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第四章 Side B
閑話 ブラッドリーの独白 2
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「ブラッド、アーチボルト領に行っていたんだってな?」
高等部に入学した直後、フェイビアンにそう尋ねられた。フェイビアンもブラッドリーのものには及ばないが、独自の情報網を持っている。
ブラッドリーがエリーに求婚を断られたことも知っているだろう。
「エリーに振られたんだろう?ちゃんと好きだって伝えたのか?」
「好きだって?」
そういえば、ブラッドリーはエリーへの好意を言葉にして伝えたことはなかった。この前も嫁に迎えたいとしか伝えていない。
フェイビアンは察して呆れた顔をしている。
「エリーは鈍いからな。ブラッドの気持ちに全く気付いていないと思うぞ。縁談を不審に思われたんじゃないか?」
そうか、それが断られた理由だったのか。確かに俺の気持ちを知らないエリーにとってオルグレン公爵家との縁談はメリットがない。国王ににらまれることになるのだから。
「次はちゃんと伝えるよ。」
「次って、おいおい。」
フェイビアンは目を丸くしていたが、放っておけと無視した。
その年にも大きな変化があった。ポートレット帝国の毎年の侵攻を危惧し、エスパルとの同盟を模索することになった。
そうして、落ち着いたのがエスパル王女とフェイビアンの婚姻だ。
婚約者に内定していたダンフォード公爵令嬢は相手を失うこととなる。代わりの相手として白羽の矢が立ったのは、まだ婚約者のいなかったブラッドリーだった。
冗談じゃない。高位貴族の妻など迎えてしまえば、どうしたってエリーを迎えることはかなわない。
もっと、都合のいい、簡単に離縁できるような、ブラッドリーが完全に上位になれるような相手ととりあえず結婚してしまうのがいいだろう。
実際、ダンフォード公爵令嬢との縁談は国王陛下が難色を示しており、すぐにはまとまらないだろう。善は急げというやつだ。
そして、ブラッドリーが探し出したのはセオドア殿下の行方不明のとばっちりをうけて衰退していたロンズデール伯爵家の令嬢だった。なんの因果か、彼女も名前をエリザベスといった。
初めて会ったエリザベスはまっすぐに伸びる髪以外にエリーと似ているところはない令嬢だった。
背は小柄でよく言えば可愛い系で落ち着いた色味の金髪に森の緑の瞳がよく映えていた。しかし、髪には傷みが目立つし、手は荒れ、体は瘦せていた。ドレスを着ているが、もう何年も着ているのか、型が古い。
貧乏なロンズデール家なのだから仕方がないのだが、それがブラッドリーには努力していないように見えた。
だから、ブラッドリーはエリザベスをなめていた。
「私にはほかに愛する人がいるが、彼女と結婚できないからお前と結婚するんだ。」
エリザベスは馬鹿にされているのによくわかっていないのか、微笑みを絶やさなかった。しかし、微笑みながらも繰り出される質問は鋭いものばかりだった。
「では、契約書の作成をお願いします。」
「契約書…だと?」
「大金が絡む取引に契約書は必須です。」
およそ令嬢の発想ではない。
しかし、どうにか婚約を結び、一年後に結婚する運びとなった。
ブラッドリーはほとんど屋敷に寄り付かなかった。フェイビアンは最初のうちは会うたびに「新婚なのに、いいのか?」と聞いていたが、やがて何も言わなくなった。
家令のリチャードはブラッドリーの情報網を取り仕切ってもいる。
「奥様に関して、『お飾りの妻』だの、『白い結婚』だのといった噂が流れております。どうやらダンフォード公爵家が積極的に噂を流しているようです。」
「…嫌がらせか。」
まあ、事実なのでそのような噂は遅かれ早かれ流れていただろう。
「放っておけ。」
「しかし、これでは奥様が社交をされるときに…。」
「あれは社交をしない。」
「旦那様!」
「放っておけ。」
家令のリチャードも侍女長のナンシーもエリザベスに好意的だ。なんとか彼女とブラッドリーの仲を取り持とうと、食事の席を設けようとしたり、エリザベスが作ったもので食堂を飾ったりした。
だが、特に仲を深めることもしなかった。必要ないと思ったからだ。どうせ三年後には離縁するのだから。
あの日までは。
「フェイビアンと王女殿下の結婚式と歓迎の舞踏会には貴族の当主夫妻と成人している嫡男夫妻はそろって参加すること。」
国王陛下のお触れはエスパルの王女への歓迎を示すためだ。
「…例外はないぞ。」
ブラッドリーはエリザベスとともにパーティーに出ることになったのだ。
正直、期待はしていなかった。エリザベスは社交の経験などないだろう。準備は丸投げするが、リチャードが適当にフォローしてくれるだろう。
後は黙ってついてきてくれればいい。
久しぶりに会ったエリザベスは肌艶も良くなり、少しだけふっくらとしていた。そして、記憶にあるよりもかわいらしかった。
エリザベスは急な難題にもてきぱきと対応し、伝手を使ってドレスを用意した。その伝手というのがあのヘンリー・エバンズであったのも驚きだ。
そして、会場唯一のエスパル式のドレスで未来の王太子妃の心をつかんでみせた。
エリザベスが社交により知名度を上げることは、将来エリーを迎えるときのことを考えると良くはない。だが、王太子妃の誘いは断れないだろう。
なのでエリザベスは王太子妃限定で社交をするようになった。
エリザベスはブラッドリーが思っていたよりも数段優秀だったのだ。
エリザベスが王太子妃殿下とお茶会をする日には一緒に朝食を食べ、一緒に馬車に乗るようになった。月に一度の交流だが、学園に通っていなくとも、エリザベスの地頭がいいことはブラッドリーにもわかった。
彼女は彼女なりの努力を重ねてきたのだろう。
そんな和やかな時間もある日突然、終わりを迎えた。
ポートレット帝国との海戦で海馬部隊が敗戦したのだ。
高等部に入学した直後、フェイビアンにそう尋ねられた。フェイビアンもブラッドリーのものには及ばないが、独自の情報網を持っている。
ブラッドリーがエリーに求婚を断られたことも知っているだろう。
「エリーに振られたんだろう?ちゃんと好きだって伝えたのか?」
「好きだって?」
そういえば、ブラッドリーはエリーへの好意を言葉にして伝えたことはなかった。この前も嫁に迎えたいとしか伝えていない。
フェイビアンは察して呆れた顔をしている。
「エリーは鈍いからな。ブラッドの気持ちに全く気付いていないと思うぞ。縁談を不審に思われたんじゃないか?」
そうか、それが断られた理由だったのか。確かに俺の気持ちを知らないエリーにとってオルグレン公爵家との縁談はメリットがない。国王ににらまれることになるのだから。
「次はちゃんと伝えるよ。」
「次って、おいおい。」
フェイビアンは目を丸くしていたが、放っておけと無視した。
その年にも大きな変化があった。ポートレット帝国の毎年の侵攻を危惧し、エスパルとの同盟を模索することになった。
そうして、落ち着いたのがエスパル王女とフェイビアンの婚姻だ。
婚約者に内定していたダンフォード公爵令嬢は相手を失うこととなる。代わりの相手として白羽の矢が立ったのは、まだ婚約者のいなかったブラッドリーだった。
冗談じゃない。高位貴族の妻など迎えてしまえば、どうしたってエリーを迎えることはかなわない。
もっと、都合のいい、簡単に離縁できるような、ブラッドリーが完全に上位になれるような相手ととりあえず結婚してしまうのがいいだろう。
実際、ダンフォード公爵令嬢との縁談は国王陛下が難色を示しており、すぐにはまとまらないだろう。善は急げというやつだ。
そして、ブラッドリーが探し出したのはセオドア殿下の行方不明のとばっちりをうけて衰退していたロンズデール伯爵家の令嬢だった。なんの因果か、彼女も名前をエリザベスといった。
初めて会ったエリザベスはまっすぐに伸びる髪以外にエリーと似ているところはない令嬢だった。
背は小柄でよく言えば可愛い系で落ち着いた色味の金髪に森の緑の瞳がよく映えていた。しかし、髪には傷みが目立つし、手は荒れ、体は瘦せていた。ドレスを着ているが、もう何年も着ているのか、型が古い。
貧乏なロンズデール家なのだから仕方がないのだが、それがブラッドリーには努力していないように見えた。
だから、ブラッドリーはエリザベスをなめていた。
「私にはほかに愛する人がいるが、彼女と結婚できないからお前と結婚するんだ。」
エリザベスは馬鹿にされているのによくわかっていないのか、微笑みを絶やさなかった。しかし、微笑みながらも繰り出される質問は鋭いものばかりだった。
「では、契約書の作成をお願いします。」
「契約書…だと?」
「大金が絡む取引に契約書は必須です。」
およそ令嬢の発想ではない。
しかし、どうにか婚約を結び、一年後に結婚する運びとなった。
ブラッドリーはほとんど屋敷に寄り付かなかった。フェイビアンは最初のうちは会うたびに「新婚なのに、いいのか?」と聞いていたが、やがて何も言わなくなった。
家令のリチャードはブラッドリーの情報網を取り仕切ってもいる。
「奥様に関して、『お飾りの妻』だの、『白い結婚』だのといった噂が流れております。どうやらダンフォード公爵家が積極的に噂を流しているようです。」
「…嫌がらせか。」
まあ、事実なのでそのような噂は遅かれ早かれ流れていただろう。
「放っておけ。」
「しかし、これでは奥様が社交をされるときに…。」
「あれは社交をしない。」
「旦那様!」
「放っておけ。」
家令のリチャードも侍女長のナンシーもエリザベスに好意的だ。なんとか彼女とブラッドリーの仲を取り持とうと、食事の席を設けようとしたり、エリザベスが作ったもので食堂を飾ったりした。
だが、特に仲を深めることもしなかった。必要ないと思ったからだ。どうせ三年後には離縁するのだから。
あの日までは。
「フェイビアンと王女殿下の結婚式と歓迎の舞踏会には貴族の当主夫妻と成人している嫡男夫妻はそろって参加すること。」
国王陛下のお触れはエスパルの王女への歓迎を示すためだ。
「…例外はないぞ。」
ブラッドリーはエリザベスとともにパーティーに出ることになったのだ。
正直、期待はしていなかった。エリザベスは社交の経験などないだろう。準備は丸投げするが、リチャードが適当にフォローしてくれるだろう。
後は黙ってついてきてくれればいい。
久しぶりに会ったエリザベスは肌艶も良くなり、少しだけふっくらとしていた。そして、記憶にあるよりもかわいらしかった。
エリザベスは急な難題にもてきぱきと対応し、伝手を使ってドレスを用意した。その伝手というのがあのヘンリー・エバンズであったのも驚きだ。
そして、会場唯一のエスパル式のドレスで未来の王太子妃の心をつかんでみせた。
エリザベスが社交により知名度を上げることは、将来エリーを迎えるときのことを考えると良くはない。だが、王太子妃の誘いは断れないだろう。
なのでエリザベスは王太子妃限定で社交をするようになった。
エリザベスはブラッドリーが思っていたよりも数段優秀だったのだ。
エリザベスが王太子妃殿下とお茶会をする日には一緒に朝食を食べ、一緒に馬車に乗るようになった。月に一度の交流だが、学園に通っていなくとも、エリザベスの地頭がいいことはブラッドリーにもわかった。
彼女は彼女なりの努力を重ねてきたのだろう。
そんな和やかな時間もある日突然、終わりを迎えた。
ポートレット帝国との海戦で海馬部隊が敗戦したのだ。
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