夜に駆ける乙女は今日も明日も明後日も仕事です

ぺきぺき

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大東京で爆走編

1 常磐卯の、28歳。これが私の日常です。

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大都市、東京。人口は1000万人を超え、日本一。近隣県から働きに来る人を考えれば日中の滞在人数はさらに多いだろう。


常磐ときわさん、午前中にお願いした書類の修正なんだけれど…。」

「もうできてますよ。ファイルを先ほど送っておきました。」


「常磐さん、さっき決まった明後日の会議の会議室の手配なんだけれど…。」

「会議室の予約は先ほどしておきました。今、みなさんに案内を流します。」


「常磐さん!○○社の社長がお帰りになるのでタクシーの手配を…!」

「もう手配済みです。ロータリーに待機済みです。」


大都市東京の一画にあるとある会社の一室で、ブルーライトカット眼鏡とともに誰よりも高い集中力を発揮して仕事に臨むのは、20代半ばと思しき女性である。

『常磐さん』と呼ばれる彼女はこの会社で秘書事務として働いている。内向きのボブカットの髪は派手すぎないダークブラウンであり、もともと美人であるのだが、それを引き立てるお似合いのメイクとすらっとしたパンツスーツで大人っぽさが際立つ。

手の出せない高嶺の花という雰囲気だ。

総合職の男性社員から絶大な人気を誇っているのだが、食事はおろか、連絡先すら聞き出せたものはいない。


「常磐さんって謎よね。全然、社内でのお付き合いってされないし?独身なのよね?」

「指輪はされていないから、そうなんじゃない?」

「美人だけれど、高嶺の花ってやつ?」

「結婚してなくても彼氏はいるかもしれないじゃない?」

「お昼もいなくなってしまうし、定時にはいつも帰ってしまうから、何もきけないのよね…。私たちは残業しているのに…。ほら、そろそろ…。」

他の秘書たちがひそひそと噂話をする中、『常磐さん』は眼鏡をはずしてケースにしまい、立ち上がった。そして、おしゃれなトートバックを肩にかけると出入り口へと向かう。

「お先に失礼します。」

「「お疲れ様です~。」」

時計がぴったりと定時を指す中、颯爽と退勤していった。


「常磐さん、います!?」

10秒遅れで入室してきたのは、若手の男性社員だ。入社当時からなかなかイケメンと話題の好青年である。

「常磐さんは帰られました。」

「今日も残念でした、河合くん。」

「そんな…。今日こそはと定時ダッシュしてきたんですよ!」

「定時ダッシュじゃ、プライベート常磐さんは捕まえられないわ。」

「私たちも毎日15秒ぐらいしか見られないもの、プライベートの常磐さん。」

がっくりと項垂れる好青年、河合くん。秘書室では頻繁ではないにしてもたまに見られる光景である。



====



一方、噂の『常磐さん』は…。

「何が高嶺の花よ!全部聞こえてんのよ!」

『常磐さん』こと常磐卯のときわうのは職場から徒歩10分ほどのところにある高級マンションに足早に向かっていた。

「こっちは残業してるあんたたちと同じ量の仕事してんのよ!!」

見えてきた住まいは社会人五年目にしては良いマンションすぎる。それはそうだ。…これは社宅である。卯のの懐からは一銭もでていない。
もちろん昼間の職場はこんな高級マンションを気前よく用意してくれはしない。夜の職場が用意した社宅である。


卯のはオートロックのエントランスをぬけると、部屋には戻らずにすぐに駐車場へと向かった。カバンからキーを取り出して愛車を素早く解錠すると、助手席の扉を開けて乗り込んだ。

「この後も私は仕事だっていうのに!勤務時間でいったらあんたたちの倍はあるわ!」

パタンという音と共に運転席の扉が開く。

「またカリカリしてんのかよ、卯の。」

現れたのはラフなパーカー姿の茶髪で猫目の青年だ。年は10代後半に見える。

柚子ゆず、女性の多い職場って大変なの。噂話しかすることがないんだから。」

「いつもはるに言ってる話か。」

「そうよ。」

卯のは愛車に常備している某有名栄養調整食の箱を一つ取り出すと食べ始めた。パンプスを脱ぎ捨て後部座席へ投げるとこれまた常備してあるスニーカーに履き替える。柚子と呼ばれた青年はそれを横目で見ながら慣れた様子でエンジンをかけると車を発車させた。


車を走らせること15分、到着したのは日本橋にあるオフィスビルだ。特別な駐車場に車を止めると、特別なエレベーターを使って従業員ですら入れないエリアに入る。

そこにはデスクが10台ほど並んでおり、それぞれにBTOパソコンと充電中の某パッド型端末、乱雑に積まれた書類の山があった。一番奥のひと際大きなデスクではひと際大きな書類の山に囲まれて、50代と思しきくたびれたスーツの男性が座っていた。

卯のの夜の勤め先である、警察庁の『超自然現象対策室』の九条くじょう室長である。

「常磐卯の、ただいま到着いたしました。」

「おお!常磐、いいところに来た!大至急品川に向かってくれ!」

「まさか、また京都から東海道新幹線に乗ってですか?」

「そのまさかだ!社用の端末にデータを送っておいた!」

柚子がデスクの一つからパッドを取り上げると起動して内容を確認する。

「おいおい、卯の…。」

「まさかまた青龍様じゃないでしょうね…。」

「そのまさかだよ!」

卯のは両目を手のひらで負おうと天を仰いだ。青龍とは、ご存知の方もいよう、京都の東の守護神であり、普段はかの有名な八坂神社にいる。

「急ぎましょう。」

オフィスへの滞在はまさかの3分。卯のは柚子を引き連れて愛車へと戻り、品川駅に降り立った。


車を止めた柚子はポンと煙を立てて三毛猫へと変化する。

〈卯の、目くらましの札、忘れてる。〉

「あ、あぶな!」

〈前にそれをわすれて一般人に東京駅のレンガよじ登るところ動画撮られたの忘れたのかよ?〉

「こんな激務させられたらミスだって増えるわよ!結局、顔は映ってなかったんだからいいじゃない!」

胡椒こしょうがあの動画消すのにどれだけ苦労したと思ってんだよ。〉

「柚子はすっかり運転上手だし、胡椒は私よりパソコンに強いし、猫だってこと忘れそうになるわ。」

柚子と呼ばれた三毛猫はぴょんと卯のの肩に飛び乗った。

〈早く青龍様のところ行かないとまずいんじゃない?〉

「ええ。急ぐわよ。」

卯のは全く注目されないのをいいことに人ごみをオリンピック選手顔負けのスピードで走り抜けていく。視線の先には『JR品川駅』の看板。そして、そこに器用に寝そべる巨大な青い龍だ。

卯のが地面を蹴って飛び上がると、空中に足場が出る。それを登るように卯のは青龍のところまで宙を駆けあがった。ちなみに卯ののパンツスーツはストレッチャー素材である。

「青龍様!」

「ああ、卯の、やっと来たのか。」

「『やっと来たのか』じゃありません!一月前にもいらっしゃったばかりでしょう!京都の守護神がそんなにひょいひょいと京都を離れてはいけません!今すぐ京都におかえりください!その気になれば新幹線よりも速く帰れるでしょう!」

「前も思ったが新幹線とやらは遅くてかなわないな。リニアとやらはいつできるんだい?」

「リニアよりも速く飛べるでしょう!」

「一か月ぶりに会ったのに、そんなにカリカリしないでおくれよ。」

青龍はごろんと腹を上にするように寝返った。

「人が多いんだよ、京都は。」

「東京だって一千万人いるんですけど。」

「それにね、なんだっけ?インバウンド?話し声に耳を傾けても何言っているか分かりやしない。」

「外国語ですからね。これを機に勉強されては?」

「卯のは英語も喋れるだろう?京都に帰ってきておくれよ。」

「兄も英語は喋れますよ。学生時代は世界旅行に出てたの忘れました?」

虎太郎こたろうは可愛くないから嫌だ。」

卯のは深くため息を吐いた。

「青龍様、今、京都も大変でしょうけれど、東京も大変なんです。いえ、東京はずっと変わらず大変なんです。私がこちらで勤務になった理由を忘れました?」

「覚えているとも。東京の怪異数が異常に多くて巫覡ふげきの手が足らないからだろう?それなら卯のじゃなくて虎太郎が行ってもよかったはずだ。」

「もう!五年前、虎太郎兄さんには子供ができたばかりだったでしょう?不安定な子供を抱えてこんな激戦地に来れません。」

「卯のも子供を作って京都に帰っておいで。」

肩で柚子が〈あ…〉と息をのんだ。それは今の卯のには禁句である。


「こんなブラック職場で彼氏なんて見つけられるか!!!!!」


卯のの剣幕に青龍も押し黙った。すごすごと腹を下にして「ごめんなさい」と項垂れる。

「もう、いいから青龍様は京都に帰ってください。」

「すまない、卯の。もう遅いようだ。」

卯の達の足元のさらに下から甲高い悲鳴があがる。見下ろすと巨大なムカデのようなものが品川駅から這い出して、人々が逃げ惑っているところだった。

〈うわあ、気持ち悪いね。〉

「あれは駆除対象の妖怪だわ。」

「私はこれ以上、妖たちを引き寄せないように京都へ帰ることとしよう。」

本来はここにいるはずのない青龍。その巨大な気に引き寄せられて東京で隠れ住む妖怪たちが集まってきてしまうのだ。

「京都で大人しくしていてくださいね。」

「卯の、たまには京都に帰ってくるんだぞ?もう一年以上帰っていないだろう?」

「帰れるものなら私だって帰りたいですよ、青龍様。」

空高く飛んでいく青龍に手を振って、地獄絵図と化している地上を見下ろした。ムカデの化け物は三体にまで増えている。

〈これはまた胡椒が大変そうだ。〉

柚子がため息を吐くのを横目に、宇野は右手を一振りして、鈴のついた杖を出現させてつかんだ。

「都市にいる虫型の妖怪はすべて駆除対象よね?ダメなのがいたら教えてよ?」

〈わかった!〉


卯のは品川駅の屋根から飛び降りると巨大ムカデの一体に杖を突きさした。



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