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第一章 Side A
1 エリーと二人の幼馴染
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ブルテンは大陸の北にある島国である。四方を海に囲まれていながら、大陸の国々と国交を開き、”海を統べる国”と呼ばれていた。
船での貿易で国を盛り上げたことはもちろんのこと、最強の海軍を有することからこの名で呼ばれるようになっていった。
この最強の海軍を代々率いるのがアーチボルト侯爵家である。
アーチボルト侯爵家が率いるブルテン海軍の最強たる所以の一つは、海を駆ける海馬部隊である。
”海馬”とは、海で生きる半馬半魚の魔獣のことであり、海軍には秘伝の海馬を使役する術が存在していた。
軍人たちに使役された海馬は、主を背に乗せて船の倍以上の速さで海を駆ける。立派な体躯を持つ海馬は一頭で敵船を転覆させ、複数集まれば海を操って波をおこす。
海馬軍を持たない他国では太刀打ちのしようがなかった。
現在のアーチボルト侯爵は炎のように真っ赤な髪をしたたくましい男で、美しく群を抜いて大きな白い海馬を相棒に連れていた。
常勝将軍と呼ばれて、国王にも勝る尊敬を国中から集める人物であった。
アーチボルト侯爵には三男二女の5人の子供がおり、この年に四番目の三男が15歳でアーチボルト領にある軍立学園を卒業し、相棒となる海馬を使役した。
アーチボルト家では、海馬を使役することで一人前として認められ、海軍に所属する。これは男女問わずであり、武門の伯爵家に嫁入りしたばかりの長女も結婚までは海軍に所属していた。
これで海馬を使役していないのは12歳の末娘・エリザベスのみである。
ーーーー
「そうか、ウォルター殿も無事に海馬を使役されたのか…。」
「灰色の海馬らしいよ。兄上は本当は父上みたいな白い海馬を使役したかったみたいだけれど。」
城にある王族のプライベートスペースである庭にて、剣の鍛錬を終えた三人の少年少女が座り込んで話をしていた。
少年の一人は輝く金髪に水色の瞳の持ち主で、フェイビアン・ブルテン第二王子である。その隣には黒髪に整った顔立ちのブラッドリー・オルグレン公爵令息がいた。
将来的に、国王陛下や王太子殿下を支えて、ブルテン国を盛り上げていく立場にある有望な少年たちだ。
そこに交じる紅一点は長い茶髪をポニーテールにした深い青の瞳が印象的なスレンダーな少女である。エリーと呼ばれた少女は少年たちと同じように鍛錬後の装いで座り込んでいた。
「何色でも海馬は海馬だろう?確かに侯爵の海馬はとんでもなく大きいけれど。」
「エリーも王立学園に合格していなければ軍立学園に入学していて、海馬を使役していたかもな。」
エリー達は王立学園の中等部への入学を一週間後に控えていた。ブルテンで最も優秀な学生が集まる学び舎であり、身分を問わずに入学試験を合格した者だけが通うことができる。
国一番の武門であるアーチボルト侯爵家の末娘であるエリーが王立学園に通うのは異例なことであったが、高位貴族の子女が王立学園に通うことはいわば当然のことであった。
家を継ぐ貴族の嫡子や出世を望む平民の子供たちはもちろんのこと、高位貴族に嫁ぐ令嬢たちにも王立学園を卒業することは必須と考えられていた。
エリーが兄姉たちと異なり、王立学園に入学することになったのは、もちろんエリー自身が優秀であったこともあるが、幼馴染であるフェイビアン殿下と良好な関係を築いていたことが理由だった。
アーチボルト侯爵家は武門の一族であることから、高位貴族との婚姻による結びつきが弱かった。
国にとって重要なのは海馬部隊を絶やさないことであり、海馬との相性がいいアーチボルト家の子供たちは男女を問わず海軍に所属している。
夫を支え、家を盛り立てていく高位貴族の夫人になれるような教育は、もちろんほどこされるはずがない。
王族にとってもアーチボルト家は切り離してはいけない大切な家だった。婚姻によって縁を結べるなら結んでおきたいのが正直なところだ。
一部の内地の貴族には野蛮な家だと思われているアーチボルト侯爵家の令嬢を王太子妃に迎えることは逆風が強いが、第二王子妃ならば王立学園の中等部に入学できるほど優秀ならば反対の声も抑え込めるだろう。
優秀な王太子は昨年に王立学園の高等部を卒業し、来年には結婚する予定であり、第二王子のスペアとしての仕事も終わりが近い。
ゆくゆくは婚約を…という王家の思惑があってのことだった。
「エリーは頭もいい。海軍に入っていたら軍師として活躍してたんだろうな。」
「海軍には私よりも頭のいい人がいっぱいいるのよ、エイブ。それに頭だったらブラッドの方がいいじゃない。なんてったって主席合格なんだもの。」
幼い頃から仲良くしてきた二人だが、大人たちの思惑のような恋愛感情は持っていなかった。仲の良い友人の一人として接してきた。
むしろ、努力家のエリーに対して熱視線を送っているのは二人の幼馴染であるブラッドリーの方であった。エリーは全く気付いていなかったが。
しかし、武門のトップであるアーチボルト侯爵家のエリーが代々宰相を輩出するオルグレン公爵家の夫人になることは、王家を含む三家ともに望んではいなかった。
「それはそうだ!第二王子を差し置いて主席だなんて、不敬だぞ!」
フェイビアンはからかう様にブラッドリーをつつくが、低位貴族が見れば真っ青になりそうなこのからかい文句もブラッドリーには慣れたものだった。
フェイビアンに咎める気持ちは全くないのだから。
「将来的な生徒会長はブラッドリーで決まりだな。」
「そうね。今から会長って呼んじゃいましょう!」
「それはやめてくれ。」
和気あいあいとした少年少女の友情も王立学園にて大きく歪むことを余儀なくされてしまった。
三人が学園に入学した一月後に優秀な第一王子である王太子殿下が行方不明になったのである。その後、三年間、王太子は見つかることがなくフェイビアンは中等部卒業と同時に立太子することとなったのだ。
船での貿易で国を盛り上げたことはもちろんのこと、最強の海軍を有することからこの名で呼ばれるようになっていった。
この最強の海軍を代々率いるのがアーチボルト侯爵家である。
アーチボルト侯爵家が率いるブルテン海軍の最強たる所以の一つは、海を駆ける海馬部隊である。
”海馬”とは、海で生きる半馬半魚の魔獣のことであり、海軍には秘伝の海馬を使役する術が存在していた。
軍人たちに使役された海馬は、主を背に乗せて船の倍以上の速さで海を駆ける。立派な体躯を持つ海馬は一頭で敵船を転覆させ、複数集まれば海を操って波をおこす。
海馬軍を持たない他国では太刀打ちのしようがなかった。
現在のアーチボルト侯爵は炎のように真っ赤な髪をしたたくましい男で、美しく群を抜いて大きな白い海馬を相棒に連れていた。
常勝将軍と呼ばれて、国王にも勝る尊敬を国中から集める人物であった。
アーチボルト侯爵には三男二女の5人の子供がおり、この年に四番目の三男が15歳でアーチボルト領にある軍立学園を卒業し、相棒となる海馬を使役した。
アーチボルト家では、海馬を使役することで一人前として認められ、海軍に所属する。これは男女問わずであり、武門の伯爵家に嫁入りしたばかりの長女も結婚までは海軍に所属していた。
これで海馬を使役していないのは12歳の末娘・エリザベスのみである。
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「そうか、ウォルター殿も無事に海馬を使役されたのか…。」
「灰色の海馬らしいよ。兄上は本当は父上みたいな白い海馬を使役したかったみたいだけれど。」
城にある王族のプライベートスペースである庭にて、剣の鍛錬を終えた三人の少年少女が座り込んで話をしていた。
少年の一人は輝く金髪に水色の瞳の持ち主で、フェイビアン・ブルテン第二王子である。その隣には黒髪に整った顔立ちのブラッドリー・オルグレン公爵令息がいた。
将来的に、国王陛下や王太子殿下を支えて、ブルテン国を盛り上げていく立場にある有望な少年たちだ。
そこに交じる紅一点は長い茶髪をポニーテールにした深い青の瞳が印象的なスレンダーな少女である。エリーと呼ばれた少女は少年たちと同じように鍛錬後の装いで座り込んでいた。
「何色でも海馬は海馬だろう?確かに侯爵の海馬はとんでもなく大きいけれど。」
「エリーも王立学園に合格していなければ軍立学園に入学していて、海馬を使役していたかもな。」
エリー達は王立学園の中等部への入学を一週間後に控えていた。ブルテンで最も優秀な学生が集まる学び舎であり、身分を問わずに入学試験を合格した者だけが通うことができる。
国一番の武門であるアーチボルト侯爵家の末娘であるエリーが王立学園に通うのは異例なことであったが、高位貴族の子女が王立学園に通うことはいわば当然のことであった。
家を継ぐ貴族の嫡子や出世を望む平民の子供たちはもちろんのこと、高位貴族に嫁ぐ令嬢たちにも王立学園を卒業することは必須と考えられていた。
エリーが兄姉たちと異なり、王立学園に入学することになったのは、もちろんエリー自身が優秀であったこともあるが、幼馴染であるフェイビアン殿下と良好な関係を築いていたことが理由だった。
アーチボルト侯爵家は武門の一族であることから、高位貴族との婚姻による結びつきが弱かった。
国にとって重要なのは海馬部隊を絶やさないことであり、海馬との相性がいいアーチボルト家の子供たちは男女を問わず海軍に所属している。
夫を支え、家を盛り立てていく高位貴族の夫人になれるような教育は、もちろんほどこされるはずがない。
王族にとってもアーチボルト家は切り離してはいけない大切な家だった。婚姻によって縁を結べるなら結んでおきたいのが正直なところだ。
一部の内地の貴族には野蛮な家だと思われているアーチボルト侯爵家の令嬢を王太子妃に迎えることは逆風が強いが、第二王子妃ならば王立学園の中等部に入学できるほど優秀ならば反対の声も抑え込めるだろう。
優秀な王太子は昨年に王立学園の高等部を卒業し、来年には結婚する予定であり、第二王子のスペアとしての仕事も終わりが近い。
ゆくゆくは婚約を…という王家の思惑があってのことだった。
「エリーは頭もいい。海軍に入っていたら軍師として活躍してたんだろうな。」
「海軍には私よりも頭のいい人がいっぱいいるのよ、エイブ。それに頭だったらブラッドの方がいいじゃない。なんてったって主席合格なんだもの。」
幼い頃から仲良くしてきた二人だが、大人たちの思惑のような恋愛感情は持っていなかった。仲の良い友人の一人として接してきた。
むしろ、努力家のエリーに対して熱視線を送っているのは二人の幼馴染であるブラッドリーの方であった。エリーは全く気付いていなかったが。
しかし、武門のトップであるアーチボルト侯爵家のエリーが代々宰相を輩出するオルグレン公爵家の夫人になることは、王家を含む三家ともに望んではいなかった。
「それはそうだ!第二王子を差し置いて主席だなんて、不敬だぞ!」
フェイビアンはからかう様にブラッドリーをつつくが、低位貴族が見れば真っ青になりそうなこのからかい文句もブラッドリーには慣れたものだった。
フェイビアンに咎める気持ちは全くないのだから。
「将来的な生徒会長はブラッドリーで決まりだな。」
「そうね。今から会長って呼んじゃいましょう!」
「それはやめてくれ。」
和気あいあいとした少年少女の友情も王立学園にて大きく歪むことを余儀なくされてしまった。
三人が学園に入学した一月後に優秀な第一王子である王太子殿下が行方不明になったのである。その後、三年間、王太子は見つかることがなくフェイビアンは中等部卒業と同時に立太子することとなったのだ。
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