【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖

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婚約者編

20

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 クラースさんによって解放された私は、急いでミシェルさん――――そう、話を聞いてもやっぱり私にとって彼はなのだ、の工房へと向かう。
 クラースさんと話し込んでいたら遅くなってしまった。
 実は私が捕まっていたのはなんと、工房街。これまで何も知らず、敵陣のど真ん中をウロウロしていたのかと思うと、ゾッとするが、都市が狭いのだからそれも仕方のないことなのかもしれない。とにかく、工房街の中に宰相率いる謀反者たちの隠れ家はあったらしい。

(まぁ、こんな時、近くていいと思うしかないわね)

 身を隠しながら、ミシェルさんの工房に着き、軽くノックをするが、応答がない。
 こんな時に!と憤慨して扉に手をかけると、中から言い争う声がかすかに聞こえた。私は一瞬手を止めて扉に耳をつけ耳を澄ませる。
 あれ?言い争っているのって、アルフレッドとミシェルさん?
 二人の声しか聞こえないので、私は思い切って扉を開けて中に入った。
 突然現れた私に、二人は言い争いを止めてこちらを見る。

「…リビィ!」

 アルフレッドの声が聞こえるや否や抱きつぶされた。
 えぇ、もう、ホント。抱き着くなんて可愛らしい言葉では言い表せられない。蛙が潰れるような悲鳴が出たわ。

「無事でよかった……!」
「ちょ、アル…苦し…!」

 ぎゅうぎゅうと絞められて、息も絶え絶えだ。命の危機を感じて、渾身の力で、ばんばんばんとアルフレッドの背中を叩いて腕を緩めてもらう。

「クラースがついているから大丈夫だと言ったでしょう?」

 呆れたようなミシェルさんの声が聞こえる。
 アルフレッドは、私を抱く腕を緩めたものの放しはせず、ミシェルさんを睨みつける。

「僕が言っているのは、そんなことじゃない。彼女を巻き込むこと自体に反発しているんだ」
「ふん。こっちは最少人数でやってんの。使えるものは何でも使うしかないでしょう?大体、宰相に目をつけられたのはオリビアちゃん自身よ」
「ね、ちょっと待って。二人とも何の話をしているの?」

 私は険悪な二人の様子に、戸惑いながら声をかける。アルフレッドは仕方のない子を見るような目で私を見下ろすとため息を吐いた。

「ミシェルが、貴女を囮に宮殿から目を逸らせたことに対して抗議しているんですよ」
「囮?」
「えぇ。宰相が自身が仕掛けていると思っている間は、まさかこちらがその影で何かしているなんて想像もしないでしょう?オリビアちゃんを攫う裏で、ちょっとこちらの工作をね…」

 確かにミシェルさんが言うように、宰相に目をつけられたのは私自身の行いが原因だ。だから、そこに特に怒りはない。それに、クラースさん達がいてくれたお陰で、無事にこうして逃げられたのだからむしろラッキーだったと思っている。
 それよりも、あの短時間で何か自分の有利になるように仕込みをしているミシェルさんがすごいと感嘆した。
 私が拐われたのは夜で、今は夕方のようだから恐らく1日は経っているのだろうが、一体何をしていたのだろうか。

「オリビア先輩、あなたは怒って良いんですよ?」

 少し冷静になってきたのだろう。アルフレッドにそう言われ、私は首を振った。

「ミシェルさんの言うことは事実だもの。クラースさんのお陰で怪我もしてないわ。それより、私クラースさんから頼まれ事をしているの」

 私の言葉に、アルフレッドだけでなくミシェルさんまで目を丸くして首をかしげた。
 私には荷が重すぎる。けれど、頼まれたからにはやるしかない。私は、アルフレッドから離れて、じっとミシェルさんを見つめる。

「ミシェルさん、あなたに生きて欲しいと伝えてって。……私聞いたの。ミシェルさんが宰相と刺し違える覚悟でいるって。そんなこと止めて。王家に協力を仰ぎましょう」」

 ミシェルさんの瞳からスッと光が消えた。そして静かに首を振る。

「オリビアちゃん、きっと私の生い立ちも聞いちゃったのよね…?」

 儚げに笑うミシェルさんに、私は頷きだけを返す。

「私ね、今の自分に満足しているの。そして、こんな私の在り方を否定することなく、奇異の目で見ることなく、私の生きやすい方法を模索してくれた国王夫妻には、すごく感謝しているの。……セオドアは、私が7年前、宮殿を出た時の事なんてもう覚えてはいないでしょうけど、私にとっては可愛いたった一人の弟よ。あの人達のためなら、私、命を懸けたって惜しくないの」
「……その気持ちは何となくわかるわ」

 でも。

「皆で力を合わせば良い方法が見つかる筈よ!」

 言い募る私の言葉を、ミシェルさんは鼻で嗤う。

「オリビアちゃん。もうそんな段階はとっくに過ぎているのよ」

 そして、腕を組んでまっすぐ私を見つめる。譲る気がないのだと示すように。

「何より私はあの人たちを傷つけたくないの。こんな私を受け入れ、大切にしてくれただけどあの人たちを、ほんの少しだって傷つけたくないのよ」

 私は首をかしげる。

「どうして、現状を話して協力し合うことが相手を傷つけることになるの?」
 
 むしろミシェルさんが、命を落としてしまう方が皆傷つくはずだ。
 私の言葉にミシェルさんは気まずそうに顔を伏せた。

「お父様も、お義母様も私の事を王室から逃がすためにその評判を地に落とした。今回は、宰相が私の事を担ぎ上げるために、セオドアに迷惑をかけているわ。彼は、何も悪くない。良い王子なのに…宰相が本格的に動けば、評判どころじゃない。命を取られたっておかしくない。もう、私のせいで誰にも傷をつけたくないの!だから、私が自分で解決しなきゃいけないの!!」

 話している内に感情的になってきたのだろう。ミシェルさんの目には涙が浮かんでいた。
 私にはミシェルさんの言葉に隠された真意に何となく気づいてしまった。

「あなたは、迷惑をかけることで、皆から疎まれる……嫌われるんじゃないかと思っているのね」

 ミシェルさんの肩がピクリと跳ねる。私はそっとミシェルさんに近づいた。

 そしてその頬をガシッと両手で掴んだ。

「あのねぇ?傷つけたくないっていう気持ちはご立派ですけどね、隠される方にしたらたまったもんじゃないのよ。自分のあずかり知らないところで事態が動いている不安な気持ち。はい、終わりました。で、納得できると思ったら大間違いだからね!……それに、あなたが知らないところで傷ついていることを何とも思わない子じゃないでしょう?」

「大体それ、全部あなたの思い込み!」と言い切ると、何だか呆然とした顔のミシェルさんの目から、ポロリと涙が溢れた。
 あら、美人はどんな顔してても可愛いわね。
 そして何故か、気まずそうに視線を逸らすアルフレッド。
 ちょっと、あなたまだ何か隠してるんじゃないでしょうね?

 私はチラリと見たアルフレッドから視線をそらして、ミシェルさんを見据えた。
 ミシェルさんは頬の私の手を外すと力無く首を振った。

「無理よ……どっちみち、もう間に合わない。宰相は3日後には事を起こす気よ。巻き込まれたくなければ、あなたたちはもう、一刻も早くこの国を出国した方がいい」
「乗りかかった船よ私も出来るだけ協力するから、最後まで諦めないで」

 ミシェルさんはブンブンと首を振る。

「だって、どこまで軍部が宰相の手に落ちているかも分からない。今、下手に動いて宰相にこちらの動きがバレるわけには…」

 私はうーん、と考え込む。
 でも。

「きっとトルティアに助力を頼むからには、軍部はあまり攻略できてないんじゃないかな?その辺りは、宰相の元に潜入しているクラースさんなら分かるんじゃなかしら?……ていうか、そんなことも情報交換してないの?」
「クラースはあまり城から出られないから…やり取りはほとんど手紙だったし。万が一の時のために必要最小限のやり取りしか……」

 はぁ、ホント捨て身の特攻しか考えてなかったのね。
 宰相を潰せば、組織が瓦解すると考えていたのかもしれないけど…。

「その辺りは私が取り持って…」と言いかけたところで、「コホン」アルフレッドの咳払いが聞こえる。

「僕はこれ以上オリビア先輩には危ない事をしてほしくないんですが?」

 じろりとこちらを見るアルフレッドを仁王立ちで向かい打つ。

「なによ、今更つま弾きにする気?」

 いいえ?と言うと、ちらりとミシェルさんの方に視線を移した。

「大体ミシェル。君は僕が何者か忘れていないかい?」

 そう言って、不敵に笑うアルフレッドを、不覚にも少しだけかっこいいと思ってしまったのはここだけの秘密よ。
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