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本編
前編2
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飛世が蒼ノ宮家に来て二か月が経った。
藍が受け身をとって転がっていく。
「つ、強い。」
飛世と藍は一緒に剣術や柔術の稽古をする仲になっていた。
飛世は一般常識は皆無な世間知らず、食の良し悪しもわからず、衣装のセンスも悪いくせに運動神経はえげつなく良かった。
(暗殺者との)実践で鍛え抜かれた戦闘技術は、一人前の竜使いたちでもかなうものはいなかった。
「でも、藍もパワーはないけど、蒼ノ宮家の中ではかなり強い方だと思うよ。」
手も足も出てないのでほめられても嬉しくない。『大丈夫!私たち二人でやれば火傷ぐらいは負わせられるわ!』
「剣術はどこで習ったんだい?この国の主流派といえば轟流なんだろう?蒼ノ宮の人も大半がそうだし。でも藍のはそうは見えない。」
「轟流は道場への女性の立ち入りを禁じているから。私のは英流。」
道場に行った時の苦い思い出がよみがえる。しかし、あそこで道場に行かなければ、英流には出会えず、その後に続く人々との出会いもなかっただろう。
そこへ兄①がやってきた。
「飛世殿、城から書状が届いています。」
ーーーー
「城に帰ってこいって?」
「ああ、同腹の妹が熱をだしたらしくて。私に会いたがっているらしいんだ。見舞いにだけ来てまたこっちに戻れって。」
それはどうもおかしいな…。命を狙われている王子を妹姫の熱ごときで呼び戻すなんて。
『しかも見舞いだけでこっちに戻るって。手紙じゃだめなのかしら。』
兄②たちが城へ行って二か月。まだ帰ってくる様子がないということは、調査が行き詰っているのかもしれない。
『おとりに王子を呼び戻すってこと?』
「何かおかしい?」
※飛世に瑠璃の声は聞こえない。
「あー、わからない。杞憂かもしれない。でも一緒に城に行ってもいい?」
堅物の兄①には反対されそうだけど。
「だめだ。」
案の定だった。
「お前が城に行って何をするんだ?父上が不在の今、俺はお前の面倒を任されているんだ。」
なぜ兄②を残して兄①を連れて行ってくれなかったんだろう。
二人とも藍に対しては甘い兄だが、特に兄①は10も年下の妹が心配で仕方がないのかなにかとお小言が多い。
「雄殿。妹にぜひ藍を紹介したいんです。それに瑠璃ならまだ小さくて病床の妹にも会わせやすい。何か気晴らしになればと。」
こいつも頭が回るようになってきた。藍による二か月のスパルタ指導が効いている。
「…飛世殿がそうおっしゃるなら。」
こうして、藍と飛世は瑠璃を連れて城へ行くこととなった。
ーーーー
馬を駆けること二時間ほど。道中で姫宮へのお土産も買い、二人は城へ入った。瑠璃は上空を旋回して待機している。
「いい剣だね。」
馬を預け、後宮エリアに向かう際に、飛世が藍の持参した剣について話題をふった。
剣には青い異国の花模様の装飾が入っており、ぴたりと藍の手になじむこの世で一つの最高の品だった。
「勉学の師匠にもらったんだ。」
飛世が首を傾げたその時だった。
『藍!!』
瑠璃が頭上から急降下してきて飛世に向かって飛びついた何かに噛みついた。それと同時に反対側から向かってくる何かに飛世が目にもとまらぬ速さで剣を抜き切り伏せた。
藍は両者が倒したものをちらりと一瞥して剣を抜いた。
それは濃い灰色の毛でおおわれた狼、妖狼だった。
「飛世、妖狼は4体1チームで行動する。あと2体いる!」
妖狼は闇夜に溶け込み、獲物を襲う夜のハンターだ。
それが日中から襲ってくるだなんて。野生の妖狼では考えられない。
日中に妖狼が移動する方法と言えば、影だ。
真後ろから来た一体を飛世がなんなく切り伏せる。もう一体、ボスはどこから来る?
前方の影から一体、斜め後方から一体、真後ろから一体、私なら…。
藍は足元、飛世の影にむかって剣を突き下ろした。
そこからはちょうどずば抜けて大きな狼が出てくるところだった。
ーーーー
結論から言えば、飛世はおとりだった。
始まりは飛世が蒼ノ宮家に来る直前に倒した暗殺者。あれも妖の類だったらしい。
その死体を見つけた陛下はすぐさま確保し、身元や依頼主を捜索した。
この国での妖の使役は、竜使いと巫女たち以外には違法。国の許可を得た者たちの仕業なら大問題だが、とある噂がありそちらの線を陛下は疑っていた。
曰く、高峯家は妖の使役による暗殺集団を囲っている、というものだ。
高峯家に都合の悪い者たちは秘密裏に消されていく。陛下の亡くなった側室や子の中にも犠牲者がいるのではないかと言われていた。
飛世がこれまでそういった妖の手にかからなかったのは、実家の力が強く、下手に手を出せなかったためだろう。しかし、これに関しては気にせず飛世が幼いうちに亡き者にしておくべきだった。
まさか、高峯家の者も、飛世が素手で妖を打ち負かすような強者に成長するとはだれ一人想像していなかったに違いない。
「藍の予想した通りだったよ。」
あれからさらに二か月。事態は大きく変わっていた。
「黒幕は高峯家の宰相本人だったらしい。違法に妖を使役する暗殺団を囲ったことで刑罰の上に貴族位のはく奪。城下のあの豪邸も差し押さえらしい。」
飛世とは城での陛下との秘密の話を藍にしてくれるまでの仲になっていた。
「父上はこれで官吏システムの大改革ができるって喜んでた。」
まさかの敵の駆逐。ここまでの大事になるとはさすがの藍も想像できていなかった。
「それで…父上が城に帰って来いって。」
「そうか。四か月、長かったな。」
ようやく私の弟子が巣立ちの時を迎えた。自国の地理から、政治システム、貴族の力関係、あらゆることを叩き込んだ。あとは立ち回りを実践していくだけだろう。
「これからも仲良くしてくれる?その…友達として?」
「もちろん。手紙を書くから返事を待ってる。」
飛世の成長を期待して。何かあればまた指導してやろう。
しかし、実践の指導は知識の講義よりもかなり難しいということを藍はすぐに思い知ることになった。
藍が受け身をとって転がっていく。
「つ、強い。」
飛世と藍は一緒に剣術や柔術の稽古をする仲になっていた。
飛世は一般常識は皆無な世間知らず、食の良し悪しもわからず、衣装のセンスも悪いくせに運動神経はえげつなく良かった。
(暗殺者との)実践で鍛え抜かれた戦闘技術は、一人前の竜使いたちでもかなうものはいなかった。
「でも、藍もパワーはないけど、蒼ノ宮家の中ではかなり強い方だと思うよ。」
手も足も出てないのでほめられても嬉しくない。『大丈夫!私たち二人でやれば火傷ぐらいは負わせられるわ!』
「剣術はどこで習ったんだい?この国の主流派といえば轟流なんだろう?蒼ノ宮の人も大半がそうだし。でも藍のはそうは見えない。」
「轟流は道場への女性の立ち入りを禁じているから。私のは英流。」
道場に行った時の苦い思い出がよみがえる。しかし、あそこで道場に行かなければ、英流には出会えず、その後に続く人々との出会いもなかっただろう。
そこへ兄①がやってきた。
「飛世殿、城から書状が届いています。」
ーーーー
「城に帰ってこいって?」
「ああ、同腹の妹が熱をだしたらしくて。私に会いたがっているらしいんだ。見舞いにだけ来てまたこっちに戻れって。」
それはどうもおかしいな…。命を狙われている王子を妹姫の熱ごときで呼び戻すなんて。
『しかも見舞いだけでこっちに戻るって。手紙じゃだめなのかしら。』
兄②たちが城へ行って二か月。まだ帰ってくる様子がないということは、調査が行き詰っているのかもしれない。
『おとりに王子を呼び戻すってこと?』
「何かおかしい?」
※飛世に瑠璃の声は聞こえない。
「あー、わからない。杞憂かもしれない。でも一緒に城に行ってもいい?」
堅物の兄①には反対されそうだけど。
「だめだ。」
案の定だった。
「お前が城に行って何をするんだ?父上が不在の今、俺はお前の面倒を任されているんだ。」
なぜ兄②を残して兄①を連れて行ってくれなかったんだろう。
二人とも藍に対しては甘い兄だが、特に兄①は10も年下の妹が心配で仕方がないのかなにかとお小言が多い。
「雄殿。妹にぜひ藍を紹介したいんです。それに瑠璃ならまだ小さくて病床の妹にも会わせやすい。何か気晴らしになればと。」
こいつも頭が回るようになってきた。藍による二か月のスパルタ指導が効いている。
「…飛世殿がそうおっしゃるなら。」
こうして、藍と飛世は瑠璃を連れて城へ行くこととなった。
ーーーー
馬を駆けること二時間ほど。道中で姫宮へのお土産も買い、二人は城へ入った。瑠璃は上空を旋回して待機している。
「いい剣だね。」
馬を預け、後宮エリアに向かう際に、飛世が藍の持参した剣について話題をふった。
剣には青い異国の花模様の装飾が入っており、ぴたりと藍の手になじむこの世で一つの最高の品だった。
「勉学の師匠にもらったんだ。」
飛世が首を傾げたその時だった。
『藍!!』
瑠璃が頭上から急降下してきて飛世に向かって飛びついた何かに噛みついた。それと同時に反対側から向かってくる何かに飛世が目にもとまらぬ速さで剣を抜き切り伏せた。
藍は両者が倒したものをちらりと一瞥して剣を抜いた。
それは濃い灰色の毛でおおわれた狼、妖狼だった。
「飛世、妖狼は4体1チームで行動する。あと2体いる!」
妖狼は闇夜に溶け込み、獲物を襲う夜のハンターだ。
それが日中から襲ってくるだなんて。野生の妖狼では考えられない。
日中に妖狼が移動する方法と言えば、影だ。
真後ろから来た一体を飛世がなんなく切り伏せる。もう一体、ボスはどこから来る?
前方の影から一体、斜め後方から一体、真後ろから一体、私なら…。
藍は足元、飛世の影にむかって剣を突き下ろした。
そこからはちょうどずば抜けて大きな狼が出てくるところだった。
ーーーー
結論から言えば、飛世はおとりだった。
始まりは飛世が蒼ノ宮家に来る直前に倒した暗殺者。あれも妖の類だったらしい。
その死体を見つけた陛下はすぐさま確保し、身元や依頼主を捜索した。
この国での妖の使役は、竜使いと巫女たち以外には違法。国の許可を得た者たちの仕業なら大問題だが、とある噂がありそちらの線を陛下は疑っていた。
曰く、高峯家は妖の使役による暗殺集団を囲っている、というものだ。
高峯家に都合の悪い者たちは秘密裏に消されていく。陛下の亡くなった側室や子の中にも犠牲者がいるのではないかと言われていた。
飛世がこれまでそういった妖の手にかからなかったのは、実家の力が強く、下手に手を出せなかったためだろう。しかし、これに関しては気にせず飛世が幼いうちに亡き者にしておくべきだった。
まさか、高峯家の者も、飛世が素手で妖を打ち負かすような強者に成長するとはだれ一人想像していなかったに違いない。
「藍の予想した通りだったよ。」
あれからさらに二か月。事態は大きく変わっていた。
「黒幕は高峯家の宰相本人だったらしい。違法に妖を使役する暗殺団を囲ったことで刑罰の上に貴族位のはく奪。城下のあの豪邸も差し押さえらしい。」
飛世とは城での陛下との秘密の話を藍にしてくれるまでの仲になっていた。
「父上はこれで官吏システムの大改革ができるって喜んでた。」
まさかの敵の駆逐。ここまでの大事になるとはさすがの藍も想像できていなかった。
「それで…父上が城に帰って来いって。」
「そうか。四か月、長かったな。」
ようやく私の弟子が巣立ちの時を迎えた。自国の地理から、政治システム、貴族の力関係、あらゆることを叩き込んだ。あとは立ち回りを実践していくだけだろう。
「これからも仲良くしてくれる?その…友達として?」
「もちろん。手紙を書くから返事を待ってる。」
飛世の成長を期待して。何かあればまた指導してやろう。
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