満月に囚われる。

柴傘

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36:専属騎士

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「初めまして、シルティア・ワングレイ様」

特に何も予定がなかった日の午前中、レイモンドと共に庭園を散歩をしていた最中に聞こえた凛とした声。

振り向いた先には、美しいブラウンの毛並みを持つ犬獣人の女性が立っていた。
貴族のご令嬢にしては珍しい、パンツスタイル。腰には剣を佩いているので、もしかしたら騎士なのかもしれない。
俺の知識の中に居ない令嬢の姿に、少々困惑する。現在進行形でこの国の有力貴族を覚えている真っ最中の俺は、正直言って魔術と基本マナー以外の学が無い。

だけどそのブラウンの毛並み、犬獣人…一人、思い当たる人物が居た。

「ハーティア公爵家の、ダイアン様でしょうか?」
「よくご存知でしたね…仰るとおりハーティア公爵家長女、ダイアン・ハーティアと申します」

彼女は一瞬驚いたように目を見開いた後、さっと騎士の礼をした。

その仕草は洗練されていて美しく、格好いい。ヴィンスももちろん格好良いが、彼女は彼女の良さがある。
そんな彼女が俺に近寄る。何を言われるのか分からなくて困惑していれば、そのまま彼女が跪いた。

「え、あの、ダイアン様…!」
「先程陛下より、シルティア様の専属騎士を拝命いたしました。不肖ダイアン・ハーティア、命を以って貴方様にお仕えいたします」
「…俺の、専属騎士」

彼女の言葉を反芻すると、はいと優しく微笑まれた。

そっと手を取られ、優しく両手で握り込まれる。彼女の手はあたたかくて、何処かヴィンスに似ていた。
同じイヌ科の獣人だからだろうか?手に触れるふにりとした肉球の感触も、似ている気がする。

でも突然どうしてだろう?護衛なら事足りてるし、今更専属騎士の意味なんて…それが顔に出ていたのか、ダイアン様は笑顔で説明してくれた。

「実は、私は以前から貴方の騎士になりたいと志願していたのです。ですが我が家の家格やシルティア様にもとある事情がある、と陛下から断られておりまして」

彼女の言葉で納得した。俺の事情とは、きっと呪い関連の事だろう。

しかも彼女は公爵家の長女。俺より家格が上だし、国賓ではあったものの他人に漏らせない事情があるから陛下が気を利かせて断ってくれていたんだ。
本当にこの国の人たちは、何処までも優しい。何でそんなに優しいのか分からないくらいだ…だけどそんな此処が、とても好きになっている。

思わず頬を緩めると、彼女も同じようにはにかんでくれた。

「っ…シル!」

聞きなれた声に、後ろを振り向く。予想通りの人物の登場に、俺も名前を呼ぼうと口を開いた。

…開いた、が。全速力で走って俺を抱き締めたヴィンスの胸元に吸い込まれた。
状況が分からなくて頭上に大量の疑問符を飛ばす。ぐるるる、不意に聞こえたヴィンスの威嚇に目を見開いた。

珍しい。いつだって冷静なヴィンスが、誰かに怒りの感情を剥き出しにするなんて。

「おや、ヴィンセント殿下。ご機嫌麗しゅう…シルティア様を離して差し上げては?」
「煩いぞ、ハーティア。シルに近寄るなと何度言えば分かるんだ」
「ふふ、それは出来ない相談ですね。私は正式にシルティア様の専属騎士になりましたので」

ダイアン様のその言葉を聞いた瞬間、ヴィンスがビシリと固まる。

恐る恐る腕の中の俺を見遣る彼に、こくりと頷いてみせた。ダイアン様の言ってる事は本当だと伝える為に。
正直、ヴィンスが何をそんなに怒っているのか分からない。けど、ダイアン様とは仲良くないんだろう。

珍しく負の感情を剥き出しているヴィンスの顔を、思わずじっと見つめてしまう。

「…シル?」
「ふふ。ううん、なんでもない」

困惑しているヴィンスと、機嫌の良さそうな俺。ダイアン様は俺達を嬉しそうに見守っていた。
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