指先のぬくもり

ナギ

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ギルドとゼノー

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「へぇ、この子がそう」
「そう、この子が」
 右と左、両側から声がかかる。
 鏡写しのような二柱の精霊。真っ黒な長い髪を惜しげもなく揺らしている。
 ただその表情はまったくといってよいほど読み取れないほどに、ない。
「なんだっけ、ルドヴィガがいない間、一緒にいればいいんだっけ?」
「一緒にいれば、いいだけ?」
「一緒にいて、守る、だな」
 守る、と二柱は声を合わせた。そして顔見合わせ、うんうんと頷く。
「わかったよ、一位」
「わかっているよ、一位」
 任せておくれと二つの声が重なった。
 私はまだ出会ったばかりの二柱。どちらがギルドでどちらがゼノーかは、わからない。
「アイラ。アイラはいつも通りあればいい」
「そう言われても……」
 視線を向けると、二柱は私をまっすぐに見た。
 その視線は探るようなもので居心地が悪い。遠慮のない視線にどうしたらいいものかと思う。
 するとルドヴィガがそれに気づいて、二柱においという。
「あまりそういう視線を向けるな」
「そう言ってもね、ルドヴィガ」
「そうは言われても、ルドヴィガ」
 気になるのだから仕方ないじゃあないかと二柱は声をそろえた。
「ルドヴィガがみつけてきた、ハラカラの可能性だよ」
「そう、大事なハラカラの可能性」
 決して嫌ったりはしない。けれど知りたいと思うと二柱は声をまた、重ねる。
 そうやって同じようなことを紡ぐのは彼らの性質のようだ。
 ルドヴィガはあれはもとはひとつで分かたれたものだからと言う。
 それは精霊としてはよくあるようで、ないことだとも。
 何にせよ、探りに行ってほしいと願ったのは私だ。ルドヴィガはその願いをかなえてくれる。
 ルドヴィガが発って、残った私たち。
 二柱は私に話をしようと言ってくる。
「君がどんな子か知りたいと思っているんだよ」
「君が何を抱えているのか、知りたいと思っているんだ」
 踏み入ってこようとする。
 ぐいぐい押しこまれるような問答を、彼らから次々と向けられる。
 ルドヴィガが呼んだ精霊。だから私もそれに丁寧に一つずつ答えた。
 きっと邪険に。適当に流してしまうことだってできただろうに、一つずつ。
 馬鹿正直に。
「ははぁ、なるほどなるほど」
「うんうん、そういうこと、わかってきたね」
「わかってきたな」
 と、二柱が突然、納得がいったと言うよう頷き合う。
 私はどうしたのか、と首を傾げるばかりだ。
「君は、そう。最初は自分が恵まれない。不幸、それが当たり前だと思っていたわけだ」
「けれどひとひらの幸せを感じて、君はそれだけで良いと思った」
「それだけで生きていけると、思っていた」
「そうじゃないね、生きていけるではなくて生きていた」
「そう。でも、そうじゃないことを知って、自分にもなにか人にそう思わせる何かがあったのだとも思っている」
「幸せ、というものが、どういうものか」
「それはギルドとゼノーにはあまりよくわからないけど」
 君は夜闇として知るべきものは、もう知っているのだねと二柱は言う。
「夜闇と、して?」
「そう、夜闇の精霊として」
「夜闇の本分とでもいうのか、ありようとでもいうのか」
 どちらかというと、我らは片側に寄っている。ルドヴィガも寄っている。
 君もどちらかにきっと、寄るのだと楽しげに話すのだ。
「それは、何か聞いても?」
「教えてあげることは簡単だけど」
「君はもう知っているからね」
「知っているけれど気づいていないといったところ」
 二柱が手を伸ばす。
 ゆるりと私の頬を、同時に撫でる。その冷たい指先が、私の何かを震わせてゆく。
「大丈夫、何も恐ろしいものではないのだから」
「大丈夫、何も失うことはないのだから」
「夜闇であることを誇ればいい」
「夜闇であることを享受すればいい」
 忌避することはないと、二柱は言う。
「私は、人間です……そのうちに精霊になるのかもしれないけど」
「ああ! 確かにそうだった」
「ああ! 忘れていたね」
 今気が付いたかのような声。二柱はぱちぱちと瞬いて、そして今まで何もそこに乗せなかった表情に笑みを含ませた。
 ゆるやかにやわらかに、微笑んで見せたのだ。
「それではいつか」
「いつか君が」
 我らの仲間になる日のために祝福を。
 そう言って、二柱は私の右手と左手、それぞれをとる。
 そして手の甲へ口付を落とした。
 じんわりと暖かいような、そんな感覚。
 私はありがとうと、素直にそれを受け取った。
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