小料理 タヌキ屋 2

まんまるムーン

文字の大きさ
3 / 12

3

しおりを挟む


俺が鯛焼きを諦めたのを悟ると、女将はまたニコニコ笑顔で対応してくれた。

 何なんだよ、まったく…。

しかし料理はどれも美味しかったので、さらに食欲が増してきた。他の物も頼んでみよう。

「女将、おすすめってありますか?」

「おすすめねぇ…、そうだ! とっておきのがあるわよ! これは私が究極の味を求めて神戸の王子、和歌山の白浜、東京の上野をさまよって、さらにそれを極めたくて中国に渡り、臥竜、そして成都までいって研究を重ねた一品なのよ…。」

女将は遠い目をしてフゥと一つ溜息をついた。

「…そんなにいろんな地を巡って味を研究したなんて、女将すごいなぁ~!」

「あら、それほどでも! 料理人としては当たり前の事よ。」

 さすがプロは違うな。…ん…、まてよ…、神戸の王子…和歌山の白浜…東京の上野…? おまけに中国の臥竜と成都って…


 パンダがいる所ばかりじゃん! 
 

 さては女将、味の研究なんて言ってるけど、単なるパンダ巡りしてただけじゃないのか?

女将は俺に褒められたのがそんなに嬉しかったのか、頬に両手をあててウフッウフッと喜びまくっている。

「…女将…パンダ好きなんですか…?」
「あらっ! どうしてわかるの! すごくなぁ~い!」

 …やっぱり…

女将はJK口調で驚きを表している。

「パンダってさ、かわいいわよねぇ。丸くってコロコロしてて、顔も笑ってるようだものねぇ…。見ていてほんと癒されるわぁ~ウフ~。」

女将はパンダに思いを馳せてウットリしている。

  …料理の研究じゃなくて、単なるパンダ巡りじゃねーかよっ!
 しかも女将! あなたも十分丸くてコロコロしてますよっ!

あらゆる疑念に苛まれる俺に、女将はスッと料理を差し出した。

「揚げ豆腐のネギダレかけでございまぁ~す。熱々のうちにどうぞ!」

いろんな都市に、しかも中国にまで渡って研究した割に素朴な料理じゃないか。せめて中華とかならわかるけど…。そう思いながらも一口食べてみる…。

 う…うまい…うますぎる!

 熱々に揚げた豆腐の上にこれでもかってくらいのネギ。ネギは醤油と…ゴマ油?
 シンプルだけど、揚げ豆腐を最高に引き立てるタレだ!
 俺は脇目も降らずに無我夢中で女将の料理を食べ続けた。このところ心労で、あまり食べ物が喉を通らなかった。こんなにたくさん食べたのは久しぶりだ。女将の料理を堪能していると、何とも言えない幸福感が俺を包み込んだ。

「どうぞ。」

完璧なタイミングで女将は俺にほうじ茶を差し出した。

俺は黙ってほうじ茶を飲んだ。ほうじ茶の香りに癒された。心がホッコリしてしまった…。そして迂闊にも、涙が頬を伝ってしまっていた。そんな俺を見て、女将は新しいおしぼりを差し出してくれた。熱々だ。顔の上に乗せると、何もかも許してくれるような温かい愛に包まれたような気持ちになった。

俺は涙を拭いて、女将にお礼を言った。

「生きていると…いろいろあるわよね…」

女将は洗い物をしながら、俯いたまま呟いた。俺は女将に全てを聞いてもらいたくなった。

「女将…俺の話…聞いてもらえますか?」

女将は大きなグラスにたっぷりとハイボールを作り、俺の前に置いた。



「とことん付き合うわよ!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...