満月に囚われる。

柴傘

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15:殿下の思いつき

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偶然、寝付けなかった。だから少し外の空気を吸おうと、廊下へと出た。

当て所なくうろうろと城内を歩き回っていた時、微かに聞こえた足音。それはつい最近、私の日常に増えた彼の物だった。
何か困った事でもあったのだろうか、些か心配になり彼の元へと向かう。

やはり足音の主はシルで、大切な指輪を落としてしまったらしい。

私は夕食の後廊下で拾った指輪をポケットから取り出して見せた。
彼が同じような指輪をつけていたので、明日の朝にでも渡そうと思っていた物だ。だけどこんなにも大切にしているだなんて…。

もっと早く渡せば良かったと思う反面、誰か大事な人に贈られたのかと勘繰ってしまう。あろう事か、口に出して問うていた。

返ってきたのは、亡くなった母君の形見だという情報。

一気に申し訳なくなった。たかが小さな嫉妬心で、彼の心の傷を抉ってしまった。
それと同時に嬉しくも思う。特定の好意を寄せる誰かに貰った物ではない…その事実に、酷く安心してしまう自分がいる。

渡すのが遅くなってすまない、そう告げるとシルは笑みを浮かべながら礼を言ってくれた。

その表情が、愛おしいと思う。何を犠牲にしてでも、守り抜かねばと思う。
ふと気付くと、シルは眠たそうにぼんやりとしていた。もう遅いし、部屋まで送ってやらないと。

そう思って軽く肩を揺さぶれば、ハッとした後慌て始めた。

「っご、ごめん。余りにもヴィンスが綺麗で…って、俺、何言ってんだ。気にしないで、はは…」

そう言って目を逸らすシル。突然告げられた賛辞に、気分が高揚していくのが分かる。

気付けば私は、彼の手を取っていた。そのまま顔を近づけ、手の甲に口付ける。
小さくリップ音を鳴らした後、彼を見つめた。

その表情には困惑、疑問…僅かな期待も見えた気がする。衝動のままに、彼の前に跪く。

完全に、思い付きだった。本来ならばもっと時間をかけて彼に愛を囁き、想いを通じ合わせてから…そう考えていたのに、私の口から溢れ出るのはいつの日か告げようと計画していた誓いの言葉。

シルが困っているのがありありと分かる。でもそこには、嫌悪がなかった。

僅かな好意さえ感じ取ってしまう。こういう時、獣人族は便利だと思う。好ましい相手の息遣いや体温で、大抵の感情は感じ取れるから。
嬉しい、嬉しい。彼に拒絶されていないのが、こんなにも喜ばしい。少し前まで怯えていた自分自身が、一気に馬鹿馬鹿しく思えてしまう。彼は、こんなにも私に心を開いてくれているというのに。

これからは、きちんと彼に思いを伝えよう。アプローチを、仕掛けよう。

彼に就寝の挨拶をした後、軽く額に口付けた。見る見るうちに真っ赤に染まっていく頬や耳殻に、自然と口角が持ち上がった。これは、脈があるなとなぞの自信も湧いてくる。
たどたどしく返された挨拶に返事をする間もなく、目の前の扉がばたんと閉まる。

明日からどう好意を伝えようか、真夜中だというのに私の機嫌は最高に良かった。
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