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第三章
第34話 終末学園の生存者(2)
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2.
話は日曜日の昼にまで遡る。
殺希の口から告げられた事実は透哉の存在、その根幹を破壊した。透哉の受けた衝撃は余りに大きく、信じるにも、疑うにも、長い時間を費やした思考が必要だった。
その間、殺希は横になって寝転がったままだった。
記憶を改竄されていた事実に打ち震える透哉が落ち着くのを待っていた。
けれど、それは透哉が立ち直り回復するための猶予を与えたに過ぎなかった。
更なる事実を受け止められるだけの心的な余力の回復を待っていただけだった。
「君は、自分の記憶に疑義を抱くには十分な体験を最近したはずだよ?」
「……」
「意思に反して得も言わせず、身体を操られる感覚を」
透哉は当然『片天秤』の詳細を知らないが、殺希が示す意味を理解していた。
地下訓練場でのアカリたちとの戦闘の中で体感した、自分を俯瞰しているとさえ思えるカラクリ。意識が乖離し、意志とは違う行動をとってしまった。
或いは、意志を書き換えられていた。
自分の記憶が改竄され、全く当てにならないことを自覚させられた。
「君は過去の罪を償うために身勝手な贖罪と学園再興の野心を掲げ生きてきた」
「――そうだ」
殺希の口上に、透哉は弱々しい声で断言した。
たとえ偽りの記憶だったとしても、その志しを支えに今日まで歩んできたことは事実だからだ。
「君は十年前の事件より前のことを一つでも思い出せるかなぁ?」
「……え……っ」
迷える透哉に殺希は囁くように聞いた。
透哉は言い返そうと試みたが、いくら足掻いても記憶の海からは何も上がってこない。口を魚のようにパクつかせるだけで何も出てこなかった。
いつかの深夜に意図せず、唐突に触れた自身の深層部。
しかし、それが今に至り、正しくも無情に紐解かれようとしていた。
「その理由は簡単。ないからだよぉ?」
記憶を遡ろうとしたあの時、硬い岩に弾かれたみたいな感覚は拒絶ではなかった。記憶の終着が十年前だったと言う単純な理由だった。
予想を凌駕した殺希の宣布に、透哉は言葉を失う。反論の術がなかった。
記憶の改竄でも消去でもない誰の手も加えられていない事実に打ち震えた。
超常も、不可解も、不思議も、介在しない、空虚な真実だった。
「君は元々、自分の意志も意識も持たない存在だった。そこに記憶を注がれ、志を植え付けられ、知らずのうちに他人の模倣品として歩き出した。植え付けられた記憶と意志が全てだった」
解剖される自らの身体を見ている、そんな気持ちで聞いた。
殺希の言葉の一つ一つが正確無比なメスとなって、透哉の本質を暴き、信念を晒し、存在を解いた。
「それが一時を境に狂い始め、今になって自分の意志を持ち始めた。君の信念や野心が中途半端で口先止まりなのはそのせいだよぉ?」
「違うっ! 俺は学園の再興だけが……っ」
「本当にそれ一つだけが大事ならどんな凶行も厭わなかったはずだよ?」
それでも透哉は『まだ』抗うことを止められなかった。
今まで自らを奮い立たせてきた野心は、脆弱な心を支える杖にさえならなくなっていた。
強く否定しようとしたのに、言葉が無意識のうちに途切れた。
まるで、学園再興なんてどうでもよくなってしまったみたいに。
学園再興に匹敵するほどの、天秤にかけられるほど大事なものが出来たみたいに。
自分の過去も未来も乗せられるほど巨大な天秤の上で透哉自身が揺られていた。
「口先では言えても、本心は変わり始めていると私は考えているよ? 現に、アカリを助けるために私のところに足を運んだことが何よりの証拠だよ。他にも心当たりがあるんじゃないかな?」
御波透哉の望みは十年前の事件の贖罪と、学園の再興だ。
自らの望みに純粋に従うなら、アカリの存命などに見向きする余裕はないのだ。
七夕祭や十二学区殲滅と言った必ず直面出来事とは意味が大きく異なる。
障害物や寄り道ですらなく、ただの無意味な脱線だった。
「だから、違うって言ってんだろ!? 俺の目的は学園再興だ! そのために、そのためだったら十二学区を、十二学区を……っ」
「ほらねぇ? 植え付けられた記憶と意思に反発し始めている。十二学区の殲滅なんて言う馬鹿げた計画に疑問を抱き、反感を持ち始めている。他者を傷つけてでも手に入れる未来、過程で生じる衝突を避けたがっている」
透哉自身、決めた覚悟が揺らいでいることを自覚していた。
以前なら軽く口に出せた『十二学区の殲滅』と言う言葉も口に出来ないほどに。殺したくはないと言いつつ、学園再興のためなら新たな罪を重ねることも辞さないと啖呵を切ったこともある。
あのときの言葉に嘘偽りはなく、直面したときは本当に全てを殺すつもりでいた。十年前と同じように、向かってくる者を斬り伏せ、血に沈める覚悟をした。
地下の訓練場では武装したアカリの模造品相手には決意と覚悟に従い、刀を振ることができた。
「君はもう十年前の贖罪のために、戦えない。学園再興の野心を言い訳に、偽りの大義名分を理由に、誰かを傷つけられない」
「――――なっ」
「君は『新たな価値観』に出会ってしまったから」
決定的な宣布は、透哉を震撼させた。
寒くもないのに震えが止まらなかった。
構えていた武器をすっと、無抵抗に奪い取られたみたいに、何も出来なかった。
ずっと、学園再興の志だけを道標に歩んできた。
それが学園の仲間たちとの関わりの中で少しずつだったが変化していた。
透哉自身、自覚しつつ学園再興までの寄り道として受け入れてきた。
昔の透哉であれば人付き合いを避け、孤独を望んでいた。それら全てをただのノイズとして処理し、歯牙にもかけなかっただろう。
ホタルを助けたことも、松風を七夕祭に参加させたいという思いも、学園再興までの過程として割り切り、処理できた。
ぶれ始めた意思と狂い始めた指針はもう修復不可能な場所にまで至っていた。
「君の一連の変化は私たちにとっては歓待すべきことだけど、君を生み出した者はそうは思いも考えもしない。自在にコントロール出来ると踏んでいた重要な駒の誤動作なんて受け入れられるはずがないんだよ」
自分のことで手一杯だった透哉が、殺希のその言葉で不意に顔を上げた。
「その『学園再興への執着』が君を貫き縛る杭であり、制御する手綱なんだよ。同時に、君を人間たらしめているカラクリでもある。そして、言ったよねぇ? 私たちは君の味方だって」
殺希と初めて出会ったあの夜。
訓練場で言われた殺希の言葉を思い出す。あのときはとても信じられなかったが、ここに至り、受け取り方が変わってくる。
記憶を改竄され、操られる自分に真実を与え、新たな道を示した。多少の疑わしさを残しつつも、味方という響きに虚偽や皮肉を感じなかった。
それと同時。
今までは見えなかった不穏な影と気配がチラチラと見え隠れし始めていた。透哉自身の立ち位置と視点が僅かながらずれた影響だった。
「君は誰でもなかったし、今も誰でもない。今から『何かになる者』だよ」
バラバラになったと言っても過言ではない透哉はその言葉から妙な力を得た。
心の内を、声や言葉に変える事は出来なかったが、絶望の底にいながら大切な物を手に入れた、そんな気がしたのだ。
「まぁ、ゆっくりと考えるといいよぉ? 少しなら猶予はあるんだ。だから、今はまだ迷っていてもいいよぉ? でも、いずれ来る。迷いを断ち切り進むべき日が。決別の刻が。君が考えているより遥かに早くね」
殺希が指し示したことも、意味も今の透哉には分からなかった。同時に全てをなくし、空っぽに成り果てた自分への門出の言葉に思えた。
なのに、理不尽な事実による混乱は抑えられなかった。
「さっきから聞いてりゃ……無茶苦茶言いやがって、記憶を注がれ志を植え付けられた? だったらこの記憶は、十年前の記憶は誰のだってんだよ!?」
「君の記憶のモデルが誰なのかは私も知らない。ホタルに一縷の可能性を懸けてみたけど、見つけたのは君だった。そして、知っているのは恐らく草川流耶だけ」
余りにも身近すぎる名前に透哉は狼狽する。
「流耶が!?」
「君が彼女をどんな風に見ているか分からない。けれど、彼女は十年間君を騙し続けてきたんだよぉ? 君と、君のモデルになった人物の姿を重ね、君を通して本物を夢想している」
自分が流耶に悪用されている、と言う自覚はあった。それでも、流耶は最も近くで自分を導いてくれた存在でもあった。
敵対したことも幾度かあったが、少なくとも今は味方だと、仲間だと思っていた。
驚愕に足る事態だった。
「もし、コレが物語なら君はまだ登場さえしてないんだよ。舞台の隅に転がされた小道具でしかないんだよぉ?」
自分を中心に世界が回っているなんて傲慢を抱いたことはない。
けれど自分という世界の中心が完全にぶれようとしていた。
あるいは、自分という世界の壊滅を想起させられた。
「御波透哉」
「なんだよ、改まって……」
「誰かの影としてではなく、君として、御波透哉としてこの先の舞台に立つんだ」
「意味分かんねぇ。俺は今も昔も御波透哉だ」
「ふふ、そうだねぇ」
そして、聞き流していた一言に、遅れて戦慄する。
「ちょっと待て!? さっき、源に一縷の可能性を懸けたって……っ! 源は俺を見つけるために学園に来たんだろ!?」
「そうだけど、そうじゃないんだよぉ?」
「……いるのか、もう一人っ!?」
透哉は声を張り上げる。
自分は十年前の記憶を持っただけの偽物だった。
自分は何者かの記憶を象っただけの偽物だった。
「察しの通りだよぉ? 十年前に終わった学園の生き残り『終末学園の生存者』は君じゃない。他にいる。そして、君が抱いていたものよりも遙かに強い使命感で学園の再興を望み、遥かに強い憎悪で十二学区の殲滅に加担している」
殺希は断言した。
「だからね、君はもう、廃校になった学園のために、贖罪のために生きなくてもいいんだよぉ? 自由に、君が望み、君が護りたい者のために生きて、戦っていいんだ」
「あんたの説明、合点がいく部分だらけだ。でも、いきなり自分が誰かの記憶を貰って生きている偽物だなんて言われて受け止められるはずないだろ?」
「もっともな意見だねぇ。むしろ、全部あっさり受け入れられたりしたら私の方が君を疑ってしまいそうになるよぉ?」
言いつつ、透哉は内心でほとんど理解していた。違和感にも嫌と言うほど心当たりがある。
十年前より昔の記憶がないことは一つの始まりに過ぎなかった。
学園内のことに疎いこともその一つだった。
透哉は一般の生徒が知っている学園内の常識を知らなかった。
流耶によって不必要な情報を制限されていたのだ。
今日の透哉がそれらを知る理由は、他の生徒達と関わりが深くなるにつれて偶然得たものでしかない。
他にも御波透哉が不完全な存在である要因は挙げれば切りはない。
それでも、透哉は殺希の言葉を馬鹿正直に鵜呑みにしたくなかった。
せめてもの抵抗だった。
しかし、その抵抗もここまでだった。
得たもの全てが翻ろうとしていた。
何もかもが反転しようとしていた。
話は日曜日の昼にまで遡る。
殺希の口から告げられた事実は透哉の存在、その根幹を破壊した。透哉の受けた衝撃は余りに大きく、信じるにも、疑うにも、長い時間を費やした思考が必要だった。
その間、殺希は横になって寝転がったままだった。
記憶を改竄されていた事実に打ち震える透哉が落ち着くのを待っていた。
けれど、それは透哉が立ち直り回復するための猶予を与えたに過ぎなかった。
更なる事実を受け止められるだけの心的な余力の回復を待っていただけだった。
「君は、自分の記憶に疑義を抱くには十分な体験を最近したはずだよ?」
「……」
「意思に反して得も言わせず、身体を操られる感覚を」
透哉は当然『片天秤』の詳細を知らないが、殺希が示す意味を理解していた。
地下訓練場でのアカリたちとの戦闘の中で体感した、自分を俯瞰しているとさえ思えるカラクリ。意識が乖離し、意志とは違う行動をとってしまった。
或いは、意志を書き換えられていた。
自分の記憶が改竄され、全く当てにならないことを自覚させられた。
「君は過去の罪を償うために身勝手な贖罪と学園再興の野心を掲げ生きてきた」
「――そうだ」
殺希の口上に、透哉は弱々しい声で断言した。
たとえ偽りの記憶だったとしても、その志しを支えに今日まで歩んできたことは事実だからだ。
「君は十年前の事件より前のことを一つでも思い出せるかなぁ?」
「……え……っ」
迷える透哉に殺希は囁くように聞いた。
透哉は言い返そうと試みたが、いくら足掻いても記憶の海からは何も上がってこない。口を魚のようにパクつかせるだけで何も出てこなかった。
いつかの深夜に意図せず、唐突に触れた自身の深層部。
しかし、それが今に至り、正しくも無情に紐解かれようとしていた。
「その理由は簡単。ないからだよぉ?」
記憶を遡ろうとしたあの時、硬い岩に弾かれたみたいな感覚は拒絶ではなかった。記憶の終着が十年前だったと言う単純な理由だった。
予想を凌駕した殺希の宣布に、透哉は言葉を失う。反論の術がなかった。
記憶の改竄でも消去でもない誰の手も加えられていない事実に打ち震えた。
超常も、不可解も、不思議も、介在しない、空虚な真実だった。
「君は元々、自分の意志も意識も持たない存在だった。そこに記憶を注がれ、志を植え付けられ、知らずのうちに他人の模倣品として歩き出した。植え付けられた記憶と意志が全てだった」
解剖される自らの身体を見ている、そんな気持ちで聞いた。
殺希の言葉の一つ一つが正確無比なメスとなって、透哉の本質を暴き、信念を晒し、存在を解いた。
「それが一時を境に狂い始め、今になって自分の意志を持ち始めた。君の信念や野心が中途半端で口先止まりなのはそのせいだよぉ?」
「違うっ! 俺は学園の再興だけが……っ」
「本当にそれ一つだけが大事ならどんな凶行も厭わなかったはずだよ?」
それでも透哉は『まだ』抗うことを止められなかった。
今まで自らを奮い立たせてきた野心は、脆弱な心を支える杖にさえならなくなっていた。
強く否定しようとしたのに、言葉が無意識のうちに途切れた。
まるで、学園再興なんてどうでもよくなってしまったみたいに。
学園再興に匹敵するほどの、天秤にかけられるほど大事なものが出来たみたいに。
自分の過去も未来も乗せられるほど巨大な天秤の上で透哉自身が揺られていた。
「口先では言えても、本心は変わり始めていると私は考えているよ? 現に、アカリを助けるために私のところに足を運んだことが何よりの証拠だよ。他にも心当たりがあるんじゃないかな?」
御波透哉の望みは十年前の事件の贖罪と、学園の再興だ。
自らの望みに純粋に従うなら、アカリの存命などに見向きする余裕はないのだ。
七夕祭や十二学区殲滅と言った必ず直面出来事とは意味が大きく異なる。
障害物や寄り道ですらなく、ただの無意味な脱線だった。
「だから、違うって言ってんだろ!? 俺の目的は学園再興だ! そのために、そのためだったら十二学区を、十二学区を……っ」
「ほらねぇ? 植え付けられた記憶と意思に反発し始めている。十二学区の殲滅なんて言う馬鹿げた計画に疑問を抱き、反感を持ち始めている。他者を傷つけてでも手に入れる未来、過程で生じる衝突を避けたがっている」
透哉自身、決めた覚悟が揺らいでいることを自覚していた。
以前なら軽く口に出せた『十二学区の殲滅』と言う言葉も口に出来ないほどに。殺したくはないと言いつつ、学園再興のためなら新たな罪を重ねることも辞さないと啖呵を切ったこともある。
あのときの言葉に嘘偽りはなく、直面したときは本当に全てを殺すつもりでいた。十年前と同じように、向かってくる者を斬り伏せ、血に沈める覚悟をした。
地下の訓練場では武装したアカリの模造品相手には決意と覚悟に従い、刀を振ることができた。
「君はもう十年前の贖罪のために、戦えない。学園再興の野心を言い訳に、偽りの大義名分を理由に、誰かを傷つけられない」
「――――なっ」
「君は『新たな価値観』に出会ってしまったから」
決定的な宣布は、透哉を震撼させた。
寒くもないのに震えが止まらなかった。
構えていた武器をすっと、無抵抗に奪い取られたみたいに、何も出来なかった。
ずっと、学園再興の志だけを道標に歩んできた。
それが学園の仲間たちとの関わりの中で少しずつだったが変化していた。
透哉自身、自覚しつつ学園再興までの寄り道として受け入れてきた。
昔の透哉であれば人付き合いを避け、孤独を望んでいた。それら全てをただのノイズとして処理し、歯牙にもかけなかっただろう。
ホタルを助けたことも、松風を七夕祭に参加させたいという思いも、学園再興までの過程として割り切り、処理できた。
ぶれ始めた意思と狂い始めた指針はもう修復不可能な場所にまで至っていた。
「君の一連の変化は私たちにとっては歓待すべきことだけど、君を生み出した者はそうは思いも考えもしない。自在にコントロール出来ると踏んでいた重要な駒の誤動作なんて受け入れられるはずがないんだよ」
自分のことで手一杯だった透哉が、殺希のその言葉で不意に顔を上げた。
「その『学園再興への執着』が君を貫き縛る杭であり、制御する手綱なんだよ。同時に、君を人間たらしめているカラクリでもある。そして、言ったよねぇ? 私たちは君の味方だって」
殺希と初めて出会ったあの夜。
訓練場で言われた殺希の言葉を思い出す。あのときはとても信じられなかったが、ここに至り、受け取り方が変わってくる。
記憶を改竄され、操られる自分に真実を与え、新たな道を示した。多少の疑わしさを残しつつも、味方という響きに虚偽や皮肉を感じなかった。
それと同時。
今までは見えなかった不穏な影と気配がチラチラと見え隠れし始めていた。透哉自身の立ち位置と視点が僅かながらずれた影響だった。
「君は誰でもなかったし、今も誰でもない。今から『何かになる者』だよ」
バラバラになったと言っても過言ではない透哉はその言葉から妙な力を得た。
心の内を、声や言葉に変える事は出来なかったが、絶望の底にいながら大切な物を手に入れた、そんな気がしたのだ。
「まぁ、ゆっくりと考えるといいよぉ? 少しなら猶予はあるんだ。だから、今はまだ迷っていてもいいよぉ? でも、いずれ来る。迷いを断ち切り進むべき日が。決別の刻が。君が考えているより遥かに早くね」
殺希が指し示したことも、意味も今の透哉には分からなかった。同時に全てをなくし、空っぽに成り果てた自分への門出の言葉に思えた。
なのに、理不尽な事実による混乱は抑えられなかった。
「さっきから聞いてりゃ……無茶苦茶言いやがって、記憶を注がれ志を植え付けられた? だったらこの記憶は、十年前の記憶は誰のだってんだよ!?」
「君の記憶のモデルが誰なのかは私も知らない。ホタルに一縷の可能性を懸けてみたけど、見つけたのは君だった。そして、知っているのは恐らく草川流耶だけ」
余りにも身近すぎる名前に透哉は狼狽する。
「流耶が!?」
「君が彼女をどんな風に見ているか分からない。けれど、彼女は十年間君を騙し続けてきたんだよぉ? 君と、君のモデルになった人物の姿を重ね、君を通して本物を夢想している」
自分が流耶に悪用されている、と言う自覚はあった。それでも、流耶は最も近くで自分を導いてくれた存在でもあった。
敵対したことも幾度かあったが、少なくとも今は味方だと、仲間だと思っていた。
驚愕に足る事態だった。
「もし、コレが物語なら君はまだ登場さえしてないんだよ。舞台の隅に転がされた小道具でしかないんだよぉ?」
自分を中心に世界が回っているなんて傲慢を抱いたことはない。
けれど自分という世界の中心が完全にぶれようとしていた。
あるいは、自分という世界の壊滅を想起させられた。
「御波透哉」
「なんだよ、改まって……」
「誰かの影としてではなく、君として、御波透哉としてこの先の舞台に立つんだ」
「意味分かんねぇ。俺は今も昔も御波透哉だ」
「ふふ、そうだねぇ」
そして、聞き流していた一言に、遅れて戦慄する。
「ちょっと待て!? さっき、源に一縷の可能性を懸けたって……っ! 源は俺を見つけるために学園に来たんだろ!?」
「そうだけど、そうじゃないんだよぉ?」
「……いるのか、もう一人っ!?」
透哉は声を張り上げる。
自分は十年前の記憶を持っただけの偽物だった。
自分は何者かの記憶を象っただけの偽物だった。
「察しの通りだよぉ? 十年前に終わった学園の生き残り『終末学園の生存者』は君じゃない。他にいる。そして、君が抱いていたものよりも遙かに強い使命感で学園の再興を望み、遥かに強い憎悪で十二学区の殲滅に加担している」
殺希は断言した。
「だからね、君はもう、廃校になった学園のために、贖罪のために生きなくてもいいんだよぉ? 自由に、君が望み、君が護りたい者のために生きて、戦っていいんだ」
「あんたの説明、合点がいく部分だらけだ。でも、いきなり自分が誰かの記憶を貰って生きている偽物だなんて言われて受け止められるはずないだろ?」
「もっともな意見だねぇ。むしろ、全部あっさり受け入れられたりしたら私の方が君を疑ってしまいそうになるよぉ?」
言いつつ、透哉は内心でほとんど理解していた。違和感にも嫌と言うほど心当たりがある。
十年前より昔の記憶がないことは一つの始まりに過ぎなかった。
学園内のことに疎いこともその一つだった。
透哉は一般の生徒が知っている学園内の常識を知らなかった。
流耶によって不必要な情報を制限されていたのだ。
今日の透哉がそれらを知る理由は、他の生徒達と関わりが深くなるにつれて偶然得たものでしかない。
他にも御波透哉が不完全な存在である要因は挙げれば切りはない。
それでも、透哉は殺希の言葉を馬鹿正直に鵜呑みにしたくなかった。
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