Varth統一戦史

神無海ユキ

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第46話 レーゼ

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レーゼ

 ワタシは島が沈んだ後、特待生としてコミュニティアに移住した。
コミュニティアは一言で言うとクソみたいな国だ、役人は腐り果てるまで腐ってて、ほとんどの人は無気力のアル中かギャング、一党独裁で社会は硬直、クーデタを起こすような気力さえもう国民には無い。
 ただ、コミュニティアのほぼ半分を支配しているネイピア財閥が科学局の代々長官をつとめることになっていて、科学研究にだけは資金がじゃぶじゃぶ入ってくる。科学者にとっては天国だ。他の国ではタブーとされてる研究もコミュニティアではすいすい行える、やばい人体実験だって犯罪者に対しては行っていいという法律もある。さらに地下でどれだけえぐい人体実験がされてるかわからない。でもそれは良いことだとワタシは思う。
 人間は良くはならない、犯罪者は更生しない、痴呆老人は正気には戻らない、人体実験の素材にして社会に役立ってもらうのが一番いいじゃないか。人体実験というと悪そのものというイメージだけれど、人体実験なしで医療や科学の進歩なんてありえない。結局やってみなきゃわかんないのだ。コミュニティアの科学力がインペリアやエクスの何倍ものスピードで進歩したのは、科学者の才能の問題ではなく、99%人体実験の成果だ。
 
 レムからの連絡を受けてワタシは医術と、特に麻酔、催眠、洗脳の技術を勉強した。
 催眠とか洗脳ってものは、胡散臭いオカルトだと思われているけれど、催眠や洗脳は実際に可能で、むしろ社会というものの根幹をなしている基幹技術となっている。人間は全員何らかの催眠や洗脳状態にある。催眠や洗脳状態にないバニラの状態のほうが非常にレアである。
 子供はまず親に洗脳され、メディアや教育によってそれを強化する。人間の真偽判定プログラムというのは非常に単純で、何度も反復して与えられた情報を真実だと思う、基本的にはそれだけだ。それを理性によって打ち消して論理計算を用いて考えられる人間はほんのわずかにすぎない。

 時間と薬剤を使えば、誰にでも、どんなものだって、信じさせることが出来る、ただ直感、とかけ離れたものほど埋め込むのに時間がかかる。太陽が光の神だ、ということを信じさせるのはすごく容易だ、けれど太陽が悪魔で邪神だ、というようなことを埋め込むのは難しい、直感とかけ離れているから、毎日毎日太陽を見て、何度も強化を受けてるから、それでも時間をかけて、強いドラッグを使えば可能だ。幼少期からの埋め込みをすればさらに完全になる。
 研究を続けてるうちにこれで人類を幸福にすることが出来るっていうことが
わかってしまった、戦争なんかによらないで、全員に「幸福」の催眠状態を与えればいい。それは全然不可能じゃない。人類に暴力をタブーとするような強力な洗脳をかけることが出来る。平和を愛し、欲を抑える、貪欲を戒める、宗教がやろうとしていたことを埋め込むことが出来る。
 いわゆる「悟り」っていうのは他人の助けを借りないで強力な自己洗脳をかけた状態だ。死後の世界があり、そこで救われる、っていうことを強く強く自己催眠をかけていくと本当に、それを信じることが出来て、本当に一切の恐怖がなくなる。
 同じように清貧に、たった一人で修行をすることが、幸福である、という自己洗脳を強力にかければ、本当に何も必要なものがなくなる。友人がほしければ勝手に作りだせるし、もはや何も必要なものなどない。
 そういう強力な自己催眠をかけるのは、才能が無い人間には一人では難しいし、シラフではさらに難しい、けれどクスリや他人の協力があれば、どんな人間でもその催眠状態に持っていける。
 催眠っていうのは上書き作業だ、人間の脳にはハードディスクと同じように消去する、という機能は無い。ただ上書きをすればもとのデータが消える。
催眠とは、基本的には繰り返し同じことを繰り返し入力して、すべて上書きでもとの記憶を塗りつぶしていく作業だ・・すべてを忘れさせることだって出来る・・・

 ワタシは研究の最後に強力な催眠導入作用と強烈な多幸感に満たされるドラッグ
「エキサイター」を完成させた。
 これで人類を救える、これで幸福な未来を作れる・・・

 けれどまったくそんな気がおきなかった。というかこんなこと絶対に嫌だと思った。
 なぜ神は人類を幸福にしなかったのか、神の采配に気づいた。人間は苦痛よりも圧倒的に快楽に弱い。 
「エキサイター」ドラッグは人間の快楽を何百倍にも増幅させる。
神はなぜ人間を幸福にしなかったのが、その理由は人間を幸福にするってことは人間からココロを奪うってことだからだ。この物質化された「幸福」はすべての人間を完全な中毒にし、完全な幸福を与え、ただ幸福を求めるだけの奴隷にする。これがどんな兵器よりも優れた、「幸福」という最終兵器、だ。
 そしてこれが取り返しのつかない本当の終わりをもたらすものだと思った。核兵器やナノ兵器、アンドロイド部隊よりも何億倍も質が悪い。こんな幸福中毒の覚悟者ばっかりのイキモノなんて気色悪いだけだ。愚劣で阿呆で差別と殺戮ばかり繰り返してる猿のほうがよっぽどマシってものだ。

 ワタシは人類の幸福なんて願ってない、はじめっからそうだった。人類の幸福なんて一体誰が望んでいるのか?誰もそんなの望んじゃいない、平和なんて誰も望んでない。そんなのはコトバだけのものだ。
 ワタシはレムに好きになって欲しいと願ってると思っていた、でもそれも違った。レムが誰かを好きになるってことが全く想像出来ない。
 そうじゃなくて、ワタシはレムを救ってあげたいと思っていた。ずっとレムは寂しそうだった・・・ワタシにはレムの考えてることはさっぱりわからない、レベルが違いすぎる、でもワタシはレムが寂しそうだと思った、世界の誰にも理解されない。
 レムはまるで周りは犬とか猫ばっかりの世界で1人だけ人間という世界に住んでるようだった、だからワタシがそばにいなきゃいけないと思っていた。
 
 けれど、レムがモディファイア手術に成功してからというもの、カイ、が誕生してからというもの、レムは明らかに世界革命への熱意を失った、仕事はちゃんとしているけど、熱意というものが何も無くなった、そしてワタシも必要とされなくなったのをハッキリと感じた。
 レムの興味はレムが神様に似せて作った「カイ」というモディフィアに向かってしまった。その時からワタシをレムを殺すことだけを考えるようになった、でもそれじゃ駄目だ、カイを殺さないといけない。そうやって初めて、レムにも人間のココロってものが理解出来るようになるだろう。レムという神様は改造人間を愛することで人間のレベルまで降りてきた。その堕落の代償を払ってもらわなければ。


 カイは研究所の地下で、第五惑星のテラフォーミング用のロケットを作っていた。ワタシを見ても目もくれなかった。
レーゼ「ワタシが何をしに来たかわかってる?」
カイ「知ってます、でもニーナ先生にもう人は殺すなって言われてるんで、抵抗もしません、死、を恐れていないので、感情を持たないってことはそういうことですよ。別にニーナ先生に死ねって言われたら死にます、あなたはそれが受け入れられないんでしょう?」
 そういえばレーゼに初めにそう言われた、ボクが死ねと言ったら死ね、それが仲間に入れる条件だった。レムは完全じゃなかった、カイは完全な存在だ。いますぐひざまずいて許しを乞いたい気分だ。こんな無垢な少女をワタシは殺そうとしてるんだ。
「ワタシが女で良かった、女は禍いをもたらす、単なる嫉妬で神さえも殺せる」


 コミュニティアの研究所の前で待っているとレムがとぼとぼとやってきた。嘘みたいに天気が良かった、大海嘯がすべてを洗い流して、新しい世界の再生が始まったっていうことなんだろう。この対Xウィルス防護服を着てるのがもったいないくらい、深呼吸してこの新鮮な空気をめいいっぱい吸い込みたい。そうだ、もうカイは死んだんだからこれを外していいんだ、新鮮な空気が髪をサラサラとなびかせた。空気がキレイになった、これだけでも人類を滅ぼす価値があったというものかもしれない。

レーゼ「リアルで会うのは何年ぶり?」
レムがニーナになってから実物を見るのは初めてだ。
レム「アルカが言った通りだったな、女はすぐに裏切るから組織には入れないほうがいい、その通りになった」
レーゼ「悲しみとか怒りってものが理解出来たでしょう?それが人間の正しい姿だ、怒ったり、泣いたり、悲しんだり、憎んだり、笑ったり、人を殺したり、人を愛したり。
 必死に努力して他人の命を救ったかと思えば、次の日には殺人を犯していたりする、それが人間の素敵なところだと思わない?
 誰かの為に泣けるようになったら、きっと笑うことだって出来るようになるよ、そうしたら生きるのが楽しくなるんじゃないか・・・な・・・」
 胸からじんわりと熱が広がっていく、痛くなんかない、爽快な気分だ。
あぁ空が本当にキレイ・・・人間は空がキレイだってことだけで満足するべきだった、太陽がキラキラ輝いて、風が気持ちよくって、空が青い、サラサラと草原に風が流れて、それだけで十分なはずなのに、空を飛ぼうなんて馬鹿げた願いを抱く・・・でもワタシはその馬鹿げた人間のほうが好きだ・・・
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