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3章 悪魔裁判
2.暗躍
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本日最後の謁見を前にして、マクシミリアンは疲れ果てていた。先ほどまで、クロンヘイム侯爵家の当主がブラント伯爵家、ハーララ子爵家の当主を引きつれて乗り込んできていたのだ。
自分たちの息子は亡くなったのに、オールストレーム公爵家の子供たちが無事なことに納得がいかないという理由でだ。
――――そもそもちょっかいをかけたのはそなた達の息子の方だろうが
そう、マクシミリアンは思っていたが、懸命にも口には出さなかった。真実をつまびらかにしてほしいという陳情に、おざなりに相づちを打ち、何とか追い払った。
椅子に胡坐をかき、頬づえをついた姿勢で最後の謁見者を迎えた。
そして、現れた人物の姿を見て、一層ため息を吐きたい気分となる。
王よりも余程、華美な装飾が施された法衣を纏ったその姿。神殿長―――クリストフ・バックマンはゆっくりと玉座に近づき、膝をついた。
「ご機嫌麗しゅう、我が君。本日はお耳に入れたい事柄があり参上いたしました。」
「申せ」
「は……。あのオールストレーム家に入った孤児ですが、忌まわしいことに異教徒でございました」
「……何?」
鬱々とした気分を一瞬で忘れ、マクシミリアンは微かに体を起こす。
クリストフは顔をゆがめ首を振る。
「生まれが卑しいだけでなく、思想まで……そのような者をのさばらせておくのは危険でございます。何より、怪しげな術を使い、魔獣を操るというではありませんか。あの者は悪魔に違いありません」
「ふむ」
マクシミリアンには現時点で、オールストレーム公爵家と事を構える気はない。
何より、継承権は本来あちらにあるのだ。向こうが沈黙している現状で、こちらから藪をつついて蛇を出すようなことを言うつもりはなかった。
しかし、知ってしまった以上、多少あちらの力をそいでおくことは必要だと考えていた。
普段は権力に固執するばかりで煩い神殿もたまには役に立つのだな、とマクシミリアンはにやりと嗤った。
◆
王への謁見を終え、三人は憤っていた。
王宮を辞するまで我慢ができずに、人気の少ない中庭で輪になる。そこで不満をぶちまけた。
「全く、王は我ら臣下をなんだと思っておられるのか」
「おっしゃる通りです。聞き流すばかりで、真摯に受け止めようという姿勢が感じられませんでしたな」
「やはり我らが戴くには値しないということでしょう」
興奮していた三人は、接近してくる人物に気づかなかった。
「……おやおや、王宮内で聞こえるには、少々穏やかではない会話ですね」
突如乱入してきた声に、王宮で話すには少々障りのある話をしている自覚のあった、クロンヘイム侯爵家、ブラント伯爵家、ハーララ子爵家の当主はぎくりと肩を竦め、声の方を振り返った。
そこにいたのは、ベルマン公爵家の当主コンラード・ベルマンだった。
クロンヘイム侯爵は気まずさを誤魔化すように声を張る。
「ベルマン公爵ではありませんか。本日はなぜ王宮に?」
「いえね、うちも息子が騎士団の寮で攫われかけまして……。倅の無事な姿を確認して、折角なので少し足を延ばして妹に会いに来たんですよ」
にこやかにそう言った後、ベルマン公爵は少し表情を改め、礼をとって、三家の当主にお悔やみを述べた。そして、さらに言葉を続ける。
「見たところ、王への陳情の帰りというところですかな?お三方の憤りは最もでしょうな。助かったオールストレーム公爵家の息子は養子とは名ばかりの元孤児だというではないですか。そのような者が助かり、ご子息方の方が命を落とすなど、誠に許しがたいことです。しかも、その孤児は、貴殿方のご子息に命を狙われたと話しているそうではないですか」
親切気な顔でそう言うベルマン公爵に、三家の当主は身を乗り出す。寄り添うような声をかけられたことに調子づき、溢れ出すように各々が不満をぶちまけた。
三家の当主の言うことをまとめると、今回の事件を起こしたのは、自分たちの息子ではなく、むしろオールストレーム公爵家の養子なのではないか、そうでなければ、自分たちの息子が死ぬほどの爆発で、無傷で生き残れるわけがない、ということだった。
ベルマン公爵は、その責任転嫁も甚だしい言い分を決して笑い飛ばすことなく、穏やかに頷きながら受け入れる。
「きっとそうでしょうとも。そもそも孤児から公爵家の養子となり、さらには王女の婚約者になるなど……ただ事ではない。ご子息たちはその聡明さゆえに何かに気づき、そして、口封じに葬られたのやも……」
「おぉ、ベルマン公爵!お判りいただけますか!」
「もちろんですとも、私もあの者の正体を暴きたいと考えている一人ですからね」
「我が息子も常々申しておりました。礼儀も知らず、技量も足りぬのに、魔獣を操り訓練をさぼるばかりだと。そんな調子でのさばらせてはこちらが舐められると、実力と生まれの差を分からせてやるのだと……」
そこまで言って、クロンヘイム侯爵は声を詰まらせ、目に涙を浮かべた。
ベルマン公爵は気遣わしげな顔を崩すことなく話しかける。
「無念なお気持ちお察しいたします。……もしよろしければ、微力ながら、何かお手伝いさせてください」
「ありがたい!!なんと心強いことか。ベルマン公爵のお心遣い、感謝いたします」
三家の当主は感激する。
ベルマン公爵はその様子に鷹揚に頷きながら、心の中でほくそ笑んだ。オールストレーム公爵家の力をそぐのに、味方は多いに越したことはない。
現王であるマクシミリアンは神族の子ではない皇帝として、貴族の反発を抑えるため、九大公の内の三公爵家からそれぞれ妻を娶った。
その時は、均等だった現王朝への影響力が、カッセル公爵家出身の母を持つヘンリックが、皇太子として定められた際に一度崩れた。
将来の王母の生家としてカッセル公爵家が直接的に力を持つことになったのだ。
そして、今度は同腹の王女、アンナリーナが降嫁することでオールストレーム公爵家もカッセル公爵家と王家との繋がりを強めた。まさか、オールストレーム家が動くと思っていなかったベルマン公爵は焦った。
特例を使用しオールストレーム家の養子が騎士団に入る、という情報を事前に手に入れ、同い年のリクハルドを騎士団に送ったまでは良かった。しかし、そこからは、中々ことがうまく進まなかったのだ。
――――さて、どのようにするのがいいかな。
思わぬところで良い手駒を手に入れた。成果に満足しながらほくほくとした気持ちで帰った。
そしてその翌日のことだった。
『異教徒であるオールストレーム公爵家のエディを悪魔裁判にかける』
神殿から、オールストレーム公爵家にそう告示が出たとの噂が貴族社会に一気に広がった。ここまで一気に噂が広まるからには先導者がいるはずだった。
だが、それは誰でも良い。
ベルマン公爵は笑いが止まらなかった。今、確実に自分への追い風が吹いている。機を逃さず一気に追い落とす。
その瞳をぎらつかせたのだった。
自分たちの息子は亡くなったのに、オールストレーム公爵家の子供たちが無事なことに納得がいかないという理由でだ。
――――そもそもちょっかいをかけたのはそなた達の息子の方だろうが
そう、マクシミリアンは思っていたが、懸命にも口には出さなかった。真実をつまびらかにしてほしいという陳情に、おざなりに相づちを打ち、何とか追い払った。
椅子に胡坐をかき、頬づえをついた姿勢で最後の謁見者を迎えた。
そして、現れた人物の姿を見て、一層ため息を吐きたい気分となる。
王よりも余程、華美な装飾が施された法衣を纏ったその姿。神殿長―――クリストフ・バックマンはゆっくりと玉座に近づき、膝をついた。
「ご機嫌麗しゅう、我が君。本日はお耳に入れたい事柄があり参上いたしました。」
「申せ」
「は……。あのオールストレーム家に入った孤児ですが、忌まわしいことに異教徒でございました」
「……何?」
鬱々とした気分を一瞬で忘れ、マクシミリアンは微かに体を起こす。
クリストフは顔をゆがめ首を振る。
「生まれが卑しいだけでなく、思想まで……そのような者をのさばらせておくのは危険でございます。何より、怪しげな術を使い、魔獣を操るというではありませんか。あの者は悪魔に違いありません」
「ふむ」
マクシミリアンには現時点で、オールストレーム公爵家と事を構える気はない。
何より、継承権は本来あちらにあるのだ。向こうが沈黙している現状で、こちらから藪をつついて蛇を出すようなことを言うつもりはなかった。
しかし、知ってしまった以上、多少あちらの力をそいでおくことは必要だと考えていた。
普段は権力に固執するばかりで煩い神殿もたまには役に立つのだな、とマクシミリアンはにやりと嗤った。
◆
王への謁見を終え、三人は憤っていた。
王宮を辞するまで我慢ができずに、人気の少ない中庭で輪になる。そこで不満をぶちまけた。
「全く、王は我ら臣下をなんだと思っておられるのか」
「おっしゃる通りです。聞き流すばかりで、真摯に受け止めようという姿勢が感じられませんでしたな」
「やはり我らが戴くには値しないということでしょう」
興奮していた三人は、接近してくる人物に気づかなかった。
「……おやおや、王宮内で聞こえるには、少々穏やかではない会話ですね」
突如乱入してきた声に、王宮で話すには少々障りのある話をしている自覚のあった、クロンヘイム侯爵家、ブラント伯爵家、ハーララ子爵家の当主はぎくりと肩を竦め、声の方を振り返った。
そこにいたのは、ベルマン公爵家の当主コンラード・ベルマンだった。
クロンヘイム侯爵は気まずさを誤魔化すように声を張る。
「ベルマン公爵ではありませんか。本日はなぜ王宮に?」
「いえね、うちも息子が騎士団の寮で攫われかけまして……。倅の無事な姿を確認して、折角なので少し足を延ばして妹に会いに来たんですよ」
にこやかにそう言った後、ベルマン公爵は少し表情を改め、礼をとって、三家の当主にお悔やみを述べた。そして、さらに言葉を続ける。
「見たところ、王への陳情の帰りというところですかな?お三方の憤りは最もでしょうな。助かったオールストレーム公爵家の息子は養子とは名ばかりの元孤児だというではないですか。そのような者が助かり、ご子息方の方が命を落とすなど、誠に許しがたいことです。しかも、その孤児は、貴殿方のご子息に命を狙われたと話しているそうではないですか」
親切気な顔でそう言うベルマン公爵に、三家の当主は身を乗り出す。寄り添うような声をかけられたことに調子づき、溢れ出すように各々が不満をぶちまけた。
三家の当主の言うことをまとめると、今回の事件を起こしたのは、自分たちの息子ではなく、むしろオールストレーム公爵家の養子なのではないか、そうでなければ、自分たちの息子が死ぬほどの爆発で、無傷で生き残れるわけがない、ということだった。
ベルマン公爵は、その責任転嫁も甚だしい言い分を決して笑い飛ばすことなく、穏やかに頷きながら受け入れる。
「きっとそうでしょうとも。そもそも孤児から公爵家の養子となり、さらには王女の婚約者になるなど……ただ事ではない。ご子息たちはその聡明さゆえに何かに気づき、そして、口封じに葬られたのやも……」
「おぉ、ベルマン公爵!お判りいただけますか!」
「もちろんですとも、私もあの者の正体を暴きたいと考えている一人ですからね」
「我が息子も常々申しておりました。礼儀も知らず、技量も足りぬのに、魔獣を操り訓練をさぼるばかりだと。そんな調子でのさばらせてはこちらが舐められると、実力と生まれの差を分からせてやるのだと……」
そこまで言って、クロンヘイム侯爵は声を詰まらせ、目に涙を浮かべた。
ベルマン公爵は気遣わしげな顔を崩すことなく話しかける。
「無念なお気持ちお察しいたします。……もしよろしければ、微力ながら、何かお手伝いさせてください」
「ありがたい!!なんと心強いことか。ベルマン公爵のお心遣い、感謝いたします」
三家の当主は感激する。
ベルマン公爵はその様子に鷹揚に頷きながら、心の中でほくそ笑んだ。オールストレーム公爵家の力をそぐのに、味方は多いに越したことはない。
現王であるマクシミリアンは神族の子ではない皇帝として、貴族の反発を抑えるため、九大公の内の三公爵家からそれぞれ妻を娶った。
その時は、均等だった現王朝への影響力が、カッセル公爵家出身の母を持つヘンリックが、皇太子として定められた際に一度崩れた。
将来の王母の生家としてカッセル公爵家が直接的に力を持つことになったのだ。
そして、今度は同腹の王女、アンナリーナが降嫁することでオールストレーム公爵家もカッセル公爵家と王家との繋がりを強めた。まさか、オールストレーム家が動くと思っていなかったベルマン公爵は焦った。
特例を使用しオールストレーム家の養子が騎士団に入る、という情報を事前に手に入れ、同い年のリクハルドを騎士団に送ったまでは良かった。しかし、そこからは、中々ことがうまく進まなかったのだ。
――――さて、どのようにするのがいいかな。
思わぬところで良い手駒を手に入れた。成果に満足しながらほくほくとした気持ちで帰った。
そしてその翌日のことだった。
『異教徒であるオールストレーム公爵家のエディを悪魔裁判にかける』
神殿から、オールストレーム公爵家にそう告示が出たとの噂が貴族社会に一気に広がった。ここまで一気に噂が広まるからには先導者がいるはずだった。
だが、それは誰でも良い。
ベルマン公爵は笑いが止まらなかった。今、確実に自分への追い風が吹いている。機を逃さず一気に追い落とす。
その瞳をぎらつかせたのだった。
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