守護者の乙女

胡暖

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3章 悪魔裁判

1.事情聴取

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 体の上に重みを感じ、エヴァは目を覚ました。あちこち痛む体をかばいながら、ゆっくりと起き上がる。
 ラーシュがエヴァのひざの辺りで突っ伏して寝ていた。

 ここは自室ではなかった。薬品臭さが鼻につく。怪我をした際、何度か訪れたことがある。ここは医務室だ。

 エヴァが、状況が分からず困惑していると、ラーシュの体がびくりと震えた。そのままがばりと起き上がる。

 どこか焦った顔をしたラーシュと目が合い、エヴァはへらりと笑った。

 それを見たラーシュは、はぁとため息をついて脱力した。

「……お前、体は大丈夫か?」
「ん?んー、あちこち痛いけど平気。ラーシュが医務室に連れてきてくれたの?」
「団長が、助けに来てくれたのは覚えてるか?一緒に来た騎士の一人が運んでくれた」

 あぁ、とエヴァは頷く。

「動けそうなら、夜が明けたら家に帰るぞ。今後に備えて、父上と打合せしないと……」
「打ち合わせ?」
「団長たちにあれこれ聞かれたときに困るだろ!」
「あぁ、そっか」

 気の抜けたエヴァの相づちに、ラーシュはため息をつく。
「それに……」と、ラーシュは重々しく口を開いた。

「……夕飯の後、俺、団長に呼ばれてる、って行っただろう?あれはどうやらだまされたらしいんだ」
「え、なんでそんなことを?」
「俺とお前を引き離すためだろう。だから、俺はあの三人が直接お前を連れていったのかと思っていた。けど、団長に向かってお前言ったよな。黒づくめの大男達に襲われたって」
「あぁ、うん。部屋に戻ろうとしたところで襲われた。僕、後ろから殴られたから、少なくとも二人以上はいたはずだ」
「そして、そいつらはその場でお前を害することも出来たのに、自分たちの手は汚さず、わざわざあの三人組にお前を引き渡した……」

 エヴァは、その言葉にこてんと首をかしげた。
 ラーシュは分かっていない風のエヴァに焦れったそうにしながら、言葉を続ける。

「なんでそんな面倒くさいことをする必要がある?……つまりだ、黒づくめの男たちはオリヤンたちに手を下させたかったってことだろう?オリヤン達三人は実行犯で、あくまで駒の一つだったんじゃないかと思うんだ。それなら、他に黒幕くろまくがいるはず……まだ、終わりじゃない」

 エヴァはラーシュの言葉に大きく目を見開いた。

「きちんと対策を練らないとまずいぞ」

 エヴァは、背筋を震わせた。


 ◆


 夜が明けて、エヴァとラーシュは団長室に向かう。外出を願いに行くのだ。
 しかし、あんなことのあった翌日に当事者が外に出られるだろうか、とエヴァは心配したが、まだ未成年の二人だからと、保護者への報告のための帰省は案外あっさりと許可が出た。

 一応、先触れを出して、屋敷に戻るとユーハンが外で待ち構えていた。
 いつもながらにこりともしない愛想のなさだが、ユーハンは、あちこちに巻かれたエヴァの包帯を見て、目を細める。その瞳には、心配がにじんでいる気がした。
エヴァは、ユーハンの顔を見て、ほっと息を吐く。

 屋敷に入ると、ラーシュだけがアンディシュに呼ばれたので、先にエヴァはユーハンに事情を説明することにした。
ずいぶんと久しぶりの気がするユーハンの部屋のソファに二人で腰掛ける。

「何があった?うちの手のものから、昨夜、騎士団で大規模な魔力爆発が起きたとだけ、報告があった。爆発の際の光は、我が家にも届くほどだった」

 少し身を乗りだしたユーハンに性急に尋ねられる。エヴァはたどたどしく、昨夜の出来事について話をする。
エヴァとて、何が何だか分からない部分が多いのだ。ユーハンはラーシュの兄弟なので、ラーシュの魔力が暴走したことも正直に話す。全てを聞き終えたユーハンは、眉間みけんを押さえてため息を吐いた。

「本当にラーシュがあの爆発を起こしたのか?」

 エヴァはこくりと頷く。ユーハンは自分に言い聞かせるように首を振る。

「ありえない。あんな規模の爆発が人に起こせるなど……」

 ユーハンの独り言のような呟きに、エヴァは首をかしげる。

「どうして?魔力を持っているんでしょう?」
「我々の持っている魔力は、それだけで力として発現できるほどの量はない。だからこそ、魔石を補助として魔道具を作って使用するのだ。元々ラーシュは魔力量が多く、それを制御するために、魔道具を使用していた」

 ラーシュの手についていた腕輪を思いだし、エヴァは頷く。

「それでも、せいぜい部屋の物を動かす程度だったはずだ。人を吹き飛ばし、なおかつ周囲を更地さらちにするような大爆発を人の手で起こせるはず……」

 途中で言葉を止め、ユーハンは口元を抑える。何かを考えこむようなユーハンに、エヴァは首をかしげる。

「ユーハン?」
「あ、あぁ。いや、何でもない。……しかし、このような荒唐無稽こうとうむけいな話をそのまま話す訳にはいかないな。何と言い訳したものか」


 ◆


 同時刻、アンディシュの執務室でラーシュも同じように事情を説明していた。ただし、自分の魔力が暴走したところまで。エヴァの魔法については話さなかった。

「そうか……お前の魔力だと、騎士団内部には知られていないのだな?では、こちらは巻き込まれただけで、何も分からない被害者だと押し通せ。何を聞かれても分からない、でいい」

 ラーシュから話を聞いたアンディシュは端的に指示を口にする。ラーシュがそれに頷きを返すのを見ると、話は終わりだとばかりにアンディシュは扉を顎で指す。

「エディを呼ぼうか?」
「不要だ」

 アンディシュの言葉にラーシュは少し顔をしかめる。

「……心配じゃないのかよ」
「はっ……お前の盾くらいになればと思い飼っているものをか?」
「何だと?」

 ラーシュは、目を吊り上げる。それを見たアンディシュもまた、片眉を上げる。

「言った筈だ。お前を守る駒にせよと。……心を許すな」

 アンディシュの言葉に、ラーシュはぐっと言葉を詰まらせる。
 もし、ラーシュがエヴァに心を傾けていることがばれれば、恐らくエヴァは排除される。エヴァの魔法の件も、話さなくて正解だったと、ラーシュは心の中で息を吐く。

 ――――家のために都合よく利用なんてさせるものか

「……分かってる」


 ◆


 その日、エヴァとラーシュはオールストレーム公爵家に一泊した。
 翌朝、早い時刻に家を出ようとする二人を見送るようにユーハンが出てくる。その手にはかごを持っていた。

「これを」

 そっと差し出されたのは、魔道具のようだった。

「以前渡した対物の攻撃に対する魔道具と、急ぎで新たに制作した対魔力の魔道具だ。この二つを持っていたために、助かったことにすると良い。以前の物は攻撃で壊れたので、家に戻って新しい物をもらったと」

 エヴァとラーシュは頷き、お礼を言いながら、それぞれ魔道具を受け取る。
 それを見て、少しだけ目元を緩めたユーハンが言う。

「昨日は動転してそれどころではなかったが……二人とも無事でよかった」
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