冴えない人生を送っていた孤児ですが、死神辺境伯に溺愛されました。

胡暖

文字の大きさ
5 / 13

5.限界

しおりを挟む
「あぁ!もう!!うるさい!うるさい!!うるさい!!!」

 エリンが叫ぶのに呼応するように、アクセルは顔を真っ赤にして、いっそう激しく泣き出した。赤子の泣き声はただでさえ癇に触る。背筋がむずむずするような感覚を味わいながら、エリンは項垂れた。

「もう、限界だ……!」

 プルプルとこぶしを震わせたエリンの、その目の下は隈で真っ黒だった。
 ソフィアが自宅に帰ってから、1か月が経とうとしていた。


「あいつ!自分の子だろうが!!!なんで顔の一つも見せないんだ!!」

 そう、エリンは、初日に挨拶して以降、一度もアイザックと顔を会わせていなかった。
 エリンは、アクセルに合わせて生活をするし、向こうは赤子の事など気にもとめず普段のライフサイクルで生活しているようで、お互いの行動が交わる時がなかったのだ。

 しかし、アイザックにとっては自分の愛息子の筈。向こうがこちらに合わせて顔を出すべきだろう。
 憤慨したエリンは、むんずと赤子を抱き上げると猛然と部屋を出た。屋敷の中をずんずん進み外に出る。

 実は、先ほど部屋から見えたのだ。

 ◆

 エリンの目的地である中庭は、中庭と言うのもおこがましいほどそっけない造りの場所だった。
 生垣で円形に囲われているが、世話が面倒なのか実どころか花も付かない種類だし、四阿ガゼボすらもなく、申し訳程度にベンチが置かれ休憩できるようになっているだけだ。

「おい!!」

 人を呼ぶとは思えない乱暴な口調で、エリンは目当ての相手に向かって声をかける。
 
 そこでは一心不乱に、死神卿アイザックが剣を振るっていた。
 鍛錬中に急に声をかけられたアイザックは、剣を振る手を止める。汗をぬぐって、エリンの方を見て少し顔をしかめた。

「……何か用か?」
「用がなきゃこんなとこ来るわけないだろ!!」

 そう言うと、エリンは押し付けるように泣き続けるアクセルをアイザックの手に押し込める。一瞬困惑したような顔をしたものの、アイザックは落とさないように、アクセルを抱いた。

「お前、自分の子だろう!?世話もしなけりゃ、顔も見に来ない!どういうつもりだよ!!」
「……?世話はお前の仕事だろう?俺が顔を見に行ってどうする」
「あのなぁ……」

 本当に分かっていないらしいアイザックに、肩を落としたエリンは気を取り直したように言葉をかける。

「まぁ、良いわ。あたしちょっと寝るからその子見てて。おしめもミルクも済んだところだから、あと3時間は大丈夫。3時間たったら起こしに来て」

 言いたいことだけ言うと、エリンは泣いているアクセルをアイザックの手に残し、自分の部屋に戻った。

 ◆

 ドンドンドンと扉を叩く音でふと目を覚ます。エリンが時計を見ると、アイザックにアクセルを渡してからまだ1時間ほどしかたっていない。

 体を起こしたエリンは、はぁ、とため息を吐きながら頭を掻く。

(我が子の面倒も見きれねぇのかよ)

 心の中で悪態をつきながらドアを開けると、鬼の形相をしたリアムが扉の前に立っていた。腕にはアクセルを抱えている。

「お前!アイザック様の手を煩わせるとはどういうつもりだ!!アクセル様の子守りは嫁であるお前の仕事だろう!」
「……そもそも嫁になることを承諾した覚えはねぇよ」

 まだ言い足りないような顔をしたリアムからさっさと赤子を受け取り、リアムの鼻先にぶつけるつもりで扉を閉める。

 扉の外から、昼食の時間を指定する側近の声が聞こえたが無視する。昼食など、赤子次第で指定された時間に動けるわけなどない。

 ◆

 草臥れ切ったまま、夕食のトレーを取るために食堂に向かう。
 すると不愛想なコックに晩餐室の扉を示される。頭をひねりながらドアを開けると、不機嫌な顔をしたアイザックが席についていた。

「なんで、昼食の席に来なかった?」

 エリンは腕組みをして顎をしゃくる。

「は、子供の面倒見ながら予定通りに動けるわけないだろ。少しは頭使って考えろ」

 エリンの言葉に顔を真っ赤にしたのは、アイザックではなく、彼の後ろにいたリアムだった。しかし、彼が口を開きかけたのと同時にアイザックが話し始めたので、リアムは言葉を飲み込んだ。

「……そうか。なら、今から夕食を一緒に食べないか」
「赤子が部屋で待ってる。優雅に飯食ってる時間なんかねーよ」
「そうか……リアム」
「……承知いたしました」

 アイザックに声をかけられ、渋々とリアムが彼の側を離れていく。それをボーッと眺めるエリンに、アイザックは再度席を勧める。

「食事の間はリアムがアクセルの面倒を見る」

 アイザックの言葉に、しばらく赤子の世話から解放されるならその方が良いかと、エリンは大人しく席に着いた。

 出てきたのはいつもと代わり映えのしない料理。
 対してアイザックには肉を中心にした、ボリュームのある食事が提供されていた。あっちの方がいいな、と思いながらエリンはいつも通り食事に手を付ける。
 テーブルマナーなど知らない。匙を持って掻き込むだけだ。
 さっさと食べ終わったエリンに、アイザックが声をかけてきた。

「それで足りるのか?」
「あぁ?足りねーよ」
「そうか」

 満足に食べられていなかったためにガリガリだったエリンには、最初この兎の餌のような食事でもやっと完食できる量だった。
 しかし、そこは育ち盛り、あっという間に物足りなくなった。それでも、毎日三食食べれる事の方が少なかったエリンは、食事の量に文句をつけるなど考えもしなかった。

 エリンの返答に何事か考えている様子だったアイザックは、給仕に声をかけて皿を持ってこさせる。そして徐に自分の食べている肉料理を切り分けて、皿にのせてエリンに寄越した。
 ぎょっとした顔で、自分の前に供された料理を眺めるエリンにアイザックは首をかしげる。

「明日からは量と肉を増やさせる。本日はひとまずそれを食え。……俺の食べかけは気に入らないか?」

 アイザックの言葉にエリンはパッと顔を上げた。アイザックの意図が読めなかっただけで、残飯漁りもしていたエリンには、皿から皿に移されただけの料理が気に入らない筈もない。
 生まれて初めて食べるような豪華な肉料理に顔を輝かせてがっつく。
 幸せそうな顔で料理を食べるエリンをしばし眺めた後、アイザックは自身も食事を再開する。思いがけず、和やかな会食となった。

「明日からも食事は共にとろう。何か訴えがあればその際に聞く」

 そう言ってアイザックは去っていった。

「……なんだ、あいつ言うほど悪いやつじゃないじゃん」

 振り向かず去っていくアイザックを見ながらエリンは呟いた。そして、ポリポリ頭をかきながらノロノロと自分の部屋に帰った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

裏の顔ありな推しとの婚約って!?

花車莉咲
恋愛
鉱業が盛んなペレス王国、ここはその国で貴族令嬢令息が通う学園であるジュエルート学園。 その学園に通うシエンナ・カーネリアラ伯爵令嬢は前世の記憶を持っている。 この世界は乙女ゲーム【恋の宝石箱~キラキラブラブ学園生活~】の世界であり自分はその世界のモブになっていると気付くが特に何もする気はなかった。 自分はゲームで名前も出てこないモブだし推しはいるが積極的に関わりたいとは思わない。 私の前世の推し、ルイス・パライバトラ侯爵令息は王国騎士団団長を父に持つ騎士候補生かつ第二王子の側近である。 彼は、脳筋だった。 頭で考える前に体が動くタイプで正義感が強くどんな物事にも真っ直ぐな性格。 というのは表向きの話。 実は彼は‥‥。 「グレース・エメラディア!!貴女との婚約を今ここで破棄させてもらう!」 この国の第二王子、ローガン・ペレス・ダイヤモルト様がそう叫んだ。 乙女ゲームの最終局面、断罪の時間。 しかし‥‥。 「これ以上は見過ごせません、ローガン殿下」 何故かゲームと違う展開に。 そして。 「シエンナ嬢、俺と婚約しませんか?」 乙女ゲームのストーリーにほぼ関与してないはずなのにどんどんストーリーから離れていく現実、特に何も目立った事はしてないはずなのに推しに婚約を申し込まれる。 (そこは断罪されなかった悪役令嬢とくっつく所では?何故、私?) ※前作【悪役令息(冤罪)が婿に来た】にて名前が出てきたペレス王国で何が起きていたのかを書いたスピンオフ作品です。 ※不定期更新です。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...