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13.何者
しおりを挟む結局、クレアは領地内にある修道院に送られ、終生祈りをささげる人生を送ることとなった。そして、クレアが出家したことにより、跡取りが誰もいなくなった為に、アクセルはクレア達の生家である、ロス家で養育されることになった。
恒例の夕食を、アイザックと共に取りながらそう報告を受けたエリンは、拍子抜けしたように笑う。
わずかな期間とはいえ、共に過ごしたアクセルと離れることは、エリンの中にほんのりさみしい気持ちを残したが、亡き息子の忘れ形見であるアクセルを、ロス家の人間は、エリンよりよっぽど大切に養育してくれるだろう。
「……リアムがもっとごねるかと思ったが、案外平和な解決策に落ち着いたな」
「文句は言われたが、それなら連座でソフィアを罰すると言ったら引き下がった」
「……あー」
ソフィアは結局お咎め無しとなったのか……と、エリンは遠い目をする。あの騒動の翌日、リアムにこってり絞られたであろうソフィアが、泣きながらエリンの元を訪れた。
「ごめんなさいーー!私、そんなことになるなんて、ほ、ホントに思ってなかったのよ!みんなに良かれと思ってーーー!!!わーん、みんな無事でよかったーー!!」
目を真っ赤にしたソフィアはエリンの胸に飛び込んで、しばらく泣き続けたのである。
「あの女、最初から私を利用するために近づいたんですって……!友達だと思ってたのに……!!」
全力でしがみついてくるソフィアに、エリンはどうしていいかわからず、引きはがそうと試みるとそれ以上の力で阻止されたので、諦めた。なるようになれとソフィアが泣き止むまで放置した。
本当に大変だった。
思い出してげっそりとするエリンを気にすることなく、アイザックは続ける。
「お前とて、クレアを処刑するのは好ましく思っていなかったのだろう?ロス家は二人も成人の子を奪われ、彼女は生の自由を奪われたのだ。……これで十分だろう」
「……アイザック様は優しすぎるのです……」
アイザックの後ろで居心地悪そうに立っていたリアムが、これだけは言わねばと口をはさむ。そんな側近に、顔も向けずにひらひらと手を振るアイザックにリアムが恨めしそうな顔をした。
仲の良い主従の様子を見ながら、アクセルがいなくなるのなら、自身もお払い箱かな、とエリンは軽い気持ちで考えていた。
エリンは伯爵家の借金の形に嫁として嫁いできたので、これまで、アクセルの世話をする対価をもらっていなかった。衣食住は世話してもらっていたものの、見事な文無しである。ここを出て暮らすために、また、伯爵家で着せてもらった衣装の端切れでも売るかなぁ、と思い、リアムに声をかける。
「なぁ、あたしがここに来る時に来てた服の端切れがあるんだが、あれを売ってきてくれないか?」
リアムに頼んだはずだが、アイザックが首をかしげる。
「なんだ、金が要るのか?」
エリンもアイザックと同じように首をかしげて答える。
「アクセルがいなくなれば、あたしは用なしだろう?早いうちに出ていくよ」
「お前は俺の妻なのだから、何をせずともここにいる資格はあるだろう」
「お飾りだけどな」
「……なんだ、役目を果たしたいのか?」
「……遠慮する」
いたずらっぽく笑ったアイザックを睨み付けながら、エリンはすぐに断ったのだが、アイザックの後ろでリアムの目が輝いたのが不気味であった。
◆
食後に、エリンはそのままアイザックの私室に呼び出された。もしや先程の話を引きずっての事か?とエリンは身構えたが、エリンが通されたのは、寝室の前室であった。実にアイザックらしい、装飾のかけらもない部屋である。
エリンは警戒しながら勧められたソファに座る。
「まぁ、そう警戒するな」
エリンの正面に座ったアイザックは、そう言って、軽い酒を注いでくれる。エリンはそれをチビチビ舐めるようにしながら様子を伺った。
しばしの沈黙の後、悩むようにアイザックが切り出した。
「……なぁ、お前は自分が何者か気にはならないか?」
「はぁ?何を藪から棒に……」
エリンは目を丸くしてアイザックを見る。存外に真摯な表情のアイザックと視線が交わる。
エリンはごくりとつばを飲み込んだ。
「……あたしは、あたしだ。この身一つ、必死に生きてきた。それ以上でも、それ以下でもないね」
エリンの言葉に、ふむ、とアイザックは顎を撫でる。
「自分の生い立ちに興味はないか?」
「ない」
真直ぐ目を見て言い切ったエリンに、アイザックは苦笑する。そして、軽く髪を耳にかけ、トントンと自分の耳朶を叩く。
エリンは、少しだけ体の力を抜いて、アイザックの耳元に視線をやった。
「……ピアス?」
「あぁ。これが何か分かるか?」
アイザックが何が言いたいかわからず口ごもる。
「これは、貴族の風習でな。本来、当主の長子が生まれた時に両親から贈られる。……俺は三男だが、家を相続する際に、兄のものを譲られた」
「でも……それ……」
「そう、お前の耳にあるものと、同じだ」
「そんな……じゃぁ、なぜ……」
(あたしは捨てられた……)
言葉にならない声は空気へと溶けた。その唇の動きを呼んでアイザックが続ける。
「捨てられてなどいないとすれば?」
アイザックの強い声がエリンの耳を滑る。
「は、はぁぁ?な、何言って……」
「以前、お前が自分のことを妾の子だと言っていただろう?それを疑問に思ってな。実は伯爵家について調べさせていた。……現当主は前当主の弟だった」
「そ、れは、どういう?」
「……お前は亡くなった前当主の子だ」
エリンは目を見開いた。
「お前の本当の名は、エレオノーラ・オルコット。お前は両親に捨てられてなどいない」
「だ、だって養父がそう言って……!」
「……お前が2歳の頃だ、家族での外出先で暴漢に襲われたらしい。お前の亡骸は見つからなかったが、状況的に生きてはいまいと、全員の死亡届が出されていた。……お前たちは仲の良い家族だったらしい」
どうやら自分はジェイに騙されていたらしい。それどころか、推測するに、実の両親を殺した者こそがジェイではなかろうか?
エリンは胸が詰まり、何も言葉を返すことができなかった。目を開けていられず、ギュッと閉じる。頬に涙がつたう。いつぶりだろう。無駄だからもう泣かないと思っていたはずなのに。
ふ、と二つの優しい笑顔と『エリン』と呼ぶ声が耳に蘇った気がした。
そうだ、貧民街では録に名前を呼ばれた記憶はない。なのに、自分の名がエリンだと、どうして分かったのか。
それは、自分がそうだと分かるくらいに、何度も何度も呼んでくれた人がいたからだ。
「……この身以外にも持ってるものがあったんだな」
あぁ、と、幾分柔らかい声でアイザックが返してくれる。
「それに、この国は、女子でも家督を継げる。お前が名乗りをあげれば、今からでも伯爵家はお前のものになるぞ?」
「なにそれ……いらない。今の暮らしに満足してるし、もらっても困る」
エリンは鼻をすすりながら微かに笑った。自分を物のように扱った伯爵には思うところがあるが、本当に家には興味はなかった。
「自分の権利を主張しないのか?」
「借金があるんだろう?だから、余計にいらない」
「惜しかったとは思わないのか?」
「惜しんだところで、何も変わらない。私は振り返らない。時間の無駄だ」
「ふ、潔いな」
アイザックは笑いながら、そっとエリンの隣に座り直して、エリンの耳朶に触れる。
「このピアスに付けられた宝石は、それこそ借金まみれの伯爵家などでは用意できないぞ。これほどのものを用意されているということは、お前は間違いなく、愛されていたということだ」
「……それだけ分かれば十分だ」
エリンは目を伏せる。涙がまた一筋頬を伝った。
アイザックはそっとエリンの頭を引き寄せた。
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