守護者の乙女

胡暖

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1章 貴族の養子

16.降臨祭

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 馬車を降りてすぐに、エヴァは歓声かんせいをあげた。
 彼女がこれまで見たこともないほど、たくさんの人でごった返していたのだ。

 神殿の礼拝にもたくさんの人が訪れるが、皆間隔かんかくを開けて整列しているので、こんな風に、人が雑多に入り乱れ、活気ある様子は、とても新鮮だった。
 また、事前にアルフに話に聞いていた通り、皆仮装をし、ピサラの花を身に着けているため、とても華やかだ。

 顔に動物のような化粧をほどこした人、布でできた羽根を背負っている人など、さまざまだが、人気なのは白い衣装に、金髪のかつらをかぶった人だ。

 エヴァには何をしているのかは分からないが、色々な格好かっこうの人がいて面白い。
 自分たちも何か仮装をして来ればよかったなぁと思う。貴族のお忍びなので、品の良い商人の子に見える程度には、服装に気を付けているが、いたって普通の格好だったからである。カラフルな人々に混ざると、なんだかさみしく見えた。

 馬車に乗っている時から、ユーハンもラーシュもあまり喋らなかった。
 ラーシュにはユーハンとどこかに出かけた記憶はなかった。そもそも、年が6つ離れているので、気づいた時には学園都市に留学していて、ユーハンが家にいた記憶もほとんどなかった。

 ゆえに、ひたすら気まずい。ため息を押し殺す。
 ちなみに、ユーハンはもともとあまり喋らないので、この状況に特別何も感じていなかった。

 ラーシュとユーハンはエヴァを間に挟むようにして歩いていく。後ろに、護衛が2人付いているので、お祭りの中を無言で進んでいく、かなり異様な集団と化していた。


 ◆


 露店ろてんの出ている、祭りの中心地に行くと、三人はたくさんの女性たちに囲まれた。護衛はその数の多さにぎょっとするが、守護するべき三人に、女性たちが近づけないように前に出る。

 護衛にはばまれながらも、彼女たちはそれぞれユーハンに自分の頭の花冠を渡そうとした。
 ユーハンは無表情で、結構だと断るが、あまりに数が多く困惑した顔をしている。残念そうな顔で、女性たちが去った後、一部始終を見ていた、屋台の女性が笑いながらはやし立てる。

「いやぁ、お兄さん、モテモテだねぇ。最近は、逆求婚プロポーズ?ていうのかい?女から告白するのが流行ってるみたいでねぇ。女側から求婚する際に、花冠を渡すんだよ。ちなみに、決まった相手がいる場合は胸元に、ピサラを飾る。一つどうだい?」

 ユーハンは無言で、屋台の女性からピサラのコサージュを買い胸元につけた。エヴァは、それを見て感心したように言う。

「ユーハン、モテモテだって!すごいね」
「……別に嬉しくない。知らない人間に、囲まれても怖いだけだ」
「……俺も嫌だな」

 ユーハンと、ラーシュが同じような表情でため息をつくのを見て、エヴァは笑った。
 ふと、ユーハンが言う。

「お前たちは何か欲しいものがないのか?」

 ラーシュとエヴァは顔を見合わせた。
 エヴァは目を輝かせて。ラーシュは困惑して。

「ラーシュ、食べるものもたくさんあるみたいだよ!屋台を順番に見てこよう!ユーハン、考えるからちょっと待って!」

 そう言って駆けだす。

「待て!こら、一人で行くな!迷子になるぞ!」

 慌ててラーシュはエヴァを追いかけて行く。
 ユーハンは目で護衛の一人に、二人に着いていくように指示を出すと、自分はすみの方に用意されたベンチに座った。


 ◆


 エヴァは食べ物の屋台をじっくり吟味しながら歩く。かと思えば、土産物の屋台に目を奪われる。

「おい!まっすぐ前見て歩かないとぶつかるぞ!」

 その度、ラーシュは声をかけるのだが、エヴァは生返事を返すだけでちっとも改める気配がない。
 ラーシュはちっと、舌打ちをして、エヴァの手を取った。
 びっくりして振り返ったエヴァに、「お前が話を聞かないからだ!」とすごむ。
 エヴァはにっこり笑って、ラーシュの手を握り返した。
 ラーシュはびくりと肩を震わせる。

「ほら、ラーシュ!あっち、舞台の上で踊ってる!行ってみよう」
「待て、バカ引っ張るな!」


 一通り露店をのぞいて満足したエヴァは、ユーハンの所に戻ることにした。
 ユーハンは、ベンチで本を読んでいた。

「買うものは決まったのか」
「うん!……ユーハンはお祭り見て回らなくていいの?」

 ユーハンはエヴァにお金を渡しながら、顔をしかめる。

「……人混みは好きじゃない」

 エヴァは目をぱちくりさせる。

「そっか!ユーハン、何か食べたいものある?一緒に買ってくるよ」
「別にいい。子供は気を使うな」

 その後、エヴァはあれもこれもと買い込み、初めて食べる露天の食べ物を皆で分け合った。
 神殿育ちのエヴァだけでなく、ユーハンもラーシュも外で買い食いした経験などないらしく、見るに見かねたらしい護衛に指南しなんされながら、串焼きの肉にかぶりつく。パンに肉を挟んだものなども、手軽に食べられ、庶民に人気の食べ物らしい。

「ラーシュ、お祭り楽しいねぇ!」

 エヴァがラーシュの方を見て笑う。
 ラーシュは思わず頷きそうになって、そっぽを向く。

「……そこそこな」



 ◆



 帰りの馬車の中。エヴァははしゃぎ疲れて、ラーシュの肩を枕に寝ていた。
 ユーハンはラーシュの向かいに座っていた。

「……今日は楽しかったか?」

 突然、話しかけられたラーシュは目を見開いた。そして、視線をさまよわせた後、こくりと頷く。

「そうか。……これまで、放っておいて悪かったな」
「……別に」
「今日エディと祭りで楽しそうにしている様子を見て、お前もまだまだこういうことが楽しい年齢なのだと気づいた」
「……」
「私たちには、甘えられなかったのだろう?…エディに、お前のことが嫌いなのかと聞かれて、端からはそう見えるのかと。ふと、お前もそう感じているのではないかと思ったのだ」

 ユーハンの言葉にラーシュは困惑した表情になる。

「お前の出自は父上の責任であって、お前が気にやむことはない。私はきちんとお前を弟だと思っている。何か困ったことがあれば相談しなさい。……それだけ伝えておかねばと思った」

 それだけ言うと、ユーハンは少し身を乗り出し、ラーシュの頭をわしわしと撫でた。
 ラーシュはうつむいたままされるがままになっていた。
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