満月に囚われる。

柴傘

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08:殿下の独り言

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第一印象は、気が強そうだった。

さらりと流れる漆黒の髪は艶やかで、切れ長の双眸には強い意思が宿っている。紫水晶のようなその瞳に、一瞬で目を奪われる。白磁の肌は、透き通るように美しい。
兄上に対する態度は侯爵子息として申し分ない。確り礼儀も弁えていて、好感が持てた。兄上が俺の名を呼び一歩前に出た後、彼とばちりと目線が交わる。

一瞬の怯えが垣間見えたかと思えば、直ぐにそれは隠された。

その後のお茶会で、お互い無言の時間があったものの打ち解けることが出来た。彼は貴族として確りしているが、話してみれば年相応で可愛らしい部分もある。
私が王弟だからといって、媚を売るわけでもない。そんな自然体な彼に、惹かれている自覚はあった。

だが、目が合った瞬間の怯えを思い出す。彼はもしかしたら、獣人族が怖いのかもしれない。

そう思っていた時期もあったが、今はどうだろうか。隣で花祭りの花々を楽しげに見つめる彼には、私への怯えは微塵も感じない。
幼い弟君と祭りを楽しんでいる姿を見ていると、胸にじんわりとあたたかい何かが広がっていく。あぁ、私はこの先もずっと彼をこうして見ていたい。

それは、叶わないことだと知っている。彼は隣国の侯爵家の長男で、私はこの国の王弟。

兄上には優秀な子供たちが居るし、万が一にでも私が王座に着く事はない。今はまだ王弟だが、近々王位継承権を返還しようと思っている。その後は、国の為に尽力するつもりだ。
彼はきっと、侯爵家を継ぐんだろう。私との魔術の授業が終わってしまえば、恐らく自国へと帰っていく。

引き止めたい。今隣に居る彼の手を取り、求婚してしまいたい。

私の生涯の伴侶になってほしいと。だけどそれは私の意志であって、彼の意思ではない。私は彼と共に在りたいが、気持ちを押し付けたいわけではない。
彼が私に気持ちを少しでも寄せてくれているなら、アプローチを仕掛けてもいいだろうか?その綺麗な瞳を私に向けて、やわらかく微笑んでくれるだろうか?

そんな未来を想像してしまう。それが叶ったのなら、私はどれだけ幸せだろうか。

「ヴィンス、どうかしたか?ほら、行こう」

そう言って私を招く手に、大人しくついていく。今度、髪飾りでも贈ってみよう。彼は私の気持ちに、気づいてくれるだろうか。

獣人族は、思いを寄せている人物へ髪飾りを贈る古い慣習がある。その髪飾りに、自分の瞳と同じ色の宝石をあしらうのは独占欲の証だ。彼はきっとこの慣習を知らない。
些かずるいだろうか?私が勝手に、彼が他の獣人に言い寄られないようにしていると気づかれたら怒られるだろうか。

…嫌われて、しまうかもしれないな。

「…ヴィンス?」
「いや、何でもない。」

不思議そうに私の名前を呼んでいる彼へ、誤魔化しの言葉を漏らした。
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