皇子の憂鬱

ナギ

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2:憂鬱の本当の始まり

オウジの弟

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 オウサマが戻ってきてから、まだあわただしい。
 あの人は、夜な夜な俺の所に遊びに来るようになった。俺も、それを受け入れている。
 いつもどこからやってきてるのかは、よくわからないのだけれど。
 俺も色々、オウサマの、ベスティアの事を知った。
 結構、甘いものが好きで手土産を持ってくるようになった。
 嘆きの『花鳥の国』にあるハッカのお茶は、すーっとしすぎて結構苦手だったけど頑張って飲んでいた、とか。
 俺は、あの味好きなんだけどな。
 それから本も読む。驚いたのは俺なみに神話を知っている事だ。
 俺は研究とか勉強で他国の色々な神話が書かれた本を取り寄せてもらって読んだりしてた。
 ベスティアも興味があってそういった本を沢山読んだそうだ。中には俺が手にいれられなかったものも持っているらしく、今度かしてくれると約束した。やった。
 それから、そのうち次の王も紹介すると約束してくれた。
 年は俺よりひとつ下の14歳。文字もほとんど読めない、書けないで教えるのが大変らしい。
 今はまだ、状況を飲み込め切れてない。説明もすべて終わっていないので会うのはねとベスティアは言う。
 確かに。
 その人にしてみれば、突然連れてこられて世界はくるっとかわったも同然だ。
 人の顔も覚えるのは大変だし、俺は別に後で良い相手だと思う。
 顔を合わせることも、まったくなさそうだしなぁ。
 ちなみに名前はカーティス。彼は身寄りのない少年だったとベスティアは言うのだけれど、その響きは寂しげだ。
 それに気付いて、じっと見ているとベスティアが気付く。
 そして、ああと苦笑した。
「僕はね。いや、僕も孤児だったんだよ。だから、自分のような子がいなくなればいいと思ってるんだけど、それは簡単な事ではないな、と思って。彼が俺の考えを理解して継いでくれるといいんだけどね」
「ベスティアの考え?」
「そう。家族が笑顔で暮らしていける国を作るって事だよ。たとえ、それが貧民街であっても、家族がそろって、最低限の営みが約束されている。そんな国だよ」
 さすがに貧民街をすぐになくす、なんて夢物語なのはわかっているからとベスティアは言う。
 できることから、というのなら。生活水準をあげて、簡単に人が死なないようにするべきなのだと。
 そのためにベスティアがしたことも話してくれた。
 俺は政治の話には疎い方だけれど、話してくれることがどれも難しい事というのはわかる。
 他の国を真似てみたり、現地で話を聞いたり。ベスティアはそうやって、色々試行錯誤しているようだ。
「猛き『獅子の国』の民は、幸せですね」
「え?」
「民の事を考えてくれる王がいるから」
 そうだと良いのだけれど、とベスティアは微笑む。
 俺も釣られて、微笑む。
 ベスティアは、良い人だ。しっかり自分の考えを持って歩ける人。
 けれど、優しい。優しい事は、良い事だ。優しすぎる事は毒だと思うけれど。
 そうして、互いを知っていく。
 俺は少しずつ、ベスティアに歩み寄っていたと思う。
 そんなある日。
 そいつは突然、やってきた。
 国同士の事前の連絡もなく、というより。連絡をそいつが追い越してきたのだけれど。
 ぐちゃっと握りつぶされた親書を持ってやってきたのは、俺に似てない、俺の弟。
 ヒースさんが困ったような顔で、ララトア様にお客様なのですけれどと言って。
 国の親書を持っているので、一応貴賓室に通して待機してもらっているのですがと俺を呼んだのだ。
 で、部屋に行くと。
「ララトア!」
「わ、どうしたー? お前、他国に留学」
「ララトア! 俺は聞いてない! 婚約って、結婚ってなんだ! どいつだ!? 俺がぶった切る!!」
「えっ、婚約も結婚もしてないけど? 俺はただ留学してるだけで」
「えっ?」
「あっ話あんまり聞かずに飛び出してきたな……もしくは誰かにおちょくられたか……」
 がばっと飛びつくように抱き着いてきた弟――ユユトラ。
 俺、リュリュス、ユユトラは同い年の異母兄弟だ。
 母親は違うが一緒に育ったので仲が良い。俺達はいつも一緒につるんでいたのだ。
 けど、ユユトラは歌から転じて、踊りにも興味を持ち。舞踊の盛んな国に留学していたのだ。
 それがどうしてここに?
「その話、誰から聞いた?」
「リュリュス」
「あー……婚約も、結婚もしてない。ここにはただ留学しに来てるだけだ」
「本当か? 本当にか? 脅されたり弱みを握られたりは? ないのか?」
「うん、ないけど」
「ラ、ララトアー! よかった!!」
「ぐぇっ、ちょ、くるしっ」
 ぐええええ! ユユトラの力が半端ない!
 ユユトラは、俺より体格がしっかりしていて、頭一つ分身長が高い。俺を抱きしめて頭の上に顎が乗せられるくらいだ。
 兄弟なのに、なんだこの体格差は……!
 どうにかこうにか、ユユトラを引き離す。
「で、どうしてここに? 俺がいなくて飛んできた?」
「そうだけど。だって、ララトアを嫁に出すなんてそんな。それなら俺が貰うしと思って」
「まずお前に嫁にもらわれることがないからな」
 何言ってるんだか、と俺はユユトラを小突く。ユユトラは楽しそうに笑っていて、なんか国にいた頃みたいだ。
 家族が傍にいるのはほっとする。
 で、色々聞いてみると。
 リュリュスからあることない事、色々と吹き込まれたようだ。リュリュスー……お前ぇー!
「でも求婚はされたんだろ? そいつどこ、俺が見定める」
「見定めるって……」
「だって、そいつに脅されてきたんだろ?」
「いや、だから留学……」
「留学っていうのは口実で、脅されたんだろ?」
 そんな事はまったくない。脅されたというより、良いように解釈されて。
 そしてまぁ、俺も遺跡に負けてきたわけだ。
「ユユトラ、俺は無理矢理ここに連れてこられたこともないし、自分で納得してるから、大丈夫だ」
「……なら、いいけど。でも! でもやっぱり!」
 やっぱり、それとお前への求婚は別問題だ!!
 と、ユユトラは叫んだ。
 うん。それもお前が気にすることではないんだけど、色々言うとまたうるさくなりそうなので黙っておいた。
「お前に求婚した、この国の王に会わせろ」
「うーん、それはどうかなぁ。というか、お前どうするの?」
「え?」
「宿泊とか」
「ララトアの部屋に一緒に泊まる気できた」
 あ、やっぱり。
 ひとまずヒースさんに確認はとらなくちゃいけないだろう。それからミアさんに、食事一人分増やしてほしいと。
 あとは、そう。
 踊れる場所はあるかってことだ。ユユトラは一日に三時間は自主稽古をする。踊るのだから。
 俺はそれを側でみつつ、本を読んでたんだよなー。
「あと、ユユトラ。多分滞在は大丈夫だろうけど、今ちょっとごたごたしてるからおとなしくな」
「なんで?」
「うーん……次の王が見つかったから」
「王が見つかる?」
 うん、わからないよな。
 王位継承の方法が、違うのだから。
 俺はユユトラに猛き『獅子の国』の王がどんなふうに変わるのか教えた。
 ユユトラは馬鹿じゃないので、なるほどと理解する。そして城の様子があわただしいのも理解できたようだ。
「なので、おとなしく。探検もダメ、俺と一緒にいて」
「わかった」
 よし。
 ひとまずユユトラが勝手なことをするのは押さえれる、かな?
 しばらくしてやってきたヒースさんに説明し、ユユトラの滞在を許可してもらった。
 いつ帰るの、と問うと気が向いたらというので。
 しばらくはここにいるつもりなのだろう。
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