いとしのわが君

ナギ

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第三王子の忠告

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 数分前のわたしをひきとめたい。
 ブランシュはあのまま寮におとなしく帰ればよかったと深く反省している。
 バティストとの茶が終わり、お腹が膨れて気分もよくなる。しかし食べ過ぎたかもしれないわと軽い運動として散歩をすることにした。
 歩くのは舗装された道だけ。そうすれば迷ってもどうにかなるだろうとブランシュは思った。
 そしてその道の赴くままたどり着いたのは綺麗に整備された庭園。
 季節の花々が咲き、美しく整えられている。こんな素敵なところがあったのね、と花々に近寄ったり、小さな池の橋の上から周囲を見回したり。
 それはとても楽しいお散歩だった。
 第三王子、クロヴィスにおい、と声をかけられるまでは。
 ブランシュは今日は王子によく会うと他人事のように思う。しかし、スルーすることもできない。
 挨拶をして、それではと去ろうとしたのだが引き留められた。
「なんでしょうか」
「暇なんだろ、付き合えよ」
 暇ではありません、と突っぱねて寮に帰ろうとした。しかし、その返事を聞くより先に手を取られ引っ張られる。
 強引な! と思うが声高に文句を言うわけにもいかない。
 ブランシュが連れてこられたのは庭園の奥にあった東屋だ。あらかわいい、こういうのは好きと思いながらブランシュは見回す。
 真っ白な石で造られたそれには蔦草が絡みついている。そこにあるのは長椅子一つ。ふかふかのクッションなどが置いてあるのだが、見た目に荒れている様子はない。
 いくら東屋で屋根があるといっても、クッションを野ざらしにしておけば痛むのは必至。
 誰かが毎日、カバーをかけるか、出したりしまったりしているのかしらとブランシュは考える。
 そんな思考を巡らせていると、やや乱暴に長椅子の上に押された。勢いついて押されるままにそこへ座ってしまう。
 そしてクロヴィスは隣に座る。ブランシュは背筋をぴんと伸ばしてぶしつけなほどに向けられる視線に対した。
 クロヴィスは、バティストよりも男らしいとブランシュは思う。
 バティストが柔和な笑顔の貴公子であるならば、クロヴィスは男らしい精悍な貴公子だろう。まじまじとみてみると、バティストより髪の色も濃い。
 もうひとり、第一王子も並べてみたら差異が少しずつありそうだとブランシュが思っていると傍らからふと笑い零れる吐息が聞こえた。
「真顔で何を考えていたのか聞いてもいいか?」
「取るに足らない事です」
「ふぅん……お前さぁ、名前なんだっけ」
 名前なんだっけ、とは。
 ブランシュはこの王子は自分にあまり興味はないのだなと思う。それなら、そっけない対応をして、今後一層興味を持っていただかないようにしていただきたい。
「ブランシュと申します」
「ブランシュ、な」
 はいと頷くとクロヴィスはバティストと何を話していたんだ、と尋ねてきた。
 突然の問いだ。何故、知っているのだろうとも思う。
 それはつい先ほどの話だが、周囲に人の姿は無かったように思える。情報を得るのが早すぎるのだ。
 何故、どうして知っているのという気持ちが表情に現れていたのだろう。
 クロヴィスはああと零し、幻獣が教えてくれたと言う。
「俺の幻獣は、お前に興味を持ったようでなぁ」
 今もきっと見ていると笑う。
 その言葉にブランシュは不機嫌さを隠さずに表情歪めた。その表情はお世辞にもかわいらしいとは言えないもの。
 普通、令嬢がしてはいけない類のものだ。
 思わず、と言ったように口を押えぶふっとクロヴィスは吹き出す。それを見て、しまったとブランシュは思うのだ。
「おいおい、すげぇ顔だな。いいのか、そんな顔して」
「……失礼しました。忘れてください」
「忘れられるわけないぜ、今のは」
 忘れてください、と再度言うがそうならないことはわかる。
 それならご自分の心の内だけにとどめておいてくださいとブランシュは続けた。
「お前がそのあたりの、普通の貴族の子女と違うのはなんとなくわかった」
 普通とは、とブランシュは思う。
 何を以て普通とするのだろう。まぁ確かに、少し。
 自分は浮いているかもしれないけれど、と思う事はある。引きこもっていたし、周囲にこれといって特別仲の良い友人、知り合いもいない。
 しかし何も恥ずべきことはしていないはずだし、親に迷惑をかけるようなこともしていない。
 そうブランシュは思っている。だから、そのまま尋ねた。
「普通、とはどういうものでしょうか?」
「普通とは? なんだその問いは」
「よくわからないなと思いましたので。クロヴィス様の普通というものを教えていただけます? それがわたしが思っている普通と違うのであれば、わたしは普通ではないのでしょう」
 ブランシュがそう言うのでクロヴィスは普通、というものを思うままに紡いだ。
 権力者、最終的には王族にへつらう貴族の姿は普通だと言う。それは父親の姿に覚えがあるのでなるほどそうですねとブランシュは頷いた。
 それと同じく、この学園の中では王族に逆らう者はいない。ただ、同等の地位があるものは別だ。
 誰もかれも顔色を窺って言葉を向ける、行動する。いちいち尋ねてくるなと吐き捨てるようにクロヴィスは言った。
「顔色を窺うのはのは、当たり前ではないでしょうか」
「は?」
「あなたはおっしゃったじゃありませんか。王族にへつらう貴族の姿は普通だと」
 それならば、その貴族の子女があなたの機嫌を損ねたら、親に迷惑がかかる。だから機嫌を損ねないように窺っているのではとブランシュは言う。
「別に親父に告げたりはしねぇけど」
「それはあなたがそう言わなければわかりません。それにあなたが言わなくても、周囲の言葉というのはそのうち届いてしまうこともあります」
 たとえば誠心誠意、良かれと思ってしたことでもあなたにとってはそうでなかったとする。
 あなたは何も言わずとも、周囲がその話を広めて親の耳に入れば呼び出されてお説教があるかもしれない。
 あなた自身が恐ろしくて機嫌を窺う方は確かにいるかもしれませんが、すべてがそうとは限りませんよとブランシュは言う。
「……お前の言う事も確かにわかるな」
「クロヴィス様は自意識過剰でらっしゃるのですよ」
「おま……はっ! それこそお前が一番、俺の顔色なんて窺わねぇな」
「……窺ってほしかったのですか?」
「いや、そのままでいい」
 クロヴィスはブランシュの言葉に笑う。
 そう、自身の周りにはクロヴィスの行動を気にするものが多い。こうして自然にふるまえる者が兄弟以外に傍にいるのはそうそうない事だ。
「それで、バティストとは何を?」
「世間話を」
「そんなわけあるか」
 そう言われましても、とブランシュは言う。
 何故、ここにという問いは向けられたが、色々調べたからこそのだった。
 その情報はきっと知っているだろう。
「悪口も悪巧みも何もございません。尋ねられたことに答えられる範囲でお答えしただけです」
「へぇ……バティストと話してみた感想は?」
「……美味しいお茶とお菓子をありがとうございます……?」
 それはバティストへの印象じゃないだろうとクロヴィスは声をあげて笑った。
 言われて確かに、そうだと思う。
 だが、本人に対して抱いたのは面倒くさいなぁとかそういう類のものなのでここで言うのはどうかと思った。
 そして、言葉にできる答えがそれしかなかったのだ。
「なに、お前は美味い茶と菓子があれば満足するのか」
「大体の令嬢はそう思います」
「はは、そういう好みは普通でいいのか?」
「……程よく甘く、見た目にもかわいらしいお菓子を令嬢が好む、というのであれば普通かと。お茶は、それぞれ好みがあると思いますがわたしはすっきりした味の、香りのよいものが好きです」
 結構注文をつけるじゃないかとクロヴィスは笑うが楽しそうだ。それを不敬だとか言う様子はない。
 だからこそ、ブランシュもさらにつっこんで。
「さらに言うなら、香りは甘いものが好きです。ミルクティーにあうようなものが」
「それはミルクティーが良いって言ってるんだな」
「そうですわ」
 わかった、とクロヴィスは言う。その次の機械にはちゃんと招待状をしたためようとも。
 そこまでされると断りづらい状況になるのではと思い、ブランシュは必ず行くとは限りませんのでと先に言い含めておく。
「あ? 俺の誘いなのにか?」
「……失礼を承知で言うのですが、誘えば必ず来ると思っているのはどうかと……」
「来ないのか?」
「行きたくないときもありますわ」
 そう言うと少し残念そうな表情をする。ブランシュは今まで大事にされていたゆえのかと思うのだ。
「……できるだけ、行きます」
 そして、その表情にほだされてしまった。そうかと嬉しそうに笑うと年相応の笑みだ。
 そう思ったのだが。
「できるだけ俺のところに来い。そうじゃないとお前は潰されるぞ」
「え?」
「庇護してもらうものを選ぶなら、俺にしておけ」
 わかってないのか、とクロヴィスは呆れて零した。
 たきつけたのは俺達だが、とバツが悪そうにクロヴィスは言いつつも生徒からのやっかみはすごいだろうと問う。
「水はかけられました」
「知っている」
 ほかにもものを隠されたり、部屋の扉に呪いの手紙などがあったり。かわいいものですよとブランシュは言う。
 強い女だなとクロヴィスは笑って、けどなぁと零す。
「バティストのところはともかく、あいつの取り巻きがなぁ……」
 それは第一王子のことを言っているのだとブランシュは察する。
 クロヴィスは俺のとりまきには手を出すなと釘を刺したと告げた。それでどうにかなるかはわからないが、俺の目の届く範囲でしたなら許さないとは言ってあると。
「一番やばいのはあいつのところだから、気をつけろ」
 わかりましたとブランシュは素直に頷いた。
 しかし、目に見えない範囲でのものは苛烈になるのではと思う所もある。クロヴィスはそれを察したのか大丈夫だと笑った。
 俺のとりまきは、忠犬だからな、と。
 とりまきを忠犬と言い切るのはどうなのでしょうと思いつつ、そうですかとブランシュは気の無い返事をしたのだった。
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