皇子の憂鬱

ナギ

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2:憂鬱の本当の始まり

オウジと次の王

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「あ、忘れものした。ちょっと取りに帰ってくる」
 教室について、俺は筆記具をまるっと忘れてきたことに気付く。
 シェラが貸してくれるといったが、俺は今日は絵をかくのだ。道具が足りない。
 そう、昨日その準備をして、ユユトラに邪魔をされて。入れ忘れたんだと思う。
 ユユトラはといえば、一緒にここに通うようになり。
 けれどそれだけじゃつまらないと、軍部の新人の基礎体力作りに混ぜてもらっている。
 あいつはいつのまにか、自分の交友範囲を広めていたのだ。
 ひとの輪にはいるのは、ユユトラは上手だ。最初は喧嘩していてもいつの間にか仲良くなっている、とかよくある。
 部屋に戻れば、あったあった。
 よし、早く教室に戻ろう。そう、思ったとき、視界の端に金色が見えた。
「ん、ベスティア?」
 いや、違うか。そもそもベスティアはもっと背が高い。
 でも。
 あの金色の髪。金色の髪は、猛き『獅子の国』の王だけが持つ色だという。
 ということは、次の王だったのかもしれない。名前は、なんだっけ。聞いたけど忘れた。
 どんな奴なんだろう。王に選ばれるくらいなんだから、正義感の強い感じ、とか?
 優しいやつだろうか。
 そんなことを考えていたら、おいと後ろから声がかかった。
「お前……この国の者じゃないな?」
「え、いや……留学、してきてる……」
「そうか! 他国からの客人か! 同じ年の位のやつがいなくてさ」
 振り向けば。
 あれ、さっきとは逆方向だよ、な?
 俺より少し高いくらいの背丈の、少年。。
 にこっと笑う。人懐こい笑みだ。安堵した、というようなもの。俺もつられて笑ってしまう。
「勉強が面倒で逃げてきたんだ。なぁ、お前はどこかいくつもり、なんだよな?」
「俺は教室に……」
「俺も行っていいか?」
 え。いいんだろうか。
 勉強から逃げてきた、ということは。探されているのでは?
 それなら、なるべくばれないようにした方がいいのでは!
 戻った方が良いよと言う気は、なかった。
 折角出会ったんだから、話をしてみたいと思うし。
 俺は、その金色の髪を指差す。
「まず髪を、隠した方が良い。色と瞳の色で何者かばれる。瞳くらいなら、まぁ……他国にもある色だから誤魔化すことができる、はず」
「なるほど。じゃあ」
 そう言って、彼は腰に巻いていた布を外す。それを器用に頭に巻いて、髪の色を隠してしまう。生え際ちょっと見えるけど、まぁ。まぁ、なんとかなるかな!
「これでいいだろ? 教室、ってことは同年代いる?」
「いるけど、年上もいるし……年下も」
 そりゃ面白そうだ、と笑って。彼はお前の名前はと問う。
 俺はララトアと返すと、彼はカーティスと名乗った。
「カーティスでいいぜ」
「俺も、ララトアで良いよ」
 カーティスと一緒に教室へ。戻ればシェラが誰だろうという視線を向けてくる。
 そして、気付いてしまったようで俺を凝視してくるわけだ。すまない、そんな顔をしないでくれ、すまない。
「お、おい……」
「城の中でさっきあって……ま、大丈夫じゃない?」
「いや、え……他の皆は気付いてないからいいけど……ここにいるとばれるぞ」
「ばれるかな」
「ばれるのはまずい。逃げてきたからな」
 そっかーとシェラは言って。
 どこか隠れられそうな所あるかなぁと零す。うーん。
 図書室は人の出入りもあるし。
「……いっそのこと、城を出るか……」
「出れるのか?」
「え、出れないんです?」
「俺は、まだそれを許されていない」
「ほいほい外で歩かれたらこっちがびっくりします」
 そっか、とカーティスは笑う。
 シェラはしばらく考えて、それなら食堂に行こうと提案した。食堂の、ちょっと奥まった席ならあまり人もこないし、と。
 カーティスは食堂と聞いて表情輝かせた。
 聞けば、今までおかゆだとか、体に優しい食事ばかりだったそうだ。つまり肉食べたい、と。
「食事制限されてるのか?」
「ああ。俺貧民街にいたからな。食事は、まぁ炊き出しなんかも定期的にあったから皆、飢えはしなかったけど。俺らはそんなもんで足りるわけなくて、その辺の動物狩って食ってた」
「狩り……」
 生きてた世界が違う。俺はそう思って、しまった。
 その気持ちにカーティスは気付いたのだろう。この国ではよくあることだと言った。
 よくあること。本当に、そうなんだろうか。
「それより早く、行こうぜ」
 そう言って、カーティスが立ち上がり食堂はどっちだと言う。
 シェラはそれを案内するように先導して俺も続いた。食堂は、昼の時間には早いから人はそんなにいなかった。
 カーティスは肉系サンドイッチを頼んでいる。素早い。
 俺は腹も減ってないし、茶だけ。シェラもだ。
 それから、奥まった席に座って一息。
「ここに来てから、隔離されてるようなもんでつまらなくてさ。勉強教えにくるやつらは、やっぱ仲良くはなれないし。たまには息抜きがしたい」
「なるほど。今日はその息抜きってとこ?」
「ああ。ここに来てからずっと部屋に詰め込まれててさ」
 次の王様になるっていうのも大変だなぁとシェラは頷く。
 カーティスはそれでも、受け入れてはいるからと笑っていた。
「なぁ、また俺とこうして過ごしてくれるか? 街に遊びに、っていうのはまだ難しそうなんだけどな……」
「えっ」
「ん?」
「えっ、いや、そ、そういうの勝手にしていいのかなーって」
 シェラは俺をちらっと見る。助けてってことか。
 確かに、シェラからすればカーティスは次の王様。敬うべき人、なんだろう。
 ちょっと緊張してる感じがある。
 俺は、他国の人間だからな。
「うーん……俺達も勉強があるし。あとやっぱり、黙ってはまずいと思う」
「…………わかった」
 ちゃんと許可を取るとカーティスは言う。
 俺もまた、ベスティアから色々聞かれるかなと思いつつ。
「そろそろ戻るかな。というか、どうやって戻ればいいのかよくわからん……」
「……じゃあ、俺がわかる人のとこまで連れて行ってあげる。シェラ、ちょっといってくるよ」
「ああ。俺は図書室にいるから」
 わかったと返して、カーティスを連れて立ち上がる。
 まだ、彼が次の王様だと知っている人は少ない。だから周囲も気付いていないのだろう。
「なぁ、ララトアはなんで留学してきたんだ?」
「え、勉強だけど。あと、この城と遺跡が見たくて」
「は? この、城が?」
「え、うん」
 カーティスが、変な顔をした。
 眉を寄せ、嫌そうな顔をする。何が気に入らないのだろうかと思っていると、他国の奴はしらないのかと零した。
 うん、何をだろうか。
「……この地下の迷宮は、人喰いの迷宮だ。ここで何人も死んでる、だからここは尊ぶような場所じゃない」
 興味を持つような場所じゃないとカーティスは言う。
 どうしてそう思うのか、俺にはわからない。遺跡はどんな過去があったって、歴史を知る上では大切な遺産だと俺は思うのだけれど。
 けれど、簡単にぬぐいきれない何かがあるのかもしれない。
 でも俺には、そういうのないしな。
「カーティスにとってはそうかもしれないけど、遺跡って歴史を知る上で外せないよ。俺は確かに遺跡見るの好きだけど」
 それからカーティスは何も言わなくて。
 しばらく歩いているとあちらも探していたんだろう。ヒースさんが俺達を見つけて慌ててやってきた。
 カーティスはくどくどとお説教されて、でも最後に俺に、またなと言ってくれた。
 俺もまた、と返して。
 何とも言えない気持ちで別れたのだった。
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