いとしのわが君

ナギ

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第一王子はこわい

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 第三王子との話は楽しかった、それなりに。
 しかし、この方とは相性が悪いとブランシュは視線が合い、微笑まれた瞬間に思った。
 年頃の令嬢なら、微笑まれたら天にも昇る気持ちで喜ぶだろう。しかし、ブランシュにとってその笑みは冷たい笑みでしかなかった。
 第一王子、アルベール。
 やだ、この方こわい。近寄りたくない、と思ったのだ。
 人前では、穏やかな笑みを浮かべていたのに、周囲に人がいないからこそ向けた笑み。
 これが本性なのだろう。
「何か御用でしょうか?」
「バティストとクロヴィス」
 名前を紡ぐ。それだけで今日、会っていたのを知っていると暗に示しているようだ。
 クロヴィスがそうであったように、幻獣からきいたのだろう。
 ちらりと視線を向けると意味ありげな笑みが変わらずそこにある。
「二人と話をしたんだろう? それなら最後に、俺ともしようじゃないか」
 したくありません、とは言えない。ブランシュはおとなしく頷いた。
 ふと、長いものに巻かれておきなさいと父が言っていたことを思い出す。しかしこの長いものに巻かれるのはいやだわとブランシュは思っていた。
 アルベールにこちらだと連れて行かれたのは温室だ。
 ガラス張りの明るいその場所には人の気配がない。
「俺だけだ、安心しろ」
 変な噂は立たないようにしてやるとアルベールは言う。
 その様に強気だわ、とブランシュは思う。
 目の前にいるこの王子は、一番王子らしい王子といわれていたのを思い出す。
 しかしどうだろう、座り心地のよさそうな、一人掛けの皮のソファにふんぞり返るように座る。
 傍らのもう一つの同じようなソファに座れと視線ひとつで示した。
 立ったままでは何も進まないわねとブランシュはそれに従う。
「腹の探り合いをする相手ではないと、俺は思っている」
「はい」
「だから単刀直入に聞く。お前の傍にある幻獣は何者だ?」
「何者とは、どうお答えすればいいのかよくわからないのですが……」
 何者と聞かれても、ブランシュは幻獣のことを知らない。なんだかすごい、くらいしかわからないのだ。
 幻獣は自身のことを話していたかもしれないが、そんなの覚えてはいない。
 名前も、知らないわと今このとき、改めて思ったくらいだ。さすがに名前くらいは聞いておくべきだったかもしれないと。
「…………はぐらかす、わけではなさそうだな」
 その言葉に、そうです、そういうのではありませんとブランシュは頷いた。
 アルベールは深く椅子に腰かけ、はーと長い息をついた。
 そしてしばらく何かを考えこむとブランシュへと視線を向ける。
 瞳を細め、柔らかに、緩やかに。アルベールは自らの魅力を最大限引き出すような、笑みをブランシュへと向けた。
 その笑みに、ブランシュは驚いて瞬く。今までアルベールに全く興味などなかったはずなのにひきつけられる。
 とても、恐ろしい。
 そう思っていると、その口が緩く動くのが見た。
「お前、俺の嫁になれ」
「んんっ?」
「お前は俺の益になる。まずは婚約でいい」
「わたしにはとてもとても、とてももったいないお話で、アルベール様にはもっと素晴らしい方がいらっしゃると思いますので」
 そういうのは何人かいるが、それとお前を比べた場合、お前の価値が勝る。
 そう、アルベールはすっぱりと言ってのけた。
 もしその言葉をあなたのことを慕う方が聞いたら顔を真っ赤にして憤怒するか、顔を真っ青にして崩れるかのどちらかだろうなとブランシュは思った。
 そもそも、嫁になれというその言葉が、まず自分と関係のない言葉である。
 そしてあの親、あの王なのだからこの王子かと思った。
 王がその話をしたのかどうかはわからない。しかしそのうち耳に入るだろうな、とブランシュは先手を打った。
「アルベール様、ご存じかどうかは知りませんが王よりあなた方のどなたかと縁談をというお話をいただいたことがあります」
「そうか、ならば俺にしろ」
「いえ、私のようなものではそのような話はもったいなく、お受けするなど大変恐れ多いこととお断りさせていただきました」
 ブランシュはそう言って、微笑む。
 アルベールは些末なことだ、気にしなくていいと言う。ブランシュは断ろうとしているのを、わかった上でだ。
 ああ、いやだとブランシュは思う。
 このおそろしい人はどうあっても、どうにかして、話を繋いでくる。
 ここで家の方に話を持っていかれたら、ブランシュではどうしようもなくなることもわかった。
「何が不満だ。生活が困窮するわけでもない。俺は、まぁ人格はよろしくはないだろうが嫌な思いはさせないようにする」
「……人格に問題ありとご自分でおっしゃられるのですか」
「ああ、あるだろう」
「はい。あっ」
「いい、俺しかいない」
 素直に頷いて、しまったと思う。しかしアルベールは気分を害した様子はない。
 問題はないようだとブランシュは安心する。
「お前の望みは適えてやる。時折手を貸してくれるだけでいい、必要なときはそばにいろ。男を作ってもいい」
「アルベール様……さすがに不義を許すのはどうかと……」
「浮気は燃えるだろう? 俺はそういう相手はいらんから、後継ぎだけは義務になるが」
「生々しいことをおっしゃいますね」
 ブランシュはこの人はすごいことを言っている自覚があるのだろうか、と思う。
 王族の、次の王と言われている人間が、だ。
 王妃となるものの浮気を認める。気にするな、好きにしていい。しかし義務は果たせといっている。
 問題発言ばかりだ。しかし逆に、そうであっても別に問題はないという自信があるからこそ言えるのだろう。
 王が何人かの寵妃を持つのはわかる。後継ぎ問題があるからだ。ブランシュとしてはそれもどうかとは思うのだが、そこは国の在りようで自分が口を出すことではない。
 ということは、そこが崩しどころだ。
「アルベール様、わたしも女です。好きな殿方と沿いたい、と思う生き物です」
「…………聞こう」
 ブランシュの言葉に何を言っているのだ、こいつはという視線を向けられる。しかし、そこで切り捨てずにアルベールは続きを促した。
「ですので、わたしも。少々変わり者だと思われているかもしれませんか」
「おい、少々ではないだろう。相当だ」
「……相当な変わり者だと思われているようですが、恋愛にあこがれがないわけではありませんの」
「では恋愛ごっこにも付き合ってやるが」
 それは本物ではありませんとブランシュは笑む。
 わたしは自分で恋をしたいのですと。
「好きな男がいると?」
「いいえ。ですが好きな殿方に嫁ぎたいというささいな夢があります。アルベール様、ご理解ください」
 かわいらしい夢だなとアルベールは笑った。
 ブランシュは恥ずかしながら、と紡ぐ。
「……恋が、したいんだな?」
「はい」
 それなら問題ないとアルベールは言う。ブランシュはどういうことでしょうかと返した。
 アルベールは意地悪く笑む。
 その笑みに、失敗したかしらとブランシュは思った。
「お前が俺に恋すればいいだけだな」
 やだ、無理。
 と、声に出さなかった自分を褒めたい。ブランシュは心は自由になるものではないのですがと言うとアルベールは不敵に笑う。
「お前を口説いてしまえばいいだけだ」
 口説いて、落ちると思っているのだろう。自信家だわ、とブランシュは逆にすごいなと思った。
 そして面倒くさいとも。
 失敗したかしら、ではなくて失敗だった。
 逆に煽ってしまったようだ。
 とりまきより、このアルベール自身の方が厄介なのではと思う。
「アルベール様、わたしはそんなに簡単な女ではありません」
「だろうな。いつでも惚れていいぞ、今すぐにでも」
「今のところ、そうなる予定はございません」
 つれないなとアルベールは笑う。
 この人は簡単に靡かないこともわかった上で言っているのだろう。
 最終的に権力をかざせばどうにでもなる問題だ。
 それなのにこちらにあわせて、遊んでいる。
 それはありがたいようで、猶予ができたということだ。
 遊ばれている間にどうにか逃げ道を作ろうとブランシュは決心した。
「ああ、そろそろ良い時間だな。送ろう」
「いえ、大丈夫です」
 先に立ち上がったのはアルベールだ。ブランシュもまた立ち上がろうとしたのだが、動けなくなる。
 ブランシュの座っていた椅子。その肘掛に手をついて、アルベールが閉じ込めた。
 これでは立ち上がれない。
 それよりなにより、綺麗な顔が近い。
「あの……とても、近いです」
「ふむ。この至近距離でもときめかないのか」
 ときめくより心臓に悪い。
 こくりと小さく、ブランシュは息を飲んだ。
 すっと細められた瞳は楽しげに歪む。
「また呼ぶ。断るなよ」
 ブランシュはその言葉に黙って頷いた。
 ここで嫌だなんて言えば帰れない。
 そんな気がしたからだ。
 すっと身体を離したアルベールは動けないままだったブランシュの手を取って立ち上がらせる。
「寮まで」
「結構です」
「だろうな。気をつけて帰れ」
 アルベールは温室の出口まで見送る。
 ブランシュは一礼して寮への道を辿った。
 温室に残ったアルベールは楽しそうに笑み浮かべている。
 そして二人に言わなければならと思った。
 あの取り決めは無しだと。おそらく二人も文句はないだろう。
 そもそもが、違いはあれど似た者同士だ。
 それぞれ一対一で話したその日に、心変わりが何もないとは思えない。
 きっと本気の勝負になると、それもまた楽しみだった。
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