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恋愛感情というものが何なのか、その言葉の意味も、その感情がどういうものなのかも何も知らない小さな頃から、俺は多分そうちゃんに恋をしていたのだと思う。もちろん、当時はそんなことは何も分かっていない。俺がそうちゃんへの恋心を自覚するのはもっとずっと先のことだ。この頃はただがむしゃらに、ただひたすらに好きだったのだ。
「いつきー!あそぼー」
「うん、ちょっと待ってー」
昼休み、他のクラスメイトに校庭で遊ぼうと誘われても、まずはそうちゃんの様子をうかがう。
「そうちゃーん、みんなでおにごっこ一緒にしない?」
「んー、僕は本読みたいから…」
「そっかー。じゃあ俺行ってくるね!いーい?」
「うん」
ダメなんてそうちゃんは絶対言わないのだが、一応聞く。もしかしたら俺が外に行ってしまうとそうちゃんが寂しいかもしれない。そうちゃんが寂しいのは絶対にダメだから、もしそうなら俺はそうちゃんの傍にいるつもりなのだ。でもそうちゃんはいつもニコニコと俺を見送る。たまに気が向いたら一緒に外遊びについてきてくれることもある。でも大抵そうちゃんは昼休み、独りで静かに本を読んでいた。時々自由帳に絵を描いたりもしていた。
そうちゃんとは対照的に、俺は外でめいっぱい体を動かして遊ぶのが好きだった。もちろん俺の中ではそうちゃんが断トツで誰よりも大好きな友達であることに変わりはないが、他の友達ともたくさん遊んだ。夏でも冬でも走り回って、年中真っ黒に日焼けしていた。そうちゃんは逆に夏でも肌が白かった。
小学校3年生まで、俺たちはそうやって日々を過ごした。クラス替えのたびに同じクラスになり、俺はもう運命を信じて疑わなかった。学校ではお互い別々に遊ぶこともよくあったけど、登下校は毎日欠かさず一緒だった。放課後はどちらかの部屋で一緒に宿題をしたり、おもちゃで遊んだり。俺たちはずっと一番の仲良しで、俺は他の友達と遊んでも必ずそうちゃんの元に戻ってきたし、そうちゃんはいつもニコニコ優しくて、俺を拒むことなんて絶対になくて。俺の人生は順風満帆だった。
でもそんな満たされた日常は、ある日突然何の前触れもなく奪われてしまった。
「ただいまー」
夏休みまであと2週間となった小学3年生のある日。俺はいつも通りマンションまでそうちゃんと一緒に帰ってきた。部屋の前でバイバイをして、玄関に入った。
母は開口一番、信じられないことを言った。
「おかえりー樹。ねー、そうちゃんち夏休みに引っ越しちゃうんだって!お母さんびっくりよもう」
「…………え?なんで?どこに?」
母があまりにも簡単にそんなことを言うものだから、俺は咄嗟に何を言われたのかよく理解できなかった。引っ越し?…近くの違うマンションに?
「お父さんのお仕事の関係みたいよー。隣の市に行っちゃうって。寂しくなるわねー、樹とそうちゃんは幼稚園の頃からずっと仲良しだったのに…。なんか信じられないわー」
「……隣の市って何?どういう意味?…学校は?」
「んー、あのね、そーんなに遠くじゃないんだけど…、もうそうちゃんは小学校も転校しちゃうし、同じ中学校に通うこともできないのよ」
「……え……?」
「寂しいよねぇ、樹も。でもまぁ、大丈夫よ。そんなにものすごく遠くに行くわけじゃないんだから。いくらでも会う機会は……、え?樹?」
俺は何かを考えるよりも早く玄関を飛び出した。フロアを端っこまで走って、そうちゃんのいる305号室のドアをドンドン叩き、インターホンをカチカチ鳴らす。そうちゃんのお母さんがドアを開けると、靴下のまま立っている俺に驚いた顔をした。
「……あらっ、いっくん。びっくりしたわ、どう…」
「引っ越すの?!おばちゃん!本当に?ねぇ!」
俺はそうちゃんのお母さんに責め立てるように尋ねた。奥からそうちゃんがチラリとこちらを覗き、俺の姿を見つけると玄関までとことこ歩いてきた。
「お母さんに聞いたの?そうなのよ…。夏休みに入ったらね、隣のS市に引っ越すことになったの。びっくりさせちゃってごめんねぇ、いっくん。颯太にも今話してたところで…」
そうちゃんのお母さんの言葉を聞いてようやく本当のことなのだと理解した俺は、絶望のあまりたまらずその場で大声で泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「い、いっくん…」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!わぁぁぁぁぁん!!」
俺には到底受け入れられない事実だった。嘘だ。絶対にダメだ。そうちゃんが俺から離れたところに行くなんて。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。
「樹!何やってるの!」
母が慌てて走ってきた。
「ごめんなさいねぇ滝宮さん。話した途端に飛び出していっちゃって…。ほら、部屋に戻りなさい樹!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!ダメだよぉぉぉぉぉ!!嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
「いいえ、こちらこそ…。こんなに悲しませてしまって…。ごめんねぇいっくん…」
困っているそうちゃんのお母さんの後ろで俺をじっと見ていたそうちゃんも、しくしくと泣き出した。その顔を見て余計に辛くなった俺はその場にへたり込んで声の限りにわんわんと泣いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!ダメだよぉぉぉぉぉ!!ダメぇぇぇぇぇ!!」
「いい加減にしなさい!樹!…ごめんなさい、滝宮さん、ちょっと、一旦、連れてっ…、帰る、からっ!」
母はついに俺の腕や服を掴みずりずりと引きずって反対の端の部屋まで連れ帰った。途中で2回頭をポカリとやられた。
「いつきー!あそぼー」
「うん、ちょっと待ってー」
昼休み、他のクラスメイトに校庭で遊ぼうと誘われても、まずはそうちゃんの様子をうかがう。
「そうちゃーん、みんなでおにごっこ一緒にしない?」
「んー、僕は本読みたいから…」
「そっかー。じゃあ俺行ってくるね!いーい?」
「うん」
ダメなんてそうちゃんは絶対言わないのだが、一応聞く。もしかしたら俺が外に行ってしまうとそうちゃんが寂しいかもしれない。そうちゃんが寂しいのは絶対にダメだから、もしそうなら俺はそうちゃんの傍にいるつもりなのだ。でもそうちゃんはいつもニコニコと俺を見送る。たまに気が向いたら一緒に外遊びについてきてくれることもある。でも大抵そうちゃんは昼休み、独りで静かに本を読んでいた。時々自由帳に絵を描いたりもしていた。
そうちゃんとは対照的に、俺は外でめいっぱい体を動かして遊ぶのが好きだった。もちろん俺の中ではそうちゃんが断トツで誰よりも大好きな友達であることに変わりはないが、他の友達ともたくさん遊んだ。夏でも冬でも走り回って、年中真っ黒に日焼けしていた。そうちゃんは逆に夏でも肌が白かった。
小学校3年生まで、俺たちはそうやって日々を過ごした。クラス替えのたびに同じクラスになり、俺はもう運命を信じて疑わなかった。学校ではお互い別々に遊ぶこともよくあったけど、登下校は毎日欠かさず一緒だった。放課後はどちらかの部屋で一緒に宿題をしたり、おもちゃで遊んだり。俺たちはずっと一番の仲良しで、俺は他の友達と遊んでも必ずそうちゃんの元に戻ってきたし、そうちゃんはいつもニコニコ優しくて、俺を拒むことなんて絶対になくて。俺の人生は順風満帆だった。
でもそんな満たされた日常は、ある日突然何の前触れもなく奪われてしまった。
「ただいまー」
夏休みまであと2週間となった小学3年生のある日。俺はいつも通りマンションまでそうちゃんと一緒に帰ってきた。部屋の前でバイバイをして、玄関に入った。
母は開口一番、信じられないことを言った。
「おかえりー樹。ねー、そうちゃんち夏休みに引っ越しちゃうんだって!お母さんびっくりよもう」
「…………え?なんで?どこに?」
母があまりにも簡単にそんなことを言うものだから、俺は咄嗟に何を言われたのかよく理解できなかった。引っ越し?…近くの違うマンションに?
「お父さんのお仕事の関係みたいよー。隣の市に行っちゃうって。寂しくなるわねー、樹とそうちゃんは幼稚園の頃からずっと仲良しだったのに…。なんか信じられないわー」
「……隣の市って何?どういう意味?…学校は?」
「んー、あのね、そーんなに遠くじゃないんだけど…、もうそうちゃんは小学校も転校しちゃうし、同じ中学校に通うこともできないのよ」
「……え……?」
「寂しいよねぇ、樹も。でもまぁ、大丈夫よ。そんなにものすごく遠くに行くわけじゃないんだから。いくらでも会う機会は……、え?樹?」
俺は何かを考えるよりも早く玄関を飛び出した。フロアを端っこまで走って、そうちゃんのいる305号室のドアをドンドン叩き、インターホンをカチカチ鳴らす。そうちゃんのお母さんがドアを開けると、靴下のまま立っている俺に驚いた顔をした。
「……あらっ、いっくん。びっくりしたわ、どう…」
「引っ越すの?!おばちゃん!本当に?ねぇ!」
俺はそうちゃんのお母さんに責め立てるように尋ねた。奥からそうちゃんがチラリとこちらを覗き、俺の姿を見つけると玄関までとことこ歩いてきた。
「お母さんに聞いたの?そうなのよ…。夏休みに入ったらね、隣のS市に引っ越すことになったの。びっくりさせちゃってごめんねぇ、いっくん。颯太にも今話してたところで…」
そうちゃんのお母さんの言葉を聞いてようやく本当のことなのだと理解した俺は、絶望のあまりたまらずその場で大声で泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「い、いっくん…」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!わぁぁぁぁぁん!!」
俺には到底受け入れられない事実だった。嘘だ。絶対にダメだ。そうちゃんが俺から離れたところに行くなんて。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。
「樹!何やってるの!」
母が慌てて走ってきた。
「ごめんなさいねぇ滝宮さん。話した途端に飛び出していっちゃって…。ほら、部屋に戻りなさい樹!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!ダメだよぉぉぉぉぉ!!嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
「いいえ、こちらこそ…。こんなに悲しませてしまって…。ごめんねぇいっくん…」
困っているそうちゃんのお母さんの後ろで俺をじっと見ていたそうちゃんも、しくしくと泣き出した。その顔を見て余計に辛くなった俺はその場にへたり込んで声の限りにわんわんと泣いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!ダメだよぉぉぉぉぉ!!ダメぇぇぇぇぇ!!」
「いい加減にしなさい!樹!…ごめんなさい、滝宮さん、ちょっと、一旦、連れてっ…、帰る、からっ!」
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