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大東京で爆走編
エピローグ 秘密を着飾るのは難しい
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栗栖晴は東京の某大学で生物工学の研究者をしている。いわゆる、ポスドクである。今は都内の高級マンションで大学時代からの友人とルームシェアをして暮らしている。
6年近く付き合って、結婚も考えていた恋人に浮気されていたという最悪の経験をし、イチャイチャしながら過ごすはずだったGWを白紙にされ、酒におぼれて気づけば翌日の午後4時だった。
顔にふわふわしたものを感じて目を覚ますと、友人の飼い猫である灰色のイケ猫、胡椒の顔が目の前にドアップで現れた。
「ああ…、最高の朝…。」
「もう夕方!仕事行かなきゃ!」
先に起こされたらしい卯のは慌ててお風呂場に飛び込んでいく。私もお風呂に入りたいけど、まあ、先に片づけかな。
机の上には空になった酒瓶やら、ちょっとだけつまみの残った皿やらが残っている。
「卯のが仕事ということは、柚子と胡椒もお仕事ね。今日も卯のをよろしくね。」
二匹の頭を撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。猫型の時には晴には二匹の言葉はわからない。
そう、晴は二匹が人型になれることを知っている。
****
卯のの話にはずっと違和感を持っていた。『有名企業で秘書事務の仕事をしていて日付が変わるごろまで残業している』というのは、初めの頃はそうなんだと思っていた。ただ、あまりにもブラックすぎるので、少し調べてみたところ、ホワイトなことで有名な仕事だった。
学生の頃から、卯のは何かと家の事情で夜の予定を断ることがあった。夜にしかできない用事がある、とかで。もしかして、東京でも夜は家の用事とやらをしているのではないか。
卯のが東京に出て、最初の三年間はちょっとした用事で東京に出てきた際に、実家に泊まるのが嫌で卯のの家に泊めてもらったことがあった。
そこはセキュリティのしっかりとしたマンションで、有名な企業に勤務しているとはいえ新社会人がこんなにいいところに住めるだろうかと疑問に思ったのをよく覚えている。
そして、二匹の猫、柚子と胡椒。仕事が忙しいため、ほとんど放置されていた二匹には遊びに来るたびに餌を買ってきていた。柚子はふらっと外に出て行ってしまう家出猫で、胡椒は晴が立ち入り禁止にされた卯のの部屋に閉じこもりがちな引きこもり猫だった。
責任感の強い卯のが満足に面倒を見れないのに、猫を飼い始めるというのにも違和感があった。思えば、卯のの実家にも猫がいっぱいいた。猫好きの晴が足しげく通い、結果として卯のとは親友になったほどである。
そして、東京で自分も働くようになって、卯のの生活が見ていられず、実家暮らしに耐えられなくなったのもあり、卯のの家に転がり込む形でルームシェアを始めた。
同居三日目で晴はすべてを知った。
卯のの部屋で立派なBTOパソコンを前にSNSに流出した卯のの写真を消そうと四苦八苦するスウェット姿の10代後半の青年。人型の胡椒と出会ったのが晴が全てを知るきっかけだった。
そこから、諸事情でパソコンに強い晴は独学で四苦八苦していた胡椒をたまにサポートしながら、卯のの仕事を見守っていた。
卯のの上司である九条室長と面談し、見聞きし知ったことを一切口外しないという契約を結び、サポート室員として活動している。
一生懸命秘密にしている卯のには申し訳ないが、実際卯のは口を軽く滑らせることがしょっちゅうある。あの日、胡椒のミスで存在がバレなくとも、いずれはこうなっていただろう。
****
柚子を引き連れて、スウェット姿で出勤していく卯のを見送ってから、夕飯の準備をする。体にお酒の存在を感じるのでお米が食べたい。炊くのは面倒なので、卯ののために常備している冷凍ストックを一食分解凍する。
おかずもめんどくさい。これも卯ののために作り置いた冷蔵のおかずでいいや。
ちなみにこの家の冷蔵庫はサポート室員になった時に支給された商品券で購入した大きいやつだ。もっぱら料理が趣味で酒豪の晴が管理している。
夕飯を食べながら、サブスクをあさっていると、卯のの部屋からスウェット姿の青年が顔をだした。
「晴、ちょっと手伝ってくれない?」
「どうしたの?」
「卯のがまた写真とられたみたいなんだ。」
どうやら久しぶりに目くらましの札をつけ忘れたらしい。やはり夜更かしも深酒もよくない。
====
「健太郎、すまないね、休みの日に。」
「いいんだよ、ばあちゃん。どうせ出かける予定もなかったからさ。」
卯のの働く会社で営業をしている河合健太郎の祖父母は谷中で小さな喫茶店を営んでいた。いつもは母親が手伝いに来ているのだが、父親がゴルフに行った先でぎっくり腰になり動けなくなったらしく、そちらを迎えに行くため、ピンチヒッターで朝のランニング帰りの健太郎が駆り出されたのだ。
爽やかイケメンの登場に常連たちは喜んでくれて、店の売り上げもよかった。本当は今年こそ、常磐さんに声をかけて、なんとかデートに誘い、GWは一緒に出掛けられる関係になりたかったのだが、なかなかうまくいかない。
一昨年、新入社員だった健太郎は営業の仕事で大きなミスをしかけた。それに気づいたカバーしてくれたのが秘書事務の常磐さんだ。
それから、健太郎はずっと常磐さんに憧れていた。
定時で上がってしまう常磐さんに会うために、できる日は自分も定時であがり、急いで秘書室まで走る。でも、会えない。早く走るためにランニングは習慣になってしまった。
ため息をつきながら、店の裏手で空き瓶などを仕分けしていると、頭上から声がした。
「だから、ごめんってば!今すぐ貼るから!」
健太郎が聞き間違えるはずのない常磐さんの声にぎょとして上を見上げる。すると、ラフなスウェットにスニーカー姿で、ほぼすっぴんだったが、確かに常磐さんが肩に猫を乗せて屋根の上にしゃがんでいた。
そして、次の瞬間、ぱっといなくなった。
「い、今のは…?常磐…さん?」
なんだったのだろう?常磐さんに会いた過ぎてついに幻覚が見えるようになったのだろうか?すっぴんの常磐さんの。
健太郎が真実を知る日は来るのか、来ないのか…。
6年近く付き合って、結婚も考えていた恋人に浮気されていたという最悪の経験をし、イチャイチャしながら過ごすはずだったGWを白紙にされ、酒におぼれて気づけば翌日の午後4時だった。
顔にふわふわしたものを感じて目を覚ますと、友人の飼い猫である灰色のイケ猫、胡椒の顔が目の前にドアップで現れた。
「ああ…、最高の朝…。」
「もう夕方!仕事行かなきゃ!」
先に起こされたらしい卯のは慌ててお風呂場に飛び込んでいく。私もお風呂に入りたいけど、まあ、先に片づけかな。
机の上には空になった酒瓶やら、ちょっとだけつまみの残った皿やらが残っている。
「卯のが仕事ということは、柚子と胡椒もお仕事ね。今日も卯のをよろしくね。」
二匹の頭を撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。猫型の時には晴には二匹の言葉はわからない。
そう、晴は二匹が人型になれることを知っている。
****
卯のの話にはずっと違和感を持っていた。『有名企業で秘書事務の仕事をしていて日付が変わるごろまで残業している』というのは、初めの頃はそうなんだと思っていた。ただ、あまりにもブラックすぎるので、少し調べてみたところ、ホワイトなことで有名な仕事だった。
学生の頃から、卯のは何かと家の事情で夜の予定を断ることがあった。夜にしかできない用事がある、とかで。もしかして、東京でも夜は家の用事とやらをしているのではないか。
卯のが東京に出て、最初の三年間はちょっとした用事で東京に出てきた際に、実家に泊まるのが嫌で卯のの家に泊めてもらったことがあった。
そこはセキュリティのしっかりとしたマンションで、有名な企業に勤務しているとはいえ新社会人がこんなにいいところに住めるだろうかと疑問に思ったのをよく覚えている。
そして、二匹の猫、柚子と胡椒。仕事が忙しいため、ほとんど放置されていた二匹には遊びに来るたびに餌を買ってきていた。柚子はふらっと外に出て行ってしまう家出猫で、胡椒は晴が立ち入り禁止にされた卯のの部屋に閉じこもりがちな引きこもり猫だった。
責任感の強い卯のが満足に面倒を見れないのに、猫を飼い始めるというのにも違和感があった。思えば、卯のの実家にも猫がいっぱいいた。猫好きの晴が足しげく通い、結果として卯のとは親友になったほどである。
そして、東京で自分も働くようになって、卯のの生活が見ていられず、実家暮らしに耐えられなくなったのもあり、卯のの家に転がり込む形でルームシェアを始めた。
同居三日目で晴はすべてを知った。
卯のの部屋で立派なBTOパソコンを前にSNSに流出した卯のの写真を消そうと四苦八苦するスウェット姿の10代後半の青年。人型の胡椒と出会ったのが晴が全てを知るきっかけだった。
そこから、諸事情でパソコンに強い晴は独学で四苦八苦していた胡椒をたまにサポートしながら、卯のの仕事を見守っていた。
卯のの上司である九条室長と面談し、見聞きし知ったことを一切口外しないという契約を結び、サポート室員として活動している。
一生懸命秘密にしている卯のには申し訳ないが、実際卯のは口を軽く滑らせることがしょっちゅうある。あの日、胡椒のミスで存在がバレなくとも、いずれはこうなっていただろう。
****
柚子を引き連れて、スウェット姿で出勤していく卯のを見送ってから、夕飯の準備をする。体にお酒の存在を感じるのでお米が食べたい。炊くのは面倒なので、卯ののために常備している冷凍ストックを一食分解凍する。
おかずもめんどくさい。これも卯ののために作り置いた冷蔵のおかずでいいや。
ちなみにこの家の冷蔵庫はサポート室員になった時に支給された商品券で購入した大きいやつだ。もっぱら料理が趣味で酒豪の晴が管理している。
夕飯を食べながら、サブスクをあさっていると、卯のの部屋からスウェット姿の青年が顔をだした。
「晴、ちょっと手伝ってくれない?」
「どうしたの?」
「卯のがまた写真とられたみたいなんだ。」
どうやら久しぶりに目くらましの札をつけ忘れたらしい。やはり夜更かしも深酒もよくない。
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「健太郎、すまないね、休みの日に。」
「いいんだよ、ばあちゃん。どうせ出かける予定もなかったからさ。」
卯のの働く会社で営業をしている河合健太郎の祖父母は谷中で小さな喫茶店を営んでいた。いつもは母親が手伝いに来ているのだが、父親がゴルフに行った先でぎっくり腰になり動けなくなったらしく、そちらを迎えに行くため、ピンチヒッターで朝のランニング帰りの健太郎が駆り出されたのだ。
爽やかイケメンの登場に常連たちは喜んでくれて、店の売り上げもよかった。本当は今年こそ、常磐さんに声をかけて、なんとかデートに誘い、GWは一緒に出掛けられる関係になりたかったのだが、なかなかうまくいかない。
一昨年、新入社員だった健太郎は営業の仕事で大きなミスをしかけた。それに気づいたカバーしてくれたのが秘書事務の常磐さんだ。
それから、健太郎はずっと常磐さんに憧れていた。
定時で上がってしまう常磐さんに会うために、できる日は自分も定時であがり、急いで秘書室まで走る。でも、会えない。早く走るためにランニングは習慣になってしまった。
ため息をつきながら、店の裏手で空き瓶などを仕分けしていると、頭上から声がした。
「だから、ごめんってば!今すぐ貼るから!」
健太郎が聞き間違えるはずのない常磐さんの声にぎょとして上を見上げる。すると、ラフなスウェットにスニーカー姿で、ほぼすっぴんだったが、確かに常磐さんが肩に猫を乗せて屋根の上にしゃがんでいた。
そして、次の瞬間、ぱっといなくなった。
「い、今のは…?常磐…さん?」
なんだったのだろう?常磐さんに会いた過ぎてついに幻覚が見えるようになったのだろうか?すっぴんの常磐さんの。
健太郎が真実を知る日は来るのか、来ないのか…。
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