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1章 貴族の養子
17.魔道具の術式起動
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朝、ユーハンの部屋に行くと、ラーシュが立っていた。
彼は、何度もノックしようと手を振りあげては下ろすを繰り返していた。しばらくその様子を眺めていたエヴァは、首をかしげて声をかける。
「入らないの?」
ラーシュは、びくっとして、エヴァの方を見た後、「何でもない」と早口で呟いて立ち去った。
エヴァは変なの、と思いながらユーハンの部屋に入る。
「おはよう、ユーハン。外にね、ラーシュがいたんだけど、中に入らずに帰っちゃった」
エヴァの言葉に、本棚を物色していたユーハンが、顔を上げて片眉を上げる。
「ラーシュが?」
「うん」
「……そうか。明日もいたら、一緒に中に入ってこい」
「わかった!」
次の日も、ラーシュはユーハンの部屋の前にいた。そして、エヴァが来たのに気づくと、やはりなかに入らずに立ち去ろうとする。エヴァは慌てて、ラーシュに後ろからしがみついた。
いきなり、エヴァに抱きつかれたラーシュは硬直し、叫ぶ。
「な、な、な、いきなり何すんだ!」
「あはは、ごめん。ラーシュが逃げようとするからつい」
「逃げてない!」
エヴァはラーシュの拘束を外す。
「もし今日もラーシュが来てたら、ユーハンが、一緒に入って来いって」
「……」
黙ったラーシュの手を引くと、意外にも素直にエヴァについてきた。
「おはようユーハン、ラーシュ連れてきたよ」
「あぁ。ラーシュ、何か用だったのか」
「……別に」
そう言うと、ラーシュは俯き黙ってしまった。
真横に下ろされた手がきつく握られているのに気づき、エヴァはその手にそっと触れた。
ラーシュは一瞬びくっとしたが、しかしエヴァのことを振り払いはしなかった。
黙りこくってしまったラーシュに、ユーハンは、ため息を吐く。
「ラーシュ、何を考えているか口にしろ。私は、人の考えていることを察するのは苦手だ」
ユーハンの言葉に押されるように、ラーシュはポツリとつぶやく。
「……俺も……俺もこいつと一緒に勉強したい。……兄上、俺に勉強を教えてください」
ユーハンは片眉を上げる。
「お前には、専用の講師がついていただろう?」
「……小さい頃は……でも、マナーも一般常識も、基礎を学んだところで、母上が解雇して……」
ユーハンはその言葉に目を見開くと、額を抑え大きくため息を吐いた。
「……それは……知らなかった。……それ以降はどうしていた」
「……図書館で、本を借りて自分で……でも分からないところがあって」
「当然だ……分かった。これからは、お前もこの時間にここに来るといい」
少し俯いていたラーシュが、ぱっと顔を上げる。
「兄上、ありがとうございます!」
「いや、気づかなくて悪かったな」
こうして、朝の勉強にラーシュが加わるようになった。
エヴァ以上に熱心に、貪欲にラーシュは学んでいる。
ある時ふと、ユーハンが言った。
「……よくここまで独学で納めたな」
ラーシュは嬉しさをかみしめるような顔をした。
そして、その様子をニコニコと見つめているエヴァに気づき、耳を赤くしてふいっとそっぽを向いた。
◆
「今日は魔道具の術式起動についてだ」
「魔道具?」
エヴァは魔道具を見たことはあるが、使ったことはない。ワクワクして目を輝かせる。
ラーシュも、魔道具を使ったことはないようで、エヴァの横で、同じようにそわそわしていた。
ユーハンは、机の上に何かが書き込まれた紙と、魔石を置いた。
「これは、生活魔道具だ」
「生活魔道具?」
不思議そうなエヴァにユーハンは頷く。まず魔石を指さして言う。
「魔石には氷柱型のものと結晶型のものがある。そして、魔道具の起動装置には主に、氷柱型のものが使用される」
「へぇ、結晶型のものは?」
「アクセサリーに加工し、身を守るお守りとして使用することが多いな」
ユーハンの説明に、フーンと言いながら、エヴァはちらっとラーシュの手元の腕輪を見た。
次にユーハンは紙の方を指さしながら言う。
「これには、魔道具になるための術式が書かれている。術式を書くインクも魔石を粉にして練り上げたものでなくてはいけない」
ラーシュは熱心に術式を見ている。術式は図形と記号の組み合わせでできている。
よくわからないが、幾何学の複雑な図形がきれいだなぁとエヴァは思っていた。
「術式のここに魔石をセットして起動することで、魔石の力を動力として動く魔道具となる……では、さっそく起動してみる。よく見ているように」
ユーハンが術式に魔石をセットし、手をかざすと、中央に置かれた魔石から放射状に光が走る。徐々に術式も光を帯びて、紙が魔石を包み込むように丸くなる。全体が強く光ったかと思うと、あとには箱状の物体が現れていた。側面に一つつまみがついている。
「兄上…これは何の魔道具ですか?」
「そのつまみをひねってみろ」
ラーシュは恐る恐る、つまみをひねる。箱の天面が赤くなる。
「…焜炉ですか?」
「そうだ」
「コンロ?」
「調理をするために使う。この上に鍋を置くと、火を使わなくても焼いたり煮たりできる。このような生活の中での使用を想定した魔道具を生活魔道具と言うんだ」
「へー!便利だねぇ。ユーハン、僕も起動させてみたい!」
エヴァはうきうきとユーハンの方を見たが、ユーハンは首を振る。
「エディにはできない」
「どうして!」
ショックを受けるエヴァに、ラーシュが「そうか」と呟く。
「エディは平民で……魔力がないから?」
「そうだ」
ユーハンは頷く。
「まず、この術式を書くにも魔力を込めながら描く必要がある。術式を起動する際にも、魔力が必要だな。魔力というのは、もともと神族のみが持つ力だといわれている。我々貴族は、多かれ少なかれ神の血を引いているから、魔力を持っているが、平民に魔力はない。よって術式の起動はできない」
「そう……。平民には魔力、ないんだ……」
エヴァはしょんぼりとうなだれる。
「……ただし、起動済みの魔道具はスイッチで動かせるので、お前でも使えるぞ」
あまりにエヴァががっかりしていたからか、珍しくユーハンがフォローめいたことを言う。
「ラーシュは?ラーシュは貴族だから起動できるんでしょ?」
「……俺は」
エヴァに見つめられ、ラーシュは言葉を詰まらせ、ぎゅっと腕輪を握りしめる。
「ラーシュは力の制御が苦手だ。このような繊細な術式の起動はまだ難しい」
「そっかぁ」
ユーハンに言いきられ、エヴァはしょぼんとする。
「きれいだからもう一回見たかったんだけどなぁ」
◆
そうこうしているうちに、アンディシュが領地から帰ってきた。
「三日後、登城し王への謁見を行う。また、その日の午後からは王女アンナリーナ様主催のお茶会がある。そのつもりで準備をしておくように」
エヴァにそれだけ告げるとさっさと部屋に立ち去ってしまう。
「……準備って何するの」
アルフが苦笑する。
「部屋に戻って、当日のお衣装を選びましょう。あとは、ユーハン様に言って、挨拶のお言葉の練習をされるといいですよ」
彼は、何度もノックしようと手を振りあげては下ろすを繰り返していた。しばらくその様子を眺めていたエヴァは、首をかしげて声をかける。
「入らないの?」
ラーシュは、びくっとして、エヴァの方を見た後、「何でもない」と早口で呟いて立ち去った。
エヴァは変なの、と思いながらユーハンの部屋に入る。
「おはよう、ユーハン。外にね、ラーシュがいたんだけど、中に入らずに帰っちゃった」
エヴァの言葉に、本棚を物色していたユーハンが、顔を上げて片眉を上げる。
「ラーシュが?」
「うん」
「……そうか。明日もいたら、一緒に中に入ってこい」
「わかった!」
次の日も、ラーシュはユーハンの部屋の前にいた。そして、エヴァが来たのに気づくと、やはりなかに入らずに立ち去ろうとする。エヴァは慌てて、ラーシュに後ろからしがみついた。
いきなり、エヴァに抱きつかれたラーシュは硬直し、叫ぶ。
「な、な、な、いきなり何すんだ!」
「あはは、ごめん。ラーシュが逃げようとするからつい」
「逃げてない!」
エヴァはラーシュの拘束を外す。
「もし今日もラーシュが来てたら、ユーハンが、一緒に入って来いって」
「……」
黙ったラーシュの手を引くと、意外にも素直にエヴァについてきた。
「おはようユーハン、ラーシュ連れてきたよ」
「あぁ。ラーシュ、何か用だったのか」
「……別に」
そう言うと、ラーシュは俯き黙ってしまった。
真横に下ろされた手がきつく握られているのに気づき、エヴァはその手にそっと触れた。
ラーシュは一瞬びくっとしたが、しかしエヴァのことを振り払いはしなかった。
黙りこくってしまったラーシュに、ユーハンは、ため息を吐く。
「ラーシュ、何を考えているか口にしろ。私は、人の考えていることを察するのは苦手だ」
ユーハンの言葉に押されるように、ラーシュはポツリとつぶやく。
「……俺も……俺もこいつと一緒に勉強したい。……兄上、俺に勉強を教えてください」
ユーハンは片眉を上げる。
「お前には、専用の講師がついていただろう?」
「……小さい頃は……でも、マナーも一般常識も、基礎を学んだところで、母上が解雇して……」
ユーハンはその言葉に目を見開くと、額を抑え大きくため息を吐いた。
「……それは……知らなかった。……それ以降はどうしていた」
「……図書館で、本を借りて自分で……でも分からないところがあって」
「当然だ……分かった。これからは、お前もこの時間にここに来るといい」
少し俯いていたラーシュが、ぱっと顔を上げる。
「兄上、ありがとうございます!」
「いや、気づかなくて悪かったな」
こうして、朝の勉強にラーシュが加わるようになった。
エヴァ以上に熱心に、貪欲にラーシュは学んでいる。
ある時ふと、ユーハンが言った。
「……よくここまで独学で納めたな」
ラーシュは嬉しさをかみしめるような顔をした。
そして、その様子をニコニコと見つめているエヴァに気づき、耳を赤くしてふいっとそっぽを向いた。
◆
「今日は魔道具の術式起動についてだ」
「魔道具?」
エヴァは魔道具を見たことはあるが、使ったことはない。ワクワクして目を輝かせる。
ラーシュも、魔道具を使ったことはないようで、エヴァの横で、同じようにそわそわしていた。
ユーハンは、机の上に何かが書き込まれた紙と、魔石を置いた。
「これは、生活魔道具だ」
「生活魔道具?」
不思議そうなエヴァにユーハンは頷く。まず魔石を指さして言う。
「魔石には氷柱型のものと結晶型のものがある。そして、魔道具の起動装置には主に、氷柱型のものが使用される」
「へぇ、結晶型のものは?」
「アクセサリーに加工し、身を守るお守りとして使用することが多いな」
ユーハンの説明に、フーンと言いながら、エヴァはちらっとラーシュの手元の腕輪を見た。
次にユーハンは紙の方を指さしながら言う。
「これには、魔道具になるための術式が書かれている。術式を書くインクも魔石を粉にして練り上げたものでなくてはいけない」
ラーシュは熱心に術式を見ている。術式は図形と記号の組み合わせでできている。
よくわからないが、幾何学の複雑な図形がきれいだなぁとエヴァは思っていた。
「術式のここに魔石をセットして起動することで、魔石の力を動力として動く魔道具となる……では、さっそく起動してみる。よく見ているように」
ユーハンが術式に魔石をセットし、手をかざすと、中央に置かれた魔石から放射状に光が走る。徐々に術式も光を帯びて、紙が魔石を包み込むように丸くなる。全体が強く光ったかと思うと、あとには箱状の物体が現れていた。側面に一つつまみがついている。
「兄上…これは何の魔道具ですか?」
「そのつまみをひねってみろ」
ラーシュは恐る恐る、つまみをひねる。箱の天面が赤くなる。
「…焜炉ですか?」
「そうだ」
「コンロ?」
「調理をするために使う。この上に鍋を置くと、火を使わなくても焼いたり煮たりできる。このような生活の中での使用を想定した魔道具を生活魔道具と言うんだ」
「へー!便利だねぇ。ユーハン、僕も起動させてみたい!」
エヴァはうきうきとユーハンの方を見たが、ユーハンは首を振る。
「エディにはできない」
「どうして!」
ショックを受けるエヴァに、ラーシュが「そうか」と呟く。
「エディは平民で……魔力がないから?」
「そうだ」
ユーハンは頷く。
「まず、この術式を書くにも魔力を込めながら描く必要がある。術式を起動する際にも、魔力が必要だな。魔力というのは、もともと神族のみが持つ力だといわれている。我々貴族は、多かれ少なかれ神の血を引いているから、魔力を持っているが、平民に魔力はない。よって術式の起動はできない」
「そう……。平民には魔力、ないんだ……」
エヴァはしょんぼりとうなだれる。
「……ただし、起動済みの魔道具はスイッチで動かせるので、お前でも使えるぞ」
あまりにエヴァががっかりしていたからか、珍しくユーハンがフォローめいたことを言う。
「ラーシュは?ラーシュは貴族だから起動できるんでしょ?」
「……俺は」
エヴァに見つめられ、ラーシュは言葉を詰まらせ、ぎゅっと腕輪を握りしめる。
「ラーシュは力の制御が苦手だ。このような繊細な術式の起動はまだ難しい」
「そっかぁ」
ユーハンに言いきられ、エヴァはしょぼんとする。
「きれいだからもう一回見たかったんだけどなぁ」
◆
そうこうしているうちに、アンディシュが領地から帰ってきた。
「三日後、登城し王への謁見を行う。また、その日の午後からは王女アンナリーナ様主催のお茶会がある。そのつもりで準備をしておくように」
エヴァにそれだけ告げるとさっさと部屋に立ち去ってしまう。
「……準備って何するの」
アルフが苦笑する。
「部屋に戻って、当日のお衣装を選びましょう。あとは、ユーハン様に言って、挨拶のお言葉の練習をされるといいですよ」
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