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第三章 無計画な告白
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「ヨーゼフ様!ようこそオールディーへいらっしゃいました!」
デジレ王女は抱き着かんばかりの勢いでこちらに駆け寄ってきたが、後ろから女性の鋭い叱責が飛び、立ち止まった。
「申し訳ございません、ヨーゼフ殿下。いえ、今はバッツドルフ大公でしたね。ご結婚もおめでとうございます。」
そう言ってくれたのは王太女であるコンスタンス王女だ。デジレ王女と同じ艶やかな黒い巻き髪で鼻筋の通った溌溂とした雰囲気の女性である。御年30歳であり、ヨーゼフと同年代の四児の母である。
女性が国王に立つとは男尊女卑の考えがあるヒューゲンでは考えられないことだが、この王女はヨーゼフよりも早くから外交を任されており、話す機会も多かった。かなりの切れ者で要注意である。
「ありがとうございます。こちらが妻のキャサリンです。」
「お初にお目にかかります。キャサリン・バッツドルフです。」
キャサリンはヨーゼフの手を離れ、美しいカーテシーを披露する。
「美しい夫人を迎えてバッツドルフ公は幸せ者ですね。」
この王女、おそらくヒューゲン内での噂を把握したうえでそのようなことを言っている。
「素敵な赤いドレスで。」
コンスタンスはデジレを見る。
「デジレ、バッツドルフ公は奥様を迎えられたのだから、もう世迷言を言って困らせるのはやめなさい。」
「私の方が身分は高いではありませんか!なぜこのような…!」
「お黙りなさい。キャサリン夫人はブルテン王国のダンフォード公爵家のご令嬢です。王族に所縁のある方ですよ。」
「でも、直系ではないわ!」
「ダンフォード公爵家は内政のみならず、外交でも手腕を発揮されるお家です。今回もブルテンを代表してキャサリン夫人のお兄様がいらっしゃっているのよ?」
これにはヨーゼフが驚いた。さすがに他国からの代表者の情報は入国前には手に入れられなかったのだ。
「キャサリン夫人、兄上は明日到着されるご予定です。到着したら使いをやりますね。」
「お心遣い、ありがとうございます。」
ここでヨーゼフは俄かに心配になった。コンスタンスがわざわざこう言うということは、兄妹仲は悪くはないのだろう。キャサリンは自分の置かれている状況をどのように兄に伝えているのか。
ブルテンとポートレット帝国が戦争状態である限り、この同盟の証である婚姻が破棄されることはないが、他国で不仲であることがバレるような状況は避けたい。
きーきーと喚くデジレを残して、二人は早々に退室した。
ーーーー
ヨーゼフたちが滞在するのは、ヒューゲンの役人が常駐している大使館である。そこには大使としてヨーゼフが妻を連れて滞在してもいいように夫婦の部屋が用意されていた。いわゆる、間に夫婦の寝室を置いた続き部屋である。
ヨーゼフの屋敷にもあるのだが、夫婦の寝室は一度も使われていない。
「休む前に少し話をしても大丈夫だろうか?」
「ええ。わかりました。」
優雅に食後の紅茶を飲むキャサリンと向き合う。
「まず、デジレ王女のことだ。」
「はい。」
「いつも私がオールディーに来ると、時間があれば付きまとってくる。今回は君に嫌がらせじみたことをしてくる可能性がある。女同士の茶会なども開催されるだろうから。」
「まあ。かしこまりました。噂通りの我儘王女ですのね。」
「君の知る噂とはなんだい?」
「オールディーの王女三姉妹の末っ子で蝶よ花よと育てられている、と。」
そこまではヨーゼフも外交の仕事に就く前から知っていた。
「ダンスは人並み以上の腕前ですが、それ以外の教養はからっきしでとても他国に出せる姫ではないとか。縁談も国内でまとめようとしているが、王女殿下ご本人が身分を下げたがらず、まとまらないとか。国王陛下が大層かわいがっているためにどんな我儘でも聞いてしまい、国内の貴族たちはいつ王命で王女を引き受けさせられるかわからないと恐れているとか。」
「…詳しいな。」
「情報が命ですから。」
中にはヨーゼフが知らない情報もあった。
「なので大公になった旦那様には興味を失っているかと思いましたが、お顔に惚れていらっしゃったようですね。『身分を下げたがらない』というのは嘘かもしれませんわ。」
それではヨーゼフが理由で縁談を断っていることになってしまう。ヨーゼフとキャサリンは離縁できない間柄だが、だからといって国王陛下の愛娘の機嫌を損ねるわけにもいかない。
「あと、君の兄上のことだが。」
「はい。」
「確か君には兄が二人いたな?どちらの兄上がいらっしゃるんだ?」
「下の兄上だと聞いています。」
「…君は知っていたのか?」
「ええ。」
ダンフォード家は他国に嫁いだ娘に外交の情報を渡すような迂闊な家だっただろうか。ヨーゼフがあったことがあるのは次期公爵である長男だけだ。おっとりとした様子で内政に関わる仕事をしていたが。
「私もきちんと挨拶がしたい。到着されたら挨拶に行こう。」
「かしこまりました。」
「…ちなみに、この結婚についてはどう伝えている?」
キャサリンがきょとんとした顔になる。そのような顔つきになると幼く、年相応に見える。普段はヨーゼフすら緊張するときがあるほど高貴な様子だから意外だ。
長旅を共に終え、少し親しみを持ってくれるようになったのかもしれない。
「特に何も。」
「…何も?」
「四季折々に挨拶の手紙は送りますが、それ以外は何も。」
デジレ王女は抱き着かんばかりの勢いでこちらに駆け寄ってきたが、後ろから女性の鋭い叱責が飛び、立ち止まった。
「申し訳ございません、ヨーゼフ殿下。いえ、今はバッツドルフ大公でしたね。ご結婚もおめでとうございます。」
そう言ってくれたのは王太女であるコンスタンス王女だ。デジレ王女と同じ艶やかな黒い巻き髪で鼻筋の通った溌溂とした雰囲気の女性である。御年30歳であり、ヨーゼフと同年代の四児の母である。
女性が国王に立つとは男尊女卑の考えがあるヒューゲンでは考えられないことだが、この王女はヨーゼフよりも早くから外交を任されており、話す機会も多かった。かなりの切れ者で要注意である。
「ありがとうございます。こちらが妻のキャサリンです。」
「お初にお目にかかります。キャサリン・バッツドルフです。」
キャサリンはヨーゼフの手を離れ、美しいカーテシーを披露する。
「美しい夫人を迎えてバッツドルフ公は幸せ者ですね。」
この王女、おそらくヒューゲン内での噂を把握したうえでそのようなことを言っている。
「素敵な赤いドレスで。」
コンスタンスはデジレを見る。
「デジレ、バッツドルフ公は奥様を迎えられたのだから、もう世迷言を言って困らせるのはやめなさい。」
「私の方が身分は高いではありませんか!なぜこのような…!」
「お黙りなさい。キャサリン夫人はブルテン王国のダンフォード公爵家のご令嬢です。王族に所縁のある方ですよ。」
「でも、直系ではないわ!」
「ダンフォード公爵家は内政のみならず、外交でも手腕を発揮されるお家です。今回もブルテンを代表してキャサリン夫人のお兄様がいらっしゃっているのよ?」
これにはヨーゼフが驚いた。さすがに他国からの代表者の情報は入国前には手に入れられなかったのだ。
「キャサリン夫人、兄上は明日到着されるご予定です。到着したら使いをやりますね。」
「お心遣い、ありがとうございます。」
ここでヨーゼフは俄かに心配になった。コンスタンスがわざわざこう言うということは、兄妹仲は悪くはないのだろう。キャサリンは自分の置かれている状況をどのように兄に伝えているのか。
ブルテンとポートレット帝国が戦争状態である限り、この同盟の証である婚姻が破棄されることはないが、他国で不仲であることがバレるような状況は避けたい。
きーきーと喚くデジレを残して、二人は早々に退室した。
ーーーー
ヨーゼフたちが滞在するのは、ヒューゲンの役人が常駐している大使館である。そこには大使としてヨーゼフが妻を連れて滞在してもいいように夫婦の部屋が用意されていた。いわゆる、間に夫婦の寝室を置いた続き部屋である。
ヨーゼフの屋敷にもあるのだが、夫婦の寝室は一度も使われていない。
「休む前に少し話をしても大丈夫だろうか?」
「ええ。わかりました。」
優雅に食後の紅茶を飲むキャサリンと向き合う。
「まず、デジレ王女のことだ。」
「はい。」
「いつも私がオールディーに来ると、時間があれば付きまとってくる。今回は君に嫌がらせじみたことをしてくる可能性がある。女同士の茶会なども開催されるだろうから。」
「まあ。かしこまりました。噂通りの我儘王女ですのね。」
「君の知る噂とはなんだい?」
「オールディーの王女三姉妹の末っ子で蝶よ花よと育てられている、と。」
そこまではヨーゼフも外交の仕事に就く前から知っていた。
「ダンスは人並み以上の腕前ですが、それ以外の教養はからっきしでとても他国に出せる姫ではないとか。縁談も国内でまとめようとしているが、王女殿下ご本人が身分を下げたがらず、まとまらないとか。国王陛下が大層かわいがっているためにどんな我儘でも聞いてしまい、国内の貴族たちはいつ王命で王女を引き受けさせられるかわからないと恐れているとか。」
「…詳しいな。」
「情報が命ですから。」
中にはヨーゼフが知らない情報もあった。
「なので大公になった旦那様には興味を失っているかと思いましたが、お顔に惚れていらっしゃったようですね。『身分を下げたがらない』というのは嘘かもしれませんわ。」
それではヨーゼフが理由で縁談を断っていることになってしまう。ヨーゼフとキャサリンは離縁できない間柄だが、だからといって国王陛下の愛娘の機嫌を損ねるわけにもいかない。
「あと、君の兄上のことだが。」
「はい。」
「確か君には兄が二人いたな?どちらの兄上がいらっしゃるんだ?」
「下の兄上だと聞いています。」
「…君は知っていたのか?」
「ええ。」
ダンフォード家は他国に嫁いだ娘に外交の情報を渡すような迂闊な家だっただろうか。ヨーゼフがあったことがあるのは次期公爵である長男だけだ。おっとりとした様子で内政に関わる仕事をしていたが。
「私もきちんと挨拶がしたい。到着されたら挨拶に行こう。」
「かしこまりました。」
「…ちなみに、この結婚についてはどう伝えている?」
キャサリンがきょとんとした顔になる。そのような顔つきになると幼く、年相応に見える。普段はヨーゼフすら緊張するときがあるほど高貴な様子だから意外だ。
長旅を共に終え、少し親しみを持ってくれるようになったのかもしれない。
「特に何も。」
「…何も?」
「四季折々に挨拶の手紙は送りますが、それ以外は何も。」
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