冴えない人生を送っていた孤児ですが、死神辺境伯に溺愛されました。

胡暖

文字の大きさ
6 / 13

6.忍び寄る悪意

しおりを挟む
 
 その日、伯爵は荒れに荒れていた。

 エリンが嫁いでから1ヶ月が経とうかというのに、『彼女が死んだ』という報告が上がってこないからだ。
 伯爵は影から送られてきた、『状況に変化なし』とだけ書かれた報告書をビリビリに破いた後、自らの書斎で、目につくものを片端からなぎ倒しながら、髪をかきむしる。そして、次に血走った眼を、侍女頭に向けた。

「くそ……っ!!お前のせいで、なぜ私がこんなにもやきもきさせられなければならないのだ!!」

 そう吐き捨てるや否や、伯爵は侍女頭を容赦なく平手で打つ。脳が揺れる程の勢いで打たれた侍女頭は、呻きながらそのまま床を転がった。

「かくなる上は、お前が責任を持って死神卿の屋敷に行け。なすべき事をなすのだ!」
「そんな……!」

 侍女頭は、打たれた頬を押さえ、涙を浮かべて伯爵を見上げた。
 死神卿は、人を人とも思わず、気に入らないことがあると問答無用で、腰に佩いた剣で首を切るという。
 噂には尾鰭が付くもの、多少大袈裟な所がある筈だ。
 しかし、火のない所に煙は立たないと言う。
 あのような辺境から、王都まで轟く噂が、全くの嘘と言うことがあり得るだろうか?
 しかも、親兄弟、果ては妻まで死んでいるとなると、侍女頭には死神卿にまつわる噂が、ただの噂だとは到底思えなかった。侍女頭は震え上がり、伯爵の足にすがり付く。

「それだけは、どうか御容赦を……!そうだ、そうです。この役目に、適任が一人おります。積極的に、辺境伯様のご不興を買い、主人エリン共々、首を切られてもおかしくない者が!」

 侍女頭の懇願に、ふむ、と伯爵は一考する。
 その者には、伯爵も心当たりがあった。元は落ちぶれた男爵家の出の者だったが、病気の親の代わりに家計を支えて働いている娘で、その境遇を憐れんだ侯爵家の奥方が、働き先を斡旋していた縁で紹介された。
 つまり、伯爵にとって、目上の者の気紛れで押し付けられたメイドだったが、これが全く使えない者だった。
 掃除を任せれば壺を割り、給仕をさせれば粗相をする。どれだけ罰を与えても一向に改善しない。しかし、施しで雇い入れてやったので、安易にくびにするのも、角が立つ。
 どうしたものかと考えていたのだった。

「ならば、辺境伯家にはあの者をやろう。しかし、もしあいつが失敗すれば、お前の身がどうなるか、ゆめゆめ分かっておろうな」

 侍女頭は黙って平伏し、伯爵が紹介状を書くのを息をひそめて見守った。

 ◆

 夕食後、エリンにアクセルを引き渡し、書斎に戻った後も、リアムはイライラを抑えきれずにいた。エリンの部屋から戻ってきたリアムに対して、主人が言うのだ。

あれエリンはまだ幼い。子供の世話は荷が勝ちすぎているのだろう。手伝う人間が必要ではないのか?」

 ぎりり、とリアムは唇を噛み締めた。
 主人は甘すぎるのだ!
 あんな礼儀知らず、甘やかせば甘やかすほど付け上がるに違いない。血管が切れそうな程の怒りでこめかみが熱くなる。
 あの場では、声にも出さず抑えた怒りを、再び腹の底に静めるように首を振り、一度冷静になろうと書類に眼を通すことにした。

 しばらく黙々と書類を処理した後、ある書類に、ふと手が止まる。
 それを見て、リアムはうっすらと笑い、承諾の意味の判を押した。

 それは、伯爵家からのメイドの紹介状だった。

 どういう経緯かは分からないが、伯爵家の現在の財政状況----輿入れの際、花嫁が粗末な格好で、文字通り身一つで現れた事を鑑みても、今更送られてくるような者が、まともである筈がない。

 けれどそのようなこと、リアムには関係なかった。

 これでリアムは主人の要望に早急に応えることができるのだ。
 少し溜飲を下げ、リアムは本日の仕事を終えることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

処理中です...