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第三章
第34話 終末学園の生存者(1)
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1.
夜、消灯時間の目前にも関わらず、学生寮の屋上には人影があった。
初夏の生暖かい夜風を受けながら欄干に体重を預け、少年が物思いに耽っていた。
二年五組の七夕祭実行委員、御波透哉である。
「……はぁ」
吐いた小さな溜息とは裏腹に胸中は複雑だった。
元々、存在していた学園再興と言う問題。
そこに十二学区殲滅と言う難題が重なり、困窮を極めていた。
そして、それだけに留まらず、複数の出来事が絡まり始めたのだ。
その様は何匹もの毒蛇で行う喧嘩だった。
最終的には、難題が互いを食い合うように絡み合い、捻れの塊と化し、共倒れの危険性すらあった。
その手の施しようのない混濁を直すように向き合っていた矢先、全てが根底から崩れ去った。
自分と言う存在の大切な支柱が、真実を纏った槌によって叩き折られた。
成否も、善悪も、現世か幽世かさえも判別出来なくなるほどの混沌になっていた。
そして、今は逃避するように全く関係のないことに思考を割いていた。
滞りなく進む七夕祭の準備。
自分たちの働きかけにより、幾人もの生徒を動かし、徐々にだが着実な成果として形を成そうとしていた。
クラスメイトや各役職の面々との関係も良好。教員たちの後押しもあり進捗も順調。年齢性別関係なく、七夕祭成功のために集結していた。
うまくいきすぎていると、皮肉を言いたくなるほどだった。
その今日までの出来事を他人事のように振り返りながら、冷めた目をして俯瞰する自分がいた。
一介の学生として生きている風に見える透哉には別の側面があった。
十年前に起きた『幻影戦争』の生き残りであり、世間が血眼になって探している事件の鍵。
今を歩むことを禊とし、学園再興を贖罪とする身勝手な野心を胸に抱くことで、力を込め地を蹴り今日まで生きてきた。
あの日全てを失った透哉にとっては、事件の追及と学園再興の野心が全てだった。
しかし、それら全てが信じたくないことに偽りだった。
記憶も、野心も、罪も。
――全て。
衝撃的であり、絶望的だった。
しかし、今に至っては落胆を通り越え、空虚だった。純粋に分からなくなった。
同時に空っぽな少年が、自分自身の本質に向き合い、決別する瞬間だった。
十年前から始まった少年が、初めて自らの意思で手を伸ばそうとしていた。
胡乱な目で虚空を眺めていた透哉を、背後から青白い光が照らし、別の影が屋上に翻る。
月明かりの下、紫電の尾を引くシルエットが浮かび上がる。
風呂上がりなのか、夜風に乗った石けんの香りが鼻を撫でた。
「御波、どうしたのだ? こんな時間に?」
「お前こそ……」
「部屋の窓から屋上に立つ人影が見えたから、飛んできたのだ!」
ホタルの予想外の登場に、透哉はたどたどしく返事をしながら体重を預けていた欄干から身を起こす。
見ると一つだけ窓が開けっぱなしの部屋があり、その開いた窓からルームメイトの向病祟理が呆れた顔でこっちを見上げていた。
「相変わらず便利な能力だな」
「ふふん、金属のある場所なら私は鳥にだってなれるぞ?」
「ハハハッ、そもそもよく俺だって分かったな」
「こんな時間に変な場所にいる人影が、御波しか思い浮かばなかったのだ」
胸を張るホタルに透哉の顔から険が取れ、笑いが零れた。
しかし、同時に透哉自身がその強烈な違和感に、軽薄な愛想笑いに気付き、口ごもった。
「……っ」
「わざわざ一人でいると言うことは誰にも邪魔されずに考えたいことがあったから。違うか?」
「そう、だな……」
「思い詰めた顔をしているぞ。何があったのだ?」
ホタルの質問は『何かあった?』ではなく、『何があった?』だった。
半ば決めつけに近い口ぶりだったが、ホタルの危惧は的中していた。
源ホタルは御波透哉を正しく理解していた。
御波透哉と言う少年は、冷静に善悪を判断し、覚悟の上で悪を選ぶことができる少年だ。
透哉も見透かされていることに気付いたが、嫌な気分ではなかった。逆に自身への理解に充足感すら覚えた。
だからこそ、怖いとも思った。
「話してぇんだが、ちょっと俺の中で整理ができてなくてな……ちょっと待ってくれるか?」
「そうか、分かった。でも、纏まったらちゃんと話すのだぞ? 余り思い詰めてはダメだぞ?」
「ああ、もちろんだ。ありがとう、源」
「私は、どんなことがあっても御波の味方だからなっ!」
透哉の返事を聞くとホタルは満足げな表情を浮かべ、軽い踏みきりと共に宙を舞った。
特に問い詰めることなく話を終えると紫電の尾を引き屋上を去った。
『ちょっとホタル!? ケムリさんに見つかったらどうするの!』
『む、ちょっと部屋を出ただけではないか』
『また反省文書かされることになっても手伝ってあげないよ!?』
『それはイヤなのだ』
平和な賑わいを耳にしながら、透哉はスッと、腰を落とした。
屋上の片隅、置き忘れられたように、捨て置かれたように、小さく蹲って奥歯を噛む。
詰問を逃れたことに安堵しつつも、語らずとも見抜かれているのではと言う不安が過った。
ホタルの笑顔と言葉は、御波透哉と言う仮面と十年前の生き残りと言う装飾に向けられているのだ。
「話せるはず……ないよな。俺は偽物だったなんて」
月明かりの下、虫の声にもかき消されそうな、力ない独白が漏れた。
弱音や愚痴ではない、嘆きを超えた小さくも重たい悲鳴だった。
頭上には変わらず輝く月が一つ。
少年の苦悩に天体は答えない。
夜、消灯時間の目前にも関わらず、学生寮の屋上には人影があった。
初夏の生暖かい夜風を受けながら欄干に体重を預け、少年が物思いに耽っていた。
二年五組の七夕祭実行委員、御波透哉である。
「……はぁ」
吐いた小さな溜息とは裏腹に胸中は複雑だった。
元々、存在していた学園再興と言う問題。
そこに十二学区殲滅と言う難題が重なり、困窮を極めていた。
そして、それだけに留まらず、複数の出来事が絡まり始めたのだ。
その様は何匹もの毒蛇で行う喧嘩だった。
最終的には、難題が互いを食い合うように絡み合い、捻れの塊と化し、共倒れの危険性すらあった。
その手の施しようのない混濁を直すように向き合っていた矢先、全てが根底から崩れ去った。
自分と言う存在の大切な支柱が、真実を纏った槌によって叩き折られた。
成否も、善悪も、現世か幽世かさえも判別出来なくなるほどの混沌になっていた。
そして、今は逃避するように全く関係のないことに思考を割いていた。
滞りなく進む七夕祭の準備。
自分たちの働きかけにより、幾人もの生徒を動かし、徐々にだが着実な成果として形を成そうとしていた。
クラスメイトや各役職の面々との関係も良好。教員たちの後押しもあり進捗も順調。年齢性別関係なく、七夕祭成功のために集結していた。
うまくいきすぎていると、皮肉を言いたくなるほどだった。
その今日までの出来事を他人事のように振り返りながら、冷めた目をして俯瞰する自分がいた。
一介の学生として生きている風に見える透哉には別の側面があった。
十年前に起きた『幻影戦争』の生き残りであり、世間が血眼になって探している事件の鍵。
今を歩むことを禊とし、学園再興を贖罪とする身勝手な野心を胸に抱くことで、力を込め地を蹴り今日まで生きてきた。
あの日全てを失った透哉にとっては、事件の追及と学園再興の野心が全てだった。
しかし、それら全てが信じたくないことに偽りだった。
記憶も、野心も、罪も。
――全て。
衝撃的であり、絶望的だった。
しかし、今に至っては落胆を通り越え、空虚だった。純粋に分からなくなった。
同時に空っぽな少年が、自分自身の本質に向き合い、決別する瞬間だった。
十年前から始まった少年が、初めて自らの意思で手を伸ばそうとしていた。
胡乱な目で虚空を眺めていた透哉を、背後から青白い光が照らし、別の影が屋上に翻る。
月明かりの下、紫電の尾を引くシルエットが浮かび上がる。
風呂上がりなのか、夜風に乗った石けんの香りが鼻を撫でた。
「御波、どうしたのだ? こんな時間に?」
「お前こそ……」
「部屋の窓から屋上に立つ人影が見えたから、飛んできたのだ!」
ホタルの予想外の登場に、透哉はたどたどしく返事をしながら体重を預けていた欄干から身を起こす。
見ると一つだけ窓が開けっぱなしの部屋があり、その開いた窓からルームメイトの向病祟理が呆れた顔でこっちを見上げていた。
「相変わらず便利な能力だな」
「ふふん、金属のある場所なら私は鳥にだってなれるぞ?」
「ハハハッ、そもそもよく俺だって分かったな」
「こんな時間に変な場所にいる人影が、御波しか思い浮かばなかったのだ」
胸を張るホタルに透哉の顔から険が取れ、笑いが零れた。
しかし、同時に透哉自身がその強烈な違和感に、軽薄な愛想笑いに気付き、口ごもった。
「……っ」
「わざわざ一人でいると言うことは誰にも邪魔されずに考えたいことがあったから。違うか?」
「そう、だな……」
「思い詰めた顔をしているぞ。何があったのだ?」
ホタルの質問は『何かあった?』ではなく、『何があった?』だった。
半ば決めつけに近い口ぶりだったが、ホタルの危惧は的中していた。
源ホタルは御波透哉を正しく理解していた。
御波透哉と言う少年は、冷静に善悪を判断し、覚悟の上で悪を選ぶことができる少年だ。
透哉も見透かされていることに気付いたが、嫌な気分ではなかった。逆に自身への理解に充足感すら覚えた。
だからこそ、怖いとも思った。
「話してぇんだが、ちょっと俺の中で整理ができてなくてな……ちょっと待ってくれるか?」
「そうか、分かった。でも、纏まったらちゃんと話すのだぞ? 余り思い詰めてはダメだぞ?」
「ああ、もちろんだ。ありがとう、源」
「私は、どんなことがあっても御波の味方だからなっ!」
透哉の返事を聞くとホタルは満足げな表情を浮かべ、軽い踏みきりと共に宙を舞った。
特に問い詰めることなく話を終えると紫電の尾を引き屋上を去った。
『ちょっとホタル!? ケムリさんに見つかったらどうするの!』
『む、ちょっと部屋を出ただけではないか』
『また反省文書かされることになっても手伝ってあげないよ!?』
『それはイヤなのだ』
平和な賑わいを耳にしながら、透哉はスッと、腰を落とした。
屋上の片隅、置き忘れられたように、捨て置かれたように、小さく蹲って奥歯を噛む。
詰問を逃れたことに安堵しつつも、語らずとも見抜かれているのではと言う不安が過った。
ホタルの笑顔と言葉は、御波透哉と言う仮面と十年前の生き残りと言う装飾に向けられているのだ。
「話せるはず……ないよな。俺は偽物だったなんて」
月明かりの下、虫の声にもかき消されそうな、力ない独白が漏れた。
弱音や愚痴ではない、嘆きを超えた小さくも重たい悲鳴だった。
頭上には変わらず輝く月が一つ。
少年の苦悩に天体は答えない。
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