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じーちゃんがどうしてもと入居した介護施設は、隣県の海沿いの町にあるという。
父の運転する車の助手席に母が座り、後部座席にじーちゃんと俺が座った。高速道路を降りてしばらく走ると、海沿いの道に出た。窓を少し開けてみると、海風が心地良く耳をかすった。横に座っているじーちゃんを見ると、じーちゃんは目をつぶって寝ているように見えた。その顔は穏やかで、嬉しそうにも見えた。俺はどうしてもじーちゃんの気持ちが理解できなかった。じーちゃんは高齢だがまだ元気で、身の回りのことは自分で出来るし、母はじーちゃんにとって義理の娘だから多少の遠慮もあるかもしれないけど、仲は良さそうに感じていた。実際、母からもじーちゃんからもお互いの愚痴など聞いたことが無い。父は仕事で忙しく、あまりじーちゃんとの時間を持つことが出来ないが、実の息子だし仲も良かった。家族は上手く行っていると孫の俺から見てもそう思っていたのに、じーちゃんは突然、その介護施設に入ると言い出した。どうやって探し出したのか、家からも遠い縁もゆかりも無い場所にあるその施設に、もうずっと昔から入ることを決めていたかのようにじーちゃんの意志は固かった。
「乃海、見えてきたわよ。あの建物よ。」
母が言った。
海沿いの小高い丘の上に白いホテルのような建物が見えた。介護施設というより結婚式場のような感じだ。
俺の名前は岩崎乃海。乃海と書いてノアと読む。もちろんあの聖書に出てくるノアから付けられた名前だ。母親がクリスチャンだったので、そういう名前にしたかったのだそうだ。小さい頃はこの名前のせいで女の子に間違われる事が多かったので、自分の名前があまり好きじゃなかった。大きくなるにつれて、感じも響きも意外といいし人とあまり被らないから、けっこう好きになってきた。
車は施設のある小高い丘の上に着いた。目の前の視界がパっと広がった。空が高い!そして海はどこまでも青く深く広がっていた。別世界とはこういうとこを言うのかと思った。じーちゃんと、ここに入居している老人達には悪いが、ここはとても天国に近い場所だ…などという罰当たりな事を考えてしまっている自分がいた。しかし、もしこの広大な美しい海の景色の中に、突然神や仏が出てきたとして、誰が驚くだろうか?いや、むしろ当たり前の事なんじゃないか?とすらこの場所に於いては、そう思えてくる。
施設のゲートをくぐり駐車場に車を止めると、職員さんがすでに迎えに出てくれていて、じーちゃんの為に車椅子を用意して待ってくれていた。職員さんたちに挨拶をすませ、施設の中に入ると、目の前の大きな窓に海が広がっていた。どこまでも広がる水平線に澄み切った空。絵画のように美しい景色がよけいに寂しく感じた。
じーちゃんの部屋は3階にあった。その部屋もオーシャンビューで気持ちのいい部屋だった。この施設の部屋は、全てオーシャンビューなのだそうだ。海に向かって部屋が一列に並んでいるのだった。
「ステキな部屋ね。」
「広さも十分あるようだね。」
父と母は一通り部屋を確認すると、職員さんと話してくるからと言って、部屋を出て行った。俺はじーちゃんがベッドに移るのを手伝った。
「じーちゃん、疲れてない?」
「ちょっとな。」
じーちゃんは引越しが無事済んで安心したのか、ほっとしている様子だった。
「じーちゃん、何でこんな遠くに来ようと思ったの?」
俺が何気なく聞くと、じーちゃんはなんだか答えに困ったような恥ずかしいような表情をしていた。
「何て言うかなぁ…。」
じーちゃんは本当に返答に困っているようだった。
「いいよ、ここ景色も最高だし、ほんといいとこだよね。」
何か事情があるのかもしれない、じーちゃんを困らせてはいけないと話をそらそうとした時、じーちゃんは唐突に言ってきた。
「乃海、おまえは好きな子はいるのか?」
「えっ?いきなりだね。」
「なんだ…、高2にもなって好きな子もいないのか!」
「悪いかよ…。まだ付き合いたいとか、そんな気持ちになる相手に巡り合ってないだけだよ。」
じーちゃんは、つまらんヤツじゃのう!とでも言いたいような顔をして俺を見ていた。
そして、溜息を一つついて、ゆっくりと話しだした。
「俺は自分の人生は幸せだったと思ってる。お前の祖母さんは、生前家をよく守ってくれた。子供たちは無事に育ってくれた。可愛い孫までいる。何の不満もない。俺の人生も残りわずか。ゴールが見えてきたこの年になって、何故か昔の心残りが蘇ってくるんだよ。それが…死というもんが近づくにつれて、大きくなってきてなぁ。困ったもんだ…。」
「じーちゃんの心残りって?」
俺が聞くと、じーちゃんは少し顔を赤らめた。
「初恋の相手。」
じーちゃんは、恥ずかしいっ!って言うかの如く、目をぎゅっと瞑って言った。
この人は、80を超えているというのに、何だこの可愛さは???
「そのじーちゃんの初恋の相手がこの施設にいるの?」
「いや、おらん…と思う。」
「じゃ、何でここに来たの?この近所にいるってこと?」
「昔、この辺りに嫁いだと聞いたから、もしかしてまだこの辺にいるかなと思ったんだ。
「そっか…。ん?相手の人って、年が年だし、…もしかして亡くなってるってこともあり得るよね!」
俺が言うと、じーちゃんはハッっとして、その後ため息をついた。
俺も一緒にため息をついた。二人でため息をつき続けた。
「ま、いいんだ。もし亡くなってたとしても、思い出が身近に感じるような気がするからな。」
じーちゃんはニコニコしている。
ノンキなじーちゃんだ。父さんも俺もノンキなのは、じーちゃん由来だな。
「乃海、おまえに頼みがあるんだけど…。」
「何?」
「頼まれてくれるか?じーちゃんの人生最後の頼みじゃ!」
じーちゃんは目をうるうるさせて俺に迫っている。
「そ、そんな人生最後の頼みとか言われたらこえーよ!責任重大じゃん!そんな大事、俺に務まるの?」
じーちゃんはショボンとしている。
「じーちゃん、ショボンとすんなよ!わかったー。やるから!何なの?」
「乃海ならそう言ってくれると思ってた。」
じーちゃんはニッコーっと笑っている。
全くしょうがないじーさんだな。じーちゃんは鞄から紙切れを取り出し俺に渡した。
(若松澄子)
紙切れにはそれだけ書かれていた。
「この人って、そのじーちゃんの初恋の人?」
じーちゃんは「いかにも!」と言わんばかりに目を瞑って首を縦に振った。
「…で、この人探してほしいの?」
じーちゃんはまた「いかにも!」と言わんばかりに目を瞑って首を縦に振った。
「…って、手がかりこれだけ?」
「今のところ。」
じーちゃんは目を瞑って首を縦に振って言った。
「…って、無理だろ!勘弁してよ!」
俺は呆れてじーちゃんにそう言うと、このノンキな老人は俺を恨めしそうに見ながらショボーンとしている。
「わかったよ!がんばってみるけど、期待すんなよ!」
俺がそう言うと、じーちゃんは満足そうに笑った。
「お礼にワシのへその緒をやろう。」
「いらねーよ、そんなの!」
「オマエの曾祖母さんから授かったワシの宝物だぞ!」
ったくこの老人は!
二人でバカ言いながら大笑いしていると、俺の両親が帰ってきた。
「盛り上がってるな。何の話してるんだ?」
父親が聞いた。
「内緒。」
俺はじーちゃんに目配せをして言った。
「まだここにいるよね?俺ちょっと近所を散歩してきていい?」
「土地勘無いのに大丈夫?帰って来られる?」
「わからなくなったら地図のアプリを見るよ。」
心配そうな母親にそう言って部屋を出た。
施設の入り口を出ると横に駐輪場があって、ここの施設の名前が入った自転車が何台か置いてあった。
「自転車、使っていいよ。」
後ろから話しかけられ、振り向くとここの若い男の職員さんが立っていた。
「いいんですか?」
「うん、ほとんど誰も使ってないし。何か聞かれたら石田から許可もらったって言ったらいいよ。あ、俺が石田ね。」
石田という職員さんは笑顔で言った。
「ありがとうございます。じゃ、ちょっと借ります。」
俺は自転車に乗って施設の外へ向かった。
しばらく走っていると、大きな木が生い茂っている並木道に出た。バス停にベンチがあったので、そこに自転車を止めてベンチに座ってスマホを取り出した。アプリを開くと地図が出て、宝のありかが示されている。俺の現在地点から一番近いところに狙いを定めて、その座標を頼りに行ってみる事にした。これは、俺が今一番ハマっている世界規模の宝探しゲームだ。世界中至る所に宝が隠されていて、アプリに出てくる座標を頼りに探し出す。宝といっても、たいてい小さなプラスチックケースの中にミニカーやなんかのちょっとしたおもちゃと小さなノートが入っているだけだ。そのおもちゃの宝は、同等の物と交換してもいい。そしてそのノートには、その宝を発見した人の名前やメッセージなどが書かれている。あらゆる世界の人の書いた物を見ると、このゲームの存在を知っている人間だけが繋がっているという優越感と親近感を感じる。俺はどこかに出かける時は、いつ宝を発見してもいいように、自分の名前を書くためのペンと、次の人への小さなプレゼントを持ち歩いている。
この先をもう少し行くと城がある。どうもそこに宝があるようだ。俺は自転車を走らせた。
物心付くころから俺は(宝探し)と聞くと、胸が弾む…というか、胸が痛む。何故か胸の奥がギュッと掴まれるような感じがして鼓動が速くなる。そして焦燥感を感じる。何かしなきゃいけないんじゃないか?でも何をするんだ?何か、すごく大事な事があったような気が…。そんな気持ちをずっと訳も分からなく持ち続けていた。スマホを持つようになってこのゲームの存在を知って、胸の高鳴りが治まらなかった。それ以来俺は休みの度に宝探しをするようになった。
目的の座標が示す城門の前に自転車を止めて、その辺りを探ってみた。門の裏の辺りが怪しい。門の横の陰になっている石垣を探すとビンゴだった。石垣と門の間のくぼみに宝箱を見つけた。この県では初めての宝だ!わくわくして中を開けると、小さな四葉のクローバーのキーホルダーが入っていた。本物のクローバーがレジンの中に入っていて、光にかざすとキラキラしてキレイだ。
「これ、手作りかな…?」
俺の持っている交換用のミニカーと同等なのかと言われれば、なんだか申し訳無い気がしたが、そのクローバーのキーホルダーがすごく気に入ってしまったので交換させてもらった。ノートに自分の名前を残そうと、ペンを取り出しページを開いた。
― 8th Sep 2018 Noel Mizuhara
I made this clover key chain.
I hope you will like it.
一番最後にそう書いてあった。2018年の9月8日。一週間前だ。ミズハラノエル。私がこのキーホルダーを作りました。あなたが気に入りますように。
この子がこれを作ったのか…。
― 15th Sep 2018 Noah Iwasaki
The key chain is cool!!! I like it!
2018年 9月14日。岩崎乃海。キーホルダーカッコイイ。気に入ったよ。
俺はノートにそう書いて、ミニカーと一緒に宝箱に入れ、元の場所に戻した。
昼までに戻って来いと言われていたので、もう少し宝探しをしてみたい気持ちはあったが、施設に戻ることにした。四葉のクローバーのキーホルダーは、スマホに付けた。
施設に戻ると入り口の前ですでに全員勢ぞろいしていた。自転車を貸してくれた石田さんがじーちゃんの車椅子を押して来ていた。
「どうだった?街中散策できた?」
石田さんが俺に聞いた。
「お城に行ってきました。」
「そっかぁ。あの辺、緑も多くていいよね。」
石田さんは俺のために街の観光案内を持ってきてくれた。
「小さな街だけどけっこう見るとこあるからまたおいでよ。」
「はい、また学校の休みのときに来ます。じーちゃんからの頼まれ物もあるし。」
そう言うと、じーちゃんは肘で俺を突いて、「内緒だぞ!」と目配せをした。
父の運転する車の助手席に母が座り、後部座席にじーちゃんと俺が座った。高速道路を降りてしばらく走ると、海沿いの道に出た。窓を少し開けてみると、海風が心地良く耳をかすった。横に座っているじーちゃんを見ると、じーちゃんは目をつぶって寝ているように見えた。その顔は穏やかで、嬉しそうにも見えた。俺はどうしてもじーちゃんの気持ちが理解できなかった。じーちゃんは高齢だがまだ元気で、身の回りのことは自分で出来るし、母はじーちゃんにとって義理の娘だから多少の遠慮もあるかもしれないけど、仲は良さそうに感じていた。実際、母からもじーちゃんからもお互いの愚痴など聞いたことが無い。父は仕事で忙しく、あまりじーちゃんとの時間を持つことが出来ないが、実の息子だし仲も良かった。家族は上手く行っていると孫の俺から見てもそう思っていたのに、じーちゃんは突然、その介護施設に入ると言い出した。どうやって探し出したのか、家からも遠い縁もゆかりも無い場所にあるその施設に、もうずっと昔から入ることを決めていたかのようにじーちゃんの意志は固かった。
「乃海、見えてきたわよ。あの建物よ。」
母が言った。
海沿いの小高い丘の上に白いホテルのような建物が見えた。介護施設というより結婚式場のような感じだ。
俺の名前は岩崎乃海。乃海と書いてノアと読む。もちろんあの聖書に出てくるノアから付けられた名前だ。母親がクリスチャンだったので、そういう名前にしたかったのだそうだ。小さい頃はこの名前のせいで女の子に間違われる事が多かったので、自分の名前があまり好きじゃなかった。大きくなるにつれて、感じも響きも意外といいし人とあまり被らないから、けっこう好きになってきた。
車は施設のある小高い丘の上に着いた。目の前の視界がパっと広がった。空が高い!そして海はどこまでも青く深く広がっていた。別世界とはこういうとこを言うのかと思った。じーちゃんと、ここに入居している老人達には悪いが、ここはとても天国に近い場所だ…などという罰当たりな事を考えてしまっている自分がいた。しかし、もしこの広大な美しい海の景色の中に、突然神や仏が出てきたとして、誰が驚くだろうか?いや、むしろ当たり前の事なんじゃないか?とすらこの場所に於いては、そう思えてくる。
施設のゲートをくぐり駐車場に車を止めると、職員さんがすでに迎えに出てくれていて、じーちゃんの為に車椅子を用意して待ってくれていた。職員さんたちに挨拶をすませ、施設の中に入ると、目の前の大きな窓に海が広がっていた。どこまでも広がる水平線に澄み切った空。絵画のように美しい景色がよけいに寂しく感じた。
じーちゃんの部屋は3階にあった。その部屋もオーシャンビューで気持ちのいい部屋だった。この施設の部屋は、全てオーシャンビューなのだそうだ。海に向かって部屋が一列に並んでいるのだった。
「ステキな部屋ね。」
「広さも十分あるようだね。」
父と母は一通り部屋を確認すると、職員さんと話してくるからと言って、部屋を出て行った。俺はじーちゃんがベッドに移るのを手伝った。
「じーちゃん、疲れてない?」
「ちょっとな。」
じーちゃんは引越しが無事済んで安心したのか、ほっとしている様子だった。
「じーちゃん、何でこんな遠くに来ようと思ったの?」
俺が何気なく聞くと、じーちゃんはなんだか答えに困ったような恥ずかしいような表情をしていた。
「何て言うかなぁ…。」
じーちゃんは本当に返答に困っているようだった。
「いいよ、ここ景色も最高だし、ほんといいとこだよね。」
何か事情があるのかもしれない、じーちゃんを困らせてはいけないと話をそらそうとした時、じーちゃんは唐突に言ってきた。
「乃海、おまえは好きな子はいるのか?」
「えっ?いきなりだね。」
「なんだ…、高2にもなって好きな子もいないのか!」
「悪いかよ…。まだ付き合いたいとか、そんな気持ちになる相手に巡り合ってないだけだよ。」
じーちゃんは、つまらんヤツじゃのう!とでも言いたいような顔をして俺を見ていた。
そして、溜息を一つついて、ゆっくりと話しだした。
「俺は自分の人生は幸せだったと思ってる。お前の祖母さんは、生前家をよく守ってくれた。子供たちは無事に育ってくれた。可愛い孫までいる。何の不満もない。俺の人生も残りわずか。ゴールが見えてきたこの年になって、何故か昔の心残りが蘇ってくるんだよ。それが…死というもんが近づくにつれて、大きくなってきてなぁ。困ったもんだ…。」
「じーちゃんの心残りって?」
俺が聞くと、じーちゃんは少し顔を赤らめた。
「初恋の相手。」
じーちゃんは、恥ずかしいっ!って言うかの如く、目をぎゅっと瞑って言った。
この人は、80を超えているというのに、何だこの可愛さは???
「そのじーちゃんの初恋の相手がこの施設にいるの?」
「いや、おらん…と思う。」
「じゃ、何でここに来たの?この近所にいるってこと?」
「昔、この辺りに嫁いだと聞いたから、もしかしてまだこの辺にいるかなと思ったんだ。
「そっか…。ん?相手の人って、年が年だし、…もしかして亡くなってるってこともあり得るよね!」
俺が言うと、じーちゃんはハッっとして、その後ため息をついた。
俺も一緒にため息をついた。二人でため息をつき続けた。
「ま、いいんだ。もし亡くなってたとしても、思い出が身近に感じるような気がするからな。」
じーちゃんはニコニコしている。
ノンキなじーちゃんだ。父さんも俺もノンキなのは、じーちゃん由来だな。
「乃海、おまえに頼みがあるんだけど…。」
「何?」
「頼まれてくれるか?じーちゃんの人生最後の頼みじゃ!」
じーちゃんは目をうるうるさせて俺に迫っている。
「そ、そんな人生最後の頼みとか言われたらこえーよ!責任重大じゃん!そんな大事、俺に務まるの?」
じーちゃんはショボンとしている。
「じーちゃん、ショボンとすんなよ!わかったー。やるから!何なの?」
「乃海ならそう言ってくれると思ってた。」
じーちゃんはニッコーっと笑っている。
全くしょうがないじーさんだな。じーちゃんは鞄から紙切れを取り出し俺に渡した。
(若松澄子)
紙切れにはそれだけ書かれていた。
「この人って、そのじーちゃんの初恋の人?」
じーちゃんは「いかにも!」と言わんばかりに目を瞑って首を縦に振った。
「…で、この人探してほしいの?」
じーちゃんはまた「いかにも!」と言わんばかりに目を瞑って首を縦に振った。
「…って、手がかりこれだけ?」
「今のところ。」
じーちゃんは目を瞑って首を縦に振って言った。
「…って、無理だろ!勘弁してよ!」
俺は呆れてじーちゃんにそう言うと、このノンキな老人は俺を恨めしそうに見ながらショボーンとしている。
「わかったよ!がんばってみるけど、期待すんなよ!」
俺がそう言うと、じーちゃんは満足そうに笑った。
「お礼にワシのへその緒をやろう。」
「いらねーよ、そんなの!」
「オマエの曾祖母さんから授かったワシの宝物だぞ!」
ったくこの老人は!
二人でバカ言いながら大笑いしていると、俺の両親が帰ってきた。
「盛り上がってるな。何の話してるんだ?」
父親が聞いた。
「内緒。」
俺はじーちゃんに目配せをして言った。
「まだここにいるよね?俺ちょっと近所を散歩してきていい?」
「土地勘無いのに大丈夫?帰って来られる?」
「わからなくなったら地図のアプリを見るよ。」
心配そうな母親にそう言って部屋を出た。
施設の入り口を出ると横に駐輪場があって、ここの施設の名前が入った自転車が何台か置いてあった。
「自転車、使っていいよ。」
後ろから話しかけられ、振り向くとここの若い男の職員さんが立っていた。
「いいんですか?」
「うん、ほとんど誰も使ってないし。何か聞かれたら石田から許可もらったって言ったらいいよ。あ、俺が石田ね。」
石田という職員さんは笑顔で言った。
「ありがとうございます。じゃ、ちょっと借ります。」
俺は自転車に乗って施設の外へ向かった。
しばらく走っていると、大きな木が生い茂っている並木道に出た。バス停にベンチがあったので、そこに自転車を止めてベンチに座ってスマホを取り出した。アプリを開くと地図が出て、宝のありかが示されている。俺の現在地点から一番近いところに狙いを定めて、その座標を頼りに行ってみる事にした。これは、俺が今一番ハマっている世界規模の宝探しゲームだ。世界中至る所に宝が隠されていて、アプリに出てくる座標を頼りに探し出す。宝といっても、たいてい小さなプラスチックケースの中にミニカーやなんかのちょっとしたおもちゃと小さなノートが入っているだけだ。そのおもちゃの宝は、同等の物と交換してもいい。そしてそのノートには、その宝を発見した人の名前やメッセージなどが書かれている。あらゆる世界の人の書いた物を見ると、このゲームの存在を知っている人間だけが繋がっているという優越感と親近感を感じる。俺はどこかに出かける時は、いつ宝を発見してもいいように、自分の名前を書くためのペンと、次の人への小さなプレゼントを持ち歩いている。
この先をもう少し行くと城がある。どうもそこに宝があるようだ。俺は自転車を走らせた。
物心付くころから俺は(宝探し)と聞くと、胸が弾む…というか、胸が痛む。何故か胸の奥がギュッと掴まれるような感じがして鼓動が速くなる。そして焦燥感を感じる。何かしなきゃいけないんじゃないか?でも何をするんだ?何か、すごく大事な事があったような気が…。そんな気持ちをずっと訳も分からなく持ち続けていた。スマホを持つようになってこのゲームの存在を知って、胸の高鳴りが治まらなかった。それ以来俺は休みの度に宝探しをするようになった。
目的の座標が示す城門の前に自転車を止めて、その辺りを探ってみた。門の裏の辺りが怪しい。門の横の陰になっている石垣を探すとビンゴだった。石垣と門の間のくぼみに宝箱を見つけた。この県では初めての宝だ!わくわくして中を開けると、小さな四葉のクローバーのキーホルダーが入っていた。本物のクローバーがレジンの中に入っていて、光にかざすとキラキラしてキレイだ。
「これ、手作りかな…?」
俺の持っている交換用のミニカーと同等なのかと言われれば、なんだか申し訳無い気がしたが、そのクローバーのキーホルダーがすごく気に入ってしまったので交換させてもらった。ノートに自分の名前を残そうと、ペンを取り出しページを開いた。
― 8th Sep 2018 Noel Mizuhara
I made this clover key chain.
I hope you will like it.
一番最後にそう書いてあった。2018年の9月8日。一週間前だ。ミズハラノエル。私がこのキーホルダーを作りました。あなたが気に入りますように。
この子がこれを作ったのか…。
― 15th Sep 2018 Noah Iwasaki
The key chain is cool!!! I like it!
2018年 9月14日。岩崎乃海。キーホルダーカッコイイ。気に入ったよ。
俺はノートにそう書いて、ミニカーと一緒に宝箱に入れ、元の場所に戻した。
昼までに戻って来いと言われていたので、もう少し宝探しをしてみたい気持ちはあったが、施設に戻ることにした。四葉のクローバーのキーホルダーは、スマホに付けた。
施設に戻ると入り口の前ですでに全員勢ぞろいしていた。自転車を貸してくれた石田さんがじーちゃんの車椅子を押して来ていた。
「どうだった?街中散策できた?」
石田さんが俺に聞いた。
「お城に行ってきました。」
「そっかぁ。あの辺、緑も多くていいよね。」
石田さんは俺のために街の観光案内を持ってきてくれた。
「小さな街だけどけっこう見るとこあるからまたおいでよ。」
「はい、また学校の休みのときに来ます。じーちゃんからの頼まれ物もあるし。」
そう言うと、じーちゃんは肘で俺を突いて、「内緒だぞ!」と目配せをした。
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