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第一章 Side A

5 エリーと新しい相棒

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「ブラッド、聞いてたでしょう?私が学園で大女って呼ばれてたの。ブルテンの筆頭公爵家であるオルグレン家の公爵夫人が務まるはずがないわ。」

焦るエリーに対して、ブラッドリーは淡々と言葉を連ねる。

「そんなことはないだろう?エリーは努力家だし、学園での成績だって常に10位以内だったじゃないか。それに大女っていうほど大きくはない。侯爵夫人だってすらっとした美人だったじゃないか。エリーとよく似ているよ。」

ここまでならブラッドリーはエリーを褒めている。実際、エリーはちょっと赤くなったし、足元にいた犬は抗議するようにエリーのブーツを甘噛みしてきた。

しかし、その後はよくなかった。


「だから鍛錬をやめれば、筋肉が落ちるし、ますます夫人に似てくるだろう?すぐに誰も『大女』『男女』『怪力女』なんて呼ばなくなるさ。」


エリーは別にアーチボルト家に生まれたから嫌々訓練をして、強くなっているわけではない。勉強も好きだが、運動や剣技も好きなのだ。アーチボルトの血が騒ぐのか。

海軍を辞めたとしても、鍛錬はやめられないだろう。

「…わざわざ私を淑女にしなくても、淑女をオルグレン家に迎えればいいじゃない。」

「……アーチボルト侯爵家と縁を結びたい。」

「そもそもオルグレン公爵家とアーチボルト侯爵家が姻戚になるのを、王家が認めるの?」

オルグレン公爵家は代々宰相を輩出する力のある公爵家だ。現在の国王陛下の母はオルグレン公爵家の出身だ。これ以上オルグレン公爵家が力を持つことを国王は望んでいない。
武門のトップとも言えるアーチボルト侯爵家との婚姻は許可が出ないだろう。

「そこはフェイビアンに口添えさせるから問題ない。」

フェイビアンに口添え”させる”ときたか…。父が部屋を出て行ったということは、判断はエリーに任せるということだろう。父は知能派ではないし、そういった事情には疎いので、母が生きていたころは母の指示を仰いでいたし、今は長兄かエリーに意見を求める。

ここでエリーが縁談を受けたとしてもいいことはない。王家には疎まれるし、エリーも堅苦しい貴族社会にどっぷりつからなければならない。
何より、国王となるフェイビアンと宰相となるブラッドリーの間にさらなる軋轢が生まれるのはこの国のためにもよくはない。

どの角度から見てもエリーが受けることはありえない。


「お断りします。」

「………なぜ?」

「逆になぜ受けると思ったのか聞きたいわ…。」

なぜかブラッドリーは納得いかないと言いたげに食い下がる。

「海馬部隊に入れないなら肩身の狭い思いをすることは目に見えてるぞ?しかもそんな…。」

ブラッドリーはちらっと犬を見て嘲笑うように鼻を鳴らした。思わずエリーも眉をひそめたし、犬もぐるるとうなった。あまり吠えない犬なので珍しいことだ。


「犬が相棒なんだろう?ペットに戦場で何ができるっていうんだ。」

「それは、あなたには関係ないことよ。ブラッド。」

エリーの本来の頑固で負けず嫌いな性格がむくむくと湧き上がる。ブラッドリーが一般兵を下に見たのも気に食わないし、剣技といったエリーの強みを捨てて嫁に来いと言ったのも腹が立つし、大切な友人であるはずのフェイビアンを駒のように扱うことも納得がいかないし、自分も犬を使役だなんてあり得ないと思っているくせに犬を馬鹿にされたことも許せなかった。

つまりは、ここでブラッドリーとの友情は終わったのだ。

「王立学園には戻らないし、あなたと婚約もしない。海軍でここにいる犬と一緒にできることを見つけるから。その結果、つらい思いをしてもそれはあなたには関係ない。」


まだまだ言い募る気配のブラッドリーに対して、エリーは手をかざして有無を言わさず発言を止める。この姿は父であるアーチボルト侯爵にそっくりだ。

「あなたには関係ない。どうぞ、おかえりください、オルグレン公爵令息。」



ーーーー



ブラッドリーは王都へと帰っていった。

父は頻りに「よかったのか?」と心配そうに訊ねてきたが、むすっと不機嫌そうなエリーの顔にやがて何も言わなくなった。

何故か父はエリーとブラッドリーが恋仲であると勘違いしていたらしい。


「オルグレン公爵令息にはあんなこと言っちゃったし、お前と一緒に頑張るしかないわね。結局、お前の飼い主も見つからないしね。」

ここで初めて、犬は積極的にワンと吠えた。

「あら、お前、ちゃんと吠えられるのね。」

犬の頭をよしよしと撫でながら、エリーは考えた。

「とりあえず、お前に名前を付けようかしら。いつまでも『犬』とも『お前』とも呼んでいるわけにもいかないしね。
海馬だったら女性名をつけるんだけど、お前は男の子だし、海馬と同じような名前を付けたら変に絡まれて面倒そうだし…。」

エリーもいつか海馬を使役することがあれば、と考えていた女性名がいくつかある。年々出番はないかもと期待しなくはなっていたが。
愛称にして名づけるのがいいかもしれない。

「キャサリンの愛称でキティは?」

犬は露骨に不機嫌な顔になった。

「嫌?女の子っぽすぎるから?じゃあビクトリアでビッキーは?」

その後もいくつか名前を出すが露骨な不機嫌顔はそのままだ。海馬は名づけで拒否をすることはないと聞くが、もしかしたら妙に頭がいいし、ただの犬ではないのかもしれない。海馬にも好かれていたし。

「じゃあ、サム。サマンサでもサミュエルでも、愛称がサムだからこれならいいでしょ?」

ようやく犬は不機嫌顔をやめて、しかしいかにも渋々といった様子で、名づけを受け入れたのだった。


「それじゃあ、サム。改めてよろしくね。でも、飼い主が見つかったら、隠さずにすぐに教えてあげるからね。」

犬、こと、サムの頭を撫でながらエリーはこれからのことを考えた。

「海馬部隊じゃなくてもできること、かあ。私の頭を生かせること…。いくつか案はあるのよね…。」

サムは不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。

「まず、サムの能力を見極めなくちゃね。海馬には好かれるし、妙に人に取り入るのが上手いし、頭も良さそうだし、もしかしたらただの犬じゃないのかも。」

ここでサムは誇らしげにワンと鳴く。本当に言っていることが分かっているようだ。


「一番大事なのは、あれよね…。」

瞳を閉じたエリーの脳裏に浮かぶのは輝く金髪に水色の目の、フェイビアンと同じ色彩であるがそれよりも年上で、知的で端正な顔をした人物だった。



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