「前科持ちかよ……何ぶっ壊したんだよ」
気になったが、詮索するのは止めた。
土子は涙ぐんだ顔のまましゃがみ込むと、百葉箱の残骸を一箇所にまとめ、片手で地面を軽く一掘り、埋めた。証拠隠滅した。
そして、手の土を払うと、スッキリした顔で立ち上がる。
あえて、指摘は避ける。用事が進まないからだ。
「(ったく、あの雪だるま、とんでもねーヤツ推薦しやがって……)」
代わりに砕地への恨み言を小声で吐いていると、土子が一転して落ち着いた口調で質問をしてきた。いつの間にか機嫌が直っていた。
「そう言えば、さっき副会長さんが、スコップがどうとか言ってたけど何か掘るの?」
「ん? あー、グラウンドをちょっとな——」
怪訝に思いながら、意図せず本来の要件を口にした、透哉の真正面。
打って変わってキラキラした眼差しの土子が迫っていた。それはもう、唇が触れそうな距離まで身を乗り出して。
「お、おおおい!?」
「手綱先輩!?」
予想外に詰められた距離、その奇行に透哉のみならず、ホタルも狼狽えた。
「グラウンドを、掘るの!? 掘っていいの!?」
「……まぁ、そうだな」
「全部!?」
「何故そこまで飛躍する!?」
「じゃあ、半分!? それで、いつ? いつ掘るのっ!?」
しかし、土子の関心は二人の驚きとは違うところにあった。
むき出しのおでこと、黒縁の丸眼鏡を輝かせ、夏休みを目前にした小学生のような、夢と期待に満ちた顔をして詰め寄る。
そんな土子を前にしながら、透哉は疑問を抱く。
泣いたり笑ったり哀れんだり怒ったり、とにかく表情に事欠かない。
外的要因に影響しない自由すぎる感性はまるで掴みどころがない。
よく言うと感情豊か。悪く言うと不安定。
次の瞬間にどんな顔で接してくるのか予想できなかった。
コントロールが未熟で精神的な幼さのようなものを垣間見た気がした。
(いや、何か違う……こう、なんつーか……)
迫る土子を制しつつ、適当な落としどころを模索していると、花壇には似つかわしくない、轟音が響く。
土子を含めた三人が視線を向けると、ひまわりと諸々の植物群が爆風に舞い上がり、炎に巻かれ、焼き焦がされ、炭くずになって飛散していた。
普通なら度肝を抜かれる光景にも、原因に心当たりがあれば冷静に——
「あら、ゴーちゃんも一緒だったの?」
「「ゴ、ゴゴゴッ、ゴーちゃん!?」」
――冷静さを失った。
土子の呼称にあり得ないほど怪訝な顔になる透哉とホタル。
舞い上がった煙の奥から、熱を帯びた風を交えて現れたのは豪々吾。
「あん? オメェらこんなところにいやがったのか。俺様としたことが、先を越されちまったなぁ」
二人の叫声には取り合わず、肩を回しながらこちらに歩いてくる。
常の荒々しさはなく、一仕事終えたようなスッキリとした顔をしていた。
「その様子だと、ブラザーたちの話はもう済んじまったか?」
「まぁ、粗方な」
「そうなの? 結局用事ってなんだったの?」
「……俺様に分かるように説明しやがれ」
透哉と土子の真反対の返事に、火が消えたようにぼやく豪々吾。
そして、今更ながら、土子に花壇を訪れた経緯を説明し、その過程でおまけのようにグラウンドの土木工事の手伝いの承諾を得た。
「はぁ、無駄に疲れた……」
「私もなのだ……」
話し終えた透哉とホタルは、疲労感から花壇の一角に設けられたベンチに腰掛けた。
その正面では土子が少し不思議そうな顔で首を傾げている。
「へー、みんなが来たのは砕地君の紹介だったんだね」
「何か問題があるのか? ツチノコ先輩?」
「だから、私は土子だよ! それにしても、私ってモテモテだなって……」
「……源、コイツを埋めるの手伝ってくれ」
「えぇ!? 御波、いくらなんでも言葉が過ぎるぞっ!」
「初対面の男の子に埋められたいって言われたのは初めて。やっぱ、私ってば魅力的すぎるのかな? ごめんねっ!」
「御波、埋めよう」
物騒な埋葬話に花を咲かせていると、薄っすらと白い冷気を伴い、新たな来訪者が訪れた。
「心配になってきてみたんだけど。んー、杞憂だったかな?」
「あぁん? 貫雪か?」
「やぁ、交渉はうまくいったかな?」
「まぁ、一応な……」
剽軽な声で来訪したのは発案者である砕地。
顎をしゃくって出迎えたのは豪々吾。
くたびれた声で答えるのは透哉。
「推薦した手前、気になってきたんだけど無駄足だったようだ。安心したよ」
「どこに安心する要素があるのか教えてくれ」
「んで、貫雪よぉ、おめぇは冷やかしに来たのか?」
「否定は出来ないね」
「んだよ、否定しろよ。つまんねぇ雪だるまだなぁ。暇ならコイツを職員室に連行すんの手伝いやがれ」
「ヤダ、ゴーちゃんってば、強引なんだからっ」
豪々吾は言うなり、土子の手を引いて砕地の前に突き出し、ちらりと背後に目配せをした。
「手綱を?」
「また、百葉箱ぶっ壊しやがった」
「えー、私じゃないのに!?」
豪々吾が率直に告げると、砕地が肩をすくめ、往生際が悪い土子の両サイドを逃走防止のため固める。
「おら、行くぞ」
「えぇっ! なんでぇ!?」
「観念するんだ、手綱」
「でも、両手に花でエスコートしてくれるならいいかなー」
「誰と誰が花だってんだ、気持ちワリィな。普通、逆だろ」
「わーい! たった今、土子はゴーちゃんに花認定されました~」
「なんで、おめぇは毎度頭の中がお花畑なんだよ」
「と言うわけだ、御波君」
「……大変だな」
透哉が脱力して労うと、砕地は困り顔の雪だるまになる。
そのまま三年の三人は、土子を中心に騒ぎながら校舎の方へ戻っていった。
花壇に残された透哉は必然的にホタルと二人で寮に帰る運びとなった。
「恐ろしい目に遭ったのだ……」
「同意する」
上級生不在で肩の力が抜けたのか、ホタルが帰宅の途に着きながらポロリと零し、透哉も合わせて頷いた。
花壇内を叫びながら走り回った影響か、二人の白いシャツには至る所に植物の汁や花粉が着いていた。ホタルに限っては、昼休みの肉球スタンプもうっすらと残っているため、なかなか酷い有様である。
目的を果たし、進展したものの、疲労感に反して達成感は少なかった。
そんな帰り道。
抱えた疲労感とは裏腹に透哉の足は忙しない。逃げるように慌ただしい。
その透哉の変化を、ホタルは気にも留めず合わせて早足で歩いていた。
透哉は言及される間を埋めるように、中身のない言葉を吐く。
「意外となんとかなるもんだな……」
「全く、実行委員会のお前が弱気でどうするのだ?」
「弱気にもなるだろ……」
花壇での出来事を振り返りながら透哉が心中を吐露すると、ホタルの苦笑いが返ってきた。
しかし、透哉に出来たのは疲れた表情を盾に曖昧に笑い、誤魔化すことだけだった。
それほどに、限界だった。
「何はともあれ、お疲れ様なのだ。御波、また明日なっ」
「おうっ」
そして、寮の門を潜ったところでホタルの快活な声が透哉の背を、グッと押した。
透哉はそれに軽く手を上げて応じた。
ホタルと別れ、男子寮の玄関で気付く。
靴を履き替えようと伸ばした手が、応じた声とは裏腹に震えていた。
――慄いていた。
他でもないホタルに、恐怖していた。
この時既に、真実という毒が透哉を蝕み始めていた。
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「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
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