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第二章 無計画な白い結婚
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あっという間に結婚式の日を迎えた。そして、今日が花嫁との初体面の日でもあった。
妻となるキャサリンは姿絵通りのきつい印象の美人だった。美しいブルテン式の花嫁衣装に身を包み、にこやかにヨーゼフの隣に並んでいた。アクセサリーもドレスの刺繍も素晴らしいもので、贅をこらしたものであった。
アクセサリーやドレスを好む令嬢だとは聞いていたが、金遣いが荒くなければいいが。
驚いたのは思っていたよりも明るい金髪と美しい水色の瞳をしていたことだ。その色はブルテン王家の色だ。『眠れる森の姫』はオールディーの童話をヒューゲンで絵本にしたものだが、あの絵のモデルになったのはブルテンの人物であったのかもしれない。
まあ、きつい目元で印象は全く姫と異なるのだが。
婚姻誓約書に署名を終えて、結婚式は修了した。
ーーーー
屋敷へと向かう馬車の中で二人は無言だった。結婚式中に浮かべていた笑顔を消したキャサリンは品定めするかのようにヨーゼフのことを観察していた。ヨーゼフは目が合うたびに反らすことしかできない。ヨーゼフは完全に9つも年下の令嬢に対して気後れしていた。
やがて苦しい時間は終わり、馬車は屋敷へと到着したが何やら外が騒がしい。
その中に最近は聞きなれたヒステリックな女性の声があるようで、ヨーゼフは嫌な予感がした。
「少しお待ちいただきたい。」
そうキャサリンに伝えると、素早い身のこなしで馬車を降りて扉を閉めた。
「ヨーゼフ様!」
着飾ったマリアがこちらに抱き着いて来る。
「マリア!今日は離れを出てはいけないと言ってあっただろう!」
大公夫人を出迎えるべく整列していた使用人たちも戸惑いを隠せない。対応していたらしいペーターがため息をついている。
「あなたが連れてくる女に立場をはっきりわからせないといけないわ!そのために出てきたの!」
「私からちゃんと伝えておくと言っただろう?」
「私がちゃんと愛されている姿を見せつけておかないと伝わらないわ!」
そう言ってマリアはずんずんと馬車へ向かって歩いて行こうとする。その姿はどれほど着飾っていても貴族令嬢とはほど遠い。
「やめてくれ!マリア!」
「何で止めるの!?ヨーゼフ様はやはり新しい妻に惚れてしまったの!?」
「そんなわけがないだろ!」
「なら構わないはずよ!私が一番、この女が二番よ!わからせてやらないと!使用人たちにも私を一番に扱うようにちゃんと言ってくれているの?最近、態度が悪いのよ!この屋敷の使用人は嫌いだわ!」
「マリア!!!」
思わず大きな声が出た。マリアがびくりと震えるのと馬車の扉が内側から開くのは同時だった。
馬車から降りてきたキャサリンは高位な貴族令嬢という風情で豪奢な扇子で口元を隠した。マリアがいかに着飾っていても花嫁衣裳に身を包んだキャサリンの前ではかすんでいた。
「お噂通り仲がいいことで素敵だわ。私、別に旦那様の一番になろうだなんて思っていないからお好きになさって。」
キャサリンは流ちょうなヒューゲン語でヨーゼフに語りかけた。
「『でも私が一番』っていうのはいただけないわ。愛人の教育はしっかりなさって。この家の女主人は私です。」
キャサリンがブルテンから連れてきた侍女二人が簡単な荷物をさっと持ってその後ろに立つ。キャサリンはヨーゼフとマリアの前を通り過ぎ、ペーターのところへ歩み寄った。
「あなたが家令の方?」
「はい。ペーターと申します。ようこそ、バッツドルフ家へ、奥様。」
ペーターの言葉を合図に使用人たちが礼を向ける。
「キャサリン・ダンフォード・バッツドルフです。早速、案内してくださる?」
ペーターもヨーゼフたちを無視し、キャサリンと共に屋敷の中へと入っていく。そして使用人も続々と仕事へと戻って行った。
9つも年下の令嬢に夫婦の主導権を奪われた瞬間だった。
ーーーー
嫌がるマリアをなんとか離れに帰し、ヨーゼフがキャサリンの部屋を訪れると、彼女は花嫁衣裳からシンプルながら上質なドレスに着替えたところだった。
きつく巻かれた巻き髪をハーフアップにまとめ、侍女たちが荷物を整理する横で、優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら旦那様、何か御用でしょうか?」
「私はあなたと子をなすつもりはない。」
キャサリンに奪われた主導権を取り返さねば、というような焦りがあったヨーゼフは早口で自分の希望をまくしたてた。
「私の仕事上のパートナーはお願いするが、寝室は分ける。これは白い結婚だ。」
つかの間の沈黙の後、キャサリンは優雅にティーカップを置いた。
「構いませんよ。」
「か、構わない?」
「ええ。別に子供もいりませんし。お好きになさっては。でも、こちらの本邸は今日から私の家ですから、愛人にしっかりと教育をし、こちらの敷居を跨がせないでください。」
キャサリンは微笑む。
「あのような方には当然及びませんもの。私では旦那様を満足させられませんわ。趣味が違いすぎて話もあわないでしょうし。」
外交が仕事のヨーゼフはブルテン流の嫌味をよくわかっている。
遠回しに女の趣味が悪いと馬鹿にされた。
妻となるキャサリンは姿絵通りのきつい印象の美人だった。美しいブルテン式の花嫁衣装に身を包み、にこやかにヨーゼフの隣に並んでいた。アクセサリーもドレスの刺繍も素晴らしいもので、贅をこらしたものであった。
アクセサリーやドレスを好む令嬢だとは聞いていたが、金遣いが荒くなければいいが。
驚いたのは思っていたよりも明るい金髪と美しい水色の瞳をしていたことだ。その色はブルテン王家の色だ。『眠れる森の姫』はオールディーの童話をヒューゲンで絵本にしたものだが、あの絵のモデルになったのはブルテンの人物であったのかもしれない。
まあ、きつい目元で印象は全く姫と異なるのだが。
婚姻誓約書に署名を終えて、結婚式は修了した。
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屋敷へと向かう馬車の中で二人は無言だった。結婚式中に浮かべていた笑顔を消したキャサリンは品定めするかのようにヨーゼフのことを観察していた。ヨーゼフは目が合うたびに反らすことしかできない。ヨーゼフは完全に9つも年下の令嬢に対して気後れしていた。
やがて苦しい時間は終わり、馬車は屋敷へと到着したが何やら外が騒がしい。
その中に最近は聞きなれたヒステリックな女性の声があるようで、ヨーゼフは嫌な予感がした。
「少しお待ちいただきたい。」
そうキャサリンに伝えると、素早い身のこなしで馬車を降りて扉を閉めた。
「ヨーゼフ様!」
着飾ったマリアがこちらに抱き着いて来る。
「マリア!今日は離れを出てはいけないと言ってあっただろう!」
大公夫人を出迎えるべく整列していた使用人たちも戸惑いを隠せない。対応していたらしいペーターがため息をついている。
「あなたが連れてくる女に立場をはっきりわからせないといけないわ!そのために出てきたの!」
「私からちゃんと伝えておくと言っただろう?」
「私がちゃんと愛されている姿を見せつけておかないと伝わらないわ!」
そう言ってマリアはずんずんと馬車へ向かって歩いて行こうとする。その姿はどれほど着飾っていても貴族令嬢とはほど遠い。
「やめてくれ!マリア!」
「何で止めるの!?ヨーゼフ様はやはり新しい妻に惚れてしまったの!?」
「そんなわけがないだろ!」
「なら構わないはずよ!私が一番、この女が二番よ!わからせてやらないと!使用人たちにも私を一番に扱うようにちゃんと言ってくれているの?最近、態度が悪いのよ!この屋敷の使用人は嫌いだわ!」
「マリア!!!」
思わず大きな声が出た。マリアがびくりと震えるのと馬車の扉が内側から開くのは同時だった。
馬車から降りてきたキャサリンは高位な貴族令嬢という風情で豪奢な扇子で口元を隠した。マリアがいかに着飾っていても花嫁衣裳に身を包んだキャサリンの前ではかすんでいた。
「お噂通り仲がいいことで素敵だわ。私、別に旦那様の一番になろうだなんて思っていないからお好きになさって。」
キャサリンは流ちょうなヒューゲン語でヨーゼフに語りかけた。
「『でも私が一番』っていうのはいただけないわ。愛人の教育はしっかりなさって。この家の女主人は私です。」
キャサリンがブルテンから連れてきた侍女二人が簡単な荷物をさっと持ってその後ろに立つ。キャサリンはヨーゼフとマリアの前を通り過ぎ、ペーターのところへ歩み寄った。
「あなたが家令の方?」
「はい。ペーターと申します。ようこそ、バッツドルフ家へ、奥様。」
ペーターの言葉を合図に使用人たちが礼を向ける。
「キャサリン・ダンフォード・バッツドルフです。早速、案内してくださる?」
ペーターもヨーゼフたちを無視し、キャサリンと共に屋敷の中へと入っていく。そして使用人も続々と仕事へと戻って行った。
9つも年下の令嬢に夫婦の主導権を奪われた瞬間だった。
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嫌がるマリアをなんとか離れに帰し、ヨーゼフがキャサリンの部屋を訪れると、彼女は花嫁衣裳からシンプルながら上質なドレスに着替えたところだった。
きつく巻かれた巻き髪をハーフアップにまとめ、侍女たちが荷物を整理する横で、優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら旦那様、何か御用でしょうか?」
「私はあなたと子をなすつもりはない。」
キャサリンに奪われた主導権を取り返さねば、というような焦りがあったヨーゼフは早口で自分の希望をまくしたてた。
「私の仕事上のパートナーはお願いするが、寝室は分ける。これは白い結婚だ。」
つかの間の沈黙の後、キャサリンは優雅にティーカップを置いた。
「構いませんよ。」
「か、構わない?」
「ええ。別に子供もいりませんし。お好きになさっては。でも、こちらの本邸は今日から私の家ですから、愛人にしっかりと教育をし、こちらの敷居を跨がせないでください。」
キャサリンは微笑む。
「あのような方には当然及びませんもの。私では旦那様を満足させられませんわ。趣味が違いすぎて話もあわないでしょうし。」
外交が仕事のヨーゼフはブルテン流の嫌味をよくわかっている。
遠回しに女の趣味が悪いと馬鹿にされた。
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