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第一章 Side A

6 エリーといなくなった王太子

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エリーが城でフェイビアンやブラッドリーと知り合ったのは9歳のときだった。父がエリーが妻に似て優秀であると自慢したのを国王陛下が聞きつけて、フェイビアンの学友の一人として城に呼ばれたのが理由だった。

実際にエリーはアーチボルト家の子にしては礼儀正しく、物覚えもよかった。少し遅れていた教育もあっという間に二人に追い付いて一緒に学ぶようになったし、鍛錬に関しては二人よりもはるかに強かった。

そんなこんなで学友として認められたエリーは夏はアーチボルト領で、冬は王都で過ごすという生活を送っていた。


エリーが10歳の冬のこと、アーチボルト領を含むブルテン東部で質の悪い風邪が流行し、多くの子供や老人、体の弱い女性が亡くなった。その中にはエリーの母も含まれた。

当時、エリーと既に海馬部隊の一員であった長兄・フレデリックは王都におり、病床の母の命令でフレデリックだけがアーチボルト領に呼び戻され、まだ子供であったエリーは王都にとどめられた。

アーチボルト家の頭脳であった母は、その仕事を子供の中では頭脳派であるフレデリックとエリーに引き継いでいた。フレデリックが母に何かあった時のために呼び戻されるのは当然であった。


エリーはただ一人、王都で母の回復をずっと祈っていた。



そんな時にお会いしたのが、当時王太子であったセオドア殿下である。

セオドアはフェイビアンとそっくりな金髪と水色の瞳をしたハンサムな青年だった。当時は17歳で、一人で王都に残されたエリーを心配して訪ねてきてくれるほどに優しい人だった。
18歳だった長兄のフレデリックはセオドアと知り合いであったらしく、エリーのことを聞いていたらしい。

「侯爵夫人が回復するように祈っているよ。病気の治療法を今、調べてもらっているところだから、きっと何か見つけてくれるよ。」

身近に感染者がおらず、どこか他人事だったフェイビアンやブラッドリーと違い、セオドアは本当に病気の蔓延に心を痛めているようだった。当時から一部の国政に携わっていた彼は、すぐに人の往来を停止して、医療団を派遣してくれたらしい。

結局、母は回復することはなかった。母の死に目にも会えず、葬儀にも参列できなかったエリーを忙しい合間にもセオドアは気にかけてくれた。
その優しい王太子にエリーがなついたのは当然だった。



春が来ると流行り病は収まり、医療団が治療薬を見つけたことで翌年からは発生しても多くの死者も出さずに済んでいる。

翌年の夏、セオドアは海軍に視察にやってきた。案内を務めた長兄のフレデリックにわがままを言ってエリーも二人と一緒に海馬部隊の演習を見学した。

「アーチボルト侯爵の海馬はやはりひと際大きいのだね。」

「ええ。父のオリヴィアは歴代でも群を抜いて大きいです。」

「フレデリックの海馬も白かったが、白い海馬はアーチボルト侯爵家占有なのかい?」

「まさか!弟妹の海馬はグレーですよ。白い海馬は珍しいですが、野生にもちらほらと見られますよ。一番多いのはグレーですが、その濃淡には個体差があります。」

「あの体の大きさは使役したときからか?海軍で大きく育つのか?」

「父の海馬はもともと大きかったと聞いていますよ。でも使役してからも成長したようです。」

なんて話をしながらのどかに海馬部隊の演習を見ていた。


この視察の後だ。

セオドアが『海馬部隊の弱点を見つけた』と言い出したのは。


セオドアは情報が洩れることを恐れて、誰にも自分が見つけた弱点を言わなかった。その結果、セオドアが行方不明になった今、弱点はなかったものとみなされてなんの対策もなされていない。



ーーーー



「あの日、王太子殿下が視察したのは海馬部隊の行軍演習と海馬の世話の様子だけです。そこから危機感を抱くような弱点が見つけられるはずですよね。」

「それはそうだが、エリー。俺もあの日から毎日考えているが、さっぱりわからない。…殿下はヒントの一つも残していかれなかったからな。」

苦々しい顔をしているのは長兄のフレデリックだ。父と同じ真っ赤な髪にきれいに筋肉のついた長身の持ち主である。現在24歳で海軍の王都駐在部隊を率いている少将である。
数か月に一度、報告のために海軍基地に帰ってきている。もちろん海馬をつれて、だ。

王都は入り組んだ湾に面しており、港を持っている。その一部に王都駐在部隊が拠点を構えているわけだ。


「まあ、俺はもう海馬部隊にどっぷりつかっているからな。お前ならもしかしたらわかるかもしれない。根を詰める必要もないが、頭の片隅には置いておいてくれ。」

「兄上はどんなことを考えました?」

二人は海軍基地にある海馬の訓練スペースの波止場にて海馬の弱点について議論を重ねる。

「まあ、まずは海馬の個体差だな。複雑な指示を理解できる頭のいいものから、馬と同程度にしか操れないものまでいる。」

「じゃあ騎馬兵の弱点がそのまま当てはまるのでは?防御力が弱いとか、先制攻撃に弱いとか。」

「しかし、海馬部隊は先制攻撃の部隊だ。あまり問題にならない弱点だ。魔女の森に行くほどじゃないだろう。」

「知能差があるのに軍隊行動がとれるのは、使役されている兵によく従っているからですよね…。」

そこで遠泳に出ていた海馬一頭が背に兵を乗せて訓練スペースに入ってきた。兵の髪は目立つ赤色をしており、ぐんぐんとこちらに近づいてきて止まった。
降りてきた兵は、エリーのすぐ上の兄であるウォルターである。

「兄上、お勤めご苦労様です。」

「ああ、ウォルター。一般兵に昇格したんだったよな?おめでとう。お祝いが遅くなって悪いな。」

「兄上はお忙しいですから、仕方ありませんよ。で、エリーはここでさぼりかよ。」

ウォルターは白い海馬を使役したフレデリックを尊敬している。エリーとの態度の差はいつものことだ。

「違います。サムの水泳訓練中です。」

「サム。ああ、お前の犬か。」

ウォルターは嘲笑うようににやりとした。

「兄上は見ましたか、エリーの犬を。」

「ああ。賢い犬だな。驚いたよ。」

フレデリックがサムを褒めるので、ウォルターはむっとしたようだ。

「賢いかもしれませんが、犬は犬ですよ?海馬部隊を受け継いできたアーチボルト家の一員として恥ずかしいと思いませんか?」

「もはや海馬部隊はアーチボルト家だけのものではないだろう?血をひかない海馬兵も増えている。別にアーチボルト家が海馬部隊に執着する必要もないだろう。すでに俺たちがいるわけだしな。」

自分の意見が受け入れられなかったウォルターはますますむっとする。そこはエリーの兄歴もウォルターの兄歴も長いフレデリックがしっかりとフォローする。

「お前はちゃんと海馬を使役したんだから、そのことを誇りに思って訓練に励めばいい。エリーにはエリーの道があるだけだ。」

そこにぐんぐんと海中を白い影が泳いでくる。そして大きな波をたててエリー達の目の前に白いずぶ濡れの犬を背中にのせた白い海馬が顔を出した。
波止場に海水が広がり、海に近いところに立っていたウォルターはずぶ濡れになっていた。

「サム、おかえり。」

海馬の背からずぶ濡れのサムが飛び降りて、ぶるぶると体をふるってウォルターにダメ押しで水をかけた。ウォルターが目を吊り上げて怒ろうとしたところをフレデリックが引き留める。

「ウォルター、離れろ。メーガンも…。」

白い海馬、フレデリックのメーガンも馬部分を大きく震わせて水を飛ばした。ウォルターとサムのにおいを興味津々で嗅いでいたウォルターの海馬の顔面に派手に水が飛びさらにびしょぬれになることとなった。



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