人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています

ぺきぺき

文字の大きさ
43 / 80
第7章 ーノエル編ー

1 学園入学前

しおりを挟む
三方を他国に囲まれた内陸の国・ルクレツェン。年間を…。


この紹介、もういらないよね?みんなも聞き飽きたでしょう?
それに私のことを話すなら、ルクレツェンは置いておいて、オールディでの生活から話を始めないといけないと思うの。


ーーーー



私、ノエル・ボルトンが覚えている一番昔の記憶は、2歳か3歳の時のこと。初めて母の職場に遊びに行った時のことだ。
父と一緒にお弁当を作って持って行ったのだ。このころから父は料理上手だった。

当時ボルトン一家はルクレツェンの国境に近い、オールディの辺境の町に住んでいた。父は当時、新聞記者をやめて作家の仕事と辺境の学校で簡単な読み書きを教える仕事をしていた。
母は辺境の騎士団に勤めていたことから、一家は騎士団の宿舎で生活していた。


白に近いサラサラのシルバーブロンドに、ノエルにも受け継がれたキラキラした青い目をしたとても綺麗な自慢の母だった。真っ黒な仕事着は簡易な甲冑になっていて、職場の同僚はみんなムキムキで、初めて行った職場では殴り合いや蹴飛ばし合いの訓練をしていた。
だから当時のノエルは、母はあんなに細いのに、すごく強いのだと思っていた。

「しゅごーい!ノエルもああなりたーい!」

見よう見まねでパンチやキックをいつまでも練習しているノエルを見た父は、女の子なのに!と青ざめたとはよく聞いた昔話だ。


母の仕事は、ルクレツェンにやってきてから知った。母は国境警備を担う、オールディの黒薔薇騎士団に所属していたのだ。

「ママン!」

「ノエル!来てくれたの!」

書類の山を倒しそうになりながら母がデスクから立ち上がり、駆け寄るノエルを抱きしめてくれる。母はノエルに対してだけスキンシップ過多だった。
母からはいつも清潔な石鹸のにおいがして、今でもノエルの一番好きなにおいだ。そのほかにも、母が誕生日にだけ作ってくれるケーキが一番好きだったし、寝る前には母の歌がないとだめだった。

「ノエルもムキムキになりたい!」

「え?」

「パンチとキックでぼっこぼこにしてやるぜ!」

「え??」

「ごめん、ローズ…。ここに来るまでに、黒薔薇騎士団のみんなの訓練場の横を通って、ノエルが…汚い言葉を…たくさん覚えちゃった…。」

「ちまちゅりだあ!」

三つ子の魂、百まで。ノエルは成長して言葉遣いは矯正されても、喧嘩好きな精神までは矯正されなかった。



ーーーー



ノエルの辺境での穏やかな生活は5歳の時に終わった。



「ノエルちゃん、いつもお手伝いありがとうね!」

ノエルは父も母も仕事をしている時は騎士団の食堂で簡単なお手伝いをしていた。

「もっと大きくなったらおばさんにお料理も教えてもらうの!血の滴る魔獣ステーキをね、ママンとパパンに作ってあげるの!」

「ノエルちゃん…かわいい顔で『血の滴る魔獣ステーキ』なんて言わないのよ…。アーチ―隊長の好きなメニューよね。ローズとカイルはお腹壊さないかしら…。」

オールディには聖女様たちが作る”祈りの結界”がある。このためオールディに魔獣は出ないが、辺境のこの地では結界外で狩られたものが持ち込まれるのだ。
その中で、最高の料理は魔獣の肉をレアに焼いたステーキなのだと、黒薔薇騎士団の隊長は言っていた。


「今日は外が騒がしいわね。」

料理人のおばさんと一緒に食堂から正門の方を見ると、黒薔薇騎士団の黒い装束とは対照的な白い制服を着て剣を携えた騎士たちが誰かを連行しているのが見えた。背の高い騎士たちの間から見えるのは小柄な黒い装束とシルバーブロンドだ。

「ママン!」

ノエルは驚いて食堂を飛び出して集団に走り寄る。母は白い騎士たちに引っ立てられながらも、ノエルを見て目に涙をためて首を横に振っている。

「ママン!待って!」

「こら!ノエル!だめだ!」

黒薔薇騎士団の隊長がノエルを抱き留める。

「後でママンのところに連れて行ってやるから、今は白薔薇騎士団を邪魔しちゃいけない。」

「ママン、どこ行くの?すぐ帰ってくる?」

隊長は曖昧に笑うだけだった。そして、母が辺境に帰ってくることはなかった。



ーーーー



「ノエル、ママンは首都にお仕事に行ったんだ。」

父は宿舎で荷造りをしながらノエルに言って聞かせた。

「いつ帰ってくる?」

「それはわからない…。これからパパンと一緒に首都にママンを迎えに行こう。」


ノエルは言葉にできない大きな不安を抱えながら、父に手を引かれて慣れ親しんだ辺境を離れて隊長と一緒にオールディの首都に出た。
隊長と父が二人で出かける間は隊長の部下の人に預けられた。お手製のサンドバックにもなるウサギの人形をもらって、部下の人たちの訓練の隣で一緒に訓練しながら父と母の帰りを待ったが、帰ってくるのはいつも父だけだった。


やがて父は作家の仕事の傍らに黒薔薇騎士団の本部で事務の仕事をするようになり、ノエルもそこで一緒に暮らした。


母がいない寂しさでノエルはよく夜中に泣いていた。その度に毎日疲れているはずの父が起きて抱きしめて慰めてくれた。

ノエルの夜泣きがおさまったのは愛猫のオズマに出会ってからだ。青っぽい毛をしたそのスリムな猫はノエルが一人で遊んでいる時に毎回現れて、にゃーと鳴いて一緒に遊んでくれた。
その猫についていくと、必ず父が仕事をしているところに会えるのだ。
一緒に歌を歌いながら飛び跳ねていたのをよく覚えている。


これはもうお友達だろうと思って、外国のお話に出てくるお姫様の名前をとってオズマと名付けた。そしたら毎日一緒にいてくれるようになったのだ。
父も苦笑しながら飼うことを許してくれて、黒くてかっこいい首輪をつけてあげた。…とても嫌がっていたが。



母に会えたのは、突然の別れから半年後のことだった。ノエルはその再会を今も鮮明に覚えている。

病院のベッドでひどくやせ細った母がノエルを見て涙を流していた。ノエルを抱きかかえていた父も呆然としていたのをよく覚えている。

今にもいなくなってしまいそうな母に、自然とノエルも泣き出してしまった。


「ママン…。」

「ノエル…会いたかったわ…。カイルも…。」

母は真剣な目でノエルに言って聞かせた言葉は今でもよく覚えている。

「ノエルは強い子になるわ。喧嘩も強いんだけど、心も強い子になるのよ。あなたはママンの誇りだわ。
世界にはいろんな人がいるのよ?みんなで一つの世界なの。自分と違う人をいじめるんじゃなくて、仲間として迎えてあげることがあなたにはできるはずよ。ママンの大好きなノエルなんだから。」


母が亡くなったのは再会のわずか一月後のことだった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...