二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

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第一章 Side A

2 エリーと大きな父

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王太子はブルテンの北部にある通称”魔女の森”にでかけて、行方不明となった。護衛も引き連れていたのだが、王子一人が忽然と消え、そして帰ってこなかったのだ。

”魔女の森”とはその名の通り、魔女と呼ばれる怪しげな術を使う女たちが暮らす森だ。

ブルテンに魔法使いはいないが、大陸の内地にあるとある国では魔法が盛んに使われている。ブルテンにいる魔女たちははるか昔にその国で迫害を受け、逃げてきた者たちの末裔なのだとか。

王太子はそんな魔女たちの力を借りたいと会いに行ったのだ。


なぜ力を借りたいのか…。これにも海馬部隊がかかわっていた。


王太子は優秀な人物で、ブルテンの誇る最強の海馬部隊の弱点に気づいた。海馬の飼育にも、軍の戦闘にも直接関わったことがないのにも関わらず、だ。

王太子は同様に海馬部隊の弱点に敵国が気づくことを危惧していた。

敵国、例えば好戦的なポートレット帝国に自分のように敏い者がいたら…。いなくても海軍から知識を持った裏切り者がでたら…。

そんな日が来ることを危惧した王太子は海馬部隊に次ぐような戦力を手に入れようと動いていたのだ。


そして、帰ってくることはなかった。



そして、あまりにも多くのことが変わった。



まず、第二王子であったフェイビアン。彼は王太子の行方不明直後から王太子教育を受け始めた。

ずっとブラッドリーに一番を取られてもなんとも思っていなかったフェイビアンだが、優秀だった兄のようになることを国王から求められた。
フェイビアンは優秀であったが、それは勤勉であるからだ。一を聞いて十を知る兄のような優秀さはなかった。

そのため、ブラッドリーが親から言われて成績を落とすことになった。

中等部二年のときに初めてフェイビアンが首席となった時のブラッドリーの顔がエリーは忘れられない。


そこから二人の関係は複雑なものとなった。フェイビアンはブラッドリーの言うことに否やを唱えなくなったのだ。
生徒会長にはフェイビアンがなったが、実質の生徒会長は副会長であったブラッドリーだった。


城にいた王太子の理解者たちは、王太子が危険な魔女の森に行くことを止められなかったとして近しい侍従たちは左遷され、支持者の大臣は窓際の役職に追いやられた。

そして、『海馬部隊の実力を疑った王太子に罰があたったのだ』という噂が広まり、海馬部隊無敵神話が強く押されるようになった。

エリーの父であるアーチボルト侯爵は英雄のようにあがめられ、脳筋の兄たちは調子に乗った。実際に海馬部隊は先月もポートレット帝国の海軍と衝突し、退けていた。
ここ百年ほど海馬部隊は負けたことがないのだ。

また、いなくなった王太子は海馬部隊の弱点を誰にも教えなかった。敏い王太子しか気づけなかったことをどうして脳筋の多い海軍が気づけるだろうか?


なんの対策もされないままに三年が過ぎていた。



もちろん、エリーの周囲も大きく変わった。


まず、フェイビアンとの婚約話は立ち消えとなった。エリーに王太子妃ひいては王妃は務まらない。王妃となれば実家の後ろ盾は必須。もちろん後ろ盾としてアーチボルト侯爵家は力のある家だが、政治や社交には向かない。
先に述べたような問題もあるし、突然に立太子することになったフェイビアンには死角のない優秀な妃が必要だった。

それに、海馬無敵神話の台頭で海馬部隊に入ることを望まれるようになった。そうなるとエリーには王立学園に滞在する意味はなくなった。

父であり海軍のトップであるアーチボルト侯爵の強い勧めで、エリーは中等部卒業後は高等部に進学せずに領地に行き、海軍に所属することになった。


フェイビアンとの婚約がなくなれば、幼馴染二人との接し方も大きく変わった。未来の彼らの婚約者のために、近すぎる距離は問題であるとされたのだ。

生徒会には一緒に所属していたが、かかわりは最小限になった。何より、エリー自身の王立学園に入学できるほどの才女であったが、才女である必要はもはやなくなってしまったのだ。

周りから求められるものが変わったことは勉強も好きであったエリーには苦痛だった。長期休暇で領地に戻るたびに脳筋な兄たちから『そんなものは軍では何の役にも立たない』と言われ続ければそうだろう。

でも、王立学園にいるのもまた、エリーには苦痛だったかもしれない。フェイビアンの婚約者候補から外れた後は、周囲のエリーへの扱いもまた変わっていたから。


エリーは心臓が重たいのを感じながら、中等部を卒業し、領地へと帰った。



ーーーー



「帰ってきちゃったかあ…。」

エリーが乗る馬車の窓からは海が見える。ぼーっと海を眺めていると海面を駆けるように白い大きな馬のようなものが進んでくるのが見えた。

海馬である。

海面を駆けるよう、とは言うが実際は下半身の鱗の生えた尾ひれで高速で水を掻いているのだ。馬のような上半身とその背にまたがる真っ赤な髪の男が見えるため、馬が海を走っているように見えるのだ。

野生の海馬は派手に海を駆けることはないし、人も背には乗せない。なのであれは海軍所属の海馬である。現在、海馬部隊には約90頭の海馬が使役されている。

そして、今見えている一等立派な海馬とその主はエリーの良く知る人だ。


エリーが侯爵家の門の前まで来るとちょうど隣接の海軍基地から先ほどの真っ赤な髪に真っ赤な髭の大柄な男が走って出てきた。

「エリー!おかえり!」

男はエリーに駆け寄るとたくましい腕で持ち上げるように抱きしめた。

「ち、父上!ただいま帰りました!」

「ああ!王立学園を卒業しただなんて!すごいぞ!」

「中等部だけですよ…。」

エリーは父の胸に顔をこすりつけて涙目をごまかした。エリーが王立学園に入学した時も、褒めてくれたのは父だけだった。海軍でエリーの頭が役に立つと言ってくれたのも父だけだ。

「うちでは誰もできなかったことだ!誇りに思っていいんだぞ!」

父は豪快にわははと笑うとエリーの肩を抱いて門をくぐった。15歳の少女にしては長身でまだまだ背が伸びているエリーだが、父の胸元に届くかどうかという背丈だ。
父・アーチボルト侯爵は相棒の海馬と同じく規格外の巨体の持ち主なのだ。

「ついにエリーも海馬を使役するんだなあ…。あの小さかったエリーがなあ…。」

末っ子の成長が感慨深い父が涙ぐみながらエリーの肩を抱く手に力をこめる。ちょっと痛い。

「…もしかしたら、海馬を使役できないかもしれません。父上も私が野生の海馬になつかれないのを知っているでしょう?」

そう、そうなのだ。エリーは小さい頃から海馬を見ている。綺麗な生き物だと思う。海馬は好きだ。父や長兄の海馬たちはエリーにも優しい。
しかし、主のいない野生の海馬たちはエリーに興味を示さないのだ。

使役するためには海馬たちからなつかれないといけないのに。


「きっと大丈夫だ!エリーのことを気に入ってくれる海馬がいるさ!」

大好きな父に励まされてもエリーの不安は晴れなかった。むしろその能天気さがさらに不安を煽る。エリーはこっそりため息をついた。



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